人気ブログランキング |

カテゴリ:きまぐれ日記( 85 )

「"玄"関」

私のここ数年は数々の苦手との対峙と言っても過言ではない。

「ヨガ」もそのひとつだ。

ただ、ヨガは嫌いではなく、寧ろ、憧れ ... でも、まったくとっつけず高嶺の花であった。

恥を話せば「アサナ プラナヤマ ムドラ バンダ」の草稿は17年前に頂いている。

その素晴らしさを直ぐに分かるも、その基本のどれひとつとっつけず、

K野先生の「クダキ」すら取り組む以前の状態でお話にならない。

仕方なく、自分なりにいろいろやるものの、却って怪我や故障をし続けている状況であった。

今にして思えば、元々、身体は硬かったのだが、

身体への意識のなさや使い方の不味さ、誤解に加え、

ヨガの本旨を正しく感覚的に捉えておらず、

それが硬い体質に輪をかけていたとも言えよう。

とにもかくにも、人生のどん詰まりに来て、

この大苦戦したヨガを「百尺竿頭進一歩」せねばならぬと想った。

でも、案の定、問題の外堀をどこからも突き崩せない。

振り返るに、それだけ「基礎」は厳格で、ブレ様のないものだと想う。

なので徹底してレベルを下げ、自分が動き始める所を模索する所から始まった。

でも、それは一向に見つからず、これだけ動けないと実にミジメ ...

精神的に、蜘蛛の巣や蟻地獄、底なし沼にいる様で最悪だった。

でも、これがブレイクスルーに間違いはなく、

「登拝」で身に着けた諦めの悪さと

拾う神の助けでひーひー言いながらのスタートだった。

結局、自分なりにも微々たる変化を感じるまで10か月位掛かった様に想う。

その根底に流れるものは、至極当然だが、徹底したセルフ・モニタリング。

それを、己の「つもり」や「想い」、「焦り」、「拘り」などが邪魔をする。

そこをただただ一個一個「灰汁取り」し、曇りを取る作業だった。

最も回りくどく、遠回りだが、きっと、王道なアプローチだった様に想う。

そして、その指針は「つながり」・「バランス」・「肚・会陰」・「ゆるみをとる」

これを真っ暗闇の「コンパス」...「判断基準」とした。

と言えると恰好がいいが、

「つながり」ってなんじゃ、「バランス」ってなんじゃ、「肚・会陰」って ...

ことをどう身体で感じ、学んでいくか?って所からのスタートだった。

これは未だに自問自答中。

なので、まだ「え、そんなことできないんすか⁉ その程度ですか⁉」って言われるレベルやね(笑)。

でも、時折、変わらぬ硬い身体に意識出来る所や条件が揃うと劇的に何かのポーズになったりする。

それに正直、自分が毎回驚いてしまう訳で、ヨガ良くできてんな~~~と。

成瀬先生の仰る「硬い人のヨガ」が理解できた瞬間だった。

思うに、ベースとして身体が柔らかいに越したことはないけれど、

硬い分、きっちり条件が揃わないと身勢が取れない事で、

実の所、「体内操作」が分かり易い。

今にして想うと、以外と軟体さんの方が「繋がりのない外の動き」をしており、

それを「私できるねん」と誤解してしまう傾向にある様だ。

正に「怪我の功名」... ダメで助かる時もあんねんね~~~。

あと、硬い分、焦らなくなる。

年齢もあって無理できないし(壊れる)、一遍に出来ないから。

柔らかい人がワンモーションなら10モーション位は最低必要。

ひとつひとつ落ち着き、自分を観察しながら条件を組み上げて行くことが普通になる。

これで「コマ送り」が上手くなるんやろね。

後、感心する程、よく見えているに、自分が動くとガサツで外の動きが目立つ場合がある。

昨日までの学びで思うに、内からの動きって早くとも「たおやか」で「ガサツ」にはならない。

たぶん、自分を見ているつもりで「想い」や「やる気」が勝つんだろうなぁ。

まぁ年齢が40以下なら仕方ないけれど ... 。

とにもかくにも、ようやく、とっつける様になった嬉しさを味わっている所だす。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
by cute-qp | 2019-04-08 00:01 | きまぐれ日記

やっとこ、「ゆっくり」・「丁寧に」動ける所まで来た。

非常に感慨深い。

呼吸に伴う、身体の動きをモニタリング・補正しながらやると、ごく普通にそうなってしまう ...

