先ずはコチラをご覧下さい↓。

歯科医数「適正化」へ議論 厚労省方針

 厚生労働省は「今後の歯科保健医療のあり方検討会」を2009年度に設け、多
すぎるとの指摘がある歯科医師の需給バランスを改善する方策を議論する方針
を決めた。歯学部の定員を管理する文部科学省とも連携し、対応を議論する。
 厚労省によると、歯科診療所は今年4月末時点で全国に6万7981施設ある。
1年前に比べ335施設増えた。20年以上、ほぼ一貫して増え続けており、医療現
場から「歯科医師は供給過剰」との声が出ている。歯科医の間の競争が激しくなり
、経営環境が悪化しているとの指摘もある。

[2008年8月19日/日本経済新聞 朝刊]

 ↑以上、引用終わり。

 確かに、歯科医さんは街にコンビニ並にあり、反面、飽和状態で、閉院する所も
増えました。
 また、勤務医さん、開業医さんに関わらず、年収が300万円を切る状況であり、
先行投資(学生時代を含めた)・設備投資をとても回収出来る状況ではありません。

 その影響か?割の良い「インプラント」などの「矯正歯科」や「美容歯科」が増え始
め、歯科医さんが「鍼灸学校」に通う(「顎関節症」などのペインクリニックとして)
状況にあります。

 それと同様の現象が「柔道整復師」にも見受けられる様に思いますが、両者とも
「健康保険」との兼ね合いから、そろそろ「厚生労働省」が目を付け始めた?かに
思えます。

 「審判の日」もそう遠くない様です。

 だからこそ、今、医療人は真摯に「技術を磨き」、「人間性を高め」、「人を観る」
必要があると思います。


 しかしながら、業界はまだまだ「高齢化社会」や「心身の不調を訴える人の多さ」、
「介護保険」に頼っている様ですが、「景気の先行きが見えない」昨今、国民の目は
「少々、お金が掛かっても、施術者の人となりや技術を買う時代」になっており、なめ
た態度をしているとそれこそ「この洪水」にさらわれてしまうと思います。

 一方で、患者さんとしても、「保険の適用範囲」や「負担額」、「薬代」や「健康保険
料」が益々、家計を圧迫すると見られますので、「自分の健康は自分で守る」
事なしには暮らしていけない時代に入ったと言えます。

 そう言う意味で、春風堂は、まだまだ未熟ものですが、お一人お一人を丁寧に、
皆様のお役に立てる自分になれます様、真摯に、一生懸命頑張ります。

(参考)
 接骨院・整骨院、保険対象外も請求?
 無資格で灸・患部コロコロ…接骨・整骨院、やまぬ不正
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-20 00:00 | 現代医療に想う

 先ずは、コチラこらご覧下さい↓。

女性向け大衆薬、続々 興和や大正製薬が頻尿治療薬など

 一般用医薬品(大衆薬)メーカーが女性に的を絞った新製品を相次ぎ発売する。
興和は月内にも国内初の女性向け頻尿治療薬を投入。大正製薬は今秋をめどに
女性特有のかゆみを抑える新製品をそれぞれ投入する。風邪薬やドリンク剤など
従来の主力品が伸び悩む中、ドラッグストアの主要顧客である女性を対象に製品
開発を強化し、売り上げ拡大につなげる。
 興和が発売する「レディガードコーワ」は頻尿や残尿感を改善する効果がある。
医療機関で処方される医療用医薬品の成分を利用したスイッチ薬で、ぼうこうの筋
肉を緩めて尿意を抑える。前立腺肥大症の男性は服用できないため、女性向けと
して開発した。価格は20錠入りで2415円に設定する。


[2008年8月18日/日本経済新聞 朝刊]

 ↑以上、引用終わり。

 「何故、そう言う現象が起きているのか?」把握せず、正常かつ必要な機能を無理
矢理薬でコントロールするなんて...思わずゾ~っとしました。

 そう言えば、最近、若い男性女性のファッションが益々ルーズになり、立ち居振
る舞いまでルーズになっている様に思います。

 骨盤をがばがばに開き、猫背で鳩尾が落ち、ハイヒールを履いて、へそやお尻
を出す...見た目にも「最悪」なスタイルは、「尿漏れ」や「失禁」、「骨粗鬆症」を発生
年齢をぐっと下げる原因と言われています。
(丁度、花火のシーズンですが、着物の着こなしやセンスをご存じなく、歪んだ
身体に着物を身に付け、だらだら歩く姿は「お女郎」か「夜鷹」に思えました。)

 だ・か・ら・こそ!...自分自身の骨盤をしっかり締めて(「骨盤底筋」を鍛え)、横
隔膜を上げ、自律神経をコントロール(排泄関係も自律神経が支配しています
する習慣を是非身に付けて頂きたいと思います。

 実際、私の関わったクライアントさんはそれで「尿漏れ」が無くなり、美容的には
ブラのカップが「B」から「E」になりました(驚異的!)。

 また、センタリング呼吸法の会員の方数人は70を過ぎとは思えない程、ヒップア
ップして腰に「クビレ」が出来、身長がぐっと伸びて、同窓会で周囲の皆さんが余り
に縮んでおられるのにびっくりなさったとか...「貴女はどうしてそんなにすっきり立
っているの?」と驚嘆・賛辞を贈られたそうです。

 その皆さんに共通しているのが、日頃からコツコツ、「呼吸」と「骨盤時計」をやっ
て来た方と言うこと。

 やはり綺麗と健康にはそれなりのヒミツ!とドリョク!が必要!

 春風堂はそのサポートをさせて頂いております。

(参考)
 かゆみ止めと関連して→「身近な薬の正体 ~消炎鎮痛剤~」
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-19 00:00 | 現代医療に想う

「楽しい捻挫話」

 昨夜、成瀬雅春先生の著書より引用させて頂きましたので、日頃、楽しみにして
おります先生のメルマガの過去の記事より、興味深いお話がありましたので先生
の「自己探求」のある側面をご紹介させて頂きます↓

 前々回のこのコラムで、ヒマラヤからの帰りに捻挫をしたという報告をしましたが、
まったく同じ左足首を17日に捻挫してしまいました。
 家の前(の平らなところ)でいきなり足首を捻挫して、路上に仰向けになり悶絶し
ました。その様は、殺虫剤をかけられて仰向けになっているゴキブリそっくりです。
(注:あまりリアルに想像しないでください)

 その瞬間、私は空をつぶさに観察していました。足首の痛さをこらえている私と、
空を観察している私と、さらに捻挫する瞬間を思い返して、映像化しようとしている
私。
 そういうときの私は、ヨーガ行者の習性で、自分を徹底的に観察してしまうので
す。それが実に楽しいのです。
 捻挫はアクシデントですが、捻挫したことによって自分の中で観察する
材料がどっと押し寄せてきます。これぞ絶好のチャンスとばかり、最大限
瞑想を楽しむのです。


 そんな、楽しいひと時があって、とりあえずそのまま五反田に来て左足首を確
かめてみると、自分が思ったより大きく腫れていました。
 そこで一応知り合いの医者に行き、レントゲンを撮ってもらいました。その結果
、骨に異常のないことが確認されたので一安心です。相当腫れているので、テ
ーピングをして消炎剤などの処方をしてもらいました。
 その知り合いの医者は「成瀬さんは仙人だから必要ないだろうけど、一応痛
み止めと消炎剤を出しておきますよ」ですって。私を人間だと思ってないので
しょうか……。

 夕方からの教室は2クラスあり、足首にテーピングした状態を、なるべく会員
に気付かれないようにするにはどうしたらいいかを工夫しました。
 クルタの裾を目いっぱい下げて、松の廊下状態(喩えが古いなぁ)で足首が
見えないようにして、おもむろに教室内に入っていきました。
 会員はそれぞれまじめに自習をしています。その間を通り、足首が見えない
ようにしてスカ・アーサナ(安楽坐)になり、(こちらから近づくと足首が見えてし
まうので)体験者に近づいてもらい、呼吸法説明をしました。
 呼吸法と瞑想の練習も終わり、ハリオームの挨拶で授業が終了しても、私は
しばらく坐ったままで会員の動きをチェックしていました。
 全員が私のほうから意識が逸れて、着替えのほうに向かったタイミングで立
ち上がり、摺り足で教室内から消えました。(大成功!)

 17日の2クラスに出た人と、18日の夕方のクラス、19日の午前クラスの4
つのクラスに出た人でこのコラムを見ていた人は、思い出してください。
 私の足首のテーピングに気付いたでしょうか?誰にも気付かれていない自
信はあります。

 私の左足首は、20数年前のカンダ・アーサナ撮影時に、靭帯断裂を起こし
た場所です。カンダ・アーサナというのは、両足の甲が合わさって胸の前にく
るというヨーガ独特のポーズです。(拙著:実践ハタ・ヨーガ下巻185頁参照)

 そのときは冬の写真スタジオでした。待ち時間が長くて、その上寒くて身体
が硬くなっているという最悪の条件でした。それでも良い写真にしたいので、
頑張ってカンダ・アーサナをやったのですが、「ハイ、そのままもう少し保って
いてください」「あと3枚ぐらい撮ります」など、ヨーガ行者の都合は無視され
るので、まるで我慢大会のようになってしまいます。思わぬときに苦行を強
いられるのです。

 あと2,3枚というところで、いきなり「バリバリッ」という大きな音がスタジオ
中に響き渡ったのです。その途端、スーッと血の気が引いて悶絶しました。
このときは、どのぐらい瞑想を楽しんだか……もう忘れました。
 それ以来、左足首は何かとトラブルのある部分なので、気をつけてはいる
のですが、それでも捻挫することがよくあるのです。その割には、剥離骨折な
どは一度もないので、私の骨は丈夫なのでしょう。

 肉も魚も食べなくて、野菜もあんまり食べないと、骨が丈夫になる……?

 以上↑掲載終わり。

 実は私も当ブログを準備中の間、腰を事故で故障していました(笑)。

 その間10日程は布団で寝ることが出来ず、椅子でうとうとするのが精一杯
...しかし、骨盤や腰椎の動きについて凄く勉強になりましたし、その状況下、
覚悟を決め、不完全ながらもセンタリング呼吸法のアシストやセッションをさせ
て頂くことで、プロとしての「気構え」や「嗜み」、「愁訴を愉しむ」心構えを学んだ
次第です。

 尚、成瀬先生のメルマガは、HP上で登録すれば何方でも拝見することが出
来ます→「成瀬ヨガグループ HP」
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-18 00:00

 昨夜、「夢の途中 08/08/16」で「手」のお話を致しましたので、今日はそれを受けて
「心身をつなげる」感覚について「ムドラー(印)」からお話して行こうと想います(あく
まで、「身体運動」的観点からの「印」のお話です)。

 元々、この「ムドラー」と言うものの発生源は「ヴェーダ」を聖典とするインドの「バ
ラモン教」にある様で、神々の祭祀に当たり、音楽や踊りが重要な役割を果たし、今
日見る「インド舞踊」の中に、「仏像」等に見る沢山の「ムドラー」を見出す事が出来
ます。

 インド舞踊では「手がおもむくところに目がおもむき、目がおもむくところに思
考がおもむく」
と言われ、踊り手が「神」や「動物」になる時、この「ムドラー」が踊り
手を変容へと導く大きな鍵となっている様です。

 「ムドラー」が「自分自身」を重ね合わせ(統合)と何某かの存在と重ね合わせるキー
になっているの気がします。

 ちなみに、下記はインド舞踊に見る「ムドラー」です↓
d0074751_2321394.jpg

 そして、密教ではこの「重ね合わせ」が3つあり...

