人気ブログランキング |

  このブログは当院患者様、セミナー会員との交流・資料保存庫として使用してい
 ます。


  会員への連絡・告知、セミナー情報なども、このページで行いますのでよろしく
 お願い致します(但し、紹介制)↓。


 ★ はじめに ~ 春風堂のご挨拶 ~

 ★ 春風堂 施術案内

 ★ 春風堂♪ プロフィール

 ★ 春風堂♪ の想い

 ★ 春風堂♪ の風景

 ★ 春風堂♪ の活動

 ★ 神経訓練法としてのセンタリング呼吸法

 ★ 身体の声を聞く ~バランス運動療法のポイント~

 ★ 呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる

 ★ 春風堂 プレ基礎 指針

 ◇ 山科にて若干名、新規募集を予定しておりまます。

 ☆ 
ご感想・ご連絡はコチラまで↓
      name_gogo5963
        @yahoo. co. jp (メール連絡のみ対応致します)

   頂戴したメールは、ブログでご紹介することもありますが、ご了承ください。


 最新記事はこの下のページです ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

# by cute-qp | 2020-12-31 00:00 | 春風堂のご案内

「バッチョコ」

気づいてみると「抜長」とは実に当を得て妙な表現だと想います。

抜けて、長く伸びる」 実に分かり易い。

それがどうしても「緊・張」や「抜・弛」になったりします。

その意味で「道具を持った呼吸法」「抜長」を体感・経験し易い方法かもしれません。

初学者には「非日常的」で「固定概念」を持ち難く、

「固定点」や「負荷」、「制限」などが自ずから「指標」を示してくれ、

何より楽しみ易いかもしれません。

今更ながら、古今東西、すべからく全ての徒手武術は武器術の延長線上にある事実も頷けます。

ここに気づけりゃ10数年違ったなぁ … そう想うものの、

これだって「形」や「手順」のみ追えば、永遠に「抜長」には気づけない。

更に「剣の手の内」の感覚を想えば、やはり最低「十二年籠山」+α コースとなる気がします。

それでも!これ程贅沢な「叩き台」があり、「可能性に満ち満ちている」訳ですから、

まぁ、随分違うハズです。
(私が初心者の頃は今あるメニューの断片のみ存在する段階だったので)

それにしても … 「合気における手」「剣の精華」であり、正に「手の内「妙の中の妙」と想います。
(ただ、剣も流派、人それぞれの有り様があり、すべての「手の内」とは言い難いですが)

また、「神経訓練」の側面から見ても「手を作る」ことは、

「運動器」のみならず「感覚器の開発」として、その人の「意識や感覚をも変え得る」と想われます。

多分、「密教の三密」もその付近の智恵なんだと想います「ムドラ」

ある意味、「…かもしれない体操」は「動的三密訓練法」かも … それだけに難しい。

しかし、そこに気付けてさえいれば、後は、地道に稽古と落穂拾いで楽しめます。

そのベースの感覚、要素が「抜長」なのです。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-06-17 00:00 | 山小坊主通信

「気まま人生」

やっと終わったのであります。

3月からチャレンジしていることがありました。

自分の意志とは関係なく、寧ろ、御遠慮したい事でもあったのですが、

ものの流れでやる事になったのであります。

もそっと抗う事も出来たのですが、

流れのある時にはどうしてもそこに引き戻されるし、

ない時はどうあがいてもそこに辿り着けない。

ならば、乗ってみましょかね? … って想いました。

それにしても … この事にどんな意味があるんだろう?

私は何でこんな事するんだろう?

果たして、どこに辿り着くのだろう?… なんて事を、まぁ、じっくり自問自答してみようと想ったのです。

ただ、生来「飽き症」で「気まぐれ」… どうしようもない人間ですので、

この大きな流れに乗ってしまい、遅くとも半年位と計画を立て、

即興・直観で行動しながら、何とか3月半で終えました。

さすがに、それ相応のエネルギーと集中がいりましたので、その間、ブログを書く余裕はありませんでした。

「動禅」と言うか「波乗り禅」状態 … ただただ、フラフラ、ひたすら眠い。

まぁ、それでもやれている自分を感じ、4年の登拝で鍛えられたんだなぁって感じました。

ところで … 私は「わがまま」でかなり「癇癪持ち」です。

この流れの中、そこかしこで「カチン!カチン!」来てました。

ですが … 今回、孫悟空の輪っかがハマってるんです「頭」に。

あれ?えっ!とそれに気づき、何とか我慢、自問自答し続けました。

そうして、さぁ、何がどこでどうなったのか?今の所分かりませんが、

何かの風向きや軌道が少し変わった気配は感じています。

万事そんな感じなので、ブログ再開は早くて8月位を考えていました。

一通りの落ち着きや纏まり、邂逅を迎えたかったのです。

ところが、終わってみれば、更にボ~っとしていて、今回のことは数年経たねばハッキリしない様子。

一方で、なにがしか?色々バックグラウンドで始まっている感じもあり、

… まぁ、とりあえず再開した次第です(「手を見て想う」)。

もし、また止まったら「お籠りモード(Up Date 中)」と思し召し下さい … 何かしているハズです。

更新プログラムをインストールし、再起動までちょっぴり時間がかかります。

それが終わるか、自然と何か沸いて来るものがあれば、また、気ままに書きます。

流れのまま、思いのまま、気まぐれに参ります。

はて、どこに流れて行くのやら?

我は木偶なり、使われて踊る。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-06-14 00:01 | 山小坊主通信

「声出し実況中継」

自分を観察するってなかなか難しいです。

自分にとっての「当たり前(普通)」は世間の「非日常」 … ホント「灯台下暗し」です。

今日もなかなか、そんな自分を見られないと言う方とお会いしました。

そこで、何となく立位でのセンタリングを「実況中継」でお見せしたんです。

しかも、実際に「声をしっかり出した形」で。

重心を前にずらす時、

(今、自分が想っている)「真ん中」⇒「ちょっと前へ」⇒「母指球の付け根」⇒「母指球」⇒「指の付け根」

⇒「指の腹」⇒「つま先」など …

自分の表現できる最小の細かさを「声に出して実況中継」し、これを一緒に真似して頂きました。

あたかも、自分自身を指さしつつ、その自分に深く丁寧に語り掛ける様に …

最初は、ただ声を出すだけで自分にフィードバックする意識として行われておらず、

動作と中継がズレたり、動作が荒くなったりしました。

しかし、次第次第に、そんな所を自覚して頂く事で、動作と意識が変わり、体が変化しました。

「自己観察」や「実況中継」が上手く行くと変わるんですね。

「実況中継」は、常々、師匠が仰ることですが、私が自得できた切っ掛けは「読経」です。

一応、家族が信仰深い人達であり、お経や祝詞は幼少から「習わぬ何とか」でした。

しかし「登拝」を始めるにあたり、経本を見て、声をしっかり出す所からやり直しました。

基本的にあげているものに相違はございません。

ただ、実際、始めてみると、読み方やその意味、バックグラウンドなどはさっぱりでしたので、

実にいい加減なものだと気づきました。

そこからゆっくり、しっかり声に出し、自分の状態や意味、イメージを試行錯誤して行くことになりました。
「総身合掌のお稽古ムドラ」などもしましたねぇ)

するとそれが「自己観察」になり、やっている事の理解へと繋がりました。

以来、ジャンルによっては「声を出して実況中継」します。

一度、太極拳を「声出し実況中継」でやったことがあります。

なかなか、面白いですよ。

中身や原理が分かれば、無言で、動きの少ない形(座位)でやっても内容は変わりませんが、

初心者であれば、ひとつの方法として「動きながら、声だし実況中継」をおススメします。

少なくとも「自己観察の稽古」にはなるか?と想います。

そういえば … 有史以来、分かっている範囲の実況中継の大家は「お釈迦様」‼

改めて、凄いなと想いました。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-06-14 00:00 | 山小坊主通信