そんな自分の現状に自身で「ほ~~~~っつ」と想う。

例えば、「でんでん太鼓」の様な躍動的な表現においても

ゆっくり、でも鈍る事無く、たおやかに動ける。

やっと「足りない操作」発 ⇒ 「体内操作前」に下車出来そうだ。

「意識」と「呼吸」と「体内運動」のびみょ~な差が面白いねぇ。

正に「ピカッ、ゴロゴロ ドか~ン」だわ。

本来、太極拳や気功などはそうある訳だが、

まあ、己勝手に、青臭く、それらしくやってただけですな。

それが「年齢」・「故障(病気)」・「経験(失敗)」を経て、

そ~~~言う誤魔化しや無理無茶が出来んようになり、諦め、

発想や動き方、感覚が変わって来たんでしょうなあ~~~多分。

ま、結果、良しとしとこう。

お陰様で、これからはひたすら・徹底的に「落穂ひろい」ですな。

落穂ひろいと言えば ... 嫌で避けて来た事や苦手な事へ道がついてきていること。

「すべからく中身はひとつ」 ... とすれば、苦手は「不完全」を示すものなんで嬉しい限り。

印象深いのは ... 出来てしまえば、なんでこんな事に苦労してきたのか?さっぱり分からない。

でも、振り返ってみると、難しいのは確かに難しく、予想外であった。

そう言えば、先週、怖かったのが、会陰の調子が少し緩んだせいか?、

身体、意識、性エネルギーっぽいもののテンションが落ち、

なんかほわ~っと白~~~~く、満遍なくなってしまいそうになったこと。

慌てて、必死に締め締め、昨夜は更に、朱を入れて頂き、

どうにか下半身からピンク色とバックビートが戻ってほっとする。

ついでといっちゃ~なんだが、なんか知らんが、会陰がヒクヒクして背骨に伝わるのが面白い。

昨夜のレクチャーの内容は、体操からでも何からでも多面的に確認・学べるけれど、

個人的には「八段錦」でそのベースが押さえ易い気はしている。

何より、出来んことの多かった自分に出来ること増えて嬉しい限りだ。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
by cute-qp | 2019-04-08 00:00 | きまぐれ日記

「先達さん」

故障や不調の際「なんでこうなるの?」と想い、

その原因に気付き、治ると「なんでこんなことしちゃったんだろう?」って想う。

予測だにしない動きを見て「すご~い、なんであんなことできるの?」と想い、

悪戦苦闘の末、どうだか動ける様になると「なんでこれ出来(気付け)なかったのだろう?」と想う。

小恥ずかしい様な、嬉しい様な、なんともむず痒い感じ。

不思議なのは ... 動けたら動けたで、その「感じ」を掴めてはいるが、

それをどう説明したらいいか? ... 実によく分からない。

自分が迷っていた時以上の難問。

当然、自他の感じ方・経験に差がある訳ですし、

掴めた感覚も、ある側面、一部に過ぎない ...

じゃあ、どれだけ自分の感覚を開けるか?

どんな風にこの感覚を共感・共有できるのか?日々、想いを巡らす ...

そんな事が、日常、仕事、楽しみになりました。

身体って、心って、自分って、ホント面白いなあって感じです。

なので、仕事のスタイルや看板は「施術」や「運動処方」...

いわゆる「猫の手」で、皆さんの「手の届かない所」を補助・補正・アドバイスする訳ですが、

そこから、なにがしか?の感覚を通じ、一抹の心地よさと共に、

自分を見つめ、知る嬉しさ、

自分が変化し、無限である不思議さ、楽しさ

年だ!病だ!と言って、想ってもいなかった目標や夢、臨界にチャレンジ出来るワクワク感 ...