 1 身密 自分と身体と神仏の身体との重ね合わせ
 2 口密 自分と言葉と神仏の言葉との重ね合わせ
 3 意密 自分と意識と神仏の意識との重ね合わせ


 以上、「三密」と言われますが、「手印」はその中の1つに当たるのでは
?と感じています。

 そして、例えば、気功や武術で動物の動きを模したり、ヨガで様々なアーサナ(体
位)を組むのは、正に、己に「三密」を作っているのだと思います。

 従いまして、「重ね合わせ」と言う表現は「形態模写」や「イメージ」ではなく、あくま
で、「自らの心身をあるつながり、あるバランスの中で統合し、保つ」状況
を指すと思います。

 実際、インド舞踊家はある「ムドラー」を取り、例えば「象」を表現する時、その
「ムドラー」を入り口やキーとして「象の身体」、「象の言葉」、「象の意識」を「ア
クティブ・タッチ」し、舞踏家は「象」になり、「象として」踊ります。

 また、ヨガの「ムドラー」も、単なる「手の形」だけでなく、「ある体位」や「ある表情」
、「ある意識の状態」、「あるバランス状態」...総じて、「ある自分というつながり」を
表現している様です。

 他、肥田式の「集約拳」や霊術やボディーワークの「呼吸」、「腰腹」等々、調べてみ
ますと身体表現には沢山の「ムドラー」が見られ、治療における「手技」や「鍼灸」等
も相対的ムドラーと言えるか?と思います。

 以下は、成瀬雅春先生 著 「実践 魂を磨く」より引用です↓。

エネルギーの流れを体感する

 ムドラーを組むときに、まず気をつけたほうがよいことは、体の中での流れと手の
ムドラーとの関係を感じることだ。

 流れというのは、エネルギーの流れ、生命力の流れといってもいいだろう(「エネル
ギー」は、例えば、「筋肉」や「神経」、「意識」、「力」、「呼吸」の「流れや繋がり」と捉
えてみれば如何でしょうか:管理人)。

 手のムドラーを変えたときに、その流れがどう変化するか、どういうふうに流れて
いくかを、自分で感じ取るようにする。
 エネルギーが流れているのを肉体感覚として、はっきりと感じ取る様にする。その
感じは、電気的エネルギーでも時期的エネルギーでもよいし、振動として感じても
よい(「呼吸の伝わり方」・「身体の連動」もそうですね:管理人)。

 体感としてつかめれば、私が説明した通りの感覚でなくても一向に構わない。

 例えば、四つの印を組んでいったときに、自分はその内どの印が気持ちいいか
とか、違いは絶対にある。
 人によって、いろいろな感覚があるのでそのあたりを手掛かりにしていくと掴み
やすいであろう。
d0074751_2245263.gif

                   法界定印(胎蔵界)
d0074751_22452070.gif

                   智拳印(金剛界)

 今日も(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-17 00:01 | 温故知新

米国のがん患者4~6割、祈祷・気功・サプリなど試す
(asahi.com 医療・健康医療・病気記事 08年8月15日より引用)↓

 米国のがん患者の4~6割ほどが、祈りやサプリメントといった「補完代替医療」を
試していることが米がん協会の調査でわかった。科学的根拠の明確でないものも多
い補完代替医療の広がりが、改めて浮き彫りになった。

 同協会の研究チームが、がんと診断されてから10~24カ月の患者に郵便や電話
でアンケートし、4139人分の回答を分析した。

 その結果、「祈り・霊的体験」を試した人が約61%と最も多かった。気功などの「リラ
クセーション」や、「宗教的癒やし」「サプリメント」の経験者も、それぞれ40%を超えて
いた。

 女性、若者、高収入や高学歴の人が補完代替医療を試す傾向が強かったという。

 「はり・きゅう治療」は約1%にとどまっていた。研究チームのテッド・ギャンスラー博
士は「最近の研究で、はり・きゅう治療はがんの痛み緩和に有効とわかっているが、
意外にも試した患者は少なかった」という。

 ↑以上、引用終わり。

 確かに、ガンはまだまだ恐ろしい病気ですが、「西洋医学の限界」が顕著に現れて
来ているな...と思いました。

 ただ、「はり・きゅう治療」が有効な治療にも関わらず伝わっていないのが、「痛み
緩和」と言う「西洋医学的対処療法」に寄ったものである為か、「東洋的医学観」が
理解し難いからか?はたまた、人材不足?、文化・習慣的に「身に刺す」・「身を焼く」
事への抵抗か?...興味深い所です。

 逆に、ここに記されていない「カイロプラクティック」や「オステオパシー」などはどう
なのでしょう?

 また、「宗教や癒し」と言う点に関しては、がん患者の方々の「祈るような想い」は
理解出来ますし、そう言ったもののが患者さんに「生きる気力」を与えたり、時として
、「不思議」もあると思います。

 ただ...「ヒポクラテス」は何処に行ったのか?と。

 そして、「補完代替医療後進国」で「高齢化社会」の日本はこれからどうなるのか?
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-17 00:00 | 現代医療に想う

 本日は「なりたい自分」を求められた先輩として、「胴体力」入門より故伊藤昇先生
の「胴体力への道」の記事を引用掲載させて頂きます↓。

「どうしたらその動きが出来るのかできるのか?」の探究

 伊藤昇師は、1947年、静岡県に生まれる。類い希なスーパーボディの持ち主
であった伊藤師も、幼少のころからスポーツ万能であったかといえば、そうではな
かったようだ。
 鉄棒の逆上がりはできない、跳び箱は跳べないし走れば遅いし、団体球技は苦
手で、体育の先生の中では「運動オンチ」にランクされていた観のある存在だった
と開く。生前の姿からは程遠いイメージである。

 しかし、一方で今こんな話もある。お母様の思い出話によれば、単なる運動能力
を問われる競技ではなく、いくつもの障害を計画的にクリアするという戦術的な要
素を問われる運動会の障害物競走では、いつもトップの成績をあげていたという
のだ。単なる運動ギライな子供ではなかったことがわかる。

 体育的な運動が苦手だった伊藤師。だがそのことが、後の伊藤師のものの考
え方を形作るきっかけとなる。

 当時の小学校の体育の先生はできない動きをひたすら繰り返して練習させる
だけで、どうしたらその運動ができるようになるのか、その方法を質問しても教え
てくれなかった。

 それゆえに伊藤師は、この時代、自分で考えることを余儀なくされたという。

 著書『身体革命』にも「うまくできない場合は、何が原因なのか、原因がわかっ
たら、解決する方法は何か。更に、もっと楽にできるようになるにはどういう方法
があるか?と考えました」と書かれている。
 できない動きに対して、それをクリアする具体的な方法を考え、物事に関して
常に工夫するクセはこの頃に形成されたらしい。

 (中略)

 こうして、人間の身体の動きに興味を持った伊藤師は、ある日、書店で一冊
の本と出会う、沖ヨガの創始者である、故・沖正弘師の書いた『ヨガの楽園』だ。
 この本によって、それまでヨガといえばアクロバティットなポーズをするもの・・
・と思われていたものが、ヨガは身体訓練のみならず、食事・呼吸・精神といっ
たありとあらゆる分野にわたるインド文化の集大成であることを知り、沖ヨガへ
入門する。

 そして伊藤師は、ヨガを学ぶにつれて身体に関してある明確な答えを得るよ
うになる。それは、人間の身体は気分の持ち方ひとつで、病気になったり、元
気になったりと機械のようにボタンひとつでデジタルに動くものではない、あく
まで原因があり結果があるということである。

 一説に、沖師と”姿勢均整保健法”の創始者である亀井進翁は親交があり
、沖ヨガにおける身体矯正のポーズに関して、関節の矯正は”上下左右、回
旋”の3つが重要であることを亀井氏が示唆した・・・という話がある。

少林寺拳法での「達人」との出会い

 そして20歳の頃、伊藤師が通っていた少林寺拳法の道院へ、60代後半の小
柄な老人が入門する。その老人は、稽古が終わると技を教わりに伊藤師のとこ
ろへやって来るものの、一旦教えると即座にその技をこなし、逆にその返し技を
教えてくれた。
 諸手で思いきり掴んでもチョットした身振りだけで身体を宙に浮かせられたり
、木製の錫杖で思いきり打ちこんでも手を添えられただけで倒されてしまう・…
(後略)」といった感じだったそうだ。
 
 (中略)

 こうした時に中内師が「伊藤さん、武道のコツはカを抜くことだ。カが抜ければ
、いまの何倍ものカが出せる・・・」と話してくれた言葉がキーワードとなり、後日
、胴体カを発案するきっかけとなった。

 その後″M坂式バランスボール″の発案者であるM坂文翁と出会う。鉄製
の楕円球のバランスボールを保持した動作で500回、1000という回数をこな
すためには腕や脚のカが抜けておらねばならず、これによって中内師のいう
「武道のコツはカを抜くこと」が感得された。

 (中略)

 訓練法の成否は突き蹴りの力量でハッキリするだけに、間違っていれば工夫
し、合っていればさらに効率の良い動きを研究する・・・といったフィードバックを
繰り返し、大学4年生の頃には、郷里の静岡にある三島道院長を務めるように
なる。

”動きの質”の再検討による「胴体力」メソッド開眼

 しかし、24歳の時、身体が動かなくなる。重度の腰痛と疲労感、髪はバサバサ
、顔色は土気色で生気を失い、視力はなくなり、爪からは出血が続くなど、周囲
の人からは「原因不明の病で死ぬのではないかとまでいわれる状態に陥る。

 伊藤師はその原因を、体力に任せての剛法の数稽古が手足や腰などの同一
の筋肉の酷使による疲労限界を起こしたこと、そして同じ動作の繰り返しが内
臓の働きを妨げたことにあると考えた。

 ヨガを学びながらも「身体を強くすること」のみに終始し、一番肝腎な「どうした
ら身体を無理なく効率的に動かせるか」を忘れていたことを反省した伊藤師は
、道場を後輩に譲ると、4年間にわたり身体に関するあらゆる訓練法を調べ、
それを自らの身体で試し、胴体カメソツドの基礎を構築する。

 昭和50年、その経験を活かした「更なる技の質の向上」を目指し、東京で代
沢飛龍道院を設立する。
 「年齢・性別を問わずに、体力・技術は向上できる」という考えから、自らの故
障の原因を鑑みて、稽古前の胴体トレーニングに30~40分といった時間を
掛けることで、各人の能力に合わせた身体作りを行った。
 その一方で、2ケ月に一度、10日ほどの日程で合宿を行い、技の稽古以外
にも基本的なトレーニングや身体調整法、分子栄養学に基づいた食事法など
を行った。

 その間も伊藤師は、武道では大東流の岡本正剛師範・正木流の名和弓埜
宗家家・気の研究会の藤平光一師範などを訪れ、身体運用ではフェルデン
クライスや、修正体操の原崎勇次師に師事するなど研究に余念がなかった
という。
 このほか伊藤師が研究実践したものに、なぎなた・居合・肥田式強健術・
アレクサンダーテクニーク・歌唱法などがあったことがわずかに伝えられて
いる。

 ↑以上、引用終わり。

 板東玉三郎のトレーナーとしても活躍された伊藤師ですが、その素晴らしい
感性はこの様な経緯をベースに産まれたのですね。

 勿論、人それぞれに個性や方向性が違うので、単純にその善し悪しを評す
る事は出来ませんが、自分自身を観照しつつ、「感じ、考え、工夫する」事の
大切さは共通である様に思います。

 今日も(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-16 00:01

 昨夜に引き続き、「晴風抄」から引用致しますが、今日は「整体とは」と題し、
「心身を整えること」を考えて行きたいと思います↓。

 整体とは姿勢を正すことだと言った人がいた。外から見ればそう見えるかもし
れないが、外から正された姿勢は、どんな形をしていても整体ではない。

                         ●

 姿勢の姿は形のことである。勢いは、その形のもとである。勢いの現われと
して形がある。
 整体というのは、形を正すことではなく、勢いを正すことである。勢いに拠ら
ない形は生きものの形ではない。

                         ●

 整体とは人間の体調の整った状態であり、整体操法とは体調の整った状態を保
つ技術である。その手段は人間の持つ、″気″の感応を活用することによる。

 気は意識以前、体以前の存在であり、強いて他の言葉で言えば、勢いである。
人間相互の勢いの交感が手段の主力である。勢いは集団では野次馬とか群集心
理とか、個人では勝ちに乗じるとか負け癖がつくとか、又流行とかいうことに現われ
るが、その現象以前の働きを使いこなすことによって整体の技術となる。

