バランス感覚と修正力

 本日は「バランス力と修正力」と題し、桜井章一氏の著「運に選ばれる人選ばれな
い人」より引用・ご紹介させて頂きます↓

 現代社会はバランスの悪い社会です。一方、人間社会と違って自然界はバランス
が取れています。

 今、多くの人が生活を送る中で違和感を覚える機会が増えているとすれば、それ
はさまざまなところでバランスが乱れているからにほかなりません。
 価値観の移り変わりなど変化の激しい時代状況も影響して、バランスを取ること
はますます難しくなってきています。

 バランス感覚がしっかりしていれば、何がよくて何がダメかがすっきりと見えます。

 バランス感覚があれば、ミスをしたり、調子を崩してもすぐに修正が出来ます。
何があっても修正する修正力が大事なのです。
 よくないことは結局、バランス感覚がないために起こるのです。戦争やおかしな
事件、人間関係のトラブル、すべてがバランス感覚の欠落から来ます。

 バランス感覚がしっかりしていれば、何か違和感があっても敏感に感じ取れます。

 体の傷だとすぐにわかるのに、心の違和感にはみんな鈍感です。

 たとえば指の先をちょっと傷つけたらイヤな感じがするはずです。それが違和感
です。
 体に違和感があれば治そうとしますが、心の違和感はあっても治そうとはあまり
思いません(「感じる力」が去勢されつつある昨今、体の違和感を感じることも難し
くなって来ているように思います。また、心の違和感をある程度感じられていない
と体の違和感も感じられないと言う事もありますね:笑)。

 それは、違和感があってもあまり自覚がなかったり、あるいは気づいていてもな
んとなく放っておくからです。
 放っておくとそれは意識の底にたまっていって、やがて傷となり、治りにくいトラ
ウマになったりします。

 また困ったことに、傷はその人だけで終わりません。それは他の人にも傷を与え、
ネズミ算式に世の中の傷を増やしていきます。
 インターネットの世界を見れば、そう言った現象をはっきりととらえることができま
す。

 心の中の違和感は、体の傷と同じように速やかに修正しないといけないのです。
バランス感覚があればそれが可能になります。

 バランス感覚は、物事の中心を的確にとらえる感覚、すなわち的を射る感覚で
すが、考えすぎると中心を外します。

 逆に言うとバランス感覚とは、心を真ん中に置くことにほかなりません。真ん中
に心があれば、バランスを崩してもすぐに動いて修正が出果ます。

 つまり、バランス感覚とは、素早い修正力のことでもあるのです。違和感をサッ
ととらえて速やかに解消に向かうカなのです。

 ↑以上、引用終わり。

 流石、厳しい勝負の世界を生き抜いて来た方...しかし、これは我々の生活全般
に応用出来る事と思います。

 そして、それには「違和感を感じられる」事が非常に大切となります。

 (参考)
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「先ずは自分が変わる」
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# by cute-qp | 2008-09-06 00:00

健康と美容は最優先!

 春風堂日記の開始当初、「春風堂の理念」について少し申し上げましたが、「健康
は全てに優先する」
...と言う事柄も春風堂が身を以て知った、大切な理念の1つ
です。

 そして、それを実践している方々のお姿や立ち居振る舞いは「心身の均整が取れ
た美しさ」・「内面から輝く何気ない、自然な美しさ」があります。

 本当に「その場にいらっしゃるだけで美しく」凄いなと思いました↓。
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                   ベリーダンサー Rachel・Brice
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                     意拳創始者 王郷斎先生

 一方、センタリング呼吸法のアシスタントをさせて頂いて気付いたのが、「相対的」
に「男性よりも女性の方が遥かに進歩が早い」と言う事(笑)。

 参加の皆様は一様に「健康になりたい」と言う「切実な願い」と「問題意識」がスター
トでいらっしゃいますが、女性の方が「見られる事を意識した自分や周囲の変化に
大変敏感」で「好奇心も旺盛」...しかも、良い!と思った事は直ぐやる「進取の精神」
がある様にお見受けしました。

 そうして、自覚を伴って「愉しく健康」になられますと、それが自分という「素材」の
「レベルアップ」になり、そこから何かに「挑戦」されるお姿が非常に印象的です。

 そう言った経緯もありまして、「健康と美容は最優先!」と考えております。

 今日は、そう言う観点から「春風堂風”オシャレ視点で自分作り”」をお話致します。

 三面鏡テクニック (Triple mirror technique)

  「見られる」と言う概念を上手く利用しますと「自分自身を客観的に観る」方法
 に繋がります。

  その中でも効果的ものを 「三面鏡テクニック (Triple mirror tech-nique:
 )」
と名付けてみました。

  先ず、「鏡を見て」ご自身の「現状」を今まで以上に「丁寧に」確認・観察しま
 しょう。「両目の大きさ」、「両肩の高さ」、「皮膚や髪のつや」など...ご自身が
 「どう映っているのか?」と興味を持つ範囲で色々見て行きます。

  また、出来れば「三面鏡」を使ってご自身の「左・右・後」の表情を観察してみて
 下さい。「耳の位置と肩の位置」は一致していますか?「顎は前へ」出ていません
 か?「服のしわ」の感じは左右同じでしょうか?「背中は広い?狭い?丸い」でしょ
 うか?  

  今まで観ることの少ない自分の姿は結構表情豊かで、得てして、そう言う部分
 を人はよく観ています。

  今度はそんなご自身を「床で観て」行きます。畳か適当な硬さのある床に「仰向
 け」や「伏臥位」、「横臥位」になり、床と滑らかな接触を保ちながら、呼吸を様々な所
 に入れたり、身体の重さを移しながら、動いてみて、ご自身を立体的に「体感」してい
 きましょう。

  例えば、「両肩や腰は均等に床について」いるでしょうか?「両脚の開き方」は如何
 ですか?動いている時に緊張しやすい場所や力が入らない場所はありますか?

  こんな風に、ご自身を「他人目線」で客観的に、最初は「視覚的」、徐々に「体感」や
 で立体的に観て行く方法を「三面鏡テクニック」としてみました。是非、お試
 し下さい。

 そう言えば...デビューしたての俳優さんなどを見ますと、どうも「垢抜けない」感じ
がするのですが、暫く経って見ると、「一皮向けた」感じがする事があります。

 多分、「人に見られる」経験とそれに対する技術を身に付けた結果なのでしょう。

 例えば...以前、お知り合いになった宝塚の女優さんとクラブで待ち合わせをした
事がありました。
 会場は、しゃべり・踊る人達で溢れ返っていたのですが、彼女がエントランスから
現れた瞬間、会場とお客さんの雰囲気が一瞬にして変わってしまいました。

 彼女が特別、目立ったコスチュームや言動をしていた訳ではないのですが、日頃
、ピンスポットを浴び、3階席まである大きなホール全体に向かって演技して来た結
果、かなり大きな会場が「スミレ一色」になりました(笑:びっくりしました)。

 この話だけですと「俳優さんだから特別」と思われてしまうのですが、「プロ」として
自分と言う「素材」を日々「自己管理」し、「鍛え」た結果だと思います。

 そして、私達も「自分に対してのプロ」になれると思うのです。

 (参考)
 「美容と健康」には「ヒミツ!とドリョク!」が必要
 「質問にお答えして ~補正下着について」

◆お知らせ◆

 9月一杯、ちょっと行事が立て込んでおりましてブログの更新が遅くなりますがどうか
ご了承下さい。

 ちなみに、10月からは様々な「身体運動」を通して「身体と心に面白良さそう!」な事
を見詰めて行きたいと思っております。
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# by cute-qp | 2008-09-05 00:00 | 春風堂の想い

 実は...つい数ヶ月前、身内が手術を受け、入院していました。

 その際、付き添いとして「カンファレンス」を受けたのですが、自分が素人の時と
比較して、「カンファレンス」は極論、医師側の「説明しましたよ」と言う「形」や「証明」
だなと感じました。

 確かに、「数値」や「映像」を沢山見せて解説して頂きますが、ある瞬間の結果
を「数値」として「ある分野の統計的視点」で述べられても「そうなんだ~」ですし、
「映像」を拝見しても一般の方にすれば「ふ~ん」と言う感じだと思います。

 それでサインをするのですから、ある意味「保険の契約」を彷彿としました(笑
:これもまた約款が細かい字で)。

 そこで、今回は、自分の学んだ事に加え、それ用の勉強と準備をし、担当医の
先生に勉強の為、目一杯ご質問させて頂きました(勿論、真面目な気持ちです)。

 お陰様で、とても丁寧に内容を教えて頂け、当人にそれを咀嚼し、特に、「こ
れからやろうとしている事について」、「メリットとデメリット」、「術後の計画とケア」
を平易に説明する事が出来ました。

 「法律は知っているものの為にある」と言いますが、実際、医学を学び、その世界
に入って「医学も知っているものの為にある」とつくづく思った出来事です。

 その時、特に印象的だった事が、患者当人が「医師任せ」の態度であった事...
私の居ない時に、何かやりとりがあった際、「何故、そうする事になったの?」
と聞いても「先生を信用している」とか「さあ」と言う返事(笑)。

 如何せん、「昭和初期」の人間で「先生」や「医師」と言う存在に対する捉え方が
私と違い、また、自分は「専門家」でないからと言う気持ちがあって、その想いは察
するものの...さすがに、医学の現状を思うとプロでなくとも「何故?」と思った事は
漏らさず聞いておくべきだと感じました。

 今は、「セカンドオピニオン」が推奨される時代ですし、専門家でなくとも、「ご自
身でお分かりになる範囲でお調べになったり、疑問があれば必ず聞く」...と言う
「お気持ち」が大切だと思います。

 でも、「正直、どうして良いか分からないし、難しいし」と仰る場合、私は”COML”
をご紹介しています。

 「COML」とは(Consumer Organization for Medicine & Law(医療と法の消費者
組織)の略)「ささえあい医療人権センター」の事で、医療を消費者の目でとらえよ
うと、1990年9月に活動をスタートしました。

 自分は「いのちの主人公」、「からだの責任者」をモットーとした市民中心のグル
ープです。

 「COML」では「賢い患者になりましょう」を合言葉に、患者の主体的な医療への
参加を呼びかけ、患者と医療者が、対話と交流のなかから、互いに気づき合い、
歩み寄ることのできる関係づくりを始め「患者中心」の開かれた医療の実現を目指
しておられます。

 そこで紹介されていました「医者にかかる10箇条」をご紹介致します↓。

 あなたが"いのちの主人公・からだの責任者"

  1. 伝えたいことはメモして準備
  2. 対話の始まりはあいさつから
  3. よりよい関係づくりはあなたにも責任が
  4. 自覚症状と病歴はあなたの伝える大切な情報
  5. これからの見通しを聞きましょう
  6. その後の変化も伝える努力を
  7. 大事なことはメモをとって確認
  8. 納得できないときは何度でも質問を
  9. 医療にも不確実なことや限界がある
 10. 治療方法を決めるのはあなたです


 尚、様々な医療に関する相談も受け付けておられる様です。

 更に、内容によっては、ちょっとした物の見方や勉強、レッスンを受ければ「セ
ルフケア」出来る事がとても多いのです。

 例えば、よく「椎間板ヘルニア」等を見るのですが、その多くは「姿勢」や「運動
の質」を変えれば、「予防」、「治療」、「現状維持」出来るものでした。

 そこに「病名」を付けられるとそれが「お札」や「名札」、「憑依霊」になってしまう
事が多く、反面、以前、申し上げました様に、日本で「病名」は「保険請求の為」に
付けられる傾向が非常に強い...と言う皮肉な傾向があります。

 どうか「あなたが"いのちの主人公・からだの責任者"」 と言う事を大切
に心に置いて下さい。

 そのお手伝いを「春風堂」は行っています。
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# by cute-qp | 2008-09-04 00:00 | 現代医療に想う

 昨夜の、「基本に立ち戻って ~神経訓練法の実際~」を受け、今日は「習慣を超え、
体験に学ぶ」と題し、「脳」について春風堂の考えをお話致します。

 唐突ですが、30歳を過ぎると物忘れも激しくなり、その理由(言い訳)として「脳の神経
細胞は、1日に10万個死滅するから!」なんて話を私達はよく致します。

 確かに、脳細胞の「死滅」は「事実」でありますが、「記憶力が減退する理由」としては
正確ではありません。

 良く我々の記憶力と比較されるのが「子供」の物覚えの速さですが、子供達の「脳」は
「まだ空っぽの書庫」であり、先ず、情報がどんどん入って行く段階である為、情報吸収
が早く、様々な経験を経て、ある程度、「書庫として充実した」私達の「脳」は、その情報
の「検索」や「整理」に必然的に時間が掛かると言う部分に差の実体があります。

 実際、私達が「あ、ド忘れ!」と言っても自分の中にはその明確な「情報」や「イメージ」
はあるので、情報自体が「消去」された訳ではありませんし、子供も「宿題」や「体操服」
などを良く「ド忘れ」していますね。

 それを「気にしていない」し、大人ほど「気にされない」所が子供の特徴です(笑)。

 ただ...子供と私達では「記憶」や「修得」の方式や形態が少し変わって行くのです。

 例えば、子供がチラ見で覚える事を我々は苦労します(笑)。

 しかし、自発的に「対象物を書き写したり」、「何回も動いてなぞる」などして、「丸覚
え」でなく、経験や工夫を通して覚えることで、大人は、より正確に物事を吸収出来る事
が分かっています。

 つまり、「体感に学ぶ」ファクターに「脳」がシフトして行くのです。

 実際、我々の脳は身体へ摂取する全エネルギー量の20~30%を消費しますが、
活動量は全体の2%程度に過ぎない存在で、子供の頃は「生きる」為に必要なベース
をとにかく「早急に吸収するに足りる脳」として、その「余力」が有効だったかもしれませ
んが、成長の後は、これを「効率的」に使える為、「消費電力型の運営」に移行して行く
と見ることが出来ます。

 また、「脳」は刻々と「情報を更新し、関連付け、整理する」基本機能があるので、
その為にも「手足を動かし、体験を通じて脳を使う」事が大脳全体から心身へ大きな
影響を与えると言えます。

 ここで、昨夜の「手足」のお話を図示した模型をご紹介致します↓
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      「ホムンクルス」3Dモデル(The Natural History Museum.London)

 これはカナダの脳神経外科医ペンフィールドの実験から有名になったモデルです
が、人間の身体を「神経細胞の量の分布の比率」を現したもので、モデル上、その
形態の大きい所は神経細胞も多く、その動きが脳の活動を発火する度合いも高い
事を示しています。

 昨夜お話致しました様に、先ず「口」、そして「手足」が大きいですね。

 従いまして、「神経訓練」や「介護」において、これらが非常に重要な「ファクター」で
ある事をお分かり頂けるか?と思います。

 さて、ここで再度、子供と私達の違いについて述べますと、子供にとって世界はと
ても好奇心に満ちたものでありますが、私達にとって、それは「マンネリ化」したもの
になっているのではないか?と感じます。

 つまり、自分自身に対しても「マンネリ化」し、「感心を失った」結果、「刺激」
や「体験」が急激に減り、「脳力が減退していっている」...それが根本的な「記
憶力や心身の減退」原因の1つではないか?と思うのです。


 だからこそ!「神経訓練法」は生涯を通じ、我々の心身に有効な「脳力開発」も
視野に入れているのです。
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# by cute-qp | 2008-09-03 00:00 | バランス運動療法・調整法

 先日、センタリング呼吸法の初級セミナーがありましたのでそのお話を少しさせて頂
きます。

 今回の様に(K野さんによる記事はコチラ→「基礎中の基礎を自分で試みてから」
「最初の最初」から立ち上げて行く取り組みは、私自身、「気持ちを新たに、基本を学び
直す」とか「自分のモチベーションコントロール」、「新たな学びへの切っ掛け作り」になり
誠にありがたいことだと感じております。

 さて...今回、K野さん工夫によるセミナーの取り組みは、私にとっては、非常に「神経
訓練法」的な側面を基本時から前面に押し出した、興味深いものでありました。

 セッションは、先ず、呼吸を軸に「手の平」や「足の裏」で畳を「なぞる」事より始まりま
した。

 以前、「神経訓練法が可能性を開く ~その基本原理~」で「足の平のセンサー」に
ついて少しお話を致しましたが、元々、動物が「重力」に対して自分を支える「最前線」と
なっているのが、これら「手足の平」です。
 そして、「重力」と「運動」との間で様々なバランスを取る為、私達の「手足の平」には沢
山のセンサーがあり、そこからの情報を「触覚」・「温度覚」・「位置覚」・「深部感覚」等とし
て、受け取り日々を過ごしています。

 如何せん、人間は他の動物の様に「嗅覚」等の脳の旧皮質的な機能が発達しなかった
反面、二足歩行によって新皮質が発達し、「手は歩行から解放され」、「足は逆に重力を
一手に引き受けた」事で、より繊細な感覚と運動を獲得しました。

 結果、人間の子供は頭が重く、産まれて暫くは二足歩行に対し、脊柱が未発達で、直ぐ
に自分で立つことは出来ませんが、「口」の触覚(食行動中心の触覚)に続き、様々なも
のに「手足で触れる」所から、運動に必要な高度な「平衡覚」や「重力感覚」、「連動感」を
脳にインプットし、身に付けて行く過程を採りました。

 丁度、その過程を「追体験」している感覚でしょうか?