そんなものを共感・共有して頂くのが私の仕事 ... 生き方の理想だと想い至りました。

なので、「先生」や「指導者」と言うより、私は「先達」さんが一番しっくり来る気がしています。

自分が自己探求・修錬し続けながら、「ガイド」を務める人。

あくまで「ガイド」 ... そんな風になりたい。

お陰さまで「最初は患者さん」として出会った方々も、

徐々に「チャレンジャー」や「探究者」になって来て下さっている感じで、有り難いです。

年齢と共に、自分のスタンスが整理され、

その軸やベース、専門も纏まりつつある一方、

「先達」として、今まで以上に、ジャンルを問わず、フリースタイルになりそうです。

「自己観照」と「視野を広げる」は相対性で同根ではないかと?

生来、生きている内に、出来ることはすべて経験したいし方だし、

「哲学」って意味じゃぜんぶ一緒ですし。

今、50目前で、自分にとって予想外のとても難しい課題に直面中。

当惑とは裏腹に、刻々と、そちらへと誘導されつつある感じです。

ホント、そんな風になれるのか?戸惑いつつ、

これを纏めてみて、やっぱり、そうならねばならんのか ... と諦め。

ヤダなぁ~~~。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
by cute-qp | 2019-04-05 00:00 | きまぐれ日記

「会陰感覚」

「締めた途端に緩む」 ... そう成瀬先生からお伺いしていた訳だが、

自分が「会陰感覚」を掴める様になってようやく、それを実感。

とにかく、直ぐに緩みだすし、油断すれば、「会陰感覚」すら簡単に無くなって行く。

コレ、航海に出るのに、コンパスや海図、目星になる星を見失う感じに似ていて、

自分をモニターしたり、誘う「感覚」をすっかり失う。

苦労して見つけた星を一瞬にして、それもどんなだったかも分からん位。

今にして思えば、そう言う「人の振り」を見て来た訳で、実にこわ~い。

スキルどうこう以前に体調が瞬時に崩れる。

だ・か・ら これ維持するのがあちきのベースでありんす。

で、これを目星にして、毎日、いろんなことをしている。

が!すぐ抜けんのね ... 動くと。

シリンダーの圧力漏れちゅううか、ジッパーの締り損ないっちゅうか、

体位の変更やバランスの変化、連動に対応出来ていない。

「蛇の卵飲み」や「ミミズの蛇行」みたいに上手に行かなくって ... 彼らは凄いわ。

「前後左右」は勿論、「捻り」なんか実に難しい。

それ、実に細かい必要条件不足の存在があって、

己が想いでただただ締めりゃ良いってもんじゃない‼

それ、締めてるつもりでまったく締まっておらず、しまった~~~なのだ。

逐一、都度、会陰感じながら補正し、条件を満たして行くしか方法がない。

それ、順次、段階的に締まって行く過程と言える。

ま、そんな毎日ですわ。

ひとっ跳びに行く作業じゃないのに一瞬に消える ...

まるで、海岸の砂のお城や賽の河原の石積みみたいじゃ。

でも、まぁ、ちょっと剣振れる様になってきたし、鉄棒もね。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
by cute-qp | 2019-03-31 00:00 | きまぐれ日記

「かんぜんへんたい」

この所、自身や周囲の状況、仕事で「生・老・病・死」を感じる。

言葉自体は知っていたけれど、これ程身に染みるとは。

これまで多少、生きて来たとは言え、至極、当たり前だが、

50は50の初心者、60は60の初心者 ... その時々に対処して行くしかない。

ただ、お陰さまで、仕事柄「学ばせて頂ける」事が多く、

その心持ちや準備、チャレンジをさせて頂いている。

自分のスタンスの様なものも纏まりつつあり、もっぱら、それを深化させているのだが、

生来の性格もあり、自分の臨界と視野を常に広げたくも想う。

とにもかくにも、もう人生半ば過ぎだと言うのに、

この所、全身筋肉痛と痙攣の日々だ。

中坊か!とも思うが、自分を根本的に変えようと思えば、

年齢は関係なく、この位は最低、必要なのかもしれない。

青虫 から 蝶々 へと完全変態するべさ~~~‼
(この「ヘンタイ」って表現って:笑)