 勢いを誘導して活元運動をし、又愉気を行なう。体操以前、潜在意識以前の人間
の実体と言うべきであろう。

 勢いは速度と関係が深い。整体の技術は速度の加減と時間を使うことによって
、これを行なう。

 体調の整った日は、何事も快い。ゴルフをやっても疲れない、仕事の調子も具
合よく進められ、人に会ってもすらすら運ぶ。働いても疲れず、眠っても深く、覚
めても快い、これが乱れれば、目前の山紫水明も目に入らず、快い筈の音楽ま
でが鬱陶しい。

                         ●

 潜在体力を発揮するには、体の中に″勢い″をつくらねばならない。

 その勢いのおこりは、一人一人の感受性によって違う。名誉とか名分とかの
為なら勢いが出てくる人もいるが、他人に勝つ負けるとなると体中のカが働き出
す人もいる。しかし賭けると途端に強くなる人もいる。冒険とか新しいこととなると
夢中になる人もいる。怒ったり泣いたり感情と一緒になら行動できる人もいる。

 勢いを体の中におこす方法は従って一人一人違う。その違いを知らないと勢い
を喚びおこすことはできない。

 体力づくりのことが世に説かれているのに、体癖のことが誰の口にも上がらないと
いうのは人間を内側から見ることのできる人が少ない為であろう。
 しかし外からの知識だけでは人間のことはいつか突き当たる。体癖のことは人間
の外と内を繋ぐ着手の処と言えよう。

 ↑以上、引用終わり。

 私は性格と言うのでしょうか?どうしても未だ「愁訴」と戦ってしまう癖があります。

 そんな自分を制御・牽制する為に「身体の動き(勢い)を作る」事が非常に大切な
キーワードになっており、その「動きの交通整理」が自分のお仕事だと考えています。

 往々にして、「愁訴」は「身体の勢いが無くなった場所」か「勢いが有り余り過ぎて
停滞している場所」だと思っています。

 その様な場所と直接戦っても「身体の交通整理」が出来ないので、どの様にすれ
ば、全身がスムーズに動く様になるか?を丁度「詰め将棋」をやる気分で取り組ま
せて頂いています。

 そして、「詰め将棋」同様、先ずは、日々、自分自身に向かう所からその学びが
始まっています。

 (参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「夢の途中 08/07/27」

 今日も(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-15 00:01 | 温故知新

 今日の「智慧に学ぶ」は、野口晴哉先生の「晴風抄」より引用させて頂きます。これ
は、先生が書かれ、話されたものの中から、整体論の基本的な考え方に触れるもの
を抜粋した内容になっています↓。

 健康の原点は自分の体に適うよう飲み、食い、働き、眠ることにある。そして、理
想を画き、その実現に全生命を傾けることにある。
 どれが正しいかは自分のいのちで感ずれば、体の要求で判る。これが判らないよ
うでは鈍っていると言うべきであろう。
 体を調え、心を静めれば、自ずから判ることで、他人の口を待つまでもあるまい。
旨ければ自ずとつばが湧き、嫌なことでは快感は湧かない。
 楽しく、嬉しく、快く行なえることは正しい。人生は楽々、悠々、すらすら、行動すべ
きである。

                          ●

 最初に感ずるということがある。そして思い考えるのである。

 あらゆる行動の出発は感ずることによってなされる。考えているうちは行動にはな
らない。

 右か左かトータルサムをとっても、どっちにしても五十歩百歩である。行くか戻る
か、いつまで思案していても、思案で決まるものではない。

 感ずることだけがそれを決める。

 然るに多くの人は思い考え工夫することを尊んで、感ずることのカを感じないで
いる。
 如何にドレスの形を工夫しても、その室が散らかっている人には美しい形のドレ
スはできない。

 美を感ずる人にだけ美は生ずる。

 最初にあるものは感ずるということである。最後における力も亦感ずるということ
なのである。感ずることを失った生活は死だ。

 生きておらねば新しきものは産まれない。感ずることがなければ、知識が如何
に豊富でも、その記憶の倉が満ちていても、新しきものは産めない。

 生きておらねば死んでいる。死んでいるものに創造はない。

 感ずることを豊かにする為にはその頭のなかをいつも空にし、静かを保たなけ
ればならない。頭を熱くしていては感ずるということはない。
 自分の顔を考えていても、利害を思っていても、毀誉を想っていても、感ずる
ということはなくなってしまう。

 感ずるということは頭ではない。感ずるということは生命にある。

 感じているが行動できないという人がある。感じていないのである。もし感じて
できないことがあれば、それは頭で感じている時だけだ。頭を空にして感じたこ
とは、そ打まま行動になる。

 頭の中の先入主に感ずるということを乱されていることがよくある。その上その
先入主的考えを感じることと間違えていることがある。

 しかし、感ずるということは頭から生ずるものではない。

                          ●

 健康を保つことは、どんな方法であっても、そのことが美として感ぜられねば、自
然とは言えない。技術が真に行なわれれば美である。
 それ故、薬が苦く、注射が痛いことは間違っている。腹を割いて盲腸を切り取るこ
とも美しく感ぜられない。治療することが美しい現われであるのに、何故その手投
が美しく感ぜられないのだろう。

 自然でないからである。

 自然は美であり、快であり、それが善なのである。真はそこにある。しかし投げ
遣りにして地っておくことは自然ではない。
 自然は整然として動いている。それがそのまま現われるように生き、動くことが
自然なのである。

 鍛練しぬいてのみ自然を会することができる。

 懐手で知った自然は自然ではない。頭で造った自然はもとより人為のものであ
る。

 ↑以上、引用終わり。

 「自律神経」云々が一般的になるずっと前に、野口先生を始め、古人は「予想外」
な心身との付き合い方を良く知っていたのですね。

 そして、それは「知識」や「技術」の問題でなく、先ず「感じる」事が大切で、その
「主人公」は自分自身であると仰っている様に私は感じます。

(参考)
 「お医者様も”予想外” ~自律神経失調症~ 」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「先ずは自分が変わる」

 今日はおまけがございます。宜しければお付き合い下さい↓。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-14 00:01 | 温故知新

スーパーやホームセンター、大衆薬販売に本格参入

 スーパー大手が来年4月以降、風邪薬など大衆薬の販売に本格参入する。イトー
ヨーカ堂とマルエツは全店で販売、ライフコーポレーションは新規店に売り場を併設
する。ホームセンター大手のカインズなどを含め各社は、新販売資格を大量取得し
て人員を整える。来春の薬事法改正の目玉である販売参入が進むことで、値下がり
するのは確実。ドラッグストアでの定価販売が中心だった大衆薬が、幅広い店で安く
手に入ることになりそうだ。
 鎮痛薬・目薬など大衆薬の2007年度市場は1兆1800億円(店頭売価ベース)と
前年度比2.3%増えた。うち約7割を占めるドラッグストアは日用・食料品を安売りす
る一方、大衆薬は薬事法で薬剤師の常駐が義務付けられている競争制限を背景に
原則、定価販売を維持してきた。

[2008年8月12日/日本経済新聞 朝刊]

 ↑以上、引用終わり。

 それではこのニュースのキーとなる「新販売資格」→「登録販売者(薬種商)」につ
いてご説明致します。

 これは「薬事法」で定められた資格で「指定医薬品以外のすべての医薬品を取り
扱うのに必要な知識経験を有する者」を指します。

 シンプルに表現しますと「ドラッグストア主任」的なものでしょうか?

 「薬剤師」より資格取得が容易とされ、しかも大部分の医薬品を販売できることから、
多店舗展開を進める上で「うってつけの人材」となる為、2009年施行の改正薬事法で
、コンビニエンスストアやスーパーが医薬品販売に参入すると想定されており、各社は
先手を打って「薬種商」を活用した販売網の拡大を急いでいる模様。

 実際、「薬種商」は指定医薬品以外の474成分を販売出来、「薬剤師」の配置が必
要な従来の一般販売業の485成分と比較しても販売できる医薬品の数がほとんど
変わらないのです。

 また、「薬剤師」を配置する一般販売業の店舗では、人件費がかさみ、「薬剤師」に
接客技術を身に付けさせる必要もあり、コスト高になり易いと言えます。

 そして...「薬剤師」が国家試験であるのに対し、「薬種商」は都道府県試験となり、
比較的容易に取得できるメリットがあり、ドラッグストアにとって「薬剤師不足」を補う
人材として期待、今後、「薬種商」による出店加速が予想されます。

 従いまして、各企業や専門学校では新商品として「薬種商資格者」のプログラム
が開設され初めています。

 加えて!改正薬事法により、これらが改めて「登録販売者制度」となり店舗に薬剤
師がいなくても販売できる医薬品を定め、処方箋がいらない大衆薬を副作用などの
リスクに応じて3分類し、登録販売者は比較的リスクが低いB、C分類を扱える様に
なります。

 更に!、実務経験期間が3年から「1年」、若しくは、「免除」となるのでコンビニなど
の参入を促すと想定されています。

 余りにも高い薬価が安くなるのは良い事だと思いますが、はて、どうなりますこと
やら(医師を増やす事も)...。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-13 00:00 | 現代医療に想う

 昨夜の「奇跡のリンゴ」を受けて、今日は「西洋の智慧」をから拝読して行きたいと
思います。引用は「ヒポクラテス全集」からです↓

 病気を引き起こす原因は「変化」である。

                        ●

 人間が病気になるのも、自分自身を修復するのも自然の働きであり、病気を
治すのは患者自身が本来持っている自然治癒力である。

                        ● 

 一日の生活の「リズムと規則性」のバランスを確立することによって、対立関係
にある体機能の均衡をはかることが大切である。

                        ●

 病気は超自然の力によってではなく、自然の力によって生じる。たとえば、悪霊
や気まぐれな神々の怒りによってではなく、蜃慌や食生活の急激な変化によって
生じる。健康とは、体と心を含む内的な力と外的な力の調和的バランス状態を表
現したものである。

                        ●

 人間と自然とは切り離せないもので、人間が自然界のなかで生きていく以上、
そこには一定の法則が存在する。人間の体は、温め、冷やし、乾かし、湿らせる
という複数の働きにより構成されている。その相互のバランスが崩れたときに、さ
まざまな病気が生じる。また、自然界における生命の誕生について考えると、同
類で異なる性質を持っているものが互いに交わらなければ「生まれる」ことは不
可能である。そして、両者は互いがほどよく対等の状態にないならば、生まれる
ことは起こらない。

                        ●

 人間は健康こそが最も価値があるものと考え、病気のときには自分自身の考
えによって体のためになる方法を見出さなければならない。

                        ●

 外的な要因だけでなく、悲しみや怒り、神経を使う仕事、苦労を堪え忍ばなけ
ればならない事情など、心や精神の状態も大きな問題である。

                        ●

 誰もが自分に合った健康維持法を実行しなさい。そうしなくて病気になった患
者に対しては、医師は生活する人間として扱い、相互の信頼関係のもとで、患
者も医師と同じ熱意で病気と闘いなさい。それが本来の医療の姿である。

                        ●
            
 人間の体には、血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁があり、これらがバランスよく混ざ
り合った状態が最も健康な状態である。一方、これらの体液が多すぎたり少なす
ぎたり、あるいは1カ所に溜まった状態が病気であり、そこにさまざまな疾病や
痛みなどの症状が生ずる。

                        ●

 本来の医療とは、病名をつけることが重要なのではなく、その病状に合わせて
いかに治療するかが大切である。病気の診断をわずかな症状の違いごとに区別
していたら、病気の数は数え切れなくなる。病気の名前の多さは、単に病気の症
状の多様性を示すだけだと考えたほうがよい。

                        ●

 患者の体から発する信号を注意深く聞け。

                        ●

 およそ人間が何であるかを知らないものは医術を知ることができない。人間を
正しく治療しようとするものは、これをしっかり知っていなければならない。

                        ●

 人体は疾病に対して自然に回復する。医師はその回復する自然の力を補佐
するのが天命である。

                        ●

 医術とは、病気による痛みや苦痛を取り除き、病気の勢いを鎮め、病気に負け
た人を救うこと。そして、医師とは、医療者としてふさわしい資質を備えたうえで
実地の経験を積み、医術の知識を自分のものとするために、さらに厳しい修業を
積んだ者にのみ与えられる資格である。