「回る~回る~」

足首や手首回しに夢中になっていたら(「情報と五首と私」)、

何とはなしに「短棒回し」や「廻刀」の感覚が掴めて来ました。

当たり前と言えば当たり前ですが、面白いです。

幾らモノが重くても手や指に力を込めなくて良いんですねぇ …

寧ろ、脱力していないと動けないし、怪我をする … 目指した所だけれど驚きました。

そりゃ、これで工夫し、お稽古していたら「手のオバケ」になりますわ。

「ムドラ(手)」と「アサナ(身勢)」、「意識」も更に一致しそうです。

「労宮」や「湧泉」、「会陰」の感覚や気付きも増すことと想われます。

少しでも「ソフトなアクティブタッチ」に近づければ嬉しいです。

気づいただけで、身に付いていないので、

自分なりの稽古法を考え、せいぜい検証し、体を作って行きます。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-06-11 00:00 | 山小坊主通信

「十二年籠山」

ふと「オープン陳列」について想いを馳せました。

稽古のメニューのお話です。

そして、なぜ「なれるかもしれない」と書いてあるか?です。

この真意に気付くことが、とても大事なのかもしれません。

少なくとも、私には大事でした。

ここに気付いて50点が51点になる「可能性」が出て来たのだと想います。
(千日回峰 北嶺大行満 様の言葉 )

ところで … 伝教大師様は「十二年籠山」と言う制度を定められました。

「どんな人でも十二年懸命に励めば、必ず一見を得る」とのお考えからだそうです。

オープン陳列は、おおよそ3年を掛け、全ての陳列を一巡三周で「体験」する所から始まり、

後、それを「叩き台」に10年程かけ、独自にいろいろ紐解いて行く感じとなります。

びっちりやって、早くてざっと13年 … 大師様のお話でも最短距離だと分かります。

十二年を一巡三周の4セットと考えると、

「現状把握」・「修正」・「改善」・「補正」 … やっぱり最小限だ。

しかも、それで「"一見"を見出したのなら、"そこから後が本当のスタート"」と大師は説かれている訳です。

更に、補足として大師は「ただし、情熱を失わなければ」と説かれます。

私は何度も失いかけました(笑) 。

今にして想えば、なかなかこの真意に辿りつけず、

自前で「オプションの陳列」増やす必要もあり、更に年数が掛かったのですね。

そんな事から …「"一見"を目指し四の五の言わず進め」と言うのが「51点のお話」だと解釈しています。

これ「なれるかもしれない」と読めませんか?

もしここに鈍牛が付け足せる事があるとすれば、

「教われば分かると想っているのは"幻想"」

「感覚は伝えられるが教えられない」

「感じ方は受け手次第」


でしょうか? … すまんの ~ 笑えよ~ 分からんかったんじゃ~(追悼を込めて)。

それにしても、比叡山が日本仏教の母山と呼ばれるのは、

この「オープン陳列」「なれるかもしれない」故かもしれませんね。知らんけど。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-06-10 00:01 | 山小坊主通信

「情報と五首と私」

しつこい様ですが … 「足首回し」(「ちょこっとずつ」が今、面白いのです。

人それぞれの個性・状況、課題で、様々な捉え方が出来、表現に困るのですが、

どの取り組み方にしても … それで自分の感覚や精神状況、立ち位置、背景が「劇的に変わる」からです。

そして、これも最近良く言います「阿弥陀籤」の如く、

ホンのちょっとしたことで全く異なる「結果」と「視座」を生む事になり、 ホント驚きです。

なので、これまでは見えぬ道の足掛かりを探す「虱潰し」としてでしたが、

今は「その微差や変化をじっくり感じ取れる様」

自然と「丁寧に、ゆっくり、少しずつ」の観察となっています。

さて、変わると言えば、昨夜、「手首」について体感させて頂きました。

その観点と繊細な感覚を体で享受する中、脳がどんどん書き換わる感じで …

一挙手一投足を感じる中、自分に Up Date用 の 修正プログラムを放り込まれて行く様で、

その都度、自分の享受するデータ量が増え、内容に濃さが増して行く気がしました。

必然、自分に内在するデータを精査する細かさや内容が変わる訳で、

より「ちょこちょこ」になるなぁって感じです。

一方、そのデータを処理するプロセッサやメモリ、ソフトが旧型で処理しきれないので、

これまたひとつづつ改良して行く事になると想います。

合気の面白さ、不思議さ、凄さを感じる学びになって来ました。

そして、意図せず、今回、「五首」の特性と凄さを学ぶ流れとなりました。
(「五首」については師匠ブログを御参照下さい)

気づいてみれば「四足さん」達の「五首」がもし死んでいたら、

日常の活動は出来ないし、データが感受出来ませんから生きていけませんよね。

当たり前と言えば当たり前なんですが、

それに気づかないってのは、立ち上がって以来、私達はその意味、退化しちゃったってことでしょうか?

何にしても、「自分を介在した情報のやり取りから己を見て行く」と、

誠にシンプルだけど、やたらダイナミック、そして至極、当たり前な世界が見えてきます。

笑われそうですが、個人的には、映画「マトリックス」で主人公がラスト、自覚した瞬間を彷彿としました。

「あれ⁉ えっ⁉ ふ~ん」…って感じで。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-06-10 00:00 | 山小坊主通信

「ちょこっとずつ」

私が今、面白がっていることのひとつに「足首回し」があります。

見た感じが「準備体操」に想えるからか?、市販されている、殆どのヨガの本でも載っていません。

それにページを割くより、「売れるキャッチーな内容」を説きたいからの様です。

載っていても、やはりアサナ以前の最初の章立てに登場するので、

読む人からするとどうしても、単なる「準備体操」の様に感じてしまいます。

ただ、尊敬する成瀬先生はこれを凄く大切にされ、「丁寧に観察していくこと」強調されている訳で、

分からぬままも、何か深いことがあるんだろうと想っていました。

実際、「基礎のキ」に足がかりをつけて行くにあたり、
「手を見て想う」「ムドラ」

これら「準備に見える系」の研究が威力を発揮し、随分驚きました。

そこを振り返り、とても印象深いのが、

成瀬先生が「足首回しを"行う"ではなく、"観察していく"」と仰っている点です。

例えば、この「足首回し」にとっつける様になった段階で分かった事ですが、

果たして回していると想っている「足首」は本当に動いているでしょうか?