そう言えば、先生の年末から春までの身体の変化は興味深かった。

脱力の度合いや身体の全体的な締り、軸の細さは勿論のこと、

個人的にふと「歩き方」の変化に興味を持つ。

その辺を自分なりに稽古している今日この頃だが、

徐々に私の歩き方にも変化が表れ、

気づけば当然、でも、己のことながら、へぇ~~~と感じてしまった。

この春から、以前に増して坂・階段を行く機会が増えたのだが、

その際の重心感覚やバランス、身勢は今まで感じたことがないものだ。

持久力がないからひ~ひ~言いながらも、その負担の軽さに驚いている。

日ごろ、いろいろ教えて頂いている訳だが、

一番の教えは、その背中(生き様)かもしれない。

残念ながら、あたしゃ「反面教師」しかなれんわ。

かんぜんじゃなく、ただのヘンタイ⁉

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
by cute-qp | 2019-03-26 00:00 | きまぐれ日記

明日早いから、ぴゃぴゃと纏めよかね。

もう数か月で50と来ると毎日「緩く」・「脆く」劣化していく自分を感じる。

ちょっと油断すりゃ、際限なく「だだ漏れ」状態。

元々、強くない身体のバランスがいとも簡単に崩れる。

何も分からない時、だだ漏れ全開で居られたのは、正に「若さ」と「運」か⁉

必然的に、 物理的・精神的に出来ないことも増えて来る。

まったく根性も無理も通じん。

そこで一般的には「諦める」か「頑張り続ける」訳だが、

幸い、私は「合気的方向性・発想」に出逢えた。

前者が、「降伏」・「抵抗」に対し、後者は「自覚と調和」の歩み。

「出来ない」事が自分を見直し、気付き、再構築する切っ掛けや発想になる。

往々にして「無理ができる時」自分の現実を知ったり、改善のイメージや発想が湧き様がないのかも。

例えば、段々、手で剣を振ることができなくなる。

それすると途端に固まり、歪み、身体が壊れるので。

なのに、重い真剣を自在に扱わなくてはいけない ... 。

そこで「諦め」っちゃ~諦めだが、「撤退」ではなく「明らかに自覚」するってことが始まるのかも。

この場合、まず「手で振れん」とありのまま自覚することだ。

そこを「明らかにした」時、焦りを越え、己を「俯瞰」・「分析」・「発想」する余裕が生まれるのかも。

これ大きい。非常にね。

「年齢を重ねる」って「自覚を重ねる」って事にかもねぇ。

稽古も「鍛錬」ちゅうより「自覚を誘い、重ねる」って方向になるかも。

すると緩くなってんのに、今まで以上に締りの良く、統一性・自由度の高い身体になれるのかも⁉

目もいろいろと開けるかもね。

面白い限りじゃ。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
by cute-qp | 2019-03-24 00:40 | きまぐれ日記