 当初、初めての皆様は何故手や足をそうして動かすのか?分かりません。その状況
は本当に「赤ちゃん」と同じ立場です。

 その「非日常的な体験」の中、私共が「呼吸」や「動作の流れ」を補足、補正させて頂き
ながら、共に皆様の「神経」や「感覚」に働き掛ける事で、「脳」や「神経」に「あるべき姿に
補正しよう」と言う「平衡欲求」が生じ、それが「心地よい感覚」を伴って皆様の「動きの変
化」や「回復・改善」として発露致します。

 その「変化」や「感覚」を手掛かりに、様々な「体位」や「条件」を加えてセッションは展開
されます。

 例えば、先ず、「左半身」と決めましたら、暫時、「左」のみの動作に取り組みます。そし
て、左半身を通じて「感覚が開かれた時」...「右半身」に取り組むとあら不思議!...簡単
に出来てしまったりします。

 「左半身」を通じ、「脳」の神経訓練が1つクリア出来たからです。

 よって、状況にも寄りますが、私の担当させて頂いた方には「やり易い方」からやって
頂きました。

 何故なら、感覚が開き易い方向から「神経回路を開き」、その「感覚」を生かして「やり
辛い方」を補足する意味と、「動き易い」部分から運動を誘導・改善し、私達の神経活動
(全身のバランス)の改善に弾みをつけようとの狙です。

 また、補正やご指摘を通じながら、畳のヘリや視線を決めて頂き、「習慣」と言う「自己
基準」の見直しや改善も行って頂きました。
 その方が、場合によっては、「触っている実感が増し」、「自分自身の立ち居振る舞い
もご自身で観照して頂き易い」利点があるからです。

 合わせて、「スキャニング」の時間も「スキャニング」はニュートラルな視座」を受けて
出来るだけ取らせて頂きました。
 この事で「自分の変化への認識」や「次の変化に向かっての現状把握」、「神経訓練
の安定化(安静にする事で心身への刺激を減らし、大切な情報・刺激を脳へ定着)」
が図って頂けます。

 ちなみに、各動作に対してのK野さんの模範動作の際、直ぐに真似をしようとされる方
には、先ず、「しっかり見て頂く」事をお願い致しました。

 何故ならば、出来るだけ「自分の経験や習慣からの推測」で動くのではなく、「模範
動作」を「手足」同様、「ご自身の目で!なぞって」動いて頂きたいからです(目も「触覚」
になり得ると春風堂は考えます)。

 総じて、私としては今までの反省もあり、殆ど「説明」はしないで、「神経訓練」のお手
伝いに徹した感があります。
 その事で、自然にあるべき変化が皆様の中から導き出され、その後、必要最小限の
「説明」や「ヒント」が私の「相づち」や「笑い話」として出て来ている感じでした。

 勿論、たった1回で皆様が数年掛けて築いた「習慣」が改善される訳ではございませ
んが、「変われるんだ!」と言う「変化」と「意識」、「実感」が「神(シン:目力とでも言って
おきましょうか?)」に現れていたのが誠に印象的でした。

 次回、いつこの様な機会が持てるか?未定ですが、それに向けて一歩一歩楽しみ
ながら進ませて頂きます(業務連絡:K野先生。次回は必ず!3人で「ナン」までお付き
合い致します:笑)。

 最後に、毎度ながらにひつこい様ですが、今までに掲載致しました、春風堂の考える
「神経訓練法」についてをコチラ↓に総集し、添付させて頂きます。

(参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「先ずは自分が変わる」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「相対神経訓練法 ~治療や介護から日常へ向かって~」
 「夢の途中 08/08/23」
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# by cute-qp | 2008-09-02 00:00 | バランス運動療法・調整法

 先日、「もうひとりの自分の目で見る」をご紹介致しましたので、今日はそれに関して、
治療やボディーワーク、日常生活で自分を振り返る際の「間」や「スキャニングタイム」
についてお話したいと思います。 

 以下は、大下大圓さん著書より引用・掲載させて頂きました↓。

 人生を長いスパンで考えてみることです。現在の悩みを引き伸ばしてみる。そうする
ことで、こころがふっと軽くなることがあります。

 もしくは、本当にそれが悩みなのか深く考えてみる。そのうえで、悩むことをいったん
やめて、立ち止まってふり返ってみる。すると、「待てよ、こんなことは本当は、どうで
もいいじゃないか」ということが見えてくることがある。

 一度ふっと視線を外してみる、前に進むだけでなくちょっと引いて見てみる。これが
、仏教の「止観」の教えです。「止観」とは、サンスクリット語の「シャマタ」と「ヴィパシ
ャナー」を訳したもので、「こころの乱れたものの見方を止めることによって知恵を起
こし、その知恵でもって対象を正しく観察する」という教えです。

 ↑以上、引用終わり。

 この「止観」と言う考えが、「スキャニング」の原理の1つではないか?と春風堂は
感じております。

 「ボディーワーク」でも「調整」でもまだまだ「行ってしまえ~!」な部分がある私です
が、「詰め将棋」の様に、自分が指した一手がどんな影響を産んだか、その度、立ち
止まって、丁寧に見ることの大切さを日々痛感しています。

 勿論、ある一定のリズムが出来ている時は、それに上手く乗る事が大切ですが、
リズムの命は「息と間」...結局、そこに行き着きます。

 そして、そのリズムが乱れている時こそ、果敢に何度も「間を作り」、自分自身を
立て直す事が重要だと思います。

(参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「先ずは自分が変わる」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「相対神経訓練法 ~治療や介護から日常へ向かって~」
 「神経訓練法が可能性を開く ~その基本原理~」
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# by cute-qp | 2008-09-01 00:00 | 温故知新

 昨夜は「フサオマキザル」のお話を致しましたが、今日は聖心女子大学キリスト教文化
研究所研究員で、「エニアグラム」(自分と他人を知るための知恵の人間学)の日本での
第一人者でいらっしゃる「鈴木秀子先生」の著作より引用させて頂きます。

 当ブログをご覧頂いている皆様にとっては、突然、「武道家」や「舞踏家」、「お坊さん」
に加え、「お猿さん」のお話まで出て来て、さぞ「当惑」なさっている事と思いますが(笑)
カテゴリー「なりたい自分になる為に」では「春風堂の理念」に基づき、様々な角度や
側面、スタンスから「なりたい自分になるヒント」を学ばせて頂こうと思っています。

 とにかく、色々と学びたい春風堂でございますので、どうか付き合い下さい。

 それでは、シスターの鈴木秀子先生の著作より引用させて頂きます↓

 ...一瞬でいいから、もうひとりの自分の目を持って、自分自身を客観的に見ること
です。

 そのときに大事なのは、自分を批判したり、分析したり、責めたりしないこと。まず
は温かく、ただ見ているだけです。

 「あ、今、私は怒っているな」
 「イライラして、頭の中で批判しているな」
 「緊張のあまり、パニックになっているな」
 「体も硬直しているな」

 などというように、具体的に見つめます。
 
 ある日、大学近くの道端でこんな風景を目にしました。大きな犬が子どもに近づく
と、子どもは「怖い」と言って、体を硬直させたのです。
 口だけではなく、ほんとうに怖がっていることが、その子の体を見ていると、よくわ
かりました。
    
 犬を怖がっている子は、以前に吠えられたことがあったのかもしれません。その
ため、危険を察知したのでしょう。

 人間は恐怖心を抱くと、体が硬直して思考能力が低下します。

 恐怖心というのは、危険を察知するために、その危険を回避するよう起こってくる
ものです。
 だから、それを無理に取り払おうとせず、まず受け容れること。何が原因かを探
ってみます。

 自分の体はどうなっているか、子どもを見るように観察してください。そして、「あ、
この恐れも自分の一部なんだ」と受け容れて、無理に治そうとしない。そこがコツ
です。すると、恐れや不安は自然に薄らいでいきます。

 自分の体、頭、感情、気持ちを、ただじっと、今どんな状態だろうと調べてみるの
は、瞑想のひとつです。すると、自分と仲よしになれるのです。

 人から愛されるようになるには、自分自身と仲よしになるのがいちばん大事です。

 自分のいいところを認め、悪いところも認める。自分の悪いところを笑いながら
認められるような人になると、なぜか人気が出てきます。

 ところが、「自分は、いいところはいいけれど、こういう欠点は受け容れられない。
どうしてそうなるのだろう」と、繰り返し自分を非難していると、周りにもイヤなもの
を投影してしまうため、隔たりを強く感じさせてしまいます。

 ですから、若いときから、自分自身と仲よしになる訓練が必要なのです

 自分自身と仲よくする方法を、私は「天使の観察」と呼んでいます。

 天使が自分の肩あたりにいると思って、天使の温かいまなざしで自分自身を
見つめてみるのです。

 「今、怒っている」
 「今、しよげている」
 「今、落ち込んでいる」

 というように、天使のまなざしを持つと、冷静に軽やかに自分を見ることができ
ます。

 「観察」とか「点検」という行動は、瞑想の一種です

 浮き立っているのでもなく、沈んでいるわけでもなく、心の中に何もない、ただ
静かな感じ。観察や点検は、そういうときにするといいのです。

 「観察」「点検」という言葉は、何かを調べるように聞こえますが、赤ちゃんや
小さい子どもが、これはなんだろうと、手で触ってみたり、いろいろな角度から
見てみたり、ほうぼうを見回したりする。
 そういう行動が観察とか点検で、評価や批判をせずに、ただ純粋に見ること
なのです


 天使のまなざしで自分自身を見つめる練習を繰り返すと、だんだん、自意識
過剰や、不安感、緊張感が少なくなります。つまり「ふり」をしなくなります。

 「緊張してはいけない。不安がらない。心配しないように」などと、自分に言い
聞かせると、かえって、それが大きくなってしまいます。
 そんなときは、肩のあたりから天使が見ていると思って、そのまなざしで自分
自身を点検するといいのです。

 天使のまなざしで自分を冷静に点検していると、不安に思う要素で頭がいっ
ばいの自分が見えますが、そんな自分を責めたりせずに、点検を続けると、し
ばらくは少しこだわっている状態が続き、次の段階に入ると、すっかり今までの
こだわりが消え、不安感までも軽くなっていることに気づくでしょう。

 そういう訓練を日頃から続けていると、自然と周りにいい人が集まってきます。

 また、自分が人と接するときにも、周りの人からプラスの気を与えてもらえる
のです。

 ふだんから、肩のあたりにもうひとりの自分を置いて、自分は何を考え、何を
言っているのか、相手とどんなふうに関わっているのかということを、客観的に
見る訓練をしましょう。

 自分自身を自然体で「あ、今、緊張している」「今、疲れている」と、温かく見つ
めてみる。
 そうすると、自分と仲よしになれて、ふりをすることや、自意識過剰、不安、あ
るいは恐怖から逃れることができるのです。

↑以上、引用終わり。

 この文章を見た時、「ヴィパッサナー瞑想」や「フォーカシング」などを彷彿と
致しましたが...結局、真理の基本は全て同じなんですね。

 ちなみに、ロルフィングのロルフ女史の弟子で、彼女のレシピにエニアグラム
を導入し、「シンインテグレーション」を創始したマーク・カーフェル氏を思い出し
ました。
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# by cute-qp | 2008-08-31 00:00

 唐突ですが...今日は「フサオマキザル」をご紹介致します。

 「フサオさん」は「南米のチンパンジー」と呼ばれる程、頭の良いサルで、ペットとしの
みならず、その高い知能を生かして「介護ザル」として訓練されています。

 通常、「フサオさん」はアマゾンなどの熱帯雨林で暮らし、果物を主食にしていますが、
乾燥した森に住む固体は、果物の代わりにヤシの実を主食としています。

 しかし、ヤシの実は、堅い殻に覆われ、そのままでは食べることが出来ません。

 そこで、「フサオさん」達は知恵を働かせ、石を道具として使いヤシの実を割る行動を
進化させました。
 石の重さは約1㎏。2本足で立ち上がり、自分の体重の1/3程もある石を使って実を
割ります。

 こちらはボスの実の割り方ですが、朽ち木の凹みに実を固定し、自分の体重に匹敵
する位の石を上手く持って実を割ります↓
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 流石に、ボス...綺麗なスローです。

 しかし、この方法は一様ではなく、群れの個々が自分特有のスローイングを編み出
しています。例えば、このフサオさんは「飛び込みスロー」です。
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 そして、こちらはボスを真似ようと必死なプチ・フサオ君達です↓
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 ボスの傍でスローイングを見ながら、自分で色々と真似や工夫をして自分のスロ
ーイングを身に付けて行きます。

 この目なんて真剣そのもの...何せ、親から餌を貰えないので自分で椰子の実を割
れなければ生きていけないのですから↓
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 そして...凄い事に、小さい頃から「立って」重い石を運び続けた結果、人間の様に
腰椎が前彎し始めているようです。
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 この現象は「猿回しのお猿さん」にも見られますが、人に訓練された訳でもなく、
石と言う「負荷」を利用してここまで来たのです。
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           (初代ジローの骨格 出典:構造医学 吉田勧持著)

 反面、人間は「どこでもしゃがみ込んだり」、「猫背・がに股」で歩くなど、どんどん
お猿さんに「先祖返り」している模様...実際、重心位置もどんどん後ろに行っている
とか。

 やれ、「2012年」、「フォトンベルト」など色々言われますが、それ以前に「生活習
慣」に「創意工夫」しないと「猿の惑星」が現実味を帯びている?!と思う春風堂で
す(笑)。

(補足)

 猿回しのお猿さんは、小猿の頃から「根切れ」と言う訓練を受けます...具体的には
、前足を付かない様に訓練され、合わせて、早い内から腰や背中のマッサージを受
けるのだそうです。

 その影響か?成長したお猿さんの腰をレントゲンで見たり、亡くなったお猿さん
の脊柱を解剖すると腰に「前彎」が出来、脊柱がS状にカーブします。

 更に、代々、猿回しに関わったお猿さんには生理曲線がすでに「遺伝子情報」
として次の代へと受け継がれるような進化がみられるのだそうです。
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# by cute-qp | 2008-08-30 00:00

 先ずは、コチラをご覧下さい↓。

生活習慣病予防、個別指導の受診17%増 07年度

 全国32カ所の労災病院に併設された勤労者予防医療センターなどで2007年度
に生活習慣病予防の個別指導を受けた人は前年度比17%増の6万9418人にの
ぼったことが、独立行政法人「労働者健康福祉機構」(本部・川崎市)のまとめで27
日、分かった。受診の急増について同機構は「メタボリック症候群への関心が高まっ
たことが背景にある」と分析している。
 個別指導の内訳は、喫煙や飲酒、睡眠不足などの習慣の改善を促す「生活指導」
を受けた人が06年度比38%増の1万9922人。理学療法士が健康状態や体力に
見合った運動を指導する「運動指導」が同3%増の1万8256人、医師による栄養、
運動、生活など総合的な「保健指導」が同17%増の1万7815人など。

[2008年8月28日/日本経済新聞 朝刊]

 ↑以上、引用終わり。

 先ず、世間が「ご自身の健康や生活を見直す」傾向にあるのは非常に良い傾向
だなと思いました。
 但し!、あくまで「生活習慣の病」な訳ですから、特別な場合を除いて、「喫煙」
や「飲酒」等の為に医療費や保険料を割いている...と言う点には疑問が残ります。