 ↑以上、引用終わり。

 前回、「ヒポクラテスとガレノス ~科学と倫理~」でもご紹介致しました「ヒポク
ラテス」の考えの一部をご紹介致しました。

 彼とその弟子が病気の原因やその治療法のみならず、予防法、医師の資質や
行動指針について述べたのがこの本です。

 そんな彼は医学に大きな影響を与えましたが、その後、西洋医学は「アロパシー」
に基づく注射や投薬、手術が多用されるようになり、「病気の本質的な原因」や「自
己治癒力」を忘れてしまいました。
b0159328_206118.jpg

               現代医学と自然医学の流れ(西洋医学)
          中島文保:著 「ヒポクラテスが教える癒す力50」より引用

 しかしながら、近年、「根治治療」を目指す「自然医学」や「補完代替医療」が再び
見直され、紀元前の智慧が今に生きていると言えます。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-12 00:00 | 温故知新

奇跡のリンゴ

 昨夜、「コンドロイチン」と「ヒアルロン」についてお話致しましたので、今日は少し、
視点を変えてお話したいと思います。

 カテゴリー「本のご紹介」では春風堂の主観ではありますが(笑)、印象的な
本をご紹介致します。本日はコチラです↓
b0159328_11414913.jpg

 奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録 石川 拓治 著 幻冬舎

 実は、「アダムとイブ」や「ウイリアム・テル」、「ニュートン」等の時代の「りんご」は渋く
て小さく、「林檎」と言う漢字から受ける「木の実」的存在で、「果物」としてはイマイチで
ありました。

 そんな「林檎」を古人が何代も長い期間を掛けて「美味しく」、「大きく」、「沢山」実る様
にしたのが今日、私達の食べている「リンゴ」です。

 しかしながら、動物園で育った動物の如く、今の「リンゴ」は病害虫に弱く、農薬なしで
は収穫量が10分の1になる程、「自生が難しい」・「人の手」が掛かる植物です。

 この「リンゴ」を「農薬に頼らず作る」事を本格的に、初めて成功させたのが木村さん
で、業界では「不可能を可能にした男」と呼ばれ、全国の農業生産者や消費者、研究
者までもが木村の畑を視察に来ています。

育てない手助けするだけ

 化学的に合成された農薬や肥料を一切使わない木村さんのりんごづくり...不可能
と言われた栽培を可能にした秘密は、畑にありました。
 木村さんの畑では、あえて雑草を伸び放題にし、畑をできるだけ自然の状態に近づ
けることで、害虫を食べる益虫も繁殖し、葉の表面にもさまざまな菌が生息すること
で、病気の発生も抑えられ、畑に「1つの生態系」を作り上げました。

 木村さんがやることは、人工的にりんごを育てるのではなく、りんごが本来持ってい
る生命力を引き出し、育ちやすい環境を整えることで、例えば、害虫の卵が増えすぎ
たと見れば手で取り、病気のまん延を防ぐためには酢を散布する。すべては、徹底し
た自然観察から生まれた手法でした。

主人公はりんご

 木村さんが農薬も肥料も使わない栽培を確立するまでには、長く壮絶な格闘があり
ました。かつて、奥様が農薬で皮膚がかぶれたことをきっかけに、木村さんは、農薬
を使わない栽培に挑戦し始めます。
 しかし、3年たっても4年たってもりんごは実らず、収入の無くなった木村さんは、出
稼ぎや畑の雑草で食いつなぐ程の極貧生活を送り、周囲から「かまどけし」と呼ばれ
、「白眼視」、「村八分」される状態になります。
 そして、6年目の夏...絶望した死を決意した木村さんは、ロープを片手に死に場所
を求めて岩木山を彷徨い、そこでふと目にしたドングリの木に栽培のヒントを見出し
ます。

 「なぜ山の木に害虫も病気も少ないのだろう?」...おもむろに、根本の土を掘りかえ
すと、手で掘り返せるほど柔らかく、この土を再現出来れば、りんごが実るのではな
いか?そう閃かれました。

 当初、木村さんは、病気や虫のせいでリンゴが弱ってしまったと考えておられたの
ですが、野にあるドングリの木も病気や虫の攻撃に晒されるはずなのに、それでも
元気なの何故か?...結局、農薬が無くとも、本来、植物は自分の身を守る事が出
来、「本来、それが自然な姿」...そう言う自然な強さを失っていたからリンゴが弱っ
てしまった事を発見。

 「自分のなすべきことは、その自然を取り戻してやること」と気付かれました。 

 そして、8年目の春、畑一面にりんごの花...それは豊かな実りを約束する、希望の
花でありました。

 私がとても感心したのは、木村さんのそのお考えで、「人間も同じ(リンゴと)」...「
一人お一人を丁寧に拝見し、皆様の心身の中に自然を取り戻すお手伝いをす
るのが私のお仕事なんだ」
と再確認致しました。

 同時に、リンゴと同じ様に、自分が「自生」するには何が必要か?痛切に感じま
した。

 そして、木村さんの「ひとつのものに狂えば、いつか必ず答えに巡り合う。一歩
ずつ、階段を登るように進んでいけば、必ず実りますよ」
と言うお言葉が印象的
でした。

 本書の著者の言葉を借りますと「人は生きていくために、経験や知識は欠かせない
。何かをなすためには、経験や知識を積み重ねる必要がある。だから経験や知識の
ない人を世の中ではバカと言う。けれど人が真に新しい何かに挑むとき、最大の壁に
なるのはしばしばその経験や知識なのだ。木村はひとつ失敗するたびに、ひとつの
常識を捨てた。そうして無垢の心でリンゴの木を眺めることが出来るようになったの
だ。」...成る程なと思いました。

 そして...「死ぬくらいなら、その前に一回は、バカになってみたらいい」...その
言葉が強い励みとなっています(笑)。

 (参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「先ずは自分が変わる」
 「身近な薬の正体」
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-11 00:00 | 本・CD・映像のご紹介

 昨夜、「曲直瀬道三」の記事を掲載致しましたが、「養生」を考える上で、我々の
置かれている状況・現状を知ること欠かせません。

 カテゴリー「現代医療に想う」は、そんな今日の「医療」につきご紹介し、僭越
ですが、春風堂なりの考えを述べさせて頂きます。

 先ずは、コチラをご覧下さい↓。

関節痛対応の18の健康食品、表示より成分が少なく
(08/08/09 NIKKEI NETより)


 関節痛などに効果のあるとされる成分コンドロイチン硫酸を原材料とする健康
食品の一部に、同硫酸の含有量が表示より少ないものがあることが国民生活セ
ンターの調査で分かった。
 成分量を明示した市販の3製品について調べたところ表示の16―64%だった。
同成分を含むとして総量を示した15製品でも0.4―82%で、同センターは業界団
体に表示の改善などを求めた。

 また市販18製品のうち、3製品は陸生哺乳動物由来の原料が含まれていたの
(通常、サメの軟骨が使用される事が多いです:管理人)に表示していなかったこ
とも判明。9製品はカプセルや錠剤が水に30分浸しても溶解せず、胃の中で溶け
にくいという品質上の問題もみられたという。

 ↑以上、引用終わり。

 「コンドロイチン」について補足説明致します。「コンドロイチン硫酸」は、動物体内
にみられるムコ多糖類の一種で、軟骨を主に、皮膚などの結合組織、脳などあらゆ
る組織に広く見られ、25歳位までは、体内で生成されます。
 しかし、その年齢を過ぎる頃から徐々に生成量が少なくなり、関節から肌、頭皮に
影響が出て来て「老化」原因の1つと言われています。

 医療上は、「注射液」で腰痛症、関節痛、肩関節周囲炎(五十肩)、点眼液で角膜
表層の保護等に用いられています。

 また、よく似たものに、「ヒアルロン酸」がありますが、これもムコ多糖類の一種で
関節、硝子体、皮膚、脳など広く存在し、関節機能改善剤、眼科手術補助剤、点眼
剤、外科手術後の癒着防止材、皮膚科での創傷治癒剤、間質性膀胱炎治療剤関節
炎や角結膜上皮障害の治療や、化粧品などに保湿成分、健康食品に配合されること
があります。

 従いまして、「食品偽造」以上に、こんなものの成分を偽られてはたまらないな...
と感じました。
 何せ、人体を構成する組織に影響があるのですから...しかも、直ぐ、体内吸収
されますし。

 そして、これらの「注射」が、「整形外科」における「消炎鎮痛剤」に代わるものと
して、また「美容外科」での「プチ整形」として、「流行り」、「新しい商品」となってい
る様です。

 何せ、「消炎鎮痛剤」程の「副作用」はなく、今の痛みが抑えられたり、見た目が
ちょっと良くなるのですから...。

 しかし、そこがミソでして(笑)...「根治治療」ではなく、「感覚面で即効性ある対処
療法」で、しかも「成分が全部に身体に吸収されて無くなる」...要は、患者さんの
「依存度」が高まる施術とも言え、実際、そんな風景を多くの病院で見かけます。

 また、両方とも元々、体内に存在する成分ですので、アレルギー反応等は殆ど
ない様ですが、「人工的」に作られたものを注入する為、注射などの場合、「皮下
血腫(しこり・紅斑)」や「腫脹・疼痛」を感じる方もいらっしゃったり、体調を崩された
方もお見かけしました。

 勿論、「身近な薬の正体」でお話しました通り、「薬の服用が全て悪い」とは思い
ませんし、逆に、不幸にも事故に会われた様な方には大変良いものが出来たと思
います。

 しかし、「自分で改善出来る」範囲の方法を用い、薬物他に「頼り切る」(「患者さん」
だけでなく「医療側」も)のは如何なものだろうか?と思っています。

 実際、街で様々な人を観ていると、その「歩き方」、その「姿勢」、その「振る舞い」
を改善するだけで、凄く生活が楽になるのに...と思う人を日々、大勢お見かけし
ます。
 例えば、こんな感じです(ジョセフ・ヘラー「ボディーワイズ」より引用)↓
b0159328_14364916.jpg
b0159328_1437262.jpg

 向かって、左の女性は重力に押し潰される様に座っていますし、左の男性は
鞄の重み見釣り合う事が癖になって立っていますね。

 これを建物に置き換えるとより明白に状況を見る事が出来ます↓
b0159328_14412897.jpg

 私達の身体の繋がりが重力に従って真っ直ぐ立てると左の家の様に重力が
私達を真っ直ぐにしてくれますが、それが崩れると「ピサの斜塔」の様に重力
が私達をあらぬ方向に引っ張る事になります。

 その結果、「椎間板ヘルニア」や腰椎の「分離症」や「滑り症」、膝の「O脚」や「X脚」
となります。こちらは、膝の症例比較です↓。
b0159328_1410779.jpg

 従いまして、「年を取る」と言うのは事実ですが、ご自身で出来る事が身近に
沢山ある(お金も手間も余り掛からず)事にどうかご留意下さい。

 皆さんの身体はそれだけ「優秀に出来ている」のです(そう言う私も「ヘルニア」や
「膝の故障」を抱えていましたが、今、支障なく暮らせています)。

 そんな「お手伝い」を春風堂では行っています。

 (参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「先ずは自分が変わる」
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-10 00:00 | 現代医療に想う

 カテゴリー「智慧に学ぶ」では、古今東西の資料の中から私達が「なりたい自分に
なる為」の智慧の一部を抜粋し、皆さんとご一緒に拝聴・拝読させて頂こうと思います。

 今日は、室町・安土桃山時代の医師、曲直瀬道三(まなせ どうさん:永正四年~
文禄三年:1507~1594)の「養生誹諧」です。

<文武>
 かねてより 身をつつしむハ 文の道 病でくすすハ 物のふのわざ (2)

  常日頃から病気に罹らないように体をいたわるのが学問や芸術を究める道であ
 り、病気になったら、病を治す術を心得ておくのも武士たる者のつとめである。

<保胃>
 食ハ只 よくやハらげて あたたかに たらハぬ程に 薬にもます (6)