私は動いていませんでした。

一見、動いている様に想うのですが、自分の思い込みがそう見させているだけなんですね …

意外と足先(指)だけちょこっと動いていたり、底屈だけで背屈出来なかったり、

踝から下だけ動いていて連動していなかったり … 気づいてみると人それぞれ色々あります。

そこを毎日ちょこちょこ観察して行くと、それが「痛み」や「不具合」のある部分であったりして、

その状態に気付き、また、ちょこちょこ意識・工夫して動かして行くと、

単に、動きが改善していくだけでなく、

足首をだけ回しているつもりが、いつしか全身が連動・バランスしていて「あれっ⁉」って気付くハズです。

大体、いつも私は「あれっ⁉」ばっかりで、

体が変わっている事にも気づかず、後で動いてみて、「ん⁉」ってこともしばしば。

まぁ、気づいてしまえば、至極「当たり前」のことですが、

それが自分の普通じゃなかったから「あれっ⁉」⇒「へ~っ‼」と感動するし、面白くなる。

そして、ついつい、またちょこちょこやるっている感じです。

そんな経験があって後、

どうしても焦ったり、生真面目になって結果を出しに走り、大失敗、壊したり、

観察することなしに回数・時間・能書きに走って脱線したりする事に対し、

自分自身や患者さんに「ちょこっとずつ」を提唱しています。

ホントに「ちょこっとずつ」の事が「阿弥陀籤に一本線を入れる」になって、途端、変わります。

「"ちょこっと"で"大違い"」なんです‼

その楽しさが分かるまでは「急がば回れ」… 焦らず、ゆっくり観察してみて下さい。

「諦めず、今日も "ちょこっと" やってみよう!で "可能性"の種が育まれます」

時として、変化は「自分より他人の方が先に気が付く」場合があり、びっくりするかもしれません。

何にしても「自分が面白くなって来ます」

「関節」と言うのは体の連動とエネルギーの循環と関わっているらしく、

そこが「体の硬い人のヨガ」と言う言葉を現実のモノとさせてくれています。

楽しいです。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-06-06 00:00 | 山小坊主通信

「ムドラ」

50にもなるとどこか不思議と信心深くなり、

朝晩、御先祖や神仏に手を合わせる、なんて習慣が出来てしまう今日この頃。

信心だけでなく、このひとときを以て、

自分を観察していたり、整えるなんて習慣が始まりました。

何となく、今日はやけに気持ちや声がすっと通るな~と思う日もあれば、

今日は心も体調もダメダメですね … なんて日もありまして。

いつしか、バッターボックスに立つバッターのチェック動作の如く、

声の音程、頸の位置、骨盤の締り、重心などにそれとなく気を払う様になりました。

そして、朝晩二回ですが、それを毎日微妙に変えて行いながら、

出来るだけ、体や心がす~っと通る状態が保てればいいなぁと思っています。

中でも「合掌」には拘っています。

コレ、一見、簡単に思うのですが、

合掌には私なりには「手だけの合掌」と「総身の合掌」があって、

まず、この「総身の合掌が "あ・る" 」と言う事に気づくのが難しかった。

そして、それを実現するのがと~っても「む・ず・か・し・い」って事に気づきます。

合気で言う「"手だけ"で、"技"をするな」って所と同じですね。

だから、体が出来ておらずと積み重ねもないと「合掌」も同じく出来ない。

そして … しばらくして、手の使い方にも工夫がいる … と気づき始めました。

ところで … 私はお坊さんではないので印契は存じませんが、

ヨガに「ムドラ」と言うものがあり、そこから手の使い方やその他の研究をしていました。

昨今、出版界も「ネタ切れ」らしく「ムドラ」をフォーカスしたマニアなスピ本もチョコチョコ出ていて、

それぞれの図解と能書きが乗っています。

ただ、それだけを真似しても、鈍感でまっことに!懐疑的な私にはな~んにも起らないし、変わらない。

でも、古人が見出したものには必ず何かあるハズだと思っていました。

そんな中、師匠のお教えもありますが、ヨガを通じて大切な事に気づきました。

それは「(呼吸を以て)総身で緩みを取る」と言う事です。

「手を見て想う」に書きました「当たり前と言えば当たり前」のひとつで、

「抜長」や「張力」、「伸張・伸展」も同じではないかと?

ヨガのアサナも呼吸もムドラ、バンダも全てこのシンプルな原則を元にし、それに終始しています。

あっそうか!と想いました … でもこれがなかなか難しい。

呼吸を使い、緊張せず、ギリギリまで緩みを取る … その為のスタートすら出来ませんでした。

その上、ちょっとした指の表情、体の作り方が違ったり、甘いだけで、心と体に緩みがまったく取れず通らない。

まぁ、それが研究としては面白いのですけれど。

そうして悪戦苦闘する中、まぐれでも上手く行った時は、

意識がクリアに、イメージも自由になり、体の締まってきます。

神仏を前にして、何気に気持ちが通って行く感じです(あくまで、主観ですが)。

自分の内外に緩みが取れ「糸電話ネットワーク」が出来るんでしょうか?

それとも「パラボラアンテナ」?

よく分かりませんが、密教でやっている事ってこんな感じなのかなぁ~と想いました。

真偽は存じませんが、日本に請来した中期密教から更に発展した後期密教の核心が「ヨガ」だとか。
(後期密教については誤解も多いようですが…)

修行中、迷ったり、悩んだり、偏差に入ったりする問題が多く起こった為、

最終手段として、己の体を総身、精一杯伸ばしたり縮めたりしながら観察・観照し、

己と物事の真意を知れと言う事らしいです。

専門家じゃないし、ホント真偽の程は分かりませんが、

私には腑に落ち、いろいろな事に気付かせて頂きました。

いや~誰がこんな事に気づいたんでしょうねぇ。

「手を見れば」… と言うのは、合気だけではなかったです。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-06-04 00:00 | 山小坊主通信

「手を見て想う」

「波乗り」の様に、

何がしかの流れの中にある時、

意味も分からず、それに懸命に乗り、

ただただ、状況を感じながら自分を冷静に見つめ、

ひたすらコントロールする以外、身も心も余裕はまったくありません。

なので、さぁ、この流れが何なんだ?などと、今の段階で分かるはずなく、

ひょっとして、一生分からないかもしれない。

なのに師匠は「実況中継しろ!」って言うんです。

はて、何を中継できるのだろう?

気を取り直し、今、机に向かうこの心境から浮かぶ事と言えば、

「合気とそれに伴う治療」において、「手」は非常に大切だということ。

かつて、武田先生や佐川先生も「手を見れば…」と仰ったそうですが、

「合気の手」にはそれだけ、特異性や真理があり、

手の学びにして、手のみにあらずと言うものがある様です。

良く分からないのですが … そこに少し触れ、彷彿とした時、

かなりオーバーかもしれませんが、突然、おめめがパッチリ開くとか、世界観が変わるとか、

まぁ、内心ビックらこいた … それまでが、八方塞がり、五里霧中でしたからねぇ。

門に入り、ようやく、ここからが本番なんでしょう。

どうやってその辺を感じられたのか? … 実の所、よく分かりません。

多分、運よく漂着って事ではないかと?

ただ、一晩振り返り、何となく想うのは、

説かれている事と自分のレベルの差をまず徹底的に確認し、

少しでも、その差を埋める為、一歩一歩その足がかりを作る作業はして来ました。

ホント驚きましたけれど、4年前はその差があり過ぎ、

どこまで降りて行けば良いんだろう?と愕然・落胆しました。

余裕で、義務教育レベルを越え、伝い歩き、ハイハイを通り過ぎました。

とにかく、基礎のキにまったくとっかかれません。

最終的に分かった事は「稽古を始める」事すら出来ないレベルで、そこからのスタートだったと言う事でした。

「それ基本ですよ」、「それ当たり前でしょ」 … そう人から言われる事がま~ったく出来ず、とっかかれない。

随分、笑われましたし、自分でも惨めなものでした。

ところが、しばらくして分かったのが、

自分にとって「当たり前じゃなかった」基本は実に面白いし、感動があるんです。

そうして、体感を伴い、既成概念がどんどん潰され、更新されて行きました。

すると次第に「シンプルな真理」を体感出来る様になり、それをガイドに歩む様になって行き来ました。

そこと「同行二人」しながら、今も一歩一歩「自分なり」の足場を作って登っている感じです。

その過程で、合気に必要な感性や身体の作り方を感じる様になり、

それが「手に現れる」のかもしれない?と感じています。

その為の合気の重要な教育法・伝授法が「啐啄同時」の様です。

技を伝えられる師匠が存在し、

その師匠の「啄」をいかに受け取る事が出来るか?が大切な様です。

なので「技を掛けて頂く」事でもう十分すぎる程のものを既に!受け取っている訳です。

そこに「気づけたが「手」の最大の特徴かもしれません。

とにかく、この「手」が出来て来ないと「師匠の心や技が受け取れない」様です。

私の恥を申せば、それまでは例え教えや技を受けてはいても、その大半は手から漏れ、

自分の芯に入ってこず … それを痛感しています。

それ以前でも、師匠のお力で情報はある程度、自分の脳幹に入って行き、一時的に変化もします。

しかし、そこに自分が「本質的に繋がらない」ので己で導き出すことが出来ません。

元より何より、受け取る「圧倒的な情報量と内容が違う!」と感じます。
(例えれば「のろし」と「光ファイバー」位…いや、もっとですね)

なので「手」は「繋がりの証」(自分自身・自他との)とも言えるか知れません。

だからこそ、ヒナは「啐」し続けなくてはならない。

その為にも、合気の独自の学び方を感じ、それをまた、各位独自に工夫する必要がある様です。

大変ですが、当初よりその「可能性」をその身に頂く訳ですから、それだけでもまったく違います。
(門派により直伝と非直伝の伝授があった … と言うのも何となく分かる感じです。)

当たり前と言えば、当たり前、でも「ミソ」はある … そこなんだと想います。

余談ですが、私が今まで山から学んだ事は、

● 自ら感じ、学び、工夫をし続ける事 。

師匠は自然ですから、こちらが至った分しか答えてくれませんし、感じられません。

● 常に体を動かし、心は冷静に、刻々と変わる自分や状況を俯瞰し、対応し続ける事。

お陰様で「考えるヒマ」、「偏差を起こすヒマ」が少なくなって来ました。

落ちてくる「ぷよぷよ」にひたすら対応していく訳ですので。正解不正解は別として。

● 答えが比較的直ぐ現れる ⇒ そこにどう対応していくか?