 どこか「何でも救急車」の甘えのノリや「自分の健康は自分で守る」意志の希薄
さを感じずにはいられません。

 と辛口な事ばかり言っても仕方がありませんので、今日は、「睡眠とメタボリック」
の関係を「ホルモン」の観点からお話したいと思います。

 さて、最近のお話ですが、「食欲」や「エネルギー消費」を通して肥満を調べた結果
、「グレリン」と「レプチン」という2つのホルモンの存在と関係が明らかになって来まし
た。

 ここで「肥満」の原理をおさらいしますと、「身体にエネルギーを必要以上に摂取す
るか、逆にエネルギーの消費が少ない為、体脂肪が過剰に蓄積された状態」を指し
ます。

 そのエネルギーの出し入れに「食欲」が関係し、その「食欲」をこの2つのホルモン
調節していると言う訳です。

 「グレリン」はまだ発見されて10年も経たないホルモンで、しかも、「内分泌系」では
なく、「消化器系」の「胃」から空腹時や食前に分泌され、「食欲」をかき立てます。
 これが習慣として「1日3食」であれば「グレリン」は3回放出されますが、夜更かし
して、空腹を感じればそのたびに分泌される様になり、一日当たりの「食欲」を増やし
てしまいます。
 しかも、「グレリン」は人間の成長に関わる「成長ホルモン」も不必要に増加させる
ので「肥満」が加速する訳です。

 対して、「レプチン」は、脂肪細胞から分泌され、「摂食の抑制」や「エネルギー消費
を高める」働きがあり、この2つのホルモンは相反しながら、バランスを取って作用し
ています。
 しかし、「睡眠不足」になると、なぜか「レプチン」が利かなくなり、バランスがくずれて
しまうと言う現象があります。

 その原因は未だ不明ですが、少なくとも、身体に必要な平衡バランスを壊している
のは確かの様で、結果、「食欲が抑えられない」のみならなず、「エネルギーの消費
を高める」ことも出来なくなり、「グレリン」主体の「メタボな身体」になって行きます。

 では、どうすれば心地よい睡眠を得ながら「メタボ」を防げるのか?...春風堂なり
の考えをお話致します。

 ① 先ず、「夜食」は控え、「睡眠薬」や出来れば「寝酒」に頼らず、自然に眠る。
   その代わりに、眠りを促す、「トリプトファン(睡眠誘発物質)」が含まれた「温め
   た牛乳」の摂取や「ハーブティー」等をお薦め致します。

 ② 「ぬるめの風呂にゆっくりとつかる」とか、「半身浴」をして心身を温め、「副交感
   神経優位」状態に持っていく。

 ③ 寝る前に「激しい運動は控え」、「呼吸法」や「神経訓練法」、「ヨガ」などを用い
   全身の歪みや偏り疲労と取ってこれまた副交感神経優位状態に持っていく。

 非常に大まかで単純ですが、身近で効果的な方法として以上の3つを上げてみま
した。

 とにもかくにも!自律神経(交感神経と副交感神経)の様に、人間に様々なバラン
ス機能があるのだな...とつくづく感動します。

 それに「おんぶにだっこ」ではなく、上手く付き合えれば「生活習慣病」のみならず
、様々な愁訴や病気が予防出来るものと思います。

 (参考)
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「もう1つの調整法 ~身体を温める~」
 「先ずは自分が変わる」
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# by cute-qp | 2008-08-29 00:00 | 現代医療に想う

 この8/31(日)に春風堂の先生であるK野師の「センタリング呼吸法・初級セミナー」
が開催されます(申し込みは締め切られております)。

 それを受けまして、以前の記事を脚注に添付し(参考)、今日は、春風堂が「調整」や
「ボディーワーク」のベースとしている「神経訓練法」の基本的な原理についてお話した
いと思います。

 さて...私達は生まれながらに「呼吸」・「消化」・「循環」・「代謝」と言ったあらゆる機能
を持っており、構造的にも「重力」に対応出来る様に出来ています。
 また、「視覚」・「聴覚」・「嗅覚」・「味覚」・「触覚」と言ったセンサーが皮膚や筋肉など
の「感覚器」として存在し、自分と外部の関連性を脳に伝えてくれます。
 そして、それらは絶妙な神経の機能により、私達は一定のバランスを保ちながら統合
・管理されて生きています。

 例えば、私達の足の裏には七千余りのセンサーがあり、歩く度に地面が硬さや平衡
、摩擦などを伝えてくれてます。
 これらのテータが自動的に脳で処理され、内耳の平衡中枢へ送られ、身体はその状
況に応じて微調整されます。

 この様に、身体は無意識のうちに何度も微妙な調整を行い、バランスの平衡を保っ
ています。

 そして、人間がこのバランス機能を習得するのは生後9~18カ月頃...赤ちゃんは、
腕を伸ばし、這い、転がり、身体の協調性と骨格の支持性を体感して立ち上がり、続け
て、歩き、走り、跳びながらバランスの取り方を覚えて、それを無意識な「習慣」や「能力」
として修得して行きます。

 その「プロセスの差」によって、「上手・下手」が出来、ある人は「スポーツ」に、ある人は
「芸術」等にその能力を見出します。
 しかし、その大半の人間は自分の中に眠る可能性に気付かず、それを「他人事」として
見る側に甘んじています。

 勿論、「身長の高い低い」や「体重の軽重」などが前提条件として影響しますが、「心身
のバランスを保ち、協調させる」事に差はありません。

 ただ、ご自身が「自分」になるプロセスに「差」があったのです

 例えば、子供が何かに取り組む時、「こうすれば愉しい、嬉しい」...その繰り返しの
「パターン」が「自分のなりの方法、習慣、イメージ」を作り上げ、最終的に「自分」と言う
存在が作り上げられて行きます。

 更に、そこに外的要因(社会環境、文化、経験、ケガ、トラウマ)等が不可され、心と身
体のイメージや姿勢が不可・形成され、例えば、物理的に、赤ちゃんの頃にはなかった
「側彎」や「猫背」などを産む原因にもなります。

 これは、身体的にはバランス・協調させ、「より効率的に動かす術」を、心理的
には「自分を見詰め改善する術」を学べなかったことが大きな原因だと思われます。


 現に、発展途上国においては人力に頼る部分の多さが、機械やコンピューターによっ
ての「身体能力」や「創意工夫」の去勢を防いでいますし、アスリートなどは、自らの運
動の質を高める為に日々、自らの心身の精度を高めています。

 対して、普段、私達はこの様な「意識」や「目的」の「必要性」や「重要性」を自己
認識していません。

 更に、私達が「無意識化」させてしまった「重力」という絶え間ない「負荷」は、
私達を押し潰し、身体を歪め、健康状態に悪影響を及ぼしています。


 従いまして、車をメンテナンスする様に、私達は自分の身体や習慣をメンテナ
ンスする必要があります。
 もし、それを怠りますと、体調が悪くなるだけでなく、無意識に「悪習慣」や
「消耗」が進み、私達の「寿命」を縮める事になります。
 恐ろしいのは、「習慣」と言うのは「オートマティック機能」なので、その分、より
良い方法を考えたり・工夫する意識や行動、好奇心を産みません。


 そんな自分を認識し、改善する迄に至っていないのが私達の現状です。

 従いまして、逆に、身近な自分を知ることは自分の「可能性を広げる」事に繋がり
、大きな喜びや好奇心に繋がります。

 その可能性をキーとなるのが、私達を管理している「神経」です。

 脳自身が殆ど使われていない様に、「習慣」の裏に隠れた「神経」の活躍の場は
沢山あり、その「学習能力」が私達の認識している可能性を広げます。

 つまり、私達が生きている間、「限界は広がり続ける」のです。

 従いまして、赤ちゃんの頃に持っていた機能を再び、「意識的に」目覚めさせる
こと
が大切なのです。

 具体的には、「バランス機能に影響を与える」ことで、姿勢や身体の使い方はも
とより、心身に、その影響が及びます。


 例えば、いつもの「立ち居振る舞い」を超スローペースにしたり、「非日常的な動き」
に挑戦する事で、脳に「刺激」と「変化」、「イメージ」、「想像力」、「重力感覚」等を与え
、私達の制御システムを「再プログラミング」・「再編成」するのです。

 その基礎として、人間の基本機能と呼べる「呼吸」を「運動」の起点とし、脳や神経
への「細やかな語りかけ(小さな変動・低刺激)」をしながら心身の機能が高め
る事で、私達の可能性が広がります。

 この時、「大きな動き」や「刺激の強い動き」は控えます。何故なら、「習慣」を超える為
には、無意識に習慣化した動きを発見し、観察する必要があり、より精密な再プログラミ
ングを行う為には絶対であるからです。

 また、そうした動きは「副交感神経優位」の「調和した」動きとなり為、より良い行動パタ
ーンを神経回路に覚えさせる事にもなります。

 こうして「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」方法が「神経訓練法」
です。

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 (参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「相対神経訓練法 ~治療や介護から日常へ向かって~」
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# by cute-qp | 2008-08-28 00:00 | バランス運動療法・調整法

 現在、自分への課題として定期的に70歳以上の方を拝見させて頂く機会を積極的
に作っているのですが、「老化」と言うのは本当に個人差があり、60歳そこそこでかな
り「お疲れ目」がいらっしゃると思えば、90歳近くても、私が太刀打ち出来ない程お元気
な方がいらっしゃいます。

 そんな風景を通じ、元気な方の「元気の素ってなんだろう?」...とつらつら見て行くに
多少のご病気やご不調があっても「自分の意志で何かをやる!(やらねばならぬ!)」
と言う意識や言動が共通して見える様に思いました。

 対して、「お疲れ目」の方々は、ご不幸にも「大きなご病気」があったり、「事故」に会わ
れた結果、その「意識」や「言動」が持てなくなっておられる気がしました。

 具体的には「身体が思うように動かないともどかしさ」が先ずあって、それが「ストレス」
になったり「身体が利かないのは仕方がない」と諦めを生じさせ、「意志や意欲」を減退
させ物理的にも精神的にも「行動力」を奪って行くのだと思います。

 そう言う場にあって、何がベストな「治療」や「介護」なのか?春風堂なりの考えをお話
したいと思います。

 唐突ですが、私の学ぶ「センタリング呼吸法」で大切なのは「様々な動きや体位を単に
こなせる」事ではありません。
 それは「道具」や「手段」の1つであって、大切なのは「自分の心身の動きを観察し
、自分の現状を見据え、しっかり知ること」
にあります。

 先ず、自分自身の身体の動きをよく観察し、今の自分の身体の「現状」や「限界」を知
ります。

 その状況下、自分の身体(と心)の細部まで意識を向け、どうすれば現状を変え、限界
が広げられるか(どれだけ動かせるか?)を探求して行きます。

 同時に、自分の動きの「無理・無駄」も省いて行きます。

 そうやって自分自身を「体感」しながらセッションを進めて行く事を「センタリング呼吸法」
では大切に考えます。

 具体的には、「骨盤を丸めたり、反らしたり」する際、「量や回数をどれだけやったか?」
ではなく、「自分は今、骨盤を丸め、反らした」、「それで心身が変化した」などを「体感」す
る事です。

 そうして、自分の中に1つ1つ「確かな体感」を作って行く事が「センタリング」の大前提
となります。

 それが「治療」や「介護」、「リハビリ」にも言え、「意識や意欲、言動の減退」と言う現
象は自分の中にある「確かな体感の減少」だと感じます。

 従いまして、最初は、「受動的な形」になるかもしれませんが、「治療家」や「介護士」
の手を借りて「相対神経訓練」を行う事によって、「確かな体感」を自分に取り戻せる
切っ掛けとなると考えています。

 実際、歩く事がお辛く、日常生活に支障が出ている方に対し、誘導しながら「骨盤時計」
と「足首運動」を中心に「神経訓練」と「調整」を行いますと「意識」や「行動」がはっきりし、
改めて、人間の心身って凄さに感想します。

 また、「後遺症」等で「沢山動けない」、「満足に動けない」と仰る方も多いと存じま
すが、その事自体が「センタリング呼吸法」を実践する支障とはなりません。

 何故なら、「身体が思うように動かせない」=「自分自身を丁寧に観察出来る」事でも
あり、実は、健常者よりも「体感し易く」、「上達も早い」のです(そう言う例を沢山見て
来ました)。
 また、「センタリング呼吸法」は呼吸を中心に「必要最小限」で「最短距離」、「余分な
カを使わず丁寧に動き」、「動ける所から動きを作り・繋げて行く」事が基本であるから
です。

 従いまして、「美しく、パーフェクトを目指す」のでなく、「確かな体感」を増やし、
「ご自分の心身を自分に引き寄せて行く(センタリング)」事によって、自然と回
復が図れると思います。


 勿論、ご本人の「たゆまぬ努力」と「根気」が必要ですが、それ次第で結果や可能性
も大きくなり、どんな状況にあろうと「生涯、自分自身を創意工夫出来る!」
と言う自信と体感を持って頂ける!と思います。

 従いまして、介護者の方も要介護の方々の現状を見て「○○出来ない!」と
どうか決めつけないで頂きたいのです
(却って「負の連鎖」にもなりかねません)。

 一方、「相対法」ですから、「介護者の体調管理も図れます」(「正の連鎖」ですね)。

 これは「ペアダンス」や太極拳の「推手」などと同様ですが、自分自身の心身の有り
様がそのまま「お相手」に映る...と言うのが「相対法」の特徴で、要介護者の補
助を通じ、自身の意識と運動を正しく伝える努力を通じ、自らの心身を整えて行
くことが出来ます(それが絶対必要十分条件になりますので)。

 そうして、自分自身を相手に写して観察する習慣が身につくと、身体のバランス
が少し崩れただけでも、事前にそれを関知・対処出来る様になり、要介護者の心身
のバランスを細やかに見られる事にもなります。


 本来、「治療」...マクロに言えば「人間の営み」は全てそう言うものではないか?と思う
春風堂です。

 その為にも、目下、色々なアクセスの仕方や方法を試行している所であります。
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# by cute-qp | 2008-08-27 00:00

 「なりたい自分」や「センタリング」、「中心」をイメージする時、私達は何か「絶対的
なモノや存在、姿勢や信念」を意識してしまいがちです。

 ごく身近な例で言えば、「こうあらねば!」と言う想いやトレーニングなどの本に、
人間を串刺しにした様な線があって、これをして「人間の中心軸」と思う事など。

 しかし、日常における身体のバランスは刻々と変わる為、「不動の中心」と言うもの
は存在し得ず、まして、その対象が「心」となると、その中心は常に移ろいます

 従いまして、何かに「拘ってしまう」と私達は身動きが取れなくなります。

 そこで「セレンディピティ」の姿勢が大変有効なポイントとなります。

 「セレンディピティ(serendipity)」とは、何かを探している時に、探しているも
のとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉で、何かを発見したと
言う「現象」ではなく、何かを発見をする「能力や姿勢」のことを言います。 

 極論すれば、「ふとした偶然」を切っ掛けに、何かを掴む能力の事です。

 これは「行き当たりばったり」とか「適当」と誤解され易いのですが、例え、失敗
を繰り返しても、柔軟な発想で出会いや釣り合いの切っ掛けを膨らませて行く
様な歩みや過程を言い、「セレンディピティ」と言うと舌がもつれそうな春風堂は
「過程力」なんて呼んでいます(笑)。

 従いまして、道草しつつ、気長に気楽に自分を楽しみながら、「セレンディ
ピティ」を体験してみて下さい。「物事は結果でなく、その”過程”が面白い」
のです。


 ちなみに以下は「セレンディピティ」の実例です↓(Wikipediaより引用)