  食べ物は、よく温めて柔らかく調理するといい。そして、食べ過ぎず足りないくら
 いの量の食事は薬以上の効果がある。

<四休>
 さむからず 飢ることなき たのしみハ たる事を知の さひハにぞかし (9)

  寒さも飢えも凌げる程度の生活が、人生の楽しみ、幸福に浸るにはちょうどよ
 い。足ることをしったほどほどの生活が何よりだ。

<湛浩>
 老いぬるハ 立てミ居てミ 身をつかひ 心ハ常ニ やすむるぞよき (10)

  歳をとったら、立ったり座ったりして身体を使い、心はいつもやすらかにしてい
 るのがよい。

<和中>
 常の食 四時に順じ 五味を和し 飽ニ及バず 又ハうゑざれ (11)

  日頃の食事は、季節に応じて旬のものを味付けも適度にして、かたよらず食べた
 いものだ。食べ過ぎはいうまでもなくよくないが、、腹の減り過ぎもよくない。

<勧懲>
 性をわれ 常ニすなほに ためなをし よきを志たふや 養生のもと (12)

  自分の正確や生活が正しくなかったら、曲がったところを直して、健全な精神を
 獲得するのは養生のもとだ。

<不薬>
 何となく 形と心 つつしめばバ 薬なくても ゆらく玉のを (13)

  身体のことを常に気をつけ、いたわって、心おだやかに、ふつうに生活していれ
 ば薬の世話にならなくても、楽しく長生きできる。

<順レ衣>
 水にぬれ 汗にうるおふ 衣かえ また夏冬ハ よき程にせよ (17)

  水に濡れたり、汗でぐっしょりとなった衣服はすぐに着替えよ。また、夏や冬や
 、暑さ、寒さに適した衣服を身につけなさい。

<弁医>
 医しをハ 兼て手がらを わきまへて それを親しミ 脈も見すべし (18)

  日頃、医師の力量を知っておくべきだ。そうしておけば病気のかかったとき、安
 心して診察を受けられる。

<揀択>
 はかなくも 善悪思ふ 苦しミの 何ハにつけて 身を尽くしけり

  はかないものだ、よいこと、悪いことの取捨選択で思い悩むのは苦しく、身体に
 よきこととはいえない。だからどんなことでも悩まずに一生懸命励むのが一番だ。

<汗瀉>
 汗おしみ くだるものいとへ をのが身に それや内外の あるじならまし (33)

  汗も下痢もおろそかにせず、大切なものと考えるのがよい。それが、自分の身体
 の内側と外側から病気を教えてくれる中心になるのだから。

<謹薬>
 効ある 薬にさとれ 何事も なきおりからハ いかがのむべき (34)

  自分に効いた薬が何か知っておくべきだ。病気でも何でもないときはどうして飲
 もうか、飲むべきでない。

<攣レ筋>
 ゑせ馬と つよ弓すまふ ちからわざ 積れハ筋の 中風とぞなる (36)

  無理な労働が重なれば筋肉を傷め、ひいては健康を損ねるぞ。

<怨他>
 医しせめ 効をいそぐ 身の病 作り出せる 我ハうらミず (44)

  患者は医者を責めて、早く治せしてくれとせかすが、その原因を作った自分のこ
 とは棚にあがている例が多いものだ。

<以レ怖治>
 なへて人 胸の思ひハ 乱碁の 死するをこうに たててやむべし (46)

  耐えがたい万難の苦しみも、死を覚悟すれば立ちなおることができるものだ。

<預謹>
 さしも草 もゆる思ひと 針薬 くるしまんより かねて謹しめ (53)

  お灸をして熱い思いをしたり、鍼を打って痛い目をして苦しむくらいなら、ふだん
 から身体をいたわっておくのがよい。

<禁レ久>
 いねをきも 起居見聞て 行事も 皆久しくて 病とそ成 (65)

  行住坐臥、起居動作はすべててきぱきとこなせ。のんべんだらりと生活をしてい
 ると病になってしまう。

<持与避>
 をのか身に たもちてよきハ 只たもて 避けてやすきハ 常ニさくへし (112)

  自分の身にとって、良いと思うことはそのまま続け、悪いと感じるものは常に避
 けるよう心がけるべきだ。

<遂レ欲>
 限りある 露の身をもて はかりなき 胸ニまかセバ はやくこぼれん (113)

  はかなく、短い、露のような人の命なのに、何も考えず、思いつくままに欲を追う
 と早く死んでしまうぞ。

<難レ行>
 謹ミを 耳ニ聞分 心にも 得ておこなハぬ 人ハかひなし (114)

  心身をひきしめ、控えめな生き方が大事と、人からきき、心にも留めていても、
 それを実行しなければ何の意味もない。

 ↑以上、各症状に対しての詳しい説明を含めると、道歌は計120にもなるので
すが、ここで「基本」となるものを抜粋しました。

 ちなみに、本書は「毛利輝元」に贈られたものです。

 ご興味のある方は 山崎光夫 著 「戦国武将の養生訓」 新潮新書 をお読み下
さい。

 また、本日は(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
b0159328_20113841.jpg

                       曲直瀬道三先生
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-09 00:01 | 温故知新

 ご紹介致しました「曲直瀬道三」先生につき、ちょっとした逸話がございますのご
紹介致します。

 以下は、東洋医学史研究会様のHPより引用・掲載させて頂きました↓。

 道三が数人の弟子を連れて諸国を遍歴したときのこと・・・道三師弟一行がある海
岸沿いの漁村に差しかかったとき一人の少年に出会い、その少年の顔を見て道三
は驚いた。

 と言うのも、その少年の顔にはっきりと「死相」が現れていたからである。

 少年の顔色は青白くくすんでいた。たち振る舞いには特別変わったところはなか
ったが、道三から見ればそれはまさに死期の迫った病人の顔であった。

 そこで、道三はその少年に「宿を問い」少年は道三一行を自分の家に案内した。

 弟子は直ぐさま、宿場町に泊まる手筈している旨を伝えたが、今宵はこの子の家
にどうしても泊まらなければならと語った。道三以外は、だれもこの少年の異変に
気づいていなかったのである。

 村中に足を踏み入れると、道三は周囲に漂う異様な気を感じとった。すれ違う村
人の中に少年と同じように顔に死相が現れている者が幾人もみうけられたからで
ある。
 そして・・・少年の家でも、両親や幼い兄弟達の様子をみると皆その顔に死相が
現れていた。

 このように人の顔色の変化をみて診断(望診)することは中国から渡来した医術
の奥義であって、まさに名医の優れた技量を意味するものであった。当時は、直
接脈を診て病状を知る術さえも、そうした高度な診断法には及ばない技量とされ
ていた。


 道三はいよいよ不審に思い、その少年と家族全員の脈を弟子たちに診させたが
いずれも精気が失われようとする死脈であった。

 何人もの者が一様に死脈というのは有り得ないことである。死相が出ていながら
、病人のように床に伏せっているわけでもなく・・・これには道三も考え込んでしまう。

 道三はそのまま屋外に出ると浜辺へとゆっくりと足を進め、絶え間なく浜辺にうち
寄せる波を一心に見つめ、一瞬閃くものがあった。

 道三は意を決すると漁師の家族はもとより、村中の者に近くの山へ非難するように
すすめた。
 村中は騒然となり、旅医者の狂言として嘲笑する者、怯えて座り込んでしまう者と
上へ下への大騒ぎ・・・それでも村人の半数近くは道三の言葉に従って近くの山へ
避難した。

 非難した村人は不安げに山の上から村の様子を窺っていたが、穏やかな海や村
の眺望には何の変化もなかった。が・・・

 「大きな波がやってくるよー!」

 突然の子供の叫び声に一同は海の彼方に目をやった。遥か彼方に水平線に黒々
とした巨大な波の壁が見えた。

 果たして不気味な海鳴りがしたかと思うまもなく泡立つ大波が周辺の海岸に襲い
かかってきた。小さな村は一瞬のうちに大波の渦に飲み込まれ一たまりもない。

 山上から、道三は一部始終を見ていた。大波がすべてを押し流し飲み込んでいっ
たのである。

 そして・・・道三の足下で震えている少年の顔にはもはや死相はなかった。津波か
ら逃れた村人達の顔からも死相がすべて嘘のように消え去っていた。

 ↑以上、引用終わり。

 「逸話」の真偽の程は私には分かりかねますが、「望診」はとても大切な事で、
それに優れた曲直瀬先生だったからこそ、この様な逸話が残っている様に思いま
す。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-09 00:00 | 温故知新

 「なりたい自分」を考える上で、もう1つ大切なファクターに「薬」があります。

 我々に身近な疾患として「頭痛」、「生理痛」、「胃痛」、「腰痛」、「膝痛」、「風邪」、
「高血圧」、「高血糖」、「むくみ」、「かゆみ」、「不眠症」などがありますが、これら
全てに用いられており、処方箋なしでも購入出来る薬として、とても身近に存在し、
常用している方も多いのが「消炎鎮痛剤」です。

 この「消炎鎮痛剤」は主に、「痛み」や「炎症」を伴う病気に用いられる事から
、今日は、この「痛み」や「炎症」の仕組みからお話致します。

 そもそも、「痛み」や「腫れ」、「発熱」は血流を増やして、患部を修復しようと
する身体の活動で、血流が多くなるほど、痛みは増します。
 そこで、例えば、「最初は温めずにアイシング」と言うのは、少しでもその
急激な活動の影響を緩和する為の処置なのです。

 対して、「消炎鎮痛剤」は、交感神経を刺激して人工的に「血流障害」を作り
、症状を和らげると言うもので、西洋医学的な「アロパシー(症状を抑え込む)」
の「対処療法」の考え方に基づくものです。

 従いまして、劇的に症状を緩和するものもありますが、一時、緩和されたのは
「知覚(感じる)症状」であり、その根本原因は「身体の自然治癒力」が抑え込ま
れて治癒が停滞している状況でもあります。

 先日、お話しました様に、「痛み」や「炎症」は「治癒反応」であり、患者さん
の「自覚を促し」、身体をセンタリングする為の「バランス機能」です。
 その機能を司る「自律神経」の内、交感神経が化学的・機械的に緊張を
させられ、結果「自己バランス・防衛機能」が低下します。

 加えて、「血流障害」は「身体を冷やし」、「交感神経」が組織を更に「破壊」さ
せる場合もあり、次なる疾患を増やす原因にもなります。

(ちなみに、「破壊」と言っても、通常、身体は「創造」と「破壊」のシステムの
中にあり、これがバランスして「代謝」やあらゆる「循環」が成り立つ為、単に
「悪」ではありません。)

 その「作用」・「反作用」が大きいものが「ステロイド」や「免疫抑制剤」と
言えるのではないか?と思います。

 しかし、「薬は絶対に使うな!」と言う事ではありません。

 身近な薬の働きを良く理解しておき、必要最小限度に用いる事で、それら
を有効に使うことが出来ます。

 但し、「安易に使わない」・「使わせない」と言う事です。

 そして、愁訴の「予防」から「治療」まで、皆さんが「主人公」となり、愉しく自
分自身をコントロールして頂きたく思います。

 その「アシスタント」や「アドバイザー」として私達がおります。

 ちなみに、以前、風邪を引いた方からセッションをオファーして頂いた事があ
り、その際、あらかじめ、「当日は咳や鼻水止めは控えて下さい」とお願いしま
した。

 しかし、私に「風邪を移してはいけない」と思われ、その方は半日前に「咳
止め(24時間効くもの)」を服用されました。

 結果、身体に「麻酔」を打った様に全身のバランス機能が完全に麻痺し、
私が何をしても身体の中が動いてくれず、その日はお帰り頂きました。

 同じ様な事が「インドメタシン(湿布や塗り薬)」でもある様です。 

 (参考)
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「もう1つの調整法 ~身体を温める~」
 「先ずは自分が変わる」

 本日は(おまけ)がございます。宜しければご一読下さいませ↓。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-08 00:01

