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「制作雑記」

木彫を始めてみて痛感するのは、常に「自分」がもろに出る恐ろしさです。

技量が至らないのは仕方がありませんが、

そこに自分の心や体、意識の有り様が生々しく現れ、凄く怖いです。

人間と言うのは不思議なもので、

鏡を見ても、そこに思い込みや想い癖があれば、時として、目に映るものが正しく見えません。

対して「モノ作り」の場合、

見たくなくとも、見ないようにしても、

その有り様が時間が経つほど鮮明になって来ます。

多分、プロの作り手にとっては、これが生涯のテーマで、

刀鍛冶さんが精進潔斎されるのも分かる気がします。

彫刻家の立場やスタイルによって考えはいろいろあるのでしょうが、

私が学ぶ、仏像彫刻の仏師さんの仰るのは … 「自分を籠めるな」

それは僧侶や持ち主の仕事 … との事らしいです。

でも、それって不可能じゃないの⁉ … って偉そうにも想ってしまいます。

ただ、ああでもない、こうでもないと、

修正・反省しながら無心になって行くと、

その時の「自分の実力なり」に、「まぁまぁ」と言う所に落ち着く気がします。

無理をした時、ほぼ間違いなく失敗です。

結局、「自分本来」が映し出される事は仕方がないし、それが当たり前。

そこに余計なものを「籠めるな」 … と言う風に今は理解しています。

籠めると多分、本来の自分も歪み、ひずむのかもしれません。

「それがモノに現れるよ」 … と言う解釈に落ち着いています。

そして「作仏」が修行のひとつであったり、

芸術が人間を育てる活動であると言う言葉が、何となしにしっくり来ます。

「登拝」や「彫刻」は私の「動禅」の様です。

今、ある像の仕上げに掛かっているのですが、下手な分、どこまでやっても気にかかります。

今日は「肩こり」を見つけて修正しました(笑)。

ただ、前のめりになる性格なので、ここらで終えようと想います。

〖本覚讃〗

帰命本覚心法身(きみょうほんがくしんぽっしん)
常住妙法心蓮台(じょうじゅうみょうほうしんれんだい)
本来具足三身徳(ほんらいぐそくさんじんとく)
三十七尊住心城(さんじゅうしちそんじゅうしんじょう)
普門塵数諸三昧(ふもんじんじゅしょさんまい)
遠離因果法然具(おんりいんがほうねんぐ)
無辺徳海本円満(むへんとくかいほんえんまん)
還我頂礼心諸仏(げんがちょうらいしんしょぶつ)

〖回向文〗

願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成仏道
(かんにしくどく ふぎゅうおいっさい がとうよしゅじょう かいぐじょうぶつどう)

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バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
by cute-qp | 2019-07-01 00:00 | 山小坊主通信