・アレクサンダー・フレミングによるリゾチームおよびペニシリンの発見

  フレミングが培養実験のときに誤って、雑菌であるアオカビを混入させたこと
 が、後に世界中の人々を感染症から救うことになる抗生物質発見のきっかけ
 になった。

・ウィルヘルム・レントゲンによるX線の発見。(1895年)
・ハンス・クリスチャン・エルステッドによる、電流と磁気の関係の発見。(1820年)
・アルノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンによる、宇宙背景放射の発見
 (1964年~1965年)
・ルイス・アルヴァレズ、ウォルター・アルヴァレズ、フランク・アサロによる、恐竜
 滅亡の小惑星衝突原因仮説。(1978年~1979年)
・アントニー・ヒューイッシュ、ジョスリン・ベルによる、パルサーの発見(1967年)
・アルフレッド・ノーベルによるダイナマイトの発明
・ポリエチレンの発見
・ポストイットメモの発明
・アルバート・ホフマンによるLSDの幻覚作用の発見
・田中耕一による高分子質量分析法(MALDI法)の発見
・スモーリー、クロトー、カールによるフラーレン(C60)の発見
・飯島澄男によるカーボンナノチューブの発見
・江崎玲於奈らによるトンネルダイオード,トンネル効果の発見
・白川英樹らによる導電性高分子の発見

 (参考)
 「発想法カルタ抄」
 自分への「無限の命令」
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# by cute-qp | 2008-08-26 00:00

自分への「無限の命令」

 昨夜の発想法カルタ抄を受け、更に、私達の「好奇心」から物事を見ていきたいと
思います。

 絵を描く(えがく)ということは、紙に絵の具で、絵を描くことだけじゃない。
 刺激を受けて、イメージを持つことが、絵を描くこと。
 イメージを持って、行動することも、絵を描くこと。
 行動しながら、ワクワクすることも、絵を描くこと。
 時間が経って、あの時のことを思い出すことも、絵を描くこと。
 だから、いつだって、誰だって、どこだって、絵は描けるんだ。


 これは、以前、本屋で何とはなしに取った本の背表紙にあった言葉で、著者は
画家の日比野克彦さん。題名は「100の指令」とあります。

 「指令」と言っても、「ねばならない」などと言う、なにがしかの強迫観念や使命感
、義務からものではなく、「やってみよう」と言う、自発的で好奇心旺盛、自由奔放
な「自分への指令」の事です。

 大人になり、社会に出てしまうと、どうしてもこう言う「感性」や「捉え方」を無くし
がちだな...と感じます。

 そこで、「なりたい自分になる為に」、この「100の指令」から、幾つか印象深かっ
たものを抜粋・引用させて頂きます↓。

 ・色の名前を考えよう。
 ・形の名前を考えよう。
 ・赤色と黄色の間の色を集めよう。
 ・目を閉じてまぶたの裏を見てみよう。
 ・口の中をベロで触って、どんな形があるか探ってみよう。
 ・いつもと違う道で家に帰ろう。
 ・りんごはなぜりんごと言うかのかいろいろな人に聞いてみよう。
 ・椅子を椅子じゃないものとして使ってみよう。
 ・走りながら後ろを振り返ってみよう。
 ・右足と左足がかわりばんこに前に出てくることを考えながら歩いてみよう。
 ・歩きながら右に曲がるときにどうやって右に曲がっているのか、自分の足
  をよく観察してみよう。
 ・お風呂のお湯で噴水を作ってみよう。
 ・自分の影と握手をしてみよう。
 ・自分の影を切り離してみよう。
 ・虫が言葉を喋れたらなんて言うか想像してみよう。
 ・何分じっと止まったままでいられるか一人で時計を見ながら計ってみよう。
 ・昨日家に初めてやってきたものがいつまで家にいるか予想してみよう。
 ・家から学校に行くまでに何種類の感触があるか、触りながら学校に行こ
  う。
 ・布団の中に入ってお風呂の中を想像してみよう。
 ・外に出て、一番遠くから聞こえる音を探そう。
 ・外に出て、何種類の音が聞こえるか数えてみよう。
 ・一番遠くに見える小さなものの中にある一番大きいものを想像してみよ
  う。
 ・いろいろなものを見ながら、誰がどうやって作ったか想像して話し合って
  みよう。
 ・今日の気持ちを食べ物にたとえてみよう。
 ・秒針のついた時計を見て、60秒間秒針をジーと見て、その間に考えてい
  たことを言葉にしてみよう。
 ・蚊のスピードを計ろう。
 ・鉄棒を毛糸で巻いて、暖かい鉄棒にしよう。
 ・ボタンとボタンの穴を違うものでくっつけてみよう。
 ・一日で見た生き物を全部覚えておこう。
 ・知らない人の名前を100人書いて、その人がほんとうにいるか電話帳で
  調べよう。
 ・斜めなところに水をたらして、どんな形を作りながら流れるか見てみよう。
 ・お弁当を食べながら、家にある冷蔵庫の中を想像してみよう。
 ・ガラスはなぜ透明なのか、ガラスを触りながら考えてみよう。
 ・洗濯物がいつ乾くのか、時々洗濯物を触ってみよう。
 ・木にとまっている鳥を自分と目が合うように心で呼んでみよう。
 ・帽子の中に秘密の言葉を書いた紙を入れて街を歩いてみよう。
 ・飛行機雲を見つけたら、飛行機の中でみんなどうしているか想像してみ
  よう。
 ・ご飯のお米は「種」なんだと思いながら食べてみよう。
 ・うちわの風がどこまで届くか挑戦してみよう。
 ・空から落ちてくるものを空を見上げながら探してみよう、もしくは想像し
  てみよう。
 ・車の中から隣の車は何処から来て、何処に行くのか、運転している人
  を見ながら、推測してみよう。
 ・テレビの緑色と本の緑色と自然の緑色を比べてみよう。
 ・ゴムはなぜ伸びるのか。ゴムを引っ張りながら考えてみよう。
 ・1は何色だろう?3は何色だろう?8は何色だろう?数字と色をつなげ
  てみよう。
 ・ボールを遠くに蹴る人の形はどんな形をしているのか観察しよう。
 ・拍手をするとなぜ音が出るのだろう、拍手でいくつの種類の音が出る
  のだろうか試してみよう。
 ・指を使って自分の好きな形を作って、名前をつけて自分のマークにし
  よう。
 ・陽だまりで目をつぶって、暖かいのがどこから来るのか感じてみよう。
 ・ラジオを聞きながら、喋っている人の顔を想像して描いてみよう。
 ・似ている形同士を集めよう。
 ・逆立ちをして逆さ言葉を言ってみよう。それがどういうふうに聞こえた
  か、聞いてみよう。
 ・自分がジャンプしている間に地球が何メートル回ったか想像してみ
  よう。
 ・魚屋さんと文房具屋さんを混ぜてお店を出してみよう。洋服屋さんと
  八百屋さんを混ぜてお店を出してみよう。
 ・透明人間を描いてみよう。
 ・野良猫に名前をつけてやろう。
 ・ドアの取っ手がもしなかったらどうなるのだろうか、取っ手を使わず
  に生活してみよう。
 ・駅で誰かが来るのを待っている人を誰かが来るまで待ってみよう。
 ・靴の裏には今日一日歩いてきたものが全部くっついてきていること
  を想像しよう。
 ・目と目を間にもうひとつ秘密のめがあるのだけれど、その第3の目
  は自分では見れません。けどその第3の目でいろいろなものを見
  てみよう。


 また、あとがきで日比野氏はこう書いています。

 なんだか時間がゆっくりしていたある日のこと、せっかくだからどうでもいいこと
を想像してみた。そうしたら、一日がいつの間にか過ぎていた。そしてノートに書き
留まっていたのがこの「100の指令」です。
 どうでもいいことは結構どうでもよくなくて、何にも役には立ちそうにないけれど、
自分の中にうろうろしているのは表には、はっきり出てこないけれど、結構役に立
っているようで・・・。
 私の日常の中でどうしようかなーなどと考えているとき、頭の中では100の指
令の仲間がズバリと答えは出さないのだけど、こんなことがあったりして、あんな
感じもしたりしてみて、などと関係ないところでウロウロしている。
 私は無責任な奴等だなあと相手にしないのだが、彼等が通ったあとに吹く緩や
かな風が、アッ!そっかー!という展開になったりする。
 100の指令を読み返しながら、あなたの100の指令の仲間を呼び集めてみて
ください。

 ↑以上、引用終わり。

 他人がどう思うか?は別として、自分が愉しければ私は良いと思います(笑)。
どうか、皆様もご自身への「無限の指令」を愉しんで下さい。
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# by cute-qp | 2008-08-25 00:00

発想法カルタ抄

 昨夜の夢の途中 08/08/23を受けて、今日は、発想の仕方について板倉聖宣先生著
「発想法カルタ」より抜粋、引用させて頂きながら観ていこうと思います↓。

押してだめなら引いてみな それでも駄目なら回すんだ

 テレビをつけることなど誰でもできることです。ところが、旅先でテレビをつけようと
思っても、機種が使い慣れているものと違うと、電源を入れることさえできないことが
あります。
 機種によってはスイッチを押すもの、引き出すものがあるかと思うと、回してオンに
するものもあるからです。
 ちょっとやってみてうまくいかないと、すぐに「できない」とあきらめてしまう人がいま
すが、いろいろ試行錯誤的にやってみることが必要なのです。

 このことわざ、本来は人間関係、とくに恋の駆け引きの話でした。それも、「試行錯
誤的にいろいろやってみろ」というわけです

なんとなくも理屈のうち

 「なんとなく」ということで何かを選ぶことがあります。「そんなの理屈じゃない」とい
われても、まったくデタラメに選んだのでなければ、それは立派に理屈のうちに入る
ものと認めなければなりません。

 じつは、大発見・大発明というのも、たいていは、発見者・発明家の 「なんとなく」
という気持ちが元になっているのです。
 どうして自分には 「なんとなくそう思える」 のか、その理由がわからないのに「な
んとなくそう思える」というときには、やはりそれなりの根拠があるとみたほうがいい
のです。

 そういうことを大事にしてはじめて大発見ができるのです。

予想を選んで知る自分の心

 「自分の心は自分が一番よく知っている」-大抵の人はそう思っています。

 ところが、「ある未知の問題の答えについて予想を立てて下さい」といわれて予
想を選んでみると、そのとき「ああそうか、自分はこういう考えをもっていたんだな」
とわかることが少なくないのです。
 小学生でも、授業の中でそういう発見をして驚くことが少なくありません。食堂に
入って、他人が選んだ食べ物を見てはじめて、「ああ、あれが食べたかったんだ」
と思うこともあります。

 選択肢が目の前に現れてはじめて、自分の考えがまとまるというわけです。「わ
れ考えるが故にわれ在り」という哲学的な話です。

「わからない」と言うのが謎解きの第一歩
 
 自分のわからないことを「わからない」というのはとても勇気のいることです。

 へたにそんなことをいうと「こんなことも知らないのか」と馬鹿にされることが少な
くないからです。
 しかし、捨身の戦法で「わからない、わからない」といい張ってくれる人がひとりい
ると、まわりのみんなは助かります。

 ときには「じつは、優等生や先生もみんなわかっていなかったんだ」とわかること
があります。

 そうなったら、みんなで考え直してみて、新しい発見ができるかも知れないので
す。だから、ときにほ捨身の戦法で「わからない」といってみましょう。

 私は小学生時代に教わったことも片端からわからなくて、大学に入った後まで、
「自分の頭は特に悪いのではないか」 と心配でならなかったのですが、勇気を出
してそのことをロにしたところ、ほかの人たちもまるっきりわかっていないことがわ
かったことが何度もあります。

 そして、安心したというか、「わからないことに気づかずにただ覚えこんだ人よりも
、わからないことにこだわり続けた自分のほうが優れている」というようにも思えて、
それまでになく自信をもつことができるようになりました。
 そこで、私は学生時代に「わからないことはわからないと言おう」という言葉を唯
一の合言葉として、とても活気のある研究会を組織することに成功したのでした。
 
予想変えるも主体性

 人間というものは、メンツがあってなかなか一度公表した自分の意見・予想を変え
られないものです。他人の前で予想変更を公言するのはとても勇気がいります。

 それは、他人から「予想を変えるのはずるい」とか、「主体性のないやつだ」といわ
れるのがいやで、自分でも何となくそう思っているからです。
 政治的な転向・裏切りと真理認識の問題とがごちゃまぜになっているのです。

 しかし、予想を変えるのは自分自身なのですから、「予想を変えるのも主体性のう
ちなのだ」と確信をもてるようになると、予想変更へのこだわりがうんと減るようにな
り、自分の進歩に飛躍をもたらせてくれます。

どちらに転んでもシメタ

 何か変わったことが起こると何時も「悪いほうに転んだ」と思う悲観的な人がいま
す。

 剣道で立ち会っていて、相手が少し動いたらいつも「打ち込まれる」と思うようなら
、その試合は負けに決まっています。
 相手が少しでも動いたら「しめた、すきができたぞ」と思えるようになったら、試合
に勝てるようになるでしょう。

 何か変化したときは、負ける恐れもある代わりに、その変化をうまく利用して勝つ
チャンスでもあるのです。いつも悲観的に考えているとそのチャンスを見過ごして
しまいます。

 どんな変化のときも、必ず自分に都合のいいチャンスにもなっていることを忘れ
ないことです。

ビニールも切り込みがあれば切れる

 ビニールの袋はなかなか破けなくて、中の食品などを取り出すのにとても苦労する
ことがあります。
 ところが、そんなビニール袋でもどこか一個所にちょっとした切り込みがあれば、簡
単に破れるようになります。

 「ちょっとした工夫で場面が大きく展開する」ということを示す新しいことわざとして
どうでしょうか。

 そういえば、「水は百度で沸とうする」といっても、そのきっかけがないと百五度くら
いまで過熱されてしまいます。そこで、化学者は<沸とう石>を入れて、沸とうのき
っかけを作ってやります。
 そうしないと、(突沸)といって、過熱した熱湯がいきなり容器から飛び出して危険
なのです。

できないお陰でできもする

 ほんらい「能力」というのは、何かが「できる」ということです。しかし、車の運転が
できない人は「他人を轢き殺すことができない」という能力があることになります。

 ファラデーは、小学校もろくに行かなかったために、数学がまるでできませんで
した。そこでその時代の電気力学の研究には落ちこばれたのですが、そのため
却って、当時の数学ではちょっと処理のできないような数学的なアイデアを開発し
て、「電磁気学」という新しい科学の分野を開くことができました。

 「何かができないというのも能力のうちだ」という逞しい生き方もあるのです。

最後にだますのは自分

 「他人にだまされた」と思うとき、よくよく考えてみると、「それを信じたい自分が、そ
れを疑おうとする自分をだました」といえるのが普通です。
 だから、昔から、詐欺師はなかなか捕まらないといいます。だまされた人も恥ずか
しくて訴え出られないのです。

 自分にだまされないようにするのが一番なのです。

 「自分で、真理だ正義だと確信できたことでも、それが間違っていることが少なく
ない」ということも知っていないと、とんでもない間違いを犯しかねません。
 自分が真理・正義を主張していると信じているときほど人を傷つけ易いことはない
ので、くれぐれも御用心。

 ↑以上、引用終わり。

 板倉先生は「仮説実験授業」の提唱者として有名な理学博士・教育学者です。

 抜粋に当たり、他にも色々ご紹介したいものもございましたが、泣く泣く、これ
だけに絞りました。私としては「最後にだますのは自分」がお気に入りです。
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# by cute-qp | 2008-08-24 00:00

 先日、伊藤先生や成瀬先生のお話をご紹介致しましたが...同じく私達が、自分
自身を観照し、楽しく暮らすにはどんな事が必要か?アレクサンダーテクニークの
考え方から検証したいと思います。

 以下は、「からだを解き放つアレクサンダー・テクニーク」地湧社 谷村英司著か
らの引用です↓

 アレクサンダーは、私たちには固定観念にとらわれて内面の自由を見失ってしま
う心理状態があると指摘し、それを「エンドゲイニング」と名付けています。

 これは、目的に至る手段やプロセスをよく吟味しないで、目的の達成や結果を得
ることに駆られている心理状態のことを言います。
 例えば、″私は○○にならなければ安心できない″とか″私も○○を獲得すれ
ばきっと満足する″といった固定観念がエンドゲイニングの心理状態を強く呼び起
こし、誤った方向の努力に私たちを駆り立てるのです。

 私たちは人生において、小さなものから大きなものまで、さまざまな目的や夢をも
ちます。そしてその実現に向かって邁進するわけです。そのこと自体は悪いことで
はありません。それどころか、それは個々人に生きるカを与えるものだと思います。
 しかしエンドゲイニングは、そのときにあまりにも目的に固執し結果を急ぐため、自
分にとって何か良くエンドゲイニングないことをしていてもそれに気づかず、目的だけ
を達成しようとしてしまうのです。

