「眼から鱗」

 「心と視力」のその後の経過などをつらつらと。

 人それぞれの個性、体験で体感・表現は様々でしょうが...

 「ソフトフォーカス」の世界の広がりは、

 単なる「周辺視」から「体性視覚」と言える様な世界観への変貌を遂げています。

 眼を開けていようといまいと

 眼で見ていようといまいと

 視野や視覚を全身や空間に感じます。

 「度が緩めの眼鏡」であれば、掛けてもそれが維持される様です。

 一方、旧来考え方の「バッチリ見える眼鏡」を掛けますと

 途端に「後頭部」が固まって「凝視モード」に戻り、身体が固まるのを感じます。 

 その逆も真なりで、例え眼鏡を外していても、

 手首が決めや肚への繋がり次第で、

 「ソフトフォーカス」が深くなったり、

 逆に「凝視モード」になって全身が固まり...大変興味深い。

 同じく道具や人との繋がりのバランス次第で、

 先方の様子が見えたり、見えなくなったり。

 「アクティブタッチ」や「ソフトタッチ」などと「ソフトフォーカス」は同根の様で。

 「神力徹眼心」の読め方が全く変わってしまいました。
 (松林先生...全部見えておられたんですね:凄い)

 まだまだ、未体験ゾーンが多く、続けて実修実験。


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 OA君曰く、「”ソフトフォーカス”でコチラを見られると戸惑う」(笑)

 ふと昔聞いたお話を想い出しました。

 我が両親の時代の女優さんの魅力のひとつは「近眼」だとか。

 撮影本番、眼鏡なしで、

 どこにも焦点があっていない視線と表情が人の心を捉える秘密だったとか。

 恋愛モードにも浸り易いらしい。

 う~ん。この路線ぢゃ~。


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 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂



 夢想願流松林無雲「願立剣術物語」より

  中央と云う事有り、心の中央也。右へも寄らず、左へも寄らず、
  上へも下へも付かず、本より敵にも付けず、太刀にもたれず、
  十方を放れて心の中道を行く事也。

  像有る処を計らねば、心の中道にてはなし、敵味方の間、太刀
  を打ち合う間也。

  間は空中なれば像なし。

  此の像なき所を推量才覚を以て積む事成るまじきぞ。

  一尺の間或いは、一分一毛微塵の内にも、その大小に随って中央有り。
  一刹那の内にも中央有り。(中略)唯中央を取る事肝要也。(後略)

  (前略)先に其の侭の慾の備え、ろくにして項の筋を張り、
  肩の付け根より落とし下げ、前え押しかけ、両手を成るほど指延ばし、
  木尺を継ぐ如くにして、骨のくさり動かさず。

  亦、手を延ぶと及ぶとの二つ有り。

  敵の方へ計り長く及び延びたるにはあらず、それは身の外也。
  身の内を―杯に滞りなく指延ばす也。延ばせば向こうへ行くより外なきぞ。
  心も身も手も所作も少しも弛みなく、物に一杯の気に叶う剣術を性の位と云う也。

  縦ば明鏡の如く敵の所作、我が心の鏡に向かうと等しく所作の廣明なる事、
  ものを云わんと思へば我知らず舌の自由をなす如く也。

  或いは、長さ竹の本を少し動かせば、竹の末、葉の先まで一度に動く如く也。
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by cute-qp | 2018-03-12 00:00 | きまぐれ日記