先ずは自分が変わる

 「身体の悩み」だけでなく、「心の悩み」も「自律神経のアンバランス」に影響する
事は以前お話させて頂いた通りです。

 そして、「心の悩み」は「家庭」や「職場」などの「対人関係」を通じて現れ、「何故、
分かってくれないの?」、「なんであの人はああなんだ!」...と尽きる事がありませ
ん。

 時には「こんなに私は頑張っているのに!」...と言う想いに私達は駆られます。

 しかし、そんな想いは得てして「我が儘」や「独りよがり」である事も多く、それとな
く相手に伝わってしまい」余計に悩みを深くします。

 その為にも「先ずは、自分が変わる」事が大切です。

 その辺について、スナサーラ長老(著)の「法句経」より引用致します↓

 心をおさめるに、どんなときでも「心を観る」ことが大切です。ポイントは、つぎの
四点です。

一.すぐに自分の心を観る

  気分が悪い、落ち込んでいる、腹が立っている-そのようなときこそ、怒りをぶ
 つけるのではなくて、自分の心を見つめるのです。
  「私は今、腹が立っている、怒っている」と二、三回くらい心の中で言うだけでも
 、サッと怒りは消えてしまいます。効き目がすぐあらわれることがわかるでしょう。

二.呼吸を見つめる

  仕事がうまくいかなかったり、スランプに落ち込んだり、やる気がなくなったり
 するときには、できない、駄目だなあ、自分を責めて痛めつけず、ただただ呼吸
 に意識を向けるのです。
  「吸う、吐く。体がふくらむ、縮む」と、呼吸しながら、ことばで確認してください。
 これだけでもとてもリラックスすることがえきます。

三.歩く

  だれにでも歩く時間があります。ジョギングでもいいでしょう。その際に、足の
 動きに気を向けるのです。左、右と足の動きを確認し、足の動きを感じるので
 す。
  こうすると、一キロも歩けば疲れてしまう人でも、四キロの道のりを歩いても
 疲れを感じなくなるでしょう。
  「右、左、右...」と足の動きを交互に確認しながら歩いていくと、脳のバランス
 もよくなります。「右」と確認すると、脳の左側が刺激されるからです。脳は刺
 激されればされるほど、体にいいのです。
  ただ、歩くことに徹して、歩くことを良く味わうだけで、健康となります。

四.体の動きを確認する

  ゆっくり、手を挙げてみる、足を運んでみる-このようにゆっくりとした動作
 に意識を向けると、心が落ち着きます。悔やんでいる無駄な時間が無くなっ
 て、心が清らかになります。
  家事の場合でも、「洗います、掃きます」と、独り言を心のなかで言うように
 動作を確認してゆくだけで、自然と本来の智慧がわいてきます。

  「ああなりたい、こうなりたい」と言う心を放っておくのです。 

  今、この瞬間をここで徹底的にくつろぐのです。明日のことも昨日のことも
 意識しません。
  明日のことは、明日のことであって、今することではない。昨日のことも、
 もう終わったのだから、あれこれ考えても無駄です。

  実際に生きているのは、今の瞬間だけ、今としうこの瞬間が本番なのです。
 未来はどうなるのかわかりません。

  わからないことは放っておくのです。

  今の瞬間の自分を観ていくだけで、自分に必要なものが自然と備わって
 くるのです。

  要は気付くこと、心に起こることを確認することだけです。修行という気持ち
 でやらないで、リラックスしながら実践することです。

 ↑以上、引用終わり。

 そうして自分と言う存在をしっかり見詰める事が出来る様になりますと、周囲
を尊重、尊敬出来る様になり、自分を中心に周囲の状況や雰囲気を改善する
事が出来ます。

 「なりたい自分になる為に」...「先ずは自分が変わる」事が「春風堂の理念」
となっています。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-07 00:00

 「センタリング呼吸法」をベースに、私が用いている1つ方法に「身体を温める」
と言うのがあります。

 「自律神経のアンバランス」の1つの形として、良くお見かけする現象が身体の
「低体温化」や「冷え」です。

 そして、現代の生活様式・衣食住を振り返った時、季節に関わらず、私達の
身体は「冷え易く」なっている様に思います。

 実際、身体を拝見した際、何かスカスカな部分があり、ふと触ってみると「夏」に
も関わらず、その芯が「冷え切り、凍っている」様な状況をお見かけする事があり
ます。

 更に、身体と心は繋がっている為でしょうか?身体が冷えると「心まで冷え」、
「精神的不安定」や「鬱」を産んだり、逆に「心が身体を冷やす」と「血行不良」や
「体温低下」を引き起こして、様々な病気の原因となる様です。

 故に、この「冷え」が「腰痛」や「肩こり」に始まり、「生活習慣病」や「慢性疾患」
に一因となっていると言われています。

 しかし、これらは非常に身近な対処法で予防・改善が可能です。

 例えば、身体を締め付けたり(阻血)、冷やす様な服を避け、「腹巻き」や「ゆた
んぽ」を用いたり、シャワーのみの生活を辞めて十分な「入浴」を取り、必要に
応じて「半身浴」や「足湯」をしてみたり、身体を冷やす様な「飲食」や「薬の多用」
(基本的に薬は身体を冷やします)を避けるなどで手軽に実行出来ます。

 工夫次第では「美容」や「健康促進」にも...。

 勿論、自分自身で「痒い所に手が届かない」部分もあり、私の様な立場の人間
がお手伝いさせて頂く訳ですが、その場合でも「温める」と言うのは人の心と身体
を緩め、「自律神経」のバランスを回復させる有効な方法だと思っております。

(参考)
 「HSPマイルド加温療法」
 「温熱治療」
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-06 00:00

 ”柔術整復の復興”の項でお話致しましたが、私は”センタリング呼吸法”
言う「神経訓練法」を練習し、自分の身体の声を聴きながら、生活のベース
としています。

 「センタリング呼吸法」は呼吸を用い、運動神経や感覚神経のみならず、
自己観照を通じて、自律神経を見詰め、これを鍛える事を主眼とした「ボディ
ーワーク」です。

 本日は、その「センタリング呼吸法」の基本や大切な部分を主観ではあります
が、少しご紹介致します。

 ① 現状認識

   昨夜、申し上げました通り、医療検査はある瞬間の自分しか捉えられず、
  また、「CT」にはストレスや心の歪みは映りません。

   そこで、基本的には、仰臥位を取り、リラックスした姿勢の元で、自分の
  身体の歪みや心の持ち様、最近の出来事などをスキャニングし、自己調整
  の切っ掛けとして行きます。

 ② センタリング

   「歪み」も1つのバランスであり、例えば、右半身が正しくて、左半身は間
  違いと言う事はありません。

   ただ、「ベストなバランスではない」と言う事です。

   そこで、ゆっくり片手や片足を上げたりしながら、自分の今のバランスが
  どんな風に作られているか確認し、それを「ベストなバランス」に近づけて
  いきます。

 ③ 呼吸

   例えば、「単純に手を挙げる事」は「筋力」で出来ます。

   しかし、「ベストなバランスで手を挙げよう」とすると、「呼吸が上手く入らな
  い、伝わらない部分」は「固まった」り、「繋がりを失って」います。

   そこで、呼吸運動を用いて、全身を統合して行きます。

   更に、呼吸は「自律神経」の働きと強く結びついて居る為、そのバランスを
  の回復も図れます。

 ④ 臨界点

   もつれたり、アンバランスになった繋がりを解いて行く為には、先ず、「動き
  のある箇所」と「動きの無い箇所(弱っている・固まっている・張れている)」を
  しっかり認識し、動きのある箇所から全身を最大限に働かせる事が大切です。

   その為には、全身が動く「臨界点」まで動いてみる必要があります。

 ⑤ 拡張・収縮

   人間の体運動は大きく「丸める・反らす」、「縮める・伸ばす」・「捻る」などに
  分けられますが、総じて、それらは呼吸を主にした「拡張・収縮」です。

   従って、この「拡張・収縮」を行う事で、一回一回自分の臨界点を広げて行
  きます。

 ⑥ 立体的身体

   弱った身体は「頬や尻が落ちる」とか「骨盤が広がる」と言った様に重力と
  対抗出来ず、「扁平」で「平面的」な特徴があります。

   しかし、全身の隅々まで呼吸を行き渡らせて行くと、身体が地面に対して
  立ち上がる様に「立体的」になって行きます。

   この様に、「立体的身体」と言うのは、中心から身体のあらゆるバランスが
  均等に均衡した状況を指します。

 ⑦ 体幹

   呼吸は「肺」だけでなく、「横隔膜」や「骨盤底」、「脊柱起立筋」や「腸腰筋」
  等の「呼吸筋」と呼ばれるものに支えられ、これらは全て「体幹」に存在しま
  す。

   つまり、我々はこの「体幹」を「ふいご」にして呼吸をしているのです。

 ⑧ 会陰・丹田・鳩尾・膻中・天突・印堂・百会

   人間の頭部から体幹にかけて、竹の節や飛行機の圧力隔壁の様に
  身体を支える「ポイント」があります。

   そのポイントの整合性や繋がりが実はとても重要です。

 ⑨ 重力を感じる 浮かせる・落ちる

   人間は常に重力の影響を受けます。その力と上手くバランスを取って繋
  がっているのが「やじろべえ」です。

   これと同じ様に、2本足と言う不安定な状況にあって、重力のバランスと
  繋がっていない場所は様々な愁訴や障害の原因となります。
  
   よって、呼吸に従い、身体の重みを感じながら手足を「浮かせ」たり、「降
  ろし」たりしながら、重力との繋がりを回復して行きます。

 ⑩ 虚を探す 使われていない部位 実とのバランス

   「虚」は力を失っていたり、萎縮したり、使われていない場所などを指し、
  「実」は過緊張や過負荷・過可動をしてる場所などを指します。

   それは単独のものでなく、「放蕩息子」と「過保護な親」の様に一体の
  バランスを保っています。

   その様な箇所や身体の使い方の癖、意識に目を向ける事が根本的な
  バランス回復の第一歩となります。

 ⑪ 心身を繋げる 神経訓練法

  これら大雑把に10項目設けた必要十分条件を1つ1つクリアし、自分自身
 の心身を1つ1つ繋げ、取り戻して行く事がこのボディーワークの目的であり
 、私達をコントロールする「自律神経」を訓練して行く方法となります。

 ↑以上の様な事を留意し、センタリング呼吸法を日常生活や治療、ボディー
ワークのベースとさせて頂いております。

 今日は(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-05 00:01

 今日は、「自律神経」の働きの一面である「治癒反応」から「身体の声の聴く」
事についてお話し致します。

 私達が愁訴を得た時、「疼痛」や「発熱」、「腫れ」、「かゆみ」などが現れます。

 いかんせん、これを私達は「身体の間違った反応」とか「異常反応」と見なして
しまう事が多い様に思います。

 しかし、「発熱」が感染などにおける「免疫系の活性化」である様に、「痛み」や
「腫れ」も身体の自己修復作用に伴う反応や変化なのです。

 また、病状が回復する前に、激しい反応が出る事があります。

 これは「自律神経のバランス作用」による影響で、例えば、症状の「振り幅」が
大きい場合、これを元に戻そうとする「揺り戻し」も大きくなる訳で「排泄」作用が
激しく出たりします。
b0159328_16122149.jpg

 従いまして、その状況で「咳止め」や「鎮痛剤」を服用する事は、自律神経の
バランス作用を麻痺させるだけでなく、身体は痛みを押し込めた状況でのバラ
ンスを取ろうとして、病状が更に悪化したり長引いたりします。

 以下は野口晴哉先生(著)「風邪の効用」の序からの引用です↓

 風邪は誰も引くし、またいつもある。夏でも、冬でも、秋でも、春でも、どこか
で誰かが引いている。他の病気のように季節があったり稀にしかないのと違って
年中ある。しかし稀に風邪を引かない人もいる。
 本当に丈夫でその生活が体に適っているか、そうでなければ適応感受性が鈍
っているかであって、後者の場合、癌とか脳溢血とか、また心臓障害等になる
傾向の人に多い。
 無病だと威張っていたらポックリ重い病気にやられてしまったという人が風邪
に鈍い。最近、風邪の細菌が痛の治療を行なうとか、結核と痛は両立しないと
かいう説が現われだしているが、もっともなことと思う。