 アレクサンダーの例で言えば、彼はシェークスピアの朗唱家として名声を上げるこ
とが夢でした。
 しかし、その夢に向かって猛進したために、声が出なくなるという″犠牲″を払って
しまったのです。そしてその結果、朗唱家としてやっていけなくなるかもしれない危機
に遭遇してしまうわけです。

 彼にとっては意外な落とし穴だったかもしれません。

 そこで彼はもう一度そのプロセスを見直す旅に出ました。そうして、このアレタサン
ダー・テクニークというものが生まれたわけです。

 エンドゲイニングによるこうした″犠牲″は、私たちの内面でいろいろな問題を起こ
しているように思います。すぐに表に現れてくるわけではありませんが、知らぬまにそ
れに浸食されていくのです。

 だから、そのことには気づきにくいのです。

 特に、目的が表面的にはうまく成し遂げられた場合、自分が払った″犠牲″に気づ
かず、それを置き去りにしてしまいます。
 しかし、やがてそれが限界点に達すると、からだや心に問題が現れたり、外の現象
(人間関係がうまくいかないなど)として現れたりするのだと思います。

 このエンドゲイニングというものは、人間の意識の一状態で昔からあると思います
が、現代社会では、これが一原因となっている病理が特に顕著に現れているように思
えます。
 個人個人の内面がますます無視され疎外されるようになり、表立った成果のみが評
価されて結果、それに払われた内面の犠牲がさまざまな形で表に現れてきているの
が、現代の社会病理のような気がするのです。

 ですから、今こそ私たちは、自分の中のエンドゲイニングについてよく調べてみるべ
きだと私は思っています。

エンドゲイナー(エンドゲイニング的意識に駆られている人)の特徴(是非、皆様も
チェックしてみて下さい。)

□ エンドゲイナーは「今」を見ない

 エンドゲイニングにとらわれているときは、その目的や結果に意識が集中してし
まっているので、「今」自分の中で何が起こっているのか、「今」自分の周辺で何
が起こっているのか見ていない。
 しかし、私の問題は「今」起こっているのだ。それゆえ私は、自分自身の問題に
対して無自覚である。

□ エンドゲイナーは鈍感である

 したがってそのときは、「今」自分の中で起こっていることにも、周辺で起こって
いることにも鈍感である。
 いや、もっと正確に言うなら、おそらく感覚はそれをとらえているのだろうけれど
も、その感覚からの情報を聞くことができないのだろう。

□ エンドゲイナーは急いでいる

 私は最近、なぜかわからないが、理由もなく急いでいる。私はなぜそんなに急い
でいるのだろう?その先に何があるというのだろう?それは「今」からの逃避だろう
か?だとすれば「今」の何から逃避しようとしているのか...何を恐れているのだろう
か?おそらく「ありのままの自分」を恐れているのだろう。
 だから「ありのままの自分」から「あるべき自分」「ありたい自分」へあわてて変わ
ろうとするのだ。

□ エンドゲイナーの意識は部分的である

 私がある問題に気づいたときには、その問題だけを解決しようと邁進する。部分
的なものに葛藤が集中しでしまう。
 だから、その問題の背景まで含めた全体的な見方ができない。

□ エンドゲイナーは過去(既知)に生きている

 私が想像できる結果や設定できる目的は、今まで生きてきた経験(過去のデー
タ)から導さ出したものだ。
 したがって、私が追求しているものは過去の産物であり、私の歴史の残りカスで
しかない。

□ エンドゲイナーは新たなことに無力である

 自分の中で新たなことが起こったとき、エンドゲイナーにはそれをとらえることが
できないだろう。たとえとらえることができたとしても、過去のデータからそれを即
断してしまうだろう。
 したがって、せっかくの新しい出来事が古いものに変質してしまう。それを正しく
とらえることができるのは、私がエンドゲイナーでないときだけだ。

□ エンドゲイナーは幻想をいだいている

 エンドゲイナーは幻想をいだいているが、その自覚がない。したがって、夢ばか
り追う夢想家のように、現実を見つめて冷静に自己を再検討することができない。

□ エンドゲイナーは断定する

 私は断定する。断定するということは、結論を出すことであり、もう再吟味しよう
としないことだ。
 つまりそれで「終わり」ということだ。「end(終わり)をgain(獲得)する」とはうま
く言ったものである。
        
□ エンドゲイナーは傲慢である

 私は断定的に物事を評価するので傲慢になる。その傲慢さから否定的な感情
が生まれ、結果としてそれが自分自身を苦しめることになる。

□ エンドゲイナーは身心を固める

 私はレッスンに集中しようとしてからだを固め、意識を固める。しかしそれは自
分自身を邪魔している行為であり、自分自身を縛ることでしかない。

□ エンドゲイナーは準備する

 私は良いレッスンをすることができるようにと、レッスンのための準備をする、
これもひとつのエンドゲイニングだ。
 良いレッスンをするという目的に向かって突っ走っている自分に気づく。こんな
精神状態で良いレッスンをできるわけがないことにやっと気づいた。

□ エンドゲイナーは不安である

 私はいつも安全無事であることを望んでいる。そのために準備する。しかし、
そうして安全を求めて準備すればするほど、かえって私の不安が強くなるような
気がする。それは飲めば飲むほど喉が渇く水のようなものだ。
 このエンドゲイニングの活動自体が不安を大きくしてしまうのか軋じしれない。
あるいは、この不安感がエンドゲイニングの活動源なのかもしれない。

 ↑以上、引用終わり。

 「エンドゲイナー」の特徴について、皆様の「エンドゲイナー度」は如何だった
でしょうか?私は全部当てはまりました(笑)。
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# by cute-qp | 2008-08-22 00:00

 今日は私の大好きなピアニストMARIA JOaO PIRES(マリア・ジョアン・ピレシュ:
1944年ポルトガルのリスボン生まれのピアニスト)についてご紹介致します。
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 7歳でモーツァルトのピアノ協奏曲を弾き、9歳でポルトガルの『若き音楽賞』を受
賞するなど、早くから注目され、70年にはベートーヴェン生誕200年記念コンクール
で優勝し、国際的名声を得、「モーツァルト弾き」として有名。 
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      モーツァルト生誕250年記念BOX モーツァルト:ピアノソナタ全集

 ソロ活動と共に室内楽も積極的に行なっており、その演奏は作品と親密に対話し
つつ、自発性に富む表現を散りばめ、細部まで美しく練りあげたものとなっていま
す。
 手の怪我等で休養をした時期もありましたが、後年復活。感情豊かな演奏は今
も健在です。

 そして...この8/23~12/13まで、彼女のレッスンが定期的に放映される事も
あり、彼女の「ヒミツ!とドリョク!」に迫ってみます。

 以下は、スーパーレッスン 巨匠ピレシュのワークショップより引用致します↓。

 ピレシュさんに、彼女の持つピアノの音色について聞いたことがあります。彼女
自身によれば、ピアノに興味を持った時点での体験が答えだと感じているようです。
 彼女がグランド・ピアノの鍵盤に触り、弾き始めたのは3歳頃のことで、その頃は
鍵盤の押し方、弾き方で変わるピアノの音色に魅了されたそうです。一人で、鍵盤
の押さえ方や鍵盤を弾く速さを変えたり、強い音やごく弱い音を出してピアノの音色
が様々に変化するのを楽しんでいたそうです。
 また、グランド・ピアノの左側のペダル(シフトペダル)を必死の思いで(なにせ3歳
の幼児)様々に踏んで音を出し、音色の変化に耳を傾けたのだそうです。

 (中略)

 「左手の音を出すタイミングが遅れない」のは何故かと聞いたのですが(中略)
「私のフォルテ、ピアニッシモも鍵盤に指が触れてから底に至るまでのスピード
で出しているものね」。

 (中略)

 ピレシュさんは、背丈は160㎝に満たず、手もとても小さいのです。(中略)
この秘訣は先に述べた弾き方ともう一つは身体の使い方にあります。腰から
上の状態はなるべくリラックスし、演奏の支点は腰、両足はペダルに集中し、
決して床を踏みしめない。おなかとピアノの間に宇宙を(エネルギーを集中させ
る場所)常に感じて演奏することなのです。

 (中略)

 「私のピアノの指使いは、手の小さな私専用で、楽譜に書いてある指使いと
は違うのよ」
 「結構な努力をして(腕、指の横の移動、ペダルの使い方など)ここに至って
いるのよ」

 ↑以上、引用終わり。そんな、彼女のレッスン風景を再度引用・ご紹介致しま
す。
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 スカルラッティのソナタを演奏するシルビアに筋肉の入れ方を教えるピレシュ。
「力の抜き方」だけでなく「力の入れ方」を教えていた。
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 演奏中ずっと口元を動かしているあるトゥール。左肩も上がっています。
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 演奏するために必要な腹筋を意識して、左肩と口に集中が意識しないようにしま
しょう。両脇を閉じると左肩が上がり口も動き出すので、両脇に空気を挟む様にし
て、無理に力を入れず、両ひじを自然に上げて身体につかないようにしましょう。
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 ピアノに鍵盤の上に額をつけるように前かがみになり、ゆっくり上体を起こしなが
ら頭・首を脱力して、頭を背より後ろに反らせる光(のけぞる姿勢)と影(前かがみ
の姿勢)の体操です。腰のあたりを強く意識して、痛くないところまで反ってみまし
ょう。深呼吸して肩の力を完全に抜いてから演奏しましょう。
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 演奏中に誰かに肩をふれてもらってもよいでしょう。
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 ルーカスの場合。モーツアルトはまるで手の平を上に向けているような気持ちで
演奏すると軽い音になります。ソフトペダルに頼らずに弾きましょう。
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 ピアノの鍵盤を見ないで上体を反らして脱力して弾きましょう。
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 「ピレシュの身体全体の意識を高める体操」...足を肩幅に開いて立ち、上体を脱
力させて両ひざを軽く曲げ、かかとを少し浮かせます。この状態で頭を出来るだけ
後ろに反らせて前後に歩いてみましょう。できない人はしゃがんだ姿勢でかかとを
上げ、頭だけ後ろに反らせて見ましょう。

 ↑以上、引用終わり。一流でもここまで「身体」について分かっている人は多分
そうそう他にはいないと思います。

 私事ではございますが...春風堂も小さい頃からピアノが習いたかったのですが
、ピアノが買えなかった事と(笑)、「手が小さい」との理由で習うことが出来ません
でした。

 しかし、ピレシュ先生のお話をお聞きすると、私でも、努力や工夫次第で「アマチ
ュア」として楽しむ位は出来そうだと嬉しく思いました。

 一方で、日本において、芸術や演劇、スポーツはまだまだ「文化」としての底が
浅く、それを支える背景や基盤も脆弱な為、皆さん色々な意味で苦労されている
と思います。
 春風堂としては、身体と心の面でそう言った方々のお手伝いやご助力を
行っております。

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# by cute-qp | 2008-08-21 00:00 | 温故知新

 昨夜の「美容と健康」には「ヒミツ!とドリョク!」が必要!に関連し、以前、中心塾
で「補正下着」について受けたご質問をお答えしたいと思います。

 実際、体のラインを綺麗に見せる為や矯正に「矯正・補正下着」と言った商品が
増え、こう言ったものを薦めるショップも多く、愛用の方も多いと思います。

 ただ、春風堂の私見を申し上げさせて頂くならば、こう言ったものは「体が自身で
ラインを保ち、形作る力を去勢」するどころか、筋肉や内臓を圧迫し、体の内側から
ボディーラインが崩れ、あらゆる、体調不良に繋がると思います。

 従いまして、先ず、「呼吸法」を行って頂いた上で、「帯」等を使ってトレーニングし
てみたり、「薄くて柔らかい」=「皮膚感のある」下着の着用や服を「着こなせる技」の
習得をお勧めしています。

 その為にも、やはり「美容と健康にはヒミツ!とドリョク!が必要」なのですね。

 昨夜、その補助的な意味で「パンツ」をご紹介致しましたが、今日は「下着選び」
の上半身編をお話致します。

 良く私が耳にするのは、「自分に合うブラ」がないと言う事。

 そして、その原因を分析すると多くは「姿勢の悪さ」にあり、「フィッティング」を
「デコルテ・ライン」を上手く形成せず、「猫背等」で受けるとトップ・アンダーとも
実寸と数センチの誤差が出てしまい、「当然」合わない結果に。
 また、仮に、フィットしたとしても「悪い姿勢」のまま下着を着用しますと胸の
ラインを崩す原因にもなり悪循環がおきます。

 また、無理やり体を「補正・矯正」する下着を着けると・・・肩関節や肋骨・胸
の筋肉等の変形が起こり大変な事になります。

 従って、硬いカップやワイヤーを使った下着よりも、「サイドライン(脇)のカッテ
ィング」を重視した「皮膚感覚」の下着をお勧めします。

 ちなみに、私がプロにお勧めしているのは1998年に出来たフランスのスイムウェ
ア&ランジェリーブランド「ERES(エレス)」の下着で、「パティング」や「強制的な詰
め物」を控え、お一人お一人の自然な身体のラインを生かせる様、脇から胸の形成
がナチュラルになる立体裁断と、独自のストレッチ素材を使用しています(宣伝じゃ
ないですよ:笑)。
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                エレスの水着を着る Rie Rasmussen

 勿論、高級下着ではありますが、体調不良に掛けるお金よりも、健康維持と
ファッションになる方が宜しいかと思います。 

 この様に、あらゆる「緊張や無理・無駄」から自分を解放し、柔らかくサポート
してくれる様な素材が良いと思います。

 その上で、「センタリング呼吸法」を併用して頂きますと、ボディーラインの変化
をより実感して頂けるはずです。

 春風堂では「健康と美容」に始まり、生活全般の心地良さや創意工夫を
提案します。


 今日は(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
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# by cute-qp | 2008-08-20 00:01 | 現代医療に想う

 先ずはコチラをご覧下さい↓。

歯科医数「適正化」へ議論 厚労省方針

 厚生労働省は「今後の歯科保健医療のあり方検討会」を2009年度に設け、多
すぎるとの指摘がある歯科医師の需給バランスを改善する方策を議論する方針
を決めた。歯学部の定員を管理する文部科学省とも連携し、対応を議論する。
 厚労省によると、歯科診療所は今年4月末時点で全国に6万7981施設ある。
1年前に比べ335施設増えた。20年以上、ほぼ一貫して増え続けており、医療現
場から「歯科医師は供給過剰」との声が出ている。歯科医の間の競争が激しくなり
、経営環境が悪化しているとの指摘もある。

[2008年8月19日/日本経済新聞 朝刊]

 ↑以上、引用終わり。

 確かに、歯科医さんは街にコンビニ並にあり、反面、飽和状態で、閉院する所も
増えました。
 また、勤務医さん、開業医さんに関わらず、年収が300万円を切る状況であり、
先行投資(学生時代を含めた)・設備投資をとても回収出来る状況ではありません。

 その影響か?割の良い「インプラント」などの「矯正歯科」や「美容歯科」が増え始
め、歯科医さんが「鍼灸学校」に通う(「顎関節症」などのペインクリニックとして)
状況にあります。

 それと同様の現象が「柔道整復師」にも見受けられる様に思いますが、両者とも
「健康保険」との兼ね合いから、そろそろ「厚生労働省」が目を付け始めた?かに
思えます。

 「審判の日」もそう遠くない様です。

 だからこそ、今、医療人は真摯に「技術を磨き」、「人間性を高め」、「人を観る」
必要があると思います。


 しかしながら、業界はまだまだ「高齢化社会」や「心身の不調を訴える人の多さ」、
「介護保険」に頼っている様ですが、「景気の先行きが見えない」昨今、国民の目は
「少々、お金が掛かっても、施術者の人となりや技術を買う時代」になっており、なめ
た態度をしているとそれこそ「この洪水」にさらわれてしまうと思います。

 一方で、患者さんとしても、「保険の適用範囲」や「負担額」、「薬代」や「健康保険
料」が益々、家計を圧迫すると見られますので、「自分の健康は自分で守る」
事なしには暮らしていけない時代に入ったと言えます。