「もし亀 後日談」

昨夜、自分なりの纏めをした訳だが(「もしもし亀よ」

今日は、それを確認させて頂く内容となる。

改めて「調整」は「ポジショニングの補助・誘導・センタリング」と確認。

それには自身の「ポジショニング・ロッキング・センタリング」の精度だす。

まぁ、私は、まず「腰の廻り」からだすな。

柔術の古称を「腰之廻」と言うが、今、それを体にイメージできる。

また、古来「柔術」と「居合(小具足)」は相互補完関係であったことも頷ける。

途中、K野先生に朱を入れて頂く中「zipper」のイメージと感覚が閃く。

ごく個人的な感覚なので、軽く無視して頂いて結構。

解説する頭も文章力も、元より内容もないんでま~ったく参考にはならない。

私のサイクリック的ポジショニングに「今」、そんな感覚があるっちゅうだけのこってす。

大事なのは!この段階的・サイクリック的ポジショニングですわ。

そして ... それは既に先生が書いてあるし、仰っている ... が、自分なりの表現が出てきて嬉しい限り。

その場でいろいろ、今まで出来なかったポジショニングをしてみて、

それが「太陽礼拝」みたいに繋がって行って実に面白かった。

これで頂いたものを生かすすべは見えて来た訳だし、

自分なりも加え、余生を自己の補正と改良に費やすとしよう。

は~~~っすきりした。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂


(参考)不可得
by cute-qp | 2019-03-18 00:00 | きまぐれ日記

「もしもし亀よ」

「鳥」と「亀」で言えば、圧倒的に「亀」が苦手。

今にして想えば、多分、構造的にも「亀」の方が難しい。

いろんな前提が揃って「亀」に到るし、「亀」がベースなのかもしれない。

気功の歴史を紐解き、そのベースを見ても、やっぱり「亀」だ。

「円運動」・「命門」的にそれっぽく動いてみせることは出来るけど、

当然、似て非なる動きだから、道具を持ったり、活歩でやってみればダメさは歴然。

何より、自分の感覚や心が違和感を感じ「それ違う!」って言い続ける。

どうしたものか?どこからとっついたものか? ... 随分、長く悩んだ。

それが、この所「四股」やヨガの動きを見直してみて、

「L5」や「会陰」に繋がって行くポジションがうまく取れる事で、

体に自然と「亀の動き」が現れ、

全体の動きの感覚やイメージ、「分け目と搦」なんてことが体感として感じ取れることを認識する。

面白いのは、

例えば、なにがしかのヨガのポジションを取った時、

それをどの様に組み上げて行くか?動きの流れやイメージが湧き出てくること。

コレ非常に大切で、

かつて、成瀬先生が「体の硬い人のヨガ」があると仰り、それがなかなか感じ取れなかったのだけれど、

体が硬い分、ストライクゾーン、スウィートスポットがはっきりする為、

体のポジショニングが上手く取れ、全身に繋がりや流れが出来れば

体が硬くとも、びっくりする位、アーサナ(身勢)は組み上げれる様になる。

そして、この組み上げの精度が上がれば、必然的に柔軟性も増す。

対して、柔らかい方は余程注意しないとポジショニングの感覚と重要性を意識し難い様だ。

柔らかさでアーサナが作れても、それ「体内操作」とは限らない。

イコール、古人がアーサナに込めた智恵に到らず、ただの柔軟となる。

余りにも体が硬い私は、かつては、柔軟性を想い過ぎ、勘違い、方向性を誤った。

大切なのは「ポジショニング」とそれに伴う「ロッキング」、「センタリング」だ。

柔軟をする事自体、決して、マイナスではないが、それだけでは「体内操作」に意識が到らない。

「開脚本」が流行り、故障者続出なんかはその顕著なものでは?

勿論、硬い人はポジショニングの前提すら取り難い欠点がある。

しかし、どの様な前提が必要か?時間は掛かるが

ひとつひとつ、試行錯誤しながら柔らかくすることは出来る。

もとい ... 「亀」は「体内操作で自分に合気上げし続ける動き」だ。

自分に「相架け」し続けているでも良い。

ヨガなら「マハ・バンダ」 ... 自分で自身に突っ込み、交わる動き ... いや~~~凄いなあ。

すると「新陰流」とか「無刀」の理合の凄さや

「合気」と「剣術」の関係を彷彿する。

隠居直前にしてようやく道が見え、でもまぁ、その道の遠いことよ。

なのに、気付いたことを身に着けるのに時間は掛かる。

諦め、亀は亀らしく「亀の歩み」で行くとするか。

「兎と亀」の後日談になったら悲惨だけど ... 信じる道を行くべさ。

世の人は われをなにとも ゆはゞいへ わがなすことは われのみぞしる by 坂本 龍馬

ホント、良い歌だ。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
by cute-qp | 2019-03-17 01:30 | きまぐれ日記