 体量配分を測定していると、配分比に乱れが多くなると風邪を引く人が多く、
風邪を経過してしまうと、体量配分此は風邪を引く前よりバランスがとれるとい
うことが判る。
 風邪は自然の整体法なのではないかと、測定に当たった人達は考えるように
なったが、風邪が偏り運動修正や潜在的偏り疲労の調整を行なっていることは
事実である。

 (中略)

 風邪は万病のもとという言葉に脅かされて自然に経過することを忘れ、治さ
ねば治らぬもののように思い込んで、風邪を引くような体の偏りを正すのだと
いうことを無視してしまうことはよくない。

 体を正し、生活を改め、経過を待つべきである。

 このようにすれば、風邪が体の掃除になり、安全弁としてのはたらきをもって
いることが判るだろう。

 ↑以上、引用終わり。

 この様に、私達は「身体の声を聴く」事により、「大難を小難、小難を無難」出
来るのみならず、「自分を整えたり」、「なりたい自分に向かう」切っ掛けを掴め
と思います。

 セカンドオピニオンが普及した今日、診断や治療方針について様々な医師の
意見を聞ける時代になりました。

 しかし、その「決断」は医師でなく、自分自身が行うもので、自分の感性と
知識が重要となります。

 その為にも日頃から「身体の声を聴く」事が大切です。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-04 00:00

 今日は「自律神経失調症」についてお話して行きたいと思います。

 昨夜、お話致しました通り、「筋肉痛」や「火傷」、「打ち身」などは、何故そうなった
か、その原因や場所、受傷したタイミングも分かりますが、一方で、私達には「ご飯を
食べたのにまだお腹が減る」とか「真夏なのに下半身が冷えて」、「心臓が悪くないの
にすぐ動悸がする」...などと言う「予想外」の症状が出る事があります。

 この「自分の意志や自覚と違う」所が「自律神経」の特徴であり、「予想外」が「自律
神経のアンバランス」でありました。

 この様な状況の元、医師としてもなかなか原因が掴めず、検査で何も見つからな
いない症状を「自律神経失調症」と診断しています。

 この症状名を超訳してみると「た・ぶ・ん、自分でコントロール出来ない神経のア
ンバランス疾患じゃないかな~」となりそうです。

 ちなみに、カルテや診断書に「特発性」・「本態性」と言う表現を使う疾患もあり、こ
うなってしまうと、「字面」で全くイメージ出来ません。

 これは「原因不明」と言う意味なんです(笑)。

 ですから、「本態性高血圧症」とか「特発性血小板減少症」なんて病名は「よくわ
からない高血圧」とか「原因不明の血小板減少」となります。

 インフォームドコンセントが叫ばれる時代に、どうしてこの表現なのでしょうか?

 結局、「診療報酬」を得るには「病名」を確定する必要があり、「よくわかりません」
では、「医療報酬」を請求が出来ないのです。

 最悪なのが、そうやって診断を下して「病名を確定する」事により、患者さんは
病人である「お墨付き」や「看板(レッテル)」を頂いた様な感じになり、何となく現状
に納得してしまう事。

 そこで!「自律神経」についてもう一度確認したいと思います。

 例えば、皆さんなにがしかの形でご経験済みの事と思いますが、恋愛をして「と
きめいて寝られない」とか「フラれて食欲が出ない」、「恋人の前で恥をかいて精神
的に混乱する」と言う状況は交感神経の過緊張がなせる技で、実は、これも「自律
神経失調症」の1つです(笑)。

 その中にあって私達が「一喜一憂」した際でも、同じく自律神経は常に、心身の
バランスを取ろうとします。

 従って、自分の現状を振り返り、日常的でない点やおかしい点、身体の歪み
などを見る事で、アンバランスから早く回復する事が出来ます。

 こう言った事は、ある身体の瞬間を捉えた「血液検査」などでは分かりませんし
、いくら素晴らしいCTやMRIを用いた所で、その方の「失望」や「欲求不満」が映
る訳でもなく、「人を診る」以外に感じ取れる方法はないと思います。

 「お医者様 データ見るより 私診て」(健康川柳より)...ですね。

 従いまして、常に「自分自身を振り返る」事でこの「自分の中にある病気を未然
に防ぐシステム」を上手く活用する事が出来るのです。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-03 00:00

 カテゴリー「なりたい自分になる為に」は、「心身の復調」や「リハビリ」に始まり
、「快復後、目標に向かう主人公」としての「自分」に必要な「心構え」や「考え方」
、「ヒント」について春風堂の考えをお話したいと思います。

 今日は「心身のバランス」を考える上でよく口にされる「自律神経」について
簡単にお話しようと思います。

 「自律」と聞いて、実際、直ぐにイメージし難い方も多いと思いますが、英語で
「Autonomic nerve」と表現される様に、私達の意志に関わらず、自動的に
身体を調節する神経で、我々が環境に適応出来る様、すべき事を自ら判断し、
内臓の働きや体温、血液、免疫などをコントロールしています。

 従って、「熱い!」と感じて手を離す「感覚神経」や「運動神経」に比べ、不調
をなかなか自覚する事が出来ません。

 では、「自律神経のアンバランス」とはどんなものでしょうか?

 自律神経は、活動的な身体活動を行う「交感神経」と穏やかな身体活動を行
う「副交感神経」からなり、この2つが「シーソー」や「振り子」の様にバランスを
取りながら、我々の日常生活が維持しています。
b0159328_032595.jpg

 この「揺らぎ」が自律神経の特徴で、一般的に「揺らぎ」は「不調の原因」と思
われがちですが、「揺らぎがあって健康がある」と言うのが自律神経の「キーポ
イント」になります。

 よって、この「揺らぎの異変」がアンバランス...これに気付く事が大切です。

 例えば、これが分かり易い形で現れるのが「食」で、食べる量が増えたり、
偏ったり、はたまた、嗜好が変わったりします。

 そして、これらを生み出す原因としては↓

 ① 過労や身体の偏り・歪み
 ② 心のストレス・悩み
 ③ 過度の薬などの使用

 が上げられると思います。

 複雑化する現代社会にあって、これらの原因を「撲滅」する事は至難の業と
言えますが、これらを、自分自身で上手くコントロールする事で未然に愁訴を
防ぐ事が出来、逆に、「なりたい自分」に自分を導く「タクト」と言えると思います。

 今日は(おまけ)がございます↓。宜しければお付き合い下さい。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-02 00:01

 常々、医療系のテキストを見て思うのが、「殆ど役に立たない」と言う事。

 「厨房の裏側」を見て改めて「人が治らない、治せない」原因の1つが教育だと気付きました。

 特に、専門学校などにおいては、国家試験が勉強の前提にある為、臨床と乖離した、意味
不明な教材・教育内容が多いように思います。

 そんな中、例外的に、気になったのが「ヒポクラテス法」。

 整復法や包帯法などに出てくる技術ですが、紀元前の医療技術に関わらず、その感性に
ヒポクラテスの凄さを感じ、早速、その経歴や思想を調べました。

 そこで「春風堂の理念」の締めくくりは、このヒポクラテスについてご紹介致します。
b0159328_20572519.jpg
 
 ヒポクラテスは(B.C460頃~360頃)の古代ギリシアの医師で「医学の始祖」と呼
ばれています。

 当時、ギリシャでは「病気を詳しく分析しよう」とした「クニドス学派」と「病気を患者
の生命全体に発生した現象」と捉えた「コス学派」があり、ヒポクラテスは後者に属し
、「推論と論証(思弁)」や「祈祷」ではなく、「客観的な現象の観察から結論を導き出
そう」としました。

 そして、「生体には身体のバランスを回復させる機能(自然)が備わっている」と考
え、それを「手助けする事が最も大切である」と説き、患者の症状から「分利(回復)
に向かう見通しを判断する」診断を重んじました。

 これがヒポクラテスの「科学性」と呼ばれる側面です。

 また、彼の医学には医療者に求めた「倫理性」に大きな特徴があり、今日の医療
倫理に多大な影響を与えた「ヒポクラテスの誓い」(自身の筆ではないらしいが)は
有名で、「人間愛のあるところに医術への愛もあるのだ」と説いています。
b0159328_20574659.jpg

    十字の形で記された12世紀東ローマ帝国時代の「ヒポクラテスの誓い」の写本

 紀元前に、この2つに言及しているのは凄い!!

 皮肉な事に、ヒポクラテス亡き後、様々な医学学派が乱立し、ヨーロッパを支配する
医学大系をガレノスと言う人物がを統合します。

 ガレノスは国家権力や宗教の庇護の元、特に「キリスト教の教義」と合致した医学を
成立させ、「名声を得ようとする者は、私が全生涯にわたる積極的な研究によって達成
した、すべての業績に精通しさえすればよい」と言い放ちます。

 残念ながら、その言葉通り、以後、約1500年間西洋医学はガレノスの名の元に凍
り付き、当時、「外科学よりも内科学」、「自然科学よりも神学・哲学」が重要視されてい
た事もあって「目の前の事実が、ガレノスの記述と異なっている場合は、目で見たもの
が間違っている」とされ、以後、ヴェサリウスや近代外科の父であるアンブロアズ・パレ
(「我、包帯し 神これを癒したもう」で有名)の登場を待つことになります。

 ちなみに、カソリック教徒によって抹殺されかけたガレノス以外の医術はビザンツ帝
国から東方に伝えられアラビア医学となって行きます。

 「医学史」では有名なことですが、今もこの繰り返しが見えるのは私だけでしょうか?

 そして、私もこの「ヒポクラテス」や「パレ」の道を歩みたいと思いました。
[PR]
# by cute-qp | 2008-08-01 00:00 | 春風堂の想い

未来の子供達のために

 個人的な事ですが、私は「難産」で産まれました。

 当初、「母子共に生は望めない」と言われたのですが、幸運な事にその両者共
しぶとく生き残り(笑)元気に暮らしております。

 そんな諸々の経緯と「子供好き」である事、「職業柄」いつでもどこでも人の身体
をじ~っと見てしまう習慣が相まって、どうしても「赤ちゃん」や「子供達」の歪みの
多さについつい目がいってしまいます。

 そして、その原因について少し考え...先ず、医療機関における出産コントロール
や技術の弊害を感じました。

 コチラはその具体的な事例です→”週3回昼、定刻出産 産科医1人、促進剤しか 
徳島の病院”


 この様に、確かに、出産は自然現象である為、常に「臨戦体勢」で、実質「採算の
取れない」分野だと思いますが、病院のシフトや管理体制の元、「日中」や「週末ま
で」の出産は「促進剤」、「夜間」や「週を跨ぐ」見込みが出たら「抑制剤」と言った処
方は母子の体調に大きく影響する事が想像出来ます。

 また、産婦人科の減少等で、出産時の「赤ちゃんの取り上げ方」や出産後の母子
の体調管理にも「ノウハウの失伝」が見られる様に思います。

 一方で、「母体の歪み」も甚だしくなっている様に思われます。

 食習慣の乱れや、身体キツく拘束したり、冷やす様な衣服や靴...その他諸々の
影響で、出産が困難になる以前に、赤ちゃんが心地よく過ごせない、はたまた、赤
ちゃんが宿り難い身体が増えている様に思います。

 そんな現状にあって、「自分に何が出来るか?」を考えてみて、「お母さんの身体
のケアやエクササイズ指導、アドバイス」と「赤ちゃんや子供達の為のボディーケア
やエクササイズ」などであろうか?と思いました。

 如何せん、まだ「駆け出し」ですし、「人の親」どころか「旦那」にもなっていない
身ですが(笑)、今後、是非取り組みたいと考えております。

b0159328_151625.jpg

 ちなみに、愛知県岡崎市に「お産の家」と言う場所があります。

 実は、産婦人科「吉村医院」の事なのですが、女性の「生む力」を信じ、医療
管理されていくお産を可能な限り、メスや薬を用いず、「お産の原点」に立った
医療を施されています。