 そう言う意味で、春風堂は、まだまだ未熟ものですが、お一人お一人を丁寧に、
皆様のお役に立てる自分になれます様、真摯に、一生懸命頑張ります。

(参考)
 接骨院・整骨院、保険対象外も請求?
 無資格で灸・患部コロコロ…接骨・整骨院、やまぬ不正
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# by cute-qp | 2008-08-20 00:00 | 現代医療に想う

 先ずは、コチラこらご覧下さい↓。

女性向け大衆薬、続々 興和や大正製薬が頻尿治療薬など

 一般用医薬品(大衆薬)メーカーが女性に的を絞った新製品を相次ぎ発売する。
興和は月内にも国内初の女性向け頻尿治療薬を投入。大正製薬は今秋をめどに
女性特有のかゆみを抑える新製品をそれぞれ投入する。風邪薬やドリンク剤など
従来の主力品が伸び悩む中、ドラッグストアの主要顧客である女性を対象に製品
開発を強化し、売り上げ拡大につなげる。
 興和が発売する「レディガードコーワ」は頻尿や残尿感を改善する効果がある。
医療機関で処方される医療用医薬品の成分を利用したスイッチ薬で、ぼうこうの筋
肉を緩めて尿意を抑える。前立腺肥大症の男性は服用できないため、女性向けと
して開発した。価格は20錠入りで2415円に設定する。


[2008年8月18日/日本経済新聞 朝刊]

 ↑以上、引用終わり。

 「何故、そう言う現象が起きているのか?」把握せず、正常かつ必要な機能を無理
矢理薬でコントロールするなんて...思わずゾ~っとしました。

 そう言えば、最近、若い男性女性のファッションが益々ルーズになり、立ち居振
る舞いまでルーズになっている様に思います。

 骨盤をがばがばに開き、猫背で鳩尾が落ち、ハイヒールを履いて、へそやお尻
を出す...見た目にも「最悪」なスタイルは、「尿漏れ」や「失禁」、「骨粗鬆症」を発生
年齢をぐっと下げる原因と言われています。
(丁度、花火のシーズンですが、着物の着こなしやセンスをご存じなく、歪んだ
身体に着物を身に付け、だらだら歩く姿は「お女郎」か「夜鷹」に思えました。)

 だ・か・ら・こそ!...自分自身の骨盤をしっかり締めて(「骨盤底筋」を鍛え)、横
隔膜を上げ、自律神経をコントロール(排泄関係も自律神経が支配しています
する習慣を是非身に付けて頂きたいと思います。

 実際、私の関わったクライアントさんはそれで「尿漏れ」が無くなり、美容的には
ブラのカップが「B」から「E」になりました(驚異的!)。

 また、センタリング呼吸法の会員の方数人は70を過ぎとは思えない程、ヒップア
ップして腰に「クビレ」が出来、身長がぐっと伸びて、同窓会で周囲の皆さんが余り
に縮んでおられるのにびっくりなさったとか...「貴女はどうしてそんなにすっきり立
っているの?」と驚嘆・賛辞を贈られたそうです。

 その皆さんに共通しているのが、日頃からコツコツ、「呼吸」と「骨盤時計」をやっ
て来た方と言うこと。

 やはり綺麗と健康にはそれなりのヒミツ!とドリョク!が必要!

 春風堂はそのサポートをさせて頂いております。

(参考)
 かゆみ止めと関連して→「身近な薬の正体 ~消炎鎮痛剤~」
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# by cute-qp | 2008-08-19 00:00 | 現代医療に想う

「楽しい捻挫話」

 昨夜、成瀬雅春先生の著書より引用させて頂きましたので、日頃、楽しみにして
おります先生のメルマガの過去の記事より、興味深いお話がありましたので先生
の「自己探求」のある側面をご紹介させて頂きます↓

 前々回のこのコラムで、ヒマラヤからの帰りに捻挫をしたという報告をしましたが、
まったく同じ左足首を17日に捻挫してしまいました。
 家の前(の平らなところ)でいきなり足首を捻挫して、路上に仰向けになり悶絶し
ました。その様は、殺虫剤をかけられて仰向けになっているゴキブリそっくりです。
(注:あまりリアルに想像しないでください)

 その瞬間、私は空をつぶさに観察していました。足首の痛さをこらえている私と、
空を観察している私と、さらに捻挫する瞬間を思い返して、映像化しようとしている
私。
 そういうときの私は、ヨーガ行者の習性で、自分を徹底的に観察してしまうので
す。それが実に楽しいのです。
 捻挫はアクシデントですが、捻挫したことによって自分の中で観察する
材料がどっと押し寄せてきます。これぞ絶好のチャンスとばかり、最大限
瞑想を楽しむのです。


 そんな、楽しいひと時があって、とりあえずそのまま五反田に来て左足首を確
かめてみると、自分が思ったより大きく腫れていました。
 そこで一応知り合いの医者に行き、レントゲンを撮ってもらいました。その結果
、骨に異常のないことが確認されたので一安心です。相当腫れているので、テ
ーピングをして消炎剤などの処方をしてもらいました。
 その知り合いの医者は「成瀬さんは仙人だから必要ないだろうけど、一応痛
み止めと消炎剤を出しておきますよ」ですって。私を人間だと思ってないので
しょうか……。

 夕方からの教室は2クラスあり、足首にテーピングした状態を、なるべく会員
に気付かれないようにするにはどうしたらいいかを工夫しました。
 クルタの裾を目いっぱい下げて、松の廊下状態(喩えが古いなぁ)で足首が
見えないようにして、おもむろに教室内に入っていきました。
 会員はそれぞれまじめに自習をしています。その間を通り、足首が見えない
ようにしてスカ・アーサナ(安楽坐)になり、(こちらから近づくと足首が見えてし
まうので)体験者に近づいてもらい、呼吸法説明をしました。
 呼吸法と瞑想の練習も終わり、ハリオームの挨拶で授業が終了しても、私は
しばらく坐ったままで会員の動きをチェックしていました。
 全員が私のほうから意識が逸れて、着替えのほうに向かったタイミングで立
ち上がり、摺り足で教室内から消えました。(大成功!)

 17日の2クラスに出た人と、18日の夕方のクラス、19日の午前クラスの4
つのクラスに出た人でこのコラムを見ていた人は、思い出してください。
 私の足首のテーピングに気付いたでしょうか?誰にも気付かれていない自
信はあります。

 私の左足首は、20数年前のカンダ・アーサナ撮影時に、靭帯断裂を起こし
た場所です。カンダ・アーサナというのは、両足の甲が合わさって胸の前にく
るというヨーガ独特のポーズです。(拙著:実践ハタ・ヨーガ下巻185頁参照)

 そのときは冬の写真スタジオでした。待ち時間が長くて、その上寒くて身体
が硬くなっているという最悪の条件でした。それでも良い写真にしたいので、
頑張ってカンダ・アーサナをやったのですが、「ハイ、そのままもう少し保って
いてください」「あと3枚ぐらい撮ります」など、ヨーガ行者の都合は無視され
るので、まるで我慢大会のようになってしまいます。思わぬときに苦行を強
いられるのです。

 あと2,3枚というところで、いきなり「バリバリッ」という大きな音がスタジオ
中に響き渡ったのです。その途端、スーッと血の気が引いて悶絶しました。
このときは、どのぐらい瞑想を楽しんだか……もう忘れました。
 それ以来、左足首は何かとトラブルのある部分なので、気をつけてはいる
のですが、それでも捻挫することがよくあるのです。その割には、剥離骨折な
どは一度もないので、私の骨は丈夫なのでしょう。

 肉も魚も食べなくて、野菜もあんまり食べないと、骨が丈夫になる……?

 以上↑掲載終わり。

 実は私も当ブログを準備中の間、腰を事故で故障していました(笑)。

 その間10日程は布団で寝ることが出来ず、椅子でうとうとするのが精一杯
...しかし、骨盤や腰椎の動きについて凄く勉強になりましたし、その状況下、
覚悟を決め、不完全ながらもセンタリング呼吸法のアシストやセッションをさせ
て頂くことで、プロとしての「気構え」や「嗜み」、「愁訴を愉しむ」心構えを学んだ
次第です。

 尚、成瀬先生のメルマガは、HP上で登録すれば何方でも拝見することが出
来ます→「成瀬ヨガグループ HP」
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# by cute-qp | 2008-08-18 00:00

 昨夜、「夢の途中 08/08/16」で「手」のお話を致しましたので、今日はそれを受けて
「心身をつなげる」感覚について「ムドラー(印)」からお話して行こうと想います(あく
まで、「身体運動」的観点からの「印」のお話です)。

 元々、この「ムドラー」と言うものの発生源は「ヴェーダ」を聖典とするインドの「バ
ラモン教」にある様で、神々の祭祀に当たり、音楽や踊りが重要な役割を果たし、今
日見る「インド舞踊」の中に、「仏像」等に見る沢山の「ムドラー」を見出す事が出来
ます。

 インド舞踊では「手がおもむくところに目がおもむき、目がおもむくところに思
考がおもむく」
と言われ、踊り手が「神」や「動物」になる時、この「ムドラー」が踊り
手を変容へと導く大きな鍵となっている様です。

 「ムドラー」が「自分自身」を重ね合わせ(統合)と何某かの存在と重ね合わせるキー
になっているの気がします。

 ちなみに、下記はインド舞踊に見る「ムドラー」です↓
d0074751_2321394.jpg

 そして、密教ではこの「重ね合わせ」が3つあり...

 1 身密 自分と身体と神仏の身体との重ね合わせ
 2 口密 自分と言葉と神仏の言葉との重ね合わせ
 3 意密 自分と意識と神仏の意識との重ね合わせ


 以上、「三密」と言われますが、「手印」はその中の1つに当たるのでは
?と感じています。

 そして、例えば、気功や武術で動物の動きを模したり、ヨガで様々なアーサナ(体
位)を組むのは、正に、己に「三密」を作っているのだと思います。

 従いまして、「重ね合わせ」と言う表現は「形態模写」や「イメージ」ではなく、あくま
で、「自らの心身をあるつながり、あるバランスの中で統合し、保つ」状況
を指すと思います。

 実際、インド舞踊家はある「ムドラー」を取り、例えば「象」を表現する時、その
「ムドラー」を入り口やキーとして「象の身体」、「象の言葉」、「象の意識」を「ア
クティブ・タッチ」し、舞踏家は「象」になり、「象として」踊ります。

 また、ヨガの「ムドラー」も、単なる「手の形」だけでなく、「ある体位」や「ある表情」
、「ある意識の状態」、「あるバランス状態」...総じて、「ある自分というつながり」を
表現している様です。

 他、肥田式の「集約拳」や霊術やボディーワークの「呼吸」、「腰腹」等々、調べてみ
ますと身体表現には沢山の「ムドラー」が見られ、治療における「手技」や「鍼灸」等
も相対的ムドラーと言えるか?と思います。

 以下は、成瀬雅春先生 著 「実践 魂を磨く」より引用です↓。

エネルギーの流れを体感する

 ムドラーを組むときに、まず気をつけたほうがよいことは、体の中での流れと手の
ムドラーとの関係を感じることだ。

 流れというのは、エネルギーの流れ、生命力の流れといってもいいだろう(「エネル
ギー」は、例えば、「筋肉」や「神経」、「意識」、「力」、「呼吸」の「流れや繋がり」と捉
えてみれば如何でしょうか:管理人)。

 手のムドラーを変えたときに、その流れがどう変化するか、どういうふうに流れて
いくかを、自分で感じ取るようにする。
 エネルギーが流れているのを肉体感覚として、はっきりと感じ取る様にする。その
感じは、電気的エネルギーでも時期的エネルギーでもよいし、振動として感じても
よい(「呼吸の伝わり方」・「身体の連動」もそうですね:管理人)。

 体感としてつかめれば、私が説明した通りの感覚でなくても一向に構わない。

 例えば、四つの印を組んでいったときに、自分はその内どの印が気持ちいいか
とか、違いは絶対にある。
 人によって、いろいろな感覚があるのでそのあたりを手掛かりにしていくと掴み
やすいであろう。
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                   法界定印(胎蔵界)
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                   智拳印(金剛界)

 今日も(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
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# by cute-qp | 2008-08-17 00:01 | 温故知新

米国のがん患者4~6割、祈祷・気功・サプリなど試す
(asahi.com 医療・健康医療・病気記事 08年8月15日より引用)↓

 米国のがん患者の4~6割ほどが、祈りやサプリメントといった「補完代替医療」を
試していることが米がん協会の調査でわかった。科学的根拠の明確でないものも多
い補完代替医療の広がりが、改めて浮き彫りになった。

 同協会の研究チームが、がんと診断されてから10~24カ月の患者に郵便や電話
でアンケートし、4139人分の回答を分析した。

 その結果、「祈り・霊的体験」を試した人が約61%と最も多かった。気功などの「リラ
クセーション」や、「宗教的癒やし」「サプリメント」の経験者も、それぞれ40%を超えて
いた。

 女性、若者、高収入や高学歴の人が補完代替医療を試す傾向が強かったという。

 「はり・きゅう治療」は約1%にとどまっていた。研究チームのテッド・ギャンスラー博
士は「最近の研究で、はり・きゅう治療はがんの痛み緩和に有効とわかっているが、
意外にも試した患者は少なかった」という。

 ↑以上、引用終わり。

 確かに、ガンはまだまだ恐ろしい病気ですが、「西洋医学の限界」が顕著に現れて
来ているな...と思いました。

 ただ、「はり・きゅう治療」が有効な治療にも関わらず伝わっていないのが、「痛み
緩和」と言う「西洋医学的対処療法」に寄ったものである為か、「東洋的医学観」が
理解し難いからか?はたまた、人材不足?、文化・習慣的に「身に刺す」・「身を焼く」
事への抵抗か?...興味深い所です。

 逆に、ここに記されていない「カイロプラクティック」や「オステオパシー」などはどう
なのでしょう?

 また、「宗教や癒し」と言う点に関しては、がん患者の方々の「祈るような想い」は
理解出来ますし、そう言ったもののが患者さんに「生きる気力」を与えたり、時として
、「不思議」もあると思います。

 ただ...「ヒポクラテス」は何処に行ったのか?と。

 そして、「補完代替医療後進国」で「高齢化社会」の日本はこれからどうなるのか?
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# by cute-qp | 2008-08-17 00:00 | 現代医療に想う

 本日は「なりたい自分」を求められた先輩として、「胴体力」入門より故伊藤昇先生
の「胴体力への道」の記事を引用掲載させて頂きます↓。

「どうしたらその動きが出来るのかできるのか?」の探究

 伊藤昇師は、1947年、静岡県に生まれる。類い希なスーパーボディの持ち主
であった伊藤師も、幼少のころからスポーツ万能であったかといえば、そうではな
かったようだ。
 鉄棒の逆上がりはできない、跳び箱は跳べないし走れば遅いし、団体球技は苦
手で、体育の先生の中では「運動オンチ」にランクされていた観のある存在だった
と開く。生前の姿からは程遠いイメージである。

 しかし、一方で今こんな話もある。お母様の思い出話によれば、単なる運動能力
を問われる競技ではなく、いくつもの障害を計画的にクリアするという戦術的な要
素を問われる運動会の障害物競走では、いつもトップの成績をあげていたという
のだ。単なる運動ギライな子供ではなかったことがわかる。

 体育的な運動が苦手だった伊藤師。だがそのことが、後の伊藤師のものの考
え方を形作るきっかけとなる。

 当時の小学校の体育の先生はできない動きをひたすら繰り返して練習させる
だけで、どうしたらその運動ができるようになるのか、その方法を質問しても教え
てくれなかった。

 それゆえに伊藤師は、この時代、自分で考えることを余儀なくされたという。

 著書『身体革命』にも「うまくできない場合は、何が原因なのか、原因がわかっ
たら、解決する方法は何か。更に、もっと楽にできるようになるにはどういう方法
があるか?と考えました」と書かれている。
 できない動きに対して、それをクリアする具体的な方法を考え、物事に関して
常に工夫するクセはこの頃に形成されたらしい。

 (中略)

 こうして、人間の身体の動きに興味を持った伊藤師は、ある日、書店で一冊
の本と出会う、沖ヨガの創始者である、故・沖正弘師の書いた『ヨガの楽園』だ。
 この本によって、それまでヨガといえばアクロバティットなポーズをするもの・・
・と思われていたものが、ヨガは身体訓練のみならず、食事・呼吸・精神といっ
たありとあらゆる分野にわたるインド文化の集大成であることを知り、沖ヨガへ
入門する。