自分の行為が比較的直ぐ現象として現れます。そこをどう対処するか?

● 直ぐでない答えは一旦保留して、進み続ける。

直面した流れや問いは直ぐに理解できない事があります。

気にせず、即応し、乗って行きます。

いずれ、何かは分かります。

● とにかく、何か、自分でやってみること。

分からないままでも、

他人に笑われ、理解されなくても良いと思います … 自分が自分を分かっていて、楽しく、ワクワクしていれば。

「やってみる」事に可能性が生まれます。

● 意図しないことも、やってみること。

自分の意志とは別に何かをやらされる事もあります。

公序良俗に反せず、可能なら、乗っかってみます。

意味は後から分かるかもしれないし、分からないかもしれない。

総じて、とにかく、「阿弥陀籤」に自ら一本「線」を入れに行くってことです。

… と言う事で、「手は深い」のお話でした。

まだ知らないことばっかりです。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-06-01 14:00 | 山小坊主通信

「"玄"関」

私のここ数年は数々の苦手との対峙と言っても過言ではない。

「ヨガ」もそのひとつだ。

ただ、ヨガは嫌いではなく、寧ろ、憧れ ... でも、まったくとっつけず高嶺の花であった。

恥を話せば「アサナ プラナヤマ ムドラ バンダ」の草稿は17年前に頂いている。

その素晴らしさを直ぐに分かるも、その基本のどれひとつとっつけず、

K野先生の「クダキ」すら取り組む以前の状態でお話にならない。

仕方なく、自分なりにいろいろやるものの、却って怪我や故障をし続けている状況であった。

今にして思えば、元々、身体は硬かったのだが、

身体への意識のなさや使い方の不味さ、誤解に加え、

ヨガの本旨を正しく感覚的に捉えておらず、

それが硬い体質に輪をかけていたとも言えよう。

とにもかくにも、人生のどん詰まりに来て、

この大苦戦したヨガを「百尺竿頭進一歩」せねばならぬと想った。

でも、案の定、問題の外堀をどこからも突き崩せない。

振り返るに、それだけ「基礎」は厳格で、ブレ様のないものだと想う。

なので徹底してレベルを下げ、自分が動き始める所を模索する所から始まった。

でも、それは一向に見つからず、これだけ動けないと実にミジメ ...

精神的に、蜘蛛の巣や蟻地獄、底なし沼にいる様で最悪だった。

でも、これがブレイクスルーに間違いはなく、

「登拝」で身に着けた諦めの悪さと

拾う神の助けでひーひー言いながらのスタートだった。

結局、自分なりにも微々たる変化を感じるまで10か月位掛かった様に想う。

その根底に流れるものは、至極当然だが、徹底したセルフ・モニタリング。

それを、己の「つもり」や「想い」、「焦り」、「拘り」などが邪魔をする。

そこをただただ一個一個「灰汁取り」し、曇りを取る作業だった。

最も回りくどく、遠回りだが、きっと、王道なアプローチだった様に想う。

そして、その指針は「つながり」・「バランス」・「肚・会陰」・「ゆるみをとる」

これを真っ暗闇の「コンパス」...「判断基準」とした。

と言えると恰好がいいが、

「つながり」ってなんじゃ、「バランス」ってなんじゃ、「肚・会陰」って ...

ことをどう身体で感じ、学んでいくか?って所からのスタートだった。

これは未だに自問自答中。

なので、まだ「え、そんなことできないんすか⁉ その程度ですか⁉」って言われるレベルやね(笑)。

でも、時折、変わらぬ硬い身体に意識出来る所や条件が揃うと劇的に何かのポーズになったりする。

それに正直、自分が毎回驚いてしまう訳で、ヨガ良くできてんな~~~と。

成瀬先生の仰る「硬い人のヨガ」が理解できた瞬間だった。

思うに、ベースとして身体が柔らかいに越したことはないけれど、

硬い分、きっちり条件が揃わないと身勢が取れない事で、

実の所、「体内操作」が分かり易い。

今にして想うと、以外と軟体さんの方が「繋がりのない外の動き」をしており、

それを「私できるねん」と誤解してしまう傾向にある様だ。

正に「怪我の功名」... ダメで助かる時もあんねんね~~~。

あと、硬い分、焦らなくなる。

年齢もあって無理できないし(壊れる)、一遍に出来ないから。

柔らかい人がワンモーションなら10モーション位は最低必要。

ひとつひとつ落ち着き、自分を観察しながら条件を組み上げて行くことが普通になる。

これで「コマ送り」が上手くなるんやろね。

後、感心する程、よく見えているに、自分が動くとガサツで外の動きが目立つ場合がある。

昨日までの学びで思うに、内からの動きって早くとも「たおやか」で「ガサツ」にはならない。

たぶん、自分を見ているつもりで「想い」や「やる気」が勝つんだろうなぁ。

まぁ年齢が40以下なら仕方ないけれど ... 。

とにもかくにも、ようやく、とっつける様になった嬉しさを味わっている所だす。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-04-08 00:01 | きまぐれ日記

やっとこ、「ゆっくり」・「丁寧に」動ける所まで来た。

非常に感慨深い。

呼吸に伴う、身体の動きをモニタリング・補正しながらやると、ごく普通にそうなってしまう ...

そんな自分の現状に自身で「ほ~~~~っつ」と想う。

例えば、「でんでん太鼓」の様な躍動的な表現においても

ゆっくり、でも鈍る事無く、たおやかに動ける。

やっと「足りない操作」発 ⇒ 「体内操作前」に下車出来そうだ。

「意識」と「呼吸」と「体内運動」のびみょ~な差が面白いねぇ。

正に「ピカッ、ゴロゴロ ドか~ン」だわ。

本来、太極拳や気功などはそうある訳だが、

まあ、己勝手に、青臭く、それらしくやってただけですな。

それが「年齢」・「故障(病気)」・「経験(失敗)」を経て、

そ~~~言う誤魔化しや無理無茶が出来んようになり、諦め、

発想や動き方、感覚が変わって来たんでしょうなあ~~~多分。

ま、結果、良しとしとこう。

お陰様で、これからはひたすら・徹底的に「落穂ひろい」ですな。

落穂ひろいと言えば ... 嫌で避けて来た事や苦手な事へ道がついてきていること。

「すべからく中身はひとつ」 ... とすれば、苦手は「不完全」を示すものなんで嬉しい限り。

印象深いのは ... 出来てしまえば、なんでこんな事に苦労してきたのか?さっぱり分からない。

でも、振り返ってみると、難しいのは確かに難しく、予想外であった。

そう言えば、先週、怖かったのが、会陰の調子が少し緩んだせいか?、

身体、意識、性エネルギーっぽいもののテンションが落ち、

なんかほわ~っと白~~~~く、満遍なくなってしまいそうになったこと。

慌てて、必死に締め締め、昨夜は更に、朱を入れて頂き、

どうにか下半身からピンク色とバックビートが戻ってほっとする。

ついでといっちゃ~なんだが、なんか知らんが、会陰がヒクヒクして背骨に伝わるのが面白い。

昨夜のレクチャーの内容は、体操からでも何からでも多面的に確認・学べるけれど、

個人的には「八段錦」でそのベースが押さえ易い気はしている。

何より、出来んことの多かった自分に出来ること増えて嬉しい限りだ。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-04-08 00:00 | きまぐれ日記

「先達さん」

故障や不調の際「なんでこうなるの?」と想い、

その原因に気付き、治ると「なんでこんなことしちゃったんだろう?」って想う。

予測だにしない動きを見て「すご~い、なんであんなことできるの?」と想い、

悪戦苦闘の末、どうだか動ける様になると「なんでこれ出来(気付け)なかったのだろう?」と想う。

小恥ずかしい様な、嬉しい様な、なんともむず痒い感じ。

不思議なのは ... 動けたら動けたで、その「感じ」を掴めてはいるが、

それをどう説明したらいいか? ... 実によく分からない。

自分が迷っていた時以上の難問。

当然、自他の感じ方・経験に差がある訳ですし、

掴めた感覚も、ある側面、一部に過ぎない ...

じゃあ、どれだけ自分の感覚を開けるか?

どんな風にこの感覚を共感・共有できるのか?日々、想いを巡らす ...

そんな事が、日常、仕事、楽しみになりました。

身体って、心って、自分って、ホント面白いなあって感じです。

なので、仕事のスタイルや看板は「施術」や「運動処方」...