 ここでの名物が「古典的労働」で、安産には日々の肉体労働が不可欠と、平日
の午前中に妊婦さん達が集まり、薪割りや床ふきなどの作業をされています。

 ここでお母さん達は安産になる様な生活指導を徹底的に受けるので、搬送率
は3~4%との事。

 そして、女性が持つ「産む力」、赤ちゃんの持つ「生まれてくる力」を信じ、何日
かかろうと、昼夜なく見守る体制で営まれています。

 先生曰く「医療によって産まされた赤ちゃん」と「自然な出産で産まれた赤ちゃ
ん」は違う。

 とても、大変な事だと思うのですが、そう言う場所が少しでも増えてくれれば
と思っております。

 今日もご覧頂きありがとうございました。

PS 本日も「おまけ」がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
[PR]
# by cute-qp | 2008-07-31 00:01 | 春風堂の想い

柔術整復の復興

 私の整復やボディーワークのベースは”センタリング呼吸法”と言う「神経訓
練法」によっています。

 この訓練法は私の先生であるK野氏が、様々な武術や身体訓練法、健康法の中
からその妙を抽出、工夫して編纂されたものです。

 従いまして、「身体作り」や「技術向上」の一貫として、定期的に「柔術」のお稽古
に励んでおります。

 古今東西、昔の優れた治療家や医者の多くは「武術家」であり、皮肉にも「戦争」
を経て現代の医療は大きく発達・発展しました。

 彼等は、戦いの中、生き残る為に、如何に「人より優れた身体と技術を持てるか」・
「怪我や故障の手当をしていくか」と言う常に考え、人間の心と身体について研究し
ました。

 その結果、日本にも「活殺法」や「整復法」と言ったものが発達しました。

 しかし、明治の「医制」による東洋医学の粛正や武道の衰退により、多大な犠牲
の上に成り立った「貴重な財産」は失われる事となりました。

 その後、大正から昭和に掛けた、世界的な暗黒の時代に、同時多発的な優れた
「ボディーワーク」や「治療法」、「霊術」等が勃興・復興、交流しましたが(”創始者
達”
)、「整復法」などは「廃仏毀釈」を受けた仏教美術と同じく海外に流出し、本
国では衰退して行きました(オステオパシーのフルフォード博士は日本の柔術が
オステオパシーに組み込まれてると仰っています)。

 それでも、残った武術家達が団結し、国や政治家を動かして「鍼灸」や「柔道整復」
等が成立しました。

 また、嘉納治五郎先生は、「柔術」を「柔道」に昇華する事により、「人間形成」や
「教育」の理念を世界に推し進められました。

 ただ、嘉納先生も後年しきりに後悔された様に、「柔や武の技術」を無くした「柔道」
はその本質を失って「スポーツ」になり、「整復の技術」は完全に失われました。

 ちなみに、「柔道整復師」が用いている技術は完全に「整形外科」のもので、柔道
の授業はありますが、あくまで資格者としての「素養」であり、体育の時間の域を出
るものではありません。

 そんな背景がありまして、「柔術に生かされている私」にとって「柔術整復の復興」
も大きなテーマの1つとなっております。

 今日もご覧頂きありがとうございました。
b0159328_1342375.jpg

b0159328_90519.jpg

                    二宮彦可 「正骨範」より

(参考)柔術の整復・活法を医術として体系化した主な方々は以下の通りです↓。

 三浦楊心    三浦流柔術の祖 医師でありながら接骨術を研究。
 吉原元棟    拳法と按摩術より「正骨要訣」を著述。接骨科を起こす。
 秋山四郎兵衛 楊心流柔術の祖 小児科医 接骨術を編纂。
 二宮彦可    中国医学を取り入れ接骨学を発展させる。
 各務文献                〃 
 華岡青洲    蘭法を取り入れ接骨学を特徴あるものとする。
 高志鳳翼    江戸末期、我が国の外科、接骨術を体系化。
 名倉直賢                〃 
[PR]
# by cute-qp | 2008-07-30 00:00 | 春風堂の想い

 私の小さな頃まで、一家にお一人、家族全員の病歴や日常などに至るまでを
把握し、いつでも安心して駆け込める「ホームドクター(家庭医)」さんがいらっし
ゃいました。

 今もよく似た名称で「主治医」さんがいらっしゃいますが、大きな病院や専門病
院の「専門医(スペシャリスト)」が脚光を浴び、病院経営自体が難しくなっている
昨今、それが私達に身近な「開業医」さんである事が少なくなっている様に思い
ます。

 ともすれば「主治医」は実質「主担当(責任者)」と言う事になっているのでしょ
うか?

 そう言えば...お声を掛けて頂く際、「ご夫婦」や「ご家族」を同時に拝見させて
頂く事があります。

 普段、お一人でお体を拝見させて頂く時と異なり、「ご家族特有の体質」や「ご
家族間のバランス」から愁訴の根本原因を多角的に見る事が出来、和気藹々、
家族ぐるみの形で、様々なアドバイスやセッションを経験させて頂けました。

 また、継続的にアシストさせて頂いているご夫婦からはご家族の過ごされる
「季節や今日の出来事」を通じ、その時々に応じた対応を学ばせて頂いており
ます。

 そんな経験もありまして、皆さんに信頼頂ける「痒い所に手が届く身近な
存在」
として「ホームドクター」ならぬ「ホームセラピスト&アドバイザー」
になる事が私の目標の1つとなりました。

 (丁度、「治療から自己実現」が私の目標の縦糸ならば、この「ホームセラピス
ト&アドバイザー」が私の目標の横糸だと考えています。)

 それにはまだまだほど遠いですが...頑張って参ります。

 今日もご覧頂きありがとうございました。
[PR]
# by cute-qp | 2008-07-29 00:00 | 春風堂の想い

 今日はブログの「副題」についてお話して行きたいと思います。

 昨夜、「はじめに」で申し上げた様な経緯から、私は「心身の不調の原因は、
自分自身の中にある」と考えております。

 これは身近な愁訴としての腰痛や肩こりのみならず、風邪や高血圧や糖尿病
などの「生活習慣病」、ひいては、癌などに至るあらゆる愁訴の元となる原因で
あると思います。

 そして、その現実と向き合い、現状を改善しない限り、本当の意味での回復は
ないと考えています。

 にも関わらず、現行の医療は、多くの場合、薬や注射では根本的治癒が見込め
ないにも関わらず、とりあえず、今の痛みを軽減する為の「対症療法」に終始して
いるのが現状です。

 これを「根治治療」とする為には、お一人お一人が現状を把握し、その心身の
バランスを整えて行く必要があります。

 実際、様々な愁訴は「自律神経」との関係し、心と体のアンバランスが「自律神
経」のアンバランスを産んで、様々な不調や「免疫不全」まで及ぼしています。

 ただ、状況によって、「根本原因」が取り去り辛い状況も多々あります。

 しかしながら、その状況を自分でバランス出来る(処理出来る)様にする事で、
、愁訴が自分の中でバランス出来なくする(無くなる)効果が見込めます。

 そこで、「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」を私の「治療」
  、「ボディーワーク」の基本としました。


 ① 先ず、入り口として、「形」である「肉体」を「切っ掛け」に自分と向き合
   って行きます。


 ② その為に、人間の活動の中で一番大切な「呼吸とそのバランス」に
   焦点を当て、取り組んで行くのが有効です。


 ③ 呼吸のバランスは「身体の姿勢(バランス)」とリンクしており、その
   現状を良く把握し(ズレ・歪み)改善する事が大切です。


 ④ そこから「身体の姿勢」を支配している、自分の「気持ちの持ち様(思
   い癖)」や「意識」、「習慣」と言った、「心の姿勢」にも「気付き」、これを
   同時に見直して行く事が、「病状回復」や「生活習慣の改善」、ひいて
   は「生き方を変える」大きな「原動力」や「勢い」となります。
 

 その「切っ掛け」や「ちょっとした方向修正」、「勢いをつける」事を、「治療」
と言う「スタート」から「ボディーワーク」と言う「なりたい自分に向かう」までの範囲
で「お手伝い」させて頂くのが私のお仕事と考えております。


 今日もご覧頂きありがとうございました。
b0159328_22244781.jpg

[PR]
# by cute-qp | 2008-07-28 00:00 | 春風堂の想い

 こんにちは。春風堂でございます。

 ブログの開設に当たり、ご挨拶申し上げます。

 唐突ですが...私が「人の身体」に興味を持ったのは物心ついた3歳位の時期
だったと思います。

 周囲の男の子同様、「乗り物」などにも興味はありましたが、どう言う訳か?
もっぱら、両親から買って貰った「人の身体の図鑑」を食い入る様に読んだり、
「骨格模型」をいじって遊んでいた記憶が鮮明にあります。

 また、当時は私は非常に「虚弱体質」な子供でもありました。

 慢性的に、アレルギー性の鼻炎や結膜炎、喘息やアトピー性皮膚炎、その他
不定愁訴を持ち、気候や周囲の状況に影響され易く、週に2・3回は病院に通っ
ている様な状況でした。

 勿論、それは、辛い事でありましたが、病院で本物の「標本」や「器材」、「お医
者様」を観られる事が愉しく、一方で同じように苦しんでいる赤ちゃんやご老人な
どをお見かけし、「苦しむ人を助けられる医師になる」事が私の夢でありました。

 そんな私でしたので「運動神経」は良くありませんでした。

 しかし、幸運にも、運動を「筋力(量)」や「回数」、「時間」ではなく、どちらかと言
えば、「身体の表現」として愉しめたお陰で、不安定な体調の中にあっても運動を
続ける事が出来、その辺が、以後、「ボディーワーク」や「舞踏」に関心を向ける起
点となったのだと思います。

 そして...その後、私は「医学部」に進みませんでした。

 「出来が悪かった」と言う部分が大きいのですが(笑)、様々な病院や治療所
に通っても体調が改善される事もなく、また、祖父母の入院から死を通じ「西洋
医学」と言うものに「不信」や「失望」を感じた事が大きかったのでした。

 「どうやったら僕は丈夫に、強くあれるのだろう?」...そんな想いで、私は中学生
の頃より「中国武術」や「合気道」などを学ぶに至ります。

 どうして「空手やボクシングでなかったか?」と言いますと、第一に、「人を叩く
のが辛かった」事と中国武術や柔術などには人間を「1つの有機体」として観る
「東洋医学」の「医療や身体作り、健康法」がベースとしてあった為です。

 一方、「ボディーワーク」他も学ばせて頂きました。

 「ボディーワーク」他は一般的に「西洋医学の代替補完」と言う表現をされて
いますが、私はそれを「今までの反省や医療の原点に戻った」西洋の人々の
「智慧」と感じたからです。

 お陰様で、病弱だった私も人並みに健康に過ごせる様になり、様々な学びを
通じて「己こそ己の寄る辺」(法句経)である事を実感しました。

 「生きている・生きて行く限り、自分や自分を取り巻く状況は刻々と変化してお
り、そのバランスを整えられるのは根本的に”自分自身”しかいない」


 「自分の主人公は”自分自身”であり、なりたい自分を作り・演出して行くには
自分で”仕込み”と”調理”を行わなければならない」


 ...これが私の得た智慧であり、真理でした。

 しかしながら、現代社会は余りにも人の心や体をアンバランスにする要因が
多く、また、その変化も激しいものがあります。

 そう言う私も、人並みに15年間会社員を務め、その「波に揉まれた口」の1人
です(笑)。

 その中にあり、両親の入院もあったのですが、「自分自身の学んでいる事
をより深めたい」とか「学んだ事を用い、何とか人のお役に立ちたい」と思う
様になり、ひいては「3歳の頃の想い」が日々強く心に響く事となって、「プロの
治療家」を志すに事となりました。

 目下、その「仕込みと調理」をしているのが今の私の現状であります。

 その修行の過程の1つとして、また「読んで下さる方の何らかの”参考”」にし
て頂ければと言う想いからこのブログを始めました。

 まだまだ駆け出しではございますが宜しくお願い致します。

(おまけ)

 本日はおまけ原稿がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
b0159328_16552430.jpg

[PR]
# by cute-qp | 2008-07-27 00:01 | 春風堂の想い