 そして伊藤師は、ヨガを学ぶにつれて身体に関してある明確な答えを得るよ
うになる。それは、人間の身体は気分の持ち方ひとつで、病気になったり、元
気になったりと機械のようにボタンひとつでデジタルに動くものではない、あく
まで原因があり結果があるということである。

 一説に、沖師と”姿勢均整保健法”の創始者である亀井進翁は親交があり
、沖ヨガにおける身体矯正のポーズに関して、関節の矯正は”上下左右、回
旋”の3つが重要であることを亀井氏が示唆した・・・という話がある。

少林寺拳法での「達人」との出会い

 そして20歳の頃、伊藤師が通っていた少林寺拳法の道院へ、60代後半の小
柄な老人が入門する。その老人は、稽古が終わると技を教わりに伊藤師のとこ
ろへやって来るものの、一旦教えると即座にその技をこなし、逆にその返し技を
教えてくれた。
 諸手で思いきり掴んでもチョットした身振りだけで身体を宙に浮かせられたり
、木製の錫杖で思いきり打ちこんでも手を添えられただけで倒されてしまう・…
(後略)」といった感じだったそうだ。
 
 (中略)

 こうした時に中内師が「伊藤さん、武道のコツはカを抜くことだ。カが抜ければ
、いまの何倍ものカが出せる・・・」と話してくれた言葉がキーワードとなり、後日
、胴体カを発案するきっかけとなった。

 その後″M坂式バランスボール″の発案者であるM坂文翁と出会う。鉄製
の楕円球のバランスボールを保持した動作で500回、1000という回数をこな
すためには腕や脚のカが抜けておらねばならず、これによって中内師のいう
「武道のコツはカを抜くこと」が感得された。

 (中略)

 訓練法の成否は突き蹴りの力量でハッキリするだけに、間違っていれば工夫
し、合っていればさらに効率の良い動きを研究する・・・といったフィードバックを
繰り返し、大学4年生の頃には、郷里の静岡にある三島道院長を務めるように
なる。

”動きの質”の再検討による「胴体力」メソッド開眼

 しかし、24歳の時、身体が動かなくなる。重度の腰痛と疲労感、髪はバサバサ
、顔色は土気色で生気を失い、視力はなくなり、爪からは出血が続くなど、周囲
の人からは「原因不明の病で死ぬのではないかとまでいわれる状態に陥る。

 伊藤師はその原因を、体力に任せての剛法の数稽古が手足や腰などの同一
の筋肉の酷使による疲労限界を起こしたこと、そして同じ動作の繰り返しが内
臓の働きを妨げたことにあると考えた。

 ヨガを学びながらも「身体を強くすること」のみに終始し、一番肝腎な「どうした
ら身体を無理なく効率的に動かせるか」を忘れていたことを反省した伊藤師は
、道場を後輩に譲ると、4年間にわたり身体に関するあらゆる訓練法を調べ、
それを自らの身体で試し、胴体カメソツドの基礎を構築する。

 昭和50年、その経験を活かした「更なる技の質の向上」を目指し、東京で代
沢飛龍道院を設立する。
 「年齢・性別を問わずに、体力・技術は向上できる」という考えから、自らの故
障の原因を鑑みて、稽古前の胴体トレーニングに30~40分といった時間を
掛けることで、各人の能力に合わせた身体作りを行った。
 その一方で、2ケ月に一度、10日ほどの日程で合宿を行い、技の稽古以外
にも基本的なトレーニングや身体調整法、分子栄養学に基づいた食事法など
を行った。

 その間も伊藤師は、武道では大東流の岡本正剛師範・正木流の名和弓埜
宗家家・気の研究会の藤平光一師範などを訪れ、身体運用ではフェルデン
クライスや、修正体操の原崎勇次師に師事するなど研究に余念がなかった
という。
 このほか伊藤師が研究実践したものに、なぎなた・居合・肥田式強健術・
アレクサンダーテクニーク・歌唱法などがあったことがわずかに伝えられて
いる。

 ↑以上、引用終わり。

 板東玉三郎のトレーナーとしても活躍された伊藤師ですが、その素晴らしい
感性はこの様な経緯をベースに産まれたのですね。

 勿論、人それぞれに個性や方向性が違うので、単純にその善し悪しを評す
る事は出来ませんが、自分自身を観照しつつ、「感じ、考え、工夫する」事の
大切さは共通である様に思います。

 今日も(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
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# by cute-qp | 2008-08-16 00:01

 昨夜に引き続き、「晴風抄」から引用致しますが、今日は「整体とは」と題し、
「心身を整えること」を考えて行きたいと思います↓。

 整体とは姿勢を正すことだと言った人がいた。外から見ればそう見えるかもし
れないが、外から正された姿勢は、どんな形をしていても整体ではない。

                         ●

 姿勢の姿は形のことである。勢いは、その形のもとである。勢いの現われと
して形がある。
 整体というのは、形を正すことではなく、勢いを正すことである。勢いに拠ら
ない形は生きものの形ではない。

                         ●

 整体とは人間の体調の整った状態であり、整体操法とは体調の整った状態を保
つ技術である。その手段は人間の持つ、″気″の感応を活用することによる。

 気は意識以前、体以前の存在であり、強いて他の言葉で言えば、勢いである。
人間相互の勢いの交感が手段の主力である。勢いは集団では野次馬とか群集心
理とか、個人では勝ちに乗じるとか負け癖がつくとか、又流行とかいうことに現われ
るが、その現象以前の働きを使いこなすことによって整体の技術となる。

 勢いを誘導して活元運動をし、又愉気を行なう。体操以前、潜在意識以前の人間
の実体と言うべきであろう。

 勢いは速度と関係が深い。整体の技術は速度の加減と時間を使うことによって
、これを行なう。

 体調の整った日は、何事も快い。ゴルフをやっても疲れない、仕事の調子も具
合よく進められ、人に会ってもすらすら運ぶ。働いても疲れず、眠っても深く、覚
めても快い、これが乱れれば、目前の山紫水明も目に入らず、快い筈の音楽ま
でが鬱陶しい。

                         ●

 潜在体力を発揮するには、体の中に″勢い″をつくらねばならない。

 その勢いのおこりは、一人一人の感受性によって違う。名誉とか名分とかの
為なら勢いが出てくる人もいるが、他人に勝つ負けるとなると体中のカが働き出
す人もいる。しかし賭けると途端に強くなる人もいる。冒険とか新しいこととなると
夢中になる人もいる。怒ったり泣いたり感情と一緒になら行動できる人もいる。

 勢いを体の中におこす方法は従って一人一人違う。その違いを知らないと勢い
を喚びおこすことはできない。

 体力づくりのことが世に説かれているのに、体癖のことが誰の口にも上がらないと
いうのは人間を内側から見ることのできる人が少ない為であろう。
 しかし外からの知識だけでは人間のことはいつか突き当たる。体癖のことは人間
の外と内を繋ぐ着手の処と言えよう。

 ↑以上、引用終わり。

 私は性格と言うのでしょうか?どうしても未だ「愁訴」と戦ってしまう癖があります。

 そんな自分を制御・牽制する為に「身体の動き(勢い)を作る」事が非常に大切な
キーワードになっており、その「動きの交通整理」が自分のお仕事だと考えています。

 往々にして、「愁訴」は「身体の勢いが無くなった場所」か「勢いが有り余り過ぎて
停滞している場所」だと思っています。

 その様な場所と直接戦っても「身体の交通整理」が出来ないので、どの様にすれ
ば、全身がスムーズに動く様になるか?を丁度「詰め将棋」をやる気分で取り組ま
せて頂いています。

 そして、「詰め将棋」同様、先ずは、日々、自分自身に向かう所からその学びが
始まっています。

 (参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「夢の途中 08/07/27」

 今日も(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
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# by cute-qp | 2008-08-15 00:01 | 温故知新

 今日の「智慧に学ぶ」は、野口晴哉先生の「晴風抄」より引用させて頂きます。これ
は、先生が書かれ、話されたものの中から、整体論の基本的な考え方に触れるもの
を抜粋した内容になっています↓。

 健康の原点は自分の体に適うよう飲み、食い、働き、眠ることにある。そして、理
想を画き、その実現に全生命を傾けることにある。
 どれが正しいかは自分のいのちで感ずれば、体の要求で判る。これが判らないよ
うでは鈍っていると言うべきであろう。
 体を調え、心を静めれば、自ずから判ることで、他人の口を待つまでもあるまい。
旨ければ自ずとつばが湧き、嫌なことでは快感は湧かない。
 楽しく、嬉しく、快く行なえることは正しい。人生は楽々、悠々、すらすら、行動すべ
きである。

                          ●

 最初に感ずるということがある。そして思い考えるのである。

 あらゆる行動の出発は感ずることによってなされる。考えているうちは行動にはな
らない。

 右か左かトータルサムをとっても、どっちにしても五十歩百歩である。行くか戻る
か、いつまで思案していても、思案で決まるものではない。

 感ずることだけがそれを決める。

 然るに多くの人は思い考え工夫することを尊んで、感ずることのカを感じないで
いる。
 如何にドレスの形を工夫しても、その室が散らかっている人には美しい形のドレ
スはできない。

 美を感ずる人にだけ美は生ずる。

 最初にあるものは感ずるということである。最後における力も亦感ずるということ
なのである。感ずることを失った生活は死だ。

 生きておらねば新しきものは産まれない。感ずることがなければ、知識が如何
に豊富でも、その記憶の倉が満ちていても、新しきものは産めない。

 生きておらねば死んでいる。死んでいるものに創造はない。

 感ずることを豊かにする為にはその頭のなかをいつも空にし、静かを保たなけ
ればならない。頭を熱くしていては感ずるということはない。
 自分の顔を考えていても、利害を思っていても、毀誉を想っていても、感ずる
ということはなくなってしまう。

 感ずるということは頭ではない。感ずるということは生命にある。

 感じているが行動できないという人がある。感じていないのである。もし感じて
できないことがあれば、それは頭で感じている時だけだ。頭を空にして感じたこ
とは、そ打まま行動になる。

 頭の中の先入主に感ずるということを乱されていることがよくある。その上その
先入主的考えを感じることと間違えていることがある。

 しかし、感ずるということは頭から生ずるものではない。

                          ●

 健康を保つことは、どんな方法であっても、そのことが美として感ぜられねば、自
然とは言えない。技術が真に行なわれれば美である。
 それ故、薬が苦く、注射が痛いことは間違っている。腹を割いて盲腸を切り取るこ
とも美しく感ぜられない。治療することが美しい現われであるのに、何故その手投
が美しく感ぜられないのだろう。

 自然でないからである。

 自然は美であり、快であり、それが善なのである。真はそこにある。しかし投げ
遣りにして地っておくことは自然ではない。
 自然は整然として動いている。それがそのまま現われるように生き、動くことが
自然なのである。

 鍛練しぬいてのみ自然を会することができる。

 懐手で知った自然は自然ではない。頭で造った自然はもとより人為のものであ
る。

 ↑以上、引用終わり。

 「自律神経」云々が一般的になるずっと前に、野口先生を始め、古人は「予想外」
な心身との付き合い方を良く知っていたのですね。

 そして、それは「知識」や「技術」の問題でなく、先ず「感じる」事が大切で、その
「主人公」は自分自身であると仰っている様に私は感じます。

(参考)
 「お医者様も”予想外” ~自律神経失調症~ 」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「先ずは自分が変わる」

 今日はおまけがございます。宜しければお付き合い下さい↓。
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# by cute-qp | 2008-08-14 00:01 | 温故知新

スーパーやホームセンター、大衆薬販売に本格参入

 スーパー大手が来年4月以降、風邪薬など大衆薬の販売に本格参入する。イトー
ヨーカ堂とマルエツは全店で販売、ライフコーポレーションは新規店に売り場を併設
する。ホームセンター大手のカインズなどを含め各社は、新販売資格を大量取得し
て人員を整える。来春の薬事法改正の目玉である販売参入が進むことで、値下がり
するのは確実。ドラッグストアでの定価販売が中心だった大衆薬が、幅広い店で安く
手に入ることになりそうだ。
 鎮痛薬・目薬など大衆薬の2007年度市場は1兆1800億円(店頭売価ベース)と
前年度比2.3%増えた。うち約7割を占めるドラッグストアは日用・食料品を安売りす
る一方、大衆薬は薬事法で薬剤師の常駐が義務付けられている競争制限を背景に
原則、定価販売を維持してきた。

[2008年8月12日/日本経済新聞 朝刊]

 ↑以上、引用終わり。

 それではこのニュースのキーとなる「新販売資格」→「登録販売者(薬種商)」につ
いてご説明致します。

 これは「薬事法」で定められた資格で「指定医薬品以外のすべての医薬品を取り
扱うのに必要な知識経験を有する者」を指します。

 シンプルに表現しますと「ドラッグストア主任」的なものでしょうか?

 「薬剤師」より資格取得が容易とされ、しかも大部分の医薬品を販売できることから、
多店舗展開を進める上で「うってつけの人材」となる為、2009年施行の改正薬事法で
、コンビニエンスストアやスーパーが医薬品販売に参入すると想定されており、各社は
先手を打って「薬種商」を活用した販売網の拡大を急いでいる模様。

 実際、「薬種商」は指定医薬品以外の474成分を販売出来、「薬剤師」の配置が必
要な従来の一般販売業の485成分と比較しても販売できる医薬品の数がほとんど
変わらないのです。

 また、「薬剤師」を配置する一般販売業の店舗では、人件費がかさみ、「薬剤師」に
接客技術を身に付けさせる必要もあり、コスト高になり易いと言えます。

 そして...「薬剤師」が国家試験であるのに対し、「薬種商」は都道府県試験となり、
比較的容易に取得できるメリットがあり、ドラッグストアにとって「薬剤師不足」を補う
人材として期待、今後、「薬種商」による出店加速が予想されます。

 従いまして、各企業や専門学校では新商品として「薬種商資格者」のプログラム
が開設され初めています。

 加えて!改正薬事法により、これらが改めて「登録販売者制度」となり店舗に薬剤
師がいなくても販売できる医薬品を定め、処方箋がいらない大衆薬を副作用などの
リスクに応じて3分類し、登録販売者は比較的リスクが低いB、C分類を扱える様に
なります。

 更に!、実務経験期間が3年から「1年」、若しくは、「免除」となるのでコンビニなど
の参入を促すと想定されています。

 余りにも高い薬価が安くなるのは良い事だと思いますが、はて、どうなりますこと
やら(医師を増やす事も)...。
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# by cute-qp | 2008-08-13 00:00 | 現代医療に想う

 昨夜の「奇跡のリンゴ」を受けて、今日は「西洋の智慧」をから拝読して行きたいと
思います。引用は「ヒポクラテス全集」からです↓

 病気を引き起こす原因は「変化」である。

                        ●

 人間が病気になるのも、自分自身を修復するのも自然の働きであり、病気を
治すのは患者自身が本来持っている自然治癒力である。

                        ● 

 一日の生活の「リズムと規則性」のバランスを確立することによって、対立関係
にある体機能の均衡をはかることが大切である。

                        ●

 病気は超自然の力によってではなく、自然の力によって生じる。たとえば、悪霊
や気まぐれな神々の怒りによってではなく、蜃慌や食生活の急激な変化によって
生じる。健康とは、体と心を含む内的な力と外的な力の調和的バランス状態を表
現したものである。

                        ●

 人間と自然とは切り離せないもので、人間が自然界のなかで生きていく以上、
そこには一定の法則が存在する。人間の体は、温め、冷やし、乾かし、湿らせる
という複数の働きにより構成されている。その相互のバランスが崩れたときに、さ
まざまな病気が生じる。また、自然界における生命の誕生について考えると、同
類で異なる性質を持っているものが互いに交わらなければ「生まれる」ことは不
可能である。そして、両者は互いがほどよく対等の状態にないならば、生まれる
ことは起こらない。