いわゆる「猫の手」で、皆さんの「手の届かない所」を補助・補正・アドバイスする訳ですが、

そこから、なにがしか?の感覚を通じ、一抹の心地よさと共に、

自分を見つめ、知る嬉しさ、

自分が変化し、無限である不思議さ、楽しさ

年だ!病だ!と言って、想ってもいなかった目標や夢、臨界にチャレンジ出来るワクワク感 ...

そんなものを共感・共有して頂くのが私の仕事 ... 生き方の理想だと想い至りました。

なので、「先生」や「指導者」と言うより、私は「先達」さんが一番しっくり来る気がしています。

自分が自己探求・修錬し続けながら、「ガイド」を務める人。

あくまで「ガイド」 ... そんな風になりたい。

お陰さまで「最初は患者さん」として出会った方々も、

徐々に「チャレンジャー」や「探究者」になって来て下さっている感じで、有り難いです。

年齢と共に、自分のスタンスが整理され、

その軸やベース、専門も纏まりつつある一方、

「先達」として、今まで以上に、ジャンルを問わず、フリースタイルになりそうです。

「自己観照」と「視野を広げる」は相対性で同根ではないかと?

生来、生きている内に、出来ることはすべて経験したいし方だし、

「哲学」って意味じゃぜんぶ一緒ですし。

今、50目前で、自分にとって予想外のとても難しい課題に直面中。

当惑とは裏腹に、刻々と、そちらへと誘導されつつある感じです。

ホント、そんな風になれるのか?戸惑いつつ、

これを纏めてみて、やっぱり、そうならねばならんのか ... と諦め。

ヤダなぁ~~~。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-04-05 00:00 | きまぐれ日記

「会陰感覚」

「締めた途端に緩む」 ... そう成瀬先生からお伺いしていた訳だが、

自分が「会陰感覚」を掴める様になってようやく、それを実感。

とにかく、直ぐに緩みだすし、油断すれば、「会陰感覚」すら簡単に無くなって行く。

コレ、航海に出るのに、コンパスや海図、目星になる星を見失う感じに似ていて、

自分をモニターしたり、誘う「感覚」をすっかり失う。

苦労して見つけた星を一瞬にして、それもどんなだったかも分からん位。

今にして思えば、そう言う「人の振り」を見て来た訳で、実にこわ~い。

スキルどうこう以前に体調が瞬時に崩れる。

だ・か・ら これ維持するのがあちきのベースでありんす。

で、これを目星にして、毎日、いろんなことをしている。

が!すぐ抜けんのね ... 動くと。

シリンダーの圧力漏れちゅううか、ジッパーの締り損ないっちゅうか、

体位の変更やバランスの変化、連動に対応出来ていない。

「蛇の卵飲み」や「ミミズの蛇行」みたいに上手に行かなくって ... 彼らは凄いわ。

「前後左右」は勿論、「捻り」なんか実に難しい。

それ、実に細かい必要条件不足の存在があって、

己が想いでただただ締めりゃ良いってもんじゃない‼

それ、締めてるつもりでまったく締まっておらず、しまった~~~なのだ。

逐一、都度、会陰感じながら補正し、条件を満たして行くしか方法がない。

それ、順次、段階的に締まって行く過程と言える。

ま、そんな毎日ですわ。

ひとっ跳びに行く作業じゃないのに一瞬に消える ...

まるで、海岸の砂のお城や賽の河原の石積みみたいじゃ。

でも、まぁ、ちょっと剣振れる様になってきたし、鉄棒もね。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-03-31 00:00 | きまぐれ日記

「かんぜんへんたい」

この所、自身や周囲の状況、仕事で「生・老・病・死」を感じる。

言葉自体は知っていたけれど、これ程身に染みるとは。

これまで多少、生きて来たとは言え、至極、当たり前だが、

50は50の初心者、60は60の初心者 ... その時々に対処して行くしかない。

ただ、お陰さまで、仕事柄「学ばせて頂ける」事が多く、

その心持ちや準備、チャレンジをさせて頂いている。

自分のスタンスの様なものも纏まりつつあり、もっぱら、それを深化させているのだが、

生来の性格もあり、自分の臨界と視野を常に広げたくも想う。

とにもかくにも、もう人生半ば過ぎだと言うのに、

この所、全身筋肉痛と痙攣の日々だ。

中坊か!とも思うが、自分を根本的に変えようと思えば、

年齢は関係なく、この位は最低、必要なのかもしれない。

青虫 から 蝶々 へと完全変態するべさ~~~‼
(この「ヘンタイ」って表現って:笑)

そう言えば、先生の年末から春までの身体の変化は興味深かった。

脱力の度合いや身体の全体的な締り、軸の細さは勿論のこと、

個人的にふと「歩き方」の変化に興味を持つ。

その辺を自分なりに稽古している今日この頃だが、

徐々に私の歩き方にも変化が表れ、

気づけば当然、でも、己のことながら、へぇ~~~と感じてしまった。

この春から、以前に増して坂・階段を行く機会が増えたのだが、

その際の重心感覚やバランス、身勢は今まで感じたことがないものだ。

持久力がないからひ~ひ~言いながらも、その負担の軽さに驚いている。

日ごろ、いろいろ教えて頂いている訳だが、

一番の教えは、その背中(生き様)かもしれない。

残念ながら、あたしゃ「反面教師」しかなれんわ。

かんぜんじゃなく、ただのヘンタイ⁉

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-03-26 00:00 | きまぐれ日記

明日早いから、ぴゃぴゃと纏めよかね。

もう数か月で50と来ると毎日「緩く」・「脆く」劣化していく自分を感じる。

ちょっと油断すりゃ、際限なく「だだ漏れ」状態。

元々、強くない身体のバランスがいとも簡単に崩れる。

何も分からない時、だだ漏れ全開で居られたのは、正に「若さ」と「運」か⁉

必然的に、 物理的・精神的に出来ないことも増えて来る。

まったく根性も無理も通じん。

そこで一般的には「諦める」か「頑張り続ける」訳だが、

幸い、私は「合気的方向性・発想」に出逢えた。

前者が、「降伏」・「抵抗」に対し、後者は「自覚と調和」の歩み。

「出来ない」事が自分を見直し、気付き、再構築する切っ掛けや発想になる。

往々にして「無理ができる時」自分の現実を知ったり、改善のイメージや発想が湧き様がないのかも。

例えば、段々、手で剣を振ることができなくなる。

それすると途端に固まり、歪み、身体が壊れるので。

なのに、重い真剣を自在に扱わなくてはいけない ... 。

そこで「諦め」っちゃ~諦めだが、「撤退」ではなく「明らかに自覚」するってことが始まるのかも。

この場合、まず「手で振れん」とありのまま自覚することだ。

そこを「明らかにした」時、焦りを越え、己を「俯瞰」・「分析」・「発想」する余裕が生まれるのかも。

これ大きい。非常にね。

「年齢を重ねる」って「自覚を重ねる」って事にかもねぇ。

稽古も「鍛錬」ちゅうより「自覚を誘い、重ねる」って方向になるかも。

すると緩くなってんのに、今まで以上に締りの良く、統一性・自由度の高い身体になれるのかも⁉

目もいろいろと開けるかもね。

面白い限りじゃ。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-03-24 00:40 | きまぐれ日記