「萬金飴」

大峯と言えば「陀羅尼助」

越中富山と言えば「反魂丹」

そして、伊勢には「萬金丹」ってのがある。

今でも伊勢や神宮付近でやたらと売っているし、通販もあるのだが、

名称の使われ方が残念過ぎるし、

私には余りにも身近でほとんど意識して来なかった。

それが、たまたま、スピンオフ商品に「萬金飴」ってのがあって、

b0159328_15441621.jpg

能書きにも「のどによし おなかによし」とあり、

「へ~ぇ、そこまで言うなら」と衝動買い ... 話はそこに端を発していて、

花粉の嵐の中、喉に重宝しているのだ。

誰にでもそうか!?は存じ上げないし、ス~~~っとする系ではない。

ただ、個人的に喉の不快や発作が予想に反し、楽になった。

宜しければお試あれ。

元々、漢方薬テイストが好きな人間なので、嫌いな人の嫌い感は分からないけれど、

噛まず、ありのまま、なめなめして頂ければ宜しいかと想う。

すると、のっけから漢方味は攻めて来ず、黒糖の甘みが口に広がり切った後に纏めてやって来る。

この「纏めてやって来た時」に「大人の味が分かる」感に浸りながらなめなめしたい。

意外と私にはこの薬効が効いて、喘息発作が随分と緩和された。

他に「芍薬甘草湯」も売っている。

私自身はほとんど使わないが、

山行きにはいつも携帯し、同行に飲ませることが多い。

この所、こんな民間レベルに浸透していた和漢に助けられたり、

山麓のお菓子、食べ物をひそかに楽しむ生活が続いている。

この8月末の大峯行きで皆さんにも体験して頂こうと想う。
「大峯入峰企画 進行中!

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
by cute-qp | 2019-03-15 00:00 | きまぐれ日記

まぁ、今更、これと言ってお話することは何もなく、

よりによって、予想以上に花粉もきつく、

ぼ~~~っとした意識の中、皆さんのたたずむ風景をみたりして、

な~んとなく、昨夜の内容ですわ。

もっともらしく方向性を吐露すれば「体で動ける様になる」ための

「下半身の細分化」 → 「細分化からの連動」 → 「細分化して骨盤からロッキングチェア」

→「細分化から出現する肚感覚と分け目の関係と"搦"」

副題「和式便所にかがめる様になったボクのこれまで」

元から「かがめる」皆さんにとって「とっかかり」のつもりだったんだけど、

こちらの予想に反し、難しかった様子で ...

自分の想う身体や動かし方ってのはなかなか自分の実態とそぐわないもんなんだなぁ~~~。
「出来んと気付くのはなかなか難しい」・「Shakujyo Boy」

じゃぁ、まぁ、それを「剣」というものを媒介にひも解いてみて、

「ひゃ~~~」と気付いて、方向修正したり、

「へぇ~~~」と剣術の英知みたいなものを感じられれば良いなぁ~~~と。

ところが、私自身がそうだったのだけれど、

どうしても「切りたく・振りたく」なるのが道具の難しさ。
(それが勉強になるんだけれど)

体はこわばり、手の内は崩れ、意識が上がってしまうんですな。

つまり、道具を持つと「自失」し、道具が自分の「鏡」にならんのですな。

「自ずから映らば映るの世界」から乖離し、

知らぬ間にやってることがすり替わっているんだすな。

それ、「教えて頂いている剣」ではないだすな。

そこに「気付く」のがスタートで、

ようやく、それを、確認させて頂きながらの対応でした。

花粉症の中、ぼ~っとしてたんで余計俯瞰出来たのでしょうなぁ。

随分、時間がかかったねぇ。

俯瞰意識でゆっくり道具を扱うのも、自己観照として、良いのかもしれませんなぁ。

で「わたしゃ、まだまだたねぇ~~~」って想わされた感じですなぁ。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
by cute-qp | 2019-03-11 00:00 | きまぐれ日記