「心と視力」

 2年位前?から老眼になり、それが急激に進んでパソコンやTVを観るのも辛くなっていました。

 そんな事情でしばらく更新をお休みさせて頂いたのですが、

 「(極力)眼鏡なし生活」を始め、状況が劇的に好転して来ました。

 まだ、ひと月弱で、あくまで、個人的体験・見解ですが、

 私には「眼から鱗」で、何方かのヒントになればとレポートします。

 切っ掛けとなりましたのは「光の医学」です。

 まず、コチラの記事を参照下さい(「自分に見えるものをありのまま信用する」)。

 早速、「眼鏡を外して」生活する事にしました。

 「眼鏡族」にとって、何がその障壁になるか?

 それは「見えない不自由さ・恐怖感」と「はっきり見たい欲」で

 そこをどう「諦められるか?」が鍵となる様です。

 私の場合、良く言えば色々あり「ぜ~んぶ受け入れよう」、

 悪くは「万事休す」で(笑)...意外とすんなり諦められました。

 更に、その覚悟を試そうと、翌朝、「眼鏡なし登拝」を決行。

 眼鏡を携帯せず、全てかすみ、ぼやけた山道を前にどうしようもなく、

 完全に「山」と「成り行き(運)」、何より「自分」に「お任せ」しました。

 目線を足元に落とし、手探りするのかな?と思っていたのですが、

 全身は空間を足は地面を感じ、いつも以上に山を感じている自分がいました。

 そこから視野が広く深くなり姿勢が整い、身体も楽に。

 目線を送らなくても動物や鳥の動きや位置をリアルに感じるのが愉しく、

 これが大きな切っ掛けや自信になりました。

 そして、数日後、フリーズしていた眼筋や頭・頸部が緩んで来ると、

 老眼が緩解し、眩暈などの症状が無くなるに加え、

 自分の内への視力がどんどん増し、

 それに従う様に、モノの見方が広がって来ました。

 今にして思うと、これまでの眼鏡社会の傾向は、

 「クリアに見たい!」と言う需要側と供給側の欲求・方向性が一致した形であろうと想います。

 ために過剰の矯正は、常に視線を一点に、視野を限定的にさせ、

 縛られた眼のポテンシャルはどんどんスポイルされ、度は進みます。

 実際、眼鏡を外し、ソフトフォーカスになると

 「ぼ~っと」している割に目は物凄く動いている事に気づきます。

 その活動を停止させ、永続的にフリーズさせている感じです。

 当然、眼や身体に良い訳はありません。

 この状態は「ものの見方」もフリーズしさせ、自分の内への視線も遮断されます。

 日々、自分の目が解凍されて来ると

 予測不能、アットランダムに様々な事を感じ始め、

 切れ目のない五感の繋がりや弱い部分を何がしか補う特性の出現にも気づきます。

 気持ちの許容量まで広くなって来るんですよねぇ...。

 なので、夜間外出や運転などは眼鏡を掛けますが、

 度数をぐっと落とし、多焦点を感じられる眼鏡に作り変えました。

 デフレ経済の中、眼鏡も驚くほど安く買える時代になりましたので、

 眼が回復してきたら、更に度を緩める予定です。 

 参考文献として、前述の著者の「近視は治る―心と視力のメカニズム」)をお勧めします。

 著者の実体験が私の歩みの参考になりました。

 出版社直販で買えば、まだ、定価で買えると思います。

 他、眼鏡以外で、フェルデンクライスや様々なケア法、直感的発想・試行錯誤を元に

 眼のと新しい付き合いを始めている所です。

 「人それぞれ、何をどう諦めるか?」が課題となりますが、

 私にとってはこの一件。

 眼は心の窓でありました。

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 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2018-03-05 00:00 | きまぐれ日記