「もし亀 後日談」

昨夜、自分なりの纏めをした訳だが(「もしもし亀よ」

今日は、それを確認させて頂く内容となる。

改めて「調整」は「ポジショニングの補助・誘導・センタリング」と確認。

それには自身の「ポジショニング・ロッキング・センタリング」の精度だす。

まぁ、私は、まず「腰の廻り」からだすな。

柔術の古称を「腰之廻」と言うが、今、それを体にイメージできる。

また、古来「柔術」と「居合(小具足)」は相互補完関係であったことも頷ける。

途中、K野先生に朱を入れて頂く中「zipper」のイメージと感覚が閃く。

ごく個人的な感覚なので、軽く無視して頂いて結構。

解説する頭も文章力も、元より内容もないんでま~ったく参考にはならない。

私のサイクリック的ポジショニングに「今」、そんな感覚があるっちゅうだけのこってす。

大事なのは!この段階的・サイクリック的ポジショニングですわ。

そして ... それは既に先生が書いてあるし、仰っている ... が、自分なりの表現が出てきて嬉しい限り。

その場でいろいろ、今まで出来なかったポジショニングをしてみて、

それが「太陽礼拝」みたいに繋がって行って実に面白かった。

これで頂いたものを生かすすべは見えて来た訳だし、

自分なりも加え、余生を自己の補正と改良に費やすとしよう。

は~~~っすきりした。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂


(参考)不可得
# by cute-qp | 2019-03-18 00:00 | きまぐれ日記

「もしもし亀よ」

「鳥」と「亀」で言えば、圧倒的に「亀」が苦手。

今にして想えば、多分、構造的にも「亀」の方が難しい。

いろんな前提が揃って「亀」に到るし、「亀」がベースなのかもしれない。

気功の歴史を紐解き、そのベースを見ても、やっぱり「亀」だ。

「円運動」・「命門」的にそれっぽく動いてみせることは出来るけど、

当然、似て非なる動きだから、道具を持ったり、活歩でやってみればダメさは歴然。

何より、自分の感覚や心が違和感を感じ「それ違う!」って言い続ける。

どうしたものか?どこからとっついたものか? ... 随分、長く悩んだ。

それが、この所「四股」やヨガの動きを見直してみて、

「L5」や「会陰」に繋がって行くポジションがうまく取れる事で、

体に自然と「亀の動き」が現れ、

全体の動きの感覚やイメージ、「分け目と搦」なんてことが体感として感じ取れることを認識する。

面白いのは、

例えば、なにがしかのヨガのポジションを取った時、

それをどの様に組み上げて行くか?動きの流れやイメージが湧き出てくること。

コレ非常に大切で、

かつて、成瀬先生が「体の硬い人のヨガ」があると仰り、それがなかなか感じ取れなかったのだけれど、

体が硬い分、ストライクゾーン、スウィートスポットがはっきりする為、

体のポジショニングが上手く取れ、全身に繋がりや流れが出来れば

体が硬くとも、びっくりする位、アーサナ(身勢)は組み上げれる様になる。

そして、この組み上げの精度が上がれば、必然的に柔軟性も増す。

対して、柔らかい方は余程注意しないとポジショニングの感覚と重要性を意識し難い様だ。

柔らかさでアーサナが作れても、それ「体内操作」とは限らない。

イコール、古人がアーサナに込めた智恵に到らず、ただの柔軟となる。

余りにも体が硬い私は、かつては、柔軟性を想い過ぎ、勘違い、方向性を誤った。

大切なのは「ポジショニング」とそれに伴う「ロッキング」、「センタリング」だ。

柔軟をする事自体、決して、マイナスではないが、それだけでは「体内操作」に意識が到らない。

「開脚本」が流行り、故障者続出なんかはその顕著なものでは?

勿論、硬い人はポジショニングの前提すら取り難い欠点がある。

しかし、どの様な前提が必要か?時間は掛かるが

ひとつひとつ、試行錯誤しながら柔らかくすることは出来る。

もとい ... 「亀」は「体内操作で自分に合気上げし続ける動き」だ。

自分に「相架け」し続けているでも良い。

ヨガなら「マハ・バンダ」 ... 自分で自身に突っ込み、交わる動き ... いや~~~凄いなあ。

すると「新陰流」とか「無刀」の理合の凄さや

「合気」と「剣術」の関係を彷彿する。

隠居直前にしてようやく道が見え、でもまぁ、その道の遠いことよ。

なのに、気付いたことを身に着けるのに時間は掛かる。

諦め、亀は亀らしく「亀の歩み」で行くとするか。

「兎と亀」の後日談になったら悲惨だけど ... 信じる道を行くべさ。

世の人は われをなにとも ゆはゞいへ わがなすことは われのみぞしる by 坂本 龍馬

ホント、良い歌だ。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-03-17 01:30 | きまぐれ日記

「萬金飴」

大峯と言えば「陀羅尼助」

越中富山と言えば「反魂丹」

そして、伊勢には「萬金丹」ってのがある。

今でも伊勢や神宮付近でやたらと売っているし、通販もあるのだが、

名称の使われ方が残念過ぎるし、

私には余りにも身近でほとんど意識して来なかった。

それが、たまたま、スピンオフ商品に「萬金飴」ってのがあって、

b0159328_15441621.jpg

能書きにも「のどによし おなかによし」とあり、

「へ~ぇ、そこまで言うなら」と衝動買い ... 話はそこに端を発していて、

花粉の嵐の中、喉に重宝しているのだ。

誰にでもそうか!?は存じ上げないし、ス~~~っとする系ではない。

ただ、個人的に喉の不快や発作が予想に反し、楽になった。

宜しければお試あれ。

元々、漢方薬テイストが好きな人間なので、嫌いな人の嫌い感は分からないけれど、

噛まず、ありのまま、なめなめして頂ければ宜しいかと想う。

すると、のっけから漢方味は攻めて来ず、黒糖の甘みが口に広がり切った後に纏めてやって来る。

この「纏めてやって来た時」に「大人の味が分かる」感に浸りながらなめなめしたい。

意外と私にはこの薬効が効いて、喘息発作が随分と緩和された。

他に「芍薬甘草湯」も売っている。

私自身はほとんど使わないが、

山行きにはいつも携帯し、同行に飲ませることが多い。

この所、こんな民間レベルに浸透していた和漢に助けられたり、

山麓のお菓子、食べ物をひそかに楽しむ生活が続いている。

この8月末の大峯行きで皆さんにも体験して頂こうと想う。
「大峯入峰企画 進行中!

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-03-15 00:00 | きまぐれ日記

まぁ、今更、これと言ってお話することは何もなく、

よりによって、予想以上に花粉もきつく、

ぼ~~~っとした意識の中、皆さんのたたずむ風景をみたりして、

な~んとなく、昨夜の内容ですわ。

もっともらしく方向性を吐露すれば「体で動ける様になる」ための

「下半身の細分化」 → 「細分化からの連動」 → 「細分化して骨盤からロッキングチェア」

→「細分化から出現する肚感覚と分け目の関係と"搦"」

副題「和式便所にかがめる様になったボクのこれまで」

元から「かがめる」皆さんにとって「とっかかり」のつもりだったんだけど、

こちらの予想に反し、難しかった様子で ...

自分の想う身体や動かし方ってのはなかなか自分の実態とそぐわないもんなんだなぁ~~~。
「出来んと気付くのはなかなか難しい」・「Shakujyo Boy」

じゃぁ、まぁ、それを「剣」というものを媒介にひも解いてみて、

「ひゃ~~~」と気付いて、方向修正したり、

「へぇ~~~」と剣術の英知みたいなものを感じられれば良いなぁ~~~と。

ところが、私自身がそうだったのだけれど、

どうしても「切りたく・振りたく」なるのが道具の難しさ。
(それが勉強になるんだけれど)

体はこわばり、手の内は崩れ、意識が上がってしまうんですな。

つまり、道具を持つと「自失」し、道具が自分の「鏡」にならんのですな。

「自ずから映らば映るの世界」から乖離し、

知らぬ間にやってることがすり替わっているんだすな。

それ、「教えて頂いている剣」ではないだすな。

そこに「気付く」のがスタートで、

ようやく、それを、確認させて頂きながらの対応でした。

花粉症の中、ぼ~っとしてたんで余計俯瞰出来たのでしょうなぁ。

随分、時間がかかったねぇ。

俯瞰意識でゆっくり道具を扱うのも、自己観照として、良いのかもしれませんなぁ。

で「わたしゃ、まだまだたねぇ~~~」って想わされた感じですなぁ。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-03-11 00:00 | きまぐれ日記

「Shakujyo Boy」

お寺にいくと … 時~たま、古~い「錫杖」が文鎮になってたりして、

だ~れも見てないから、こ~っそり、それを持ってみたりして、

な~んか、面白そうだから落語の「火焔太鼓」みたいにしゃりしゃりしてみて、

思わず、マラカスっぽく夢中!っつうか、ゾ~ンに入ってしまう。

マラカスって言うと簡単に思うかもしれないけど、実は難しいんだ。

音色はもちろん、曲によって音の当て方がある。
(前にあてる、後ろにあてる他)

もとい!、それより、な~んか「脇差」や「小烏」を振る感覚に似てるのね。

もちろん「反り」や「刃筋」はないんだけど、

手の内と体内操作、意識の稽古になる。

まず、「クソ握り」 … これは「アカン」

あらゆる意味で「アカン」っちゅうのを感じる稽古やね。

で「錫杖」の重心や「芯」を感じながら持ち方を模索して行く。

すると次第に自分や錫杖の中の動きが見えるんやね。

で、静かに、微動から始める。

もし、最初、大きく動けたら「外の動き」

「中の動き」は自分の中の世界が広がってない限り大きくは出来ず … はぁ~~~参った。

あまりに面白く、それから、いろ~んな法具屋で店員さんに嫌がられながら振ってみる。
(なぜなら、分んない上に高いから:笑)

作りのいいもの・バランス・大きさが分って来て、すると杖が教えてくれんるんやね。

自分が芯を外すと音が濁るし、環がぐちゃぐちゃになるけど、

たまに、杖に従えると環は乱れず、音は冴え、

脱力が進み、意識は澄み、内的リズムが生まれる様な … よう分らんけど。

まぁ、総じて「道具」は凄いわ。

「錫杖」は多分、まず、自分を作る道具やね。

「鈴」や「筆」の稽古と通じる所も見えてきた。

同じ原理で表現が違う所が面白いし、ホント稽古になるねぇ。

例えば、ぜ~んぶ「明珠在掌」の稽古。

手の「珠」の感覚と自分の中にすでに珠はあるよ~~~の意。

「鞭の原理」や「数珠の身(身体の細分化)」とも言える。
( 「出来んと気付くのはなかなか難しい」)

極論、「錫杖」って骨と関節、その繋がりでしょ⁉

そう分っただけで、ぜ~んぜん身体と感覚がついて来んけど、

ま!楽しいからいいわ。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-03-05 00:00 | きまぐれ日記

う~ん、気付けば気付くほど、自分にぞ~っとする。

ダンスで散々「アイソレーション 」をやって来たはずなのにまったく外の動きだっただす。

「アイソレーション」は 分離・独立・絶縁などの意味があり、

ダンスでは身体の各部位を単独に動かし、「細分化」などとも言われる。

ストリートダンスなどでは、元々の柔らかさや可動域の広さで、

「外の動き」で誤魔化せんことはないが、コレ一流の動きとは違うわな。

トライバルスタイルのベリーダンスの域になると完璧「中の動き」でないと表現できない。

この何というか、渓谷の様な隔たりをどう超えたらいいんだろ⁉ ... 随分、想う。

最近の自分を想うのが、

個人的表現で言えば、まず、「肉と骨の細分化」が出来ていなかった。

肉の動きを優先せず、身体を支え、関節する骨の存在を肉とは別に意識し、その動きを感じる …

この感覚や発想に到らなかった。

骨はいろんな形があるけれど、これが数珠の様にバラバラ(独立性を保ち)で、

でも、連携(連動)していれば言う事はない。

まぁ、骨のキーホルダー状態だすなぁ。

そこに気付いてても、本来、骨を補助する筋肉の感覚が主体になり過ぎると、

骨や関節の動きを邪魔したり固めたり、意識や感覚を鈍らせ、脱力出来ない。

数珠の紐や数珠を数個単位で接着剤で固めているようなもんだ。

そんな単純なことが分らんかった … 情けない。

骨盤が締まり、大腿骨やや外旋、下腿骨やや内旋ってのは肉の動きじゃ感じられん。

骨を感じると、各骨の独立性と連携の関係上、そうならざるを得ない。

ただ、それには、仙骨・腸骨・大腿骨がバラバラに意識、動く必要がある。

その前提として、そんなこと「思ってもみな~い」、「出来な~い」

「いや~~~ん、ぜ~~~んぶ固まって繋がってるう~~~」って気付く所からやね。

これ、ホント難しい。

まぁ、そんなとこが山ほどあるんだわ … やだねぇ。

「分る」っちゅうのは「分けられる」ってことらしいから、これも「細分化」かいな?

やっと、「ばっちょこ」できるかな?

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-03-04 23:59 | きまぐれ日記

b0159328_20573976.jpg

「ZOGGに会いに」で予告しました「山上詣り」

私にまだ経験と力が足りず、悪戦苦闘しつつも、

日程を
「8/31(土)」に変更し、一泊二日で決定‼

今の所、参加は私を含め4名集まって下さって、
(度衆〔経験者〕3名・新客1名)

まぁ何とか形になって来た感じです。

この所、5月~9月は月4回程 洞川に居るので(笑)、

温泉の他、素晴らしい渓谷や美味しい料理、

風情ある旧跡他をご案内できる様になる?と想います。

まだ、定宿の予約に余裕があるので、

「登拝組」と「観光組(登拝なし)」に分かれ

ご参加頂く方法もあるなぁなんて想っています。
(円空仏のお堂や天河も近いので)

ご興味のある方がおられるか?分りませんが、

企画するのは楽しい限りです‼
(お気軽にお問い合わせ下さい。)

将来「シーズン限定 週末・休日の 山の案内人‼」

になりたいと想っていて、その日へのお稽古ですね。

それにしても ... 田舎嫌い!山嫌い!

階段嫌い!虫嫌い!がこんなになりました。
(嫌いは嫌いですが:笑)

b0159328_20580811.jpg

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-03-02 00:00 | きまぐれ日記

「実修実験自感自得」

今日の登拝で随分心の整理がついたので、纏めてみる。
「西江水登拝」

しょ~じきな気持ちを吐露すると、

自分を仕切り直し、登拝し始めた頃っちゅうのは、

自分がま~ったく見えていなかった。

自分の想いや理想ばっかりが頭をもたげ、

自分が今、どの程度なのか?レベルすら見えない。

一生懸命過ぎて周囲も見えず、落ち着きがない。

ただただ、一生懸命なだけ。

せっかく導いて貰ったけれど、

心身共に、余りにも辛過ぎて、なんでこんなことやってんだろうと何度も想い、

けど、もう、他にやれることもなく、

辞めるに辞められず、た~だただ必死。
(辞めるってことは「最期」ってことやね)

初心者なんだから、ちった~丁寧に教えてくれよ~ってマジ何度も想ったんだけど、

教わる人や状況が絶たれていてお手上げ。

仕方なく、踏ん張っている内、山や歩くことにホント学びがあるんだなぁ~って感じる様になり、

自分の心持・心境がある域まで行かんとしょせん何も分らず、感じず、教わりようもないと納得する。

なので、終着(執着)点を決めず、何度も何度もチャレンジしてみて、
(とりあえず、2か月ってことだったのだが:笑)

とりあえず、分る分らんより、

その都度「心がどう感じるか?」をひたすら見ていく .... その歩みの積み重ねが学びの本質じゃなかろうかと?

その辺に気付くまで、ただただ揺れるし、辛いばっかぢゃ~~~。

ってことも、自分で体験しないと分らない。
(センスいい人は最初から楽しいかも♪)

「体験」ちゅうのが「感じる」ことの一番の基本かもしれんねぇ。

でっきるかな、でっきるかな、ハテハテふむ~~~♪

他人の受け売りだけでなく、
(参考にはさせて頂いて)

自分で体験し、積み重ね、都度、何をどう感じるか?

それが「書いてあるやろ」とどう整合性を持って行くか? ... ってことだしょうなぁ~~~。

ようやく、心身が落ち着き、多少、自分を見られる所に近づきつつあるのか?

少しは「化他」出来る心の余裕・成長も出来てくるか?

よう分らんけれど、そのまま行く。

オーバーに聞こえるかもしれんが、

今は、一歩一歩に ホント心と体の学びがあるからね。

「実修実験自感自得」 (造語:笑)

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂

# by cute-qp | 2019-02-26 00:01 | きまぐれ日記

「西江水登拝」

今朝の登拝のテーマは「吸い込み」

まず「吸い込んで歩く」

やってみると「"西江水"で自己観察」と言う感じで、

昇り降りの中、体内に行き来する力や重心・重力を肚に感じて行く。

ホント、肚への吸い込みと頸の伸びがないとセンタリング感覚が生まれないんだねぇ。

外見上、よく分らなかった自分のアンバランスにいっぱい気付く。

面白かったのが、登りはもちろん、下りにも吸い込みを使っているので

足・膝・股関節への負担が激減し、芯が非常に取り易く、動的安定が勉強になる。

正に、センタリング。

心肺機能を鍛えていないので、しんどいのはしんどい。

でも、足の攣りもあったけれど、負担が激減した分、今までとは全く違う。

ふ~~~ん。

次に「吸い込んで拝む」

巡拝場所につく。

立ち止まり、息を整え、「調和体」を再構築し、吸い込み、肚で待つ。

お越しまで、整え、肚で待つ。

繋がり、肚へ誘う。

肚から唱え、繋げる。

循環させ、再調和する。

な~~~~んとなくの感じだが、ベースっぽい気がする。

シンプルにかなり気持ちが良い。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-02-26 00:00 | きまぐれ日記

「のんき人生」

「中年男 の 独白ブログ」化する今日この頃。

いろんなもん捨てたんよ ... もはや素っ裸なんでしょうがないわな。

しかし ... 「ゆっくりやる」ちゅうのは、実の所、難しいねぇ。

元が「いらち」で「落ち着き」がなく「飽き症」

落ち着くはずの「瞑目」すら、落ち着かんので出来んかった位だし、

柔術になったら投げたい、剣になったら振りたい、

総じて、自意識過剰 ... まぁ、己ちゅうのは超難敵だ。

それが年齢ちゅうのは凄いもンで、

世は「加齢ですなぁ~~~」を出来ん理由にするけど、

出来んことで知り・感じる自分・世界・可能性がある。

「肚」ちゅうのも凄いもんンで己を知る「鏡」になる。

鏡を見ると「合気」ちゅうのは、まず、自分との「調和」らしいわ。

それが「大調和」へと繋がるみたいで、心身・技法・日常へと現れて行く。

お陰で、今は瞑目出来るし、まぁ、ゆっくりしか出来ん。

「体力的に」ってのも理由だが、「モニタリング」や「スキャン」の都合だろうか?

自分の中の「たゆたう"流れ"」の有り様が今の一番の関心事。

その流れに「無駄」がなくなって来るとゆっくりは早いんだろうねぇ。

まぁ、それにゃ程遠いけど。

依然、いろんな所が攣っていて、明日の登拝は必然ゆっくりとなろう。

「太極燕飛」で歩いてみようかい。

のんき人生始まり。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-02-25 00:00 | きまぐれ日記

「出来ない」 ... ってことが「分る」ちゅうのが難しく、

まぁ、そっからがスタートだすなぁ。

今週は週頭からハッキンが攣りっぱなし ... 「攣る」ほど使ったことなかったって話。

身体の左右差の解決法が分らず、

膝やふくらはぎなんかから身体のネットワークを取り戻す中、

ターミナルとしての「肚」の空虚さを知る。

玉のないタマタマ ... あるいは「無い丹功」
(現代美術の題名みたい)

その空虚をネットワークに組み込み、ターミナル化すると

会陰や仙腸関節から噂に聞く「肚感覚」、 まぁ、いろ~んなことがわっと押し寄せた。

「走馬燈」ちゅうか、「マトリックス」みたく一機にシンクロする訳やね。

やっぱホントの話だったんだ ... 実にシンプル ... でも、それ掴むのはイージーではない。
(あえて、日本語で「簡単」って表現せず、英語で分けてみた)

わかっちゃうと「ダメさ加減」分るから何とかしようがあるけどそこに到るまでがねぇ ... 。

老い先短い今生で、まぁ、やっとこ感じられて良かったよぉ~~~。

とにかく「西江水」からなんだかんだ、全部ひとつながり。

そのひとつながりを自分の中に感じながら自分を作っていくってことだすなぁ。

自然と「剣」と心身技法の関わりや意味、大きさを感じるだす。

やっと線路に乗った気がしやす。

まぁ「太極燕飛」練り練りってとこだす。

連綿と肚で通す ... ってより「通わせ続ける」感じかねぇ。

K野せんせの言う所の「調和体」だすなぁ~~~。

全部それで応用できやす。

「観音」さんの、それも「千手」のお心でやんすなぁ。

は~~~ ハードル 髙過ぎ君。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
# by cute-qp | 2019-02-24 01:00 | きまぐれ日記

「単細胞」

ぜ~んぶ同じだから、当然っちゃ当然なんだが、

「歩法」ってのは、言ってみれば「壁の花」のベーシック(プロトタイプ)。

「壁」が「地面」で「花」が「根っこ」なだけで、同じだねぇ。

で、これが「歩く根っこ」な訳(笑)。

まぁ、根っこが歩き出すと「壁の花」の稽古と検証が圧倒的に足りないのに気付く。

ははは、話にならんわ。

これ、全身・全状況にせんといかんわけ。

でないと道具なんて使えるもんか‼ クソ~~~。

アメーバなんて単細胞なのに自由自在 ... すげぇなぁ~~~参った。

あ!頭が単細胞の方が良いかもね。

よっしゃ、そんな感じで、感じていろいろやってみよう。

*************************************************


バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂

# by cute-qp | 2019-02-14 00:00 | きまぐれ日記

「50前にして」

ようやく肩の力が抜けて来た ... ってたって、

物理的にちょっと可動域が増えた位で、

まだまだ、肚と繋がって抜けている域には程遠い。

ただ、精神的に肩の力が抜けて来ているお陰なのは確かな様だ。

ひとつは「老いるショック」

いろいろな意味で「諦める日々」だ。

未だ「プライド」は髙いものの、「肩肘を張る体力・気力」がもう、ない!

しんどいんだよね~~~。

これ諦めちまえば「楽ちゃあ~楽」

「阿保は阿保らしく」いられるし、

合気的発想ってのが実に実感し易くなっている気がする。

もうひとつはやはり「登拝」のお陰。

苦手なことで、完膚なきまでに人格を叩きのめされること限りなし。
(立ち上っては叩きつけられ継続中 : 笑)

正直「正根」・「根本」は変わっちゃいないよ ... けど、矯め直して頂いている。

上手く言えんけれど、

歩きながら、自分よりもおっきなもの・世界をいろいろ知って、

なんか生きてることが、TV「はじめてのお使い」に想える今日この頃。

よちよち必死に「お使い」してんだけど、結局、総がかりでお膳立ですかってか ... 。

それ感じてしまうと、さすがに凡夫でも腑に落ち、眼が開けることもある。

眼を瞑れると言うか?

寸止めできるっちゅうか?

ひと息つけるっ言うてか?

振り返れるって言うか?

「行」と想って「我慢」し、想像・思い巡らせる間が出来たって言うか?

それでもダメな時、どこからか「まぁまぁ」って宥められてる様な(笑)?

そんなんでしょうか?

そんなこんなで、ホント「やっと一合目

がんばろ。


*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂

# by cute-qp | 2019-02-12 00:00 | きまぐれ日記

「やっと一合目」

やっと「一合目」 ... ようやく「道具を使う稽古」が出来る所まで来た。

今まではモノを持っても「ひとり勝手にそれらしい気分に浸り」やってただけだすなぁ。

まぁ散々、指摘されてきたことで、

頭じゃ分かっちゃいるけど、モノを持つとどうしても「持ちに行き」・「扱いに行く」ねぇ。

だから、まずは「肚とのつながり」や「バランス」を自分の身体や意識に観る方便として。

次に、道具の特徴から特徴的な感覚を学ぶ意味において、せいぜい稽古だす。

「肚・Ⅼ5感覚」ってのは、運動の物理的起点ってだけでなく、

自分や課題を「Oリング」出来るってのが、まぁ凄いし、大事なことだねぇ(顧みるに)。

いまだ、しょっちゅう「断線・圏外」になるんだけど(笑)、

そんな状況すら、思いもよらず、気付かなかった時に比べれば、

「センタリング」って感覚がまで現れ・発想ができるだけ、まぁ、ましになったのかも。

「サイクリック・ヨガ」ってのが、その良い稽古 ... 刀法の基本ってそれそのものだ。

その辺まで来ると「身勢を作る」意味も深くなり、

「ベクトル」も意識し始め、やっと「剣術」らしくなって来る。

「千里すなわち咫尺」って言葉も急に現実味を帯びて、実に面白いねぇ。

*************************************************

バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂

# by cute-qp | 2019-02-11 00:00 | きまぐれ日記