                        ●

 人間は健康こそが最も価値があるものと考え、病気のときには自分自身の考
えによって体のためになる方法を見出さなければならない。

                        ●

 外的な要因だけでなく、悲しみや怒り、神経を使う仕事、苦労を堪え忍ばなけ
ればならない事情など、心や精神の状態も大きな問題である。

                        ●

 誰もが自分に合った健康維持法を実行しなさい。そうしなくて病気になった患
者に対しては、医師は生活する人間として扱い、相互の信頼関係のもとで、患
者も医師と同じ熱意で病気と闘いなさい。それが本来の医療の姿である。

                        ●
            
 人間の体には、血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁があり、これらがバランスよく混ざ
り合った状態が最も健康な状態である。一方、これらの体液が多すぎたり少なす
ぎたり、あるいは1カ所に溜まった状態が病気であり、そこにさまざまな疾病や
痛みなどの症状が生ずる。

                        ●

 本来の医療とは、病名をつけることが重要なのではなく、その病状に合わせて
いかに治療するかが大切である。病気の診断をわずかな症状の違いごとに区別
していたら、病気の数は数え切れなくなる。病気の名前の多さは、単に病気の症
状の多様性を示すだけだと考えたほうがよい。

                        ●

 患者の体から発する信号を注意深く聞け。

                        ●

 およそ人間が何であるかを知らないものは医術を知ることができない。人間を
正しく治療しようとするものは、これをしっかり知っていなければならない。

                        ●

 人体は疾病に対して自然に回復する。医師はその回復する自然の力を補佐
するのが天命である。

                        ●

 医術とは、病気による痛みや苦痛を取り除き、病気の勢いを鎮め、病気に負け
た人を救うこと。そして、医師とは、医療者としてふさわしい資質を備えたうえで
実地の経験を積み、医術の知識を自分のものとするために、さらに厳しい修業を
積んだ者にのみ与えられる資格である。

 ↑以上、引用終わり。

 前回、「ヒポクラテスとガレノス ~科学と倫理~」でもご紹介致しました「ヒポク
ラテス」の考えの一部をご紹介致しました。

 彼とその弟子が病気の原因やその治療法のみならず、予防法、医師の資質や
行動指針について述べたのがこの本です。

 そんな彼は医学に大きな影響を与えましたが、その後、西洋医学は「アロパシー」
に基づく注射や投薬、手術が多用されるようになり、「病気の本質的な原因」や「自
己治癒力」を忘れてしまいました。
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               現代医学と自然医学の流れ(西洋医学)
          中島文保:著 「ヒポクラテスが教える癒す力50」より引用

 しかしながら、近年、「根治治療」を目指す「自然医学」や「補完代替医療」が再び
見直され、紀元前の智慧が今に生きていると言えます。
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# by cute-qp | 2008-08-12 00:00 | 温故知新

奇跡のリンゴ

 昨夜、「コンドロイチン」と「ヒアルロン」についてお話致しましたので、今日は少し、
視点を変えてお話したいと思います。

 カテゴリー「本のご紹介」では春風堂の主観ではありますが(笑)、印象的な
本をご紹介致します。本日はコチラです↓
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 奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録 石川 拓治 著 幻冬舎

 実は、「アダムとイブ」や「ウイリアム・テル」、「ニュートン」等の時代の「りんご」は渋く
て小さく、「林檎」と言う漢字から受ける「木の実」的存在で、「果物」としてはイマイチで
ありました。

 そんな「林檎」を古人が何代も長い期間を掛けて「美味しく」、「大きく」、「沢山」実る様
にしたのが今日、私達の食べている「リンゴ」です。

 しかしながら、動物園で育った動物の如く、今の「リンゴ」は病害虫に弱く、農薬なしで
は収穫量が10分の1になる程、「自生が難しい」・「人の手」が掛かる植物です。

 この「リンゴ」を「農薬に頼らず作る」事を本格的に、初めて成功させたのが木村さん
で、業界では「不可能を可能にした男」と呼ばれ、全国の農業生産者や消費者、研究
者までもが木村の畑を視察に来ています。

育てない手助けするだけ

 化学的に合成された農薬や肥料を一切使わない木村さんのりんごづくり...不可能
と言われた栽培を可能にした秘密は、畑にありました。
 木村さんの畑では、あえて雑草を伸び放題にし、畑をできるだけ自然の状態に近づ
けることで、害虫を食べる益虫も繁殖し、葉の表面にもさまざまな菌が生息すること
で、病気の発生も抑えられ、畑に「1つの生態系」を作り上げました。

 木村さんがやることは、人工的にりんごを育てるのではなく、りんごが本来持ってい
る生命力を引き出し、育ちやすい環境を整えることで、例えば、害虫の卵が増えすぎ
たと見れば手で取り、病気のまん延を防ぐためには酢を散布する。すべては、徹底し
た自然観察から生まれた手法でした。

主人公はりんご

 木村さんが農薬も肥料も使わない栽培を確立するまでには、長く壮絶な格闘があり
ました。かつて、奥様が農薬で皮膚がかぶれたことをきっかけに、木村さんは、農薬
を使わない栽培に挑戦し始めます。
 しかし、3年たっても4年たってもりんごは実らず、収入の無くなった木村さんは、出
稼ぎや畑の雑草で食いつなぐ程の極貧生活を送り、周囲から「かまどけし」と呼ばれ
、「白眼視」、「村八分」される状態になります。
 そして、6年目の夏...絶望した死を決意した木村さんは、ロープを片手に死に場所
を求めて岩木山を彷徨い、そこでふと目にしたドングリの木に栽培のヒントを見出し
ます。

 「なぜ山の木に害虫も病気も少ないのだろう?」...おもむろに、根本の土を掘りかえ
すと、手で掘り返せるほど柔らかく、この土を再現出来れば、りんごが実るのではな
いか?そう閃かれました。

 当初、木村さんは、病気や虫のせいでリンゴが弱ってしまったと考えておられたの
ですが、野にあるドングリの木も病気や虫の攻撃に晒されるはずなのに、それでも
元気なの何故か?...結局、農薬が無くとも、本来、植物は自分の身を守る事が出
来、「本来、それが自然な姿」...そう言う自然な強さを失っていたからリンゴが弱っ
てしまった事を発見。

 「自分のなすべきことは、その自然を取り戻してやること」と気付かれました。 

 そして、8年目の春、畑一面にりんごの花...それは豊かな実りを約束する、希望の
花でありました。

 私がとても感心したのは、木村さんのそのお考えで、「人間も同じ(リンゴと)」...「
一人お一人を丁寧に拝見し、皆様の心身の中に自然を取り戻すお手伝いをす
るのが私のお仕事なんだ」
と再確認致しました。

 同時に、リンゴと同じ様に、自分が「自生」するには何が必要か?痛切に感じま
した。

 そして、木村さんの「ひとつのものに狂えば、いつか必ず答えに巡り合う。一歩
ずつ、階段を登るように進んでいけば、必ず実りますよ」
と言うお言葉が印象的
でした。

 本書の著者の言葉を借りますと「人は生きていくために、経験や知識は欠かせない
。何かをなすためには、経験や知識を積み重ねる必要がある。だから経験や知識の
ない人を世の中ではバカと言う。けれど人が真に新しい何かに挑むとき、最大の壁に
なるのはしばしばその経験や知識なのだ。木村はひとつ失敗するたびに、ひとつの
常識を捨てた。そうして無垢の心でリンゴの木を眺めることが出来るようになったの
だ。」...成る程なと思いました。

 そして...「死ぬくらいなら、その前に一回は、バカになってみたらいい」...その
言葉が強い励みとなっています(笑)。

 (参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「先ずは自分が変わる」
 「身近な薬の正体」
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# by cute-qp | 2008-08-11 00:00 | 本・CD・映像のご紹介

 昨夜、「曲直瀬道三」の記事を掲載致しましたが、「養生」を考える上で、我々の
置かれている状況・現状を知ること欠かせません。

 カテゴリー「現代医療に想う」は、そんな今日の「医療」につきご紹介し、僭越
ですが、春風堂なりの考えを述べさせて頂きます。

 先ずは、コチラをご覧下さい↓。

関節痛対応の18の健康食品、表示より成分が少なく
(08/08/09 NIKKEI NETより)


 関節痛などに効果のあるとされる成分コンドロイチン硫酸を原材料とする健康
食品の一部に、同硫酸の含有量が表示より少ないものがあることが国民生活セ
ンターの調査で分かった。
 成分量を明示した市販の3製品について調べたところ表示の16―64%だった。
同成分を含むとして総量を示した15製品でも0.4―82%で、同センターは業界団
体に表示の改善などを求めた。

 また市販18製品のうち、3製品は陸生哺乳動物由来の原料が含まれていたの
(通常、サメの軟骨が使用される事が多いです:管理人)に表示していなかったこ
とも判明。9製品はカプセルや錠剤が水に30分浸しても溶解せず、胃の中で溶け
にくいという品質上の問題もみられたという。

 ↑以上、引用終わり。

 「コンドロイチン」について補足説明致します。「コンドロイチン硫酸」は、動物体内
にみられるムコ多糖類の一種で、軟骨を主に、皮膚などの結合組織、脳などあらゆ
る組織に広く見られ、25歳位までは、体内で生成されます。
 しかし、その年齢を過ぎる頃から徐々に生成量が少なくなり、関節から肌、頭皮に
影響が出て来て「老化」原因の1つと言われています。

 医療上は、「注射液」で腰痛症、関節痛、肩関節周囲炎(五十肩)、点眼液で角膜
表層の保護等に用いられています。

 また、よく似たものに、「ヒアルロン酸」がありますが、これもムコ多糖類の一種で
関節、硝子体、皮膚、脳など広く存在し、関節機能改善剤、眼科手術補助剤、点眼
剤、外科手術後の癒着防止材、皮膚科での創傷治癒剤、間質性膀胱炎治療剤関節
炎や角結膜上皮障害の治療や、化粧品などに保湿成分、健康食品に配合されること
があります。

 従いまして、「食品偽造」以上に、こんなものの成分を偽られてはたまらないな...
と感じました。
 何せ、人体を構成する組織に影響があるのですから...しかも、直ぐ、体内吸収
されますし。

 そして、これらの「注射」が、「整形外科」における「消炎鎮痛剤」に代わるものと
して、また「美容外科」での「プチ整形」として、「流行り」、「新しい商品」となってい
る様です。

 何せ、「消炎鎮痛剤」程の「副作用」はなく、今の痛みが抑えられたり、見た目が
ちょっと良くなるのですから...。

 しかし、そこがミソでして(笑)...「根治治療」ではなく、「感覚面で即効性ある対処
療法」で、しかも「成分が全部に身体に吸収されて無くなる」...要は、患者さんの
「依存度」が高まる施術とも言え、実際、そんな風景を多くの病院で見かけます。

 また、両方とも元々、体内に存在する成分ですので、アレルギー反応等は殆ど
ない様ですが、「人工的」に作られたものを注入する為、注射などの場合、「皮下
血腫(しこり・紅斑)」や「腫脹・疼痛」を感じる方もいらっしゃったり、体調を崩された
方もお見かけしました。

 勿論、「身近な薬の正体」でお話しました通り、「薬の服用が全て悪い」とは思い
ませんし、逆に、不幸にも事故に会われた様な方には大変良いものが出来たと思
います。

 しかし、「自分で改善出来る」範囲の方法を用い、薬物他に「頼り切る」(「患者さん」
だけでなく「医療側」も)のは如何なものだろうか?と思っています。

 実際、街で様々な人を観ていると、その「歩き方」、その「姿勢」、その「振る舞い」
を改善するだけで、凄く生活が楽になるのに...と思う人を日々、大勢お見かけし
ます。
 例えば、こんな感じです(ジョセフ・ヘラー「ボディーワイズ」より引用)↓
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 向かって、左の女性は重力に押し潰される様に座っていますし、左の男性は
鞄の重み見釣り合う事が癖になって立っていますね。

 これを建物に置き換えるとより明白に状況を見る事が出来ます↓
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 私達の身体の繋がりが重力に従って真っ直ぐ立てると左の家の様に重力が
私達を真っ直ぐにしてくれますが、それが崩れると「ピサの斜塔」の様に重力
が私達をあらぬ方向に引っ張る事になります。

 その結果、「椎間板ヘルニア」や腰椎の「分離症」や「滑り症」、膝の「O脚」や「X脚」
となります。こちらは、膝の症例比較です↓。
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 従いまして、「年を取る」と言うのは事実ですが、ご自身で出来る事が身近に
沢山ある(お金も手間も余り掛からず)事にどうかご留意下さい。

 皆さんの身体はそれだけ「優秀に出来ている」のです(そう言う私も「ヘルニア」や
「膝の故障」を抱えていましたが、今、支障なく暮らせています)。

 そんな「お手伝い」を春風堂では行っています。

 (参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「先ずは自分が変わる」
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# by cute-qp | 2008-08-10 00:00 | 現代医療に想う

 カテゴリー「智慧に学ぶ」では、古今東西の資料の中から私達が「なりたい自分に
なる為」の智慧の一部を抜粋し、皆さんとご一緒に拝聴・拝読させて頂こうと思います。

 今日は、室町・安土桃山時代の医師、曲直瀬道三(まなせ どうさん:永正四年~
文禄三年:1507~1594)の「養生誹諧」です。

<文武>
 かねてより 身をつつしむハ 文の道 病でくすすハ 物のふのわざ (2)

  常日頃から病気に罹らないように体をいたわるのが学問や芸術を究める道であ
 り、病気になったら、病を治す術を心得ておくのも武士たる者のつとめである。

<保胃>
 食ハ只 よくやハらげて あたたかに たらハぬ程に 薬にもます (6)

  食べ物は、よく温めて柔らかく調理するといい。そして、食べ過ぎず足りないくら
 いの量の食事は薬以上の効果がある。

<四休>
 さむからず 飢ることなき たのしみハ たる事を知の さひハにぞかし (9)

  寒さも飢えも凌げる程度の生活が、人生の楽しみ、幸福に浸るにはちょうどよ
 い。足ることをしったほどほどの生活が何よりだ。

<湛浩>
 老いぬるハ 立てミ居てミ 身をつかひ 心ハ常ニ やすむるぞよき (10)

  歳をとったら、立ったり座ったりして身体を使い、心はいつもやすらかにしてい
 るのがよい。

<和中>
 常の食 四時に順じ 五味を和し 飽ニ及バず 又ハうゑざれ (11)

  日頃の食事は、季節に応じて旬のものを味付けも適度にして、かたよらず食べた
 いものだ。食べ過ぎはいうまでもなくよくないが、、腹の減り過ぎもよくない。

<勧懲>
 性をわれ 常ニすなほに ためなをし よきを志たふや 養生のもと (12)

  自分の正確や生活が正しくなかったら、曲がったところを直して、健全な精神を
 獲得するのは養生のもとだ。

<不薬>
 何となく 形と心 つつしめばバ 薬なくても ゆらく玉のを (13)

  身体のことを常に気をつけ、いたわって、心おだやかに、ふつうに生活していれ
 ば薬の世話にならなくても、楽しく長生きできる。

<順レ衣>
 水にぬれ 汗にうるおふ 衣かえ また夏冬ハ よき程にせよ (17)

  水に濡れたり、汗でぐっしょりとなった衣服はすぐに着替えよ。また、夏や冬や
 、暑さ、寒さに適した衣服を身につけなさい。

<弁医>
 医しをハ 兼て手がらを わきまへて それを親しミ 脈も見すべし (18)

  日頃、医師の力量を知っておくべきだ。そうしておけば病気のかかったとき、安
 心して診察を受けられる。

<揀択>
 はかなくも 善悪思ふ 苦しミの 何ハにつけて 身を尽くしけり

  はかないものだ、よいこと、悪いことの取捨選択で思い悩むのは苦しく、身体に
 よきこととはいえない。だからどんなことでも悩まずに一生懸命励むのが一番だ。

<汗瀉>
 汗おしみ くだるものいとへ をのが身に それや内外の あるじならまし (33)

  汗も下痢もおろそかにせず、大切なものと考えるのがよい。それが、自分の身体
 の内側と外側から病気を教えてくれる中心になるのだから。

<謹薬>
 効ある 薬にさとれ 何事も なきおりからハ いかがのむべき (34)

  自分に効いた薬が何か知っておくべきだ。病気でも何でもないときはどうして飲
 もうか、飲むべきでない。

<攣レ筋>
 ゑせ馬と つよ弓すまふ ちからわざ 積れハ筋の 中風とぞなる (36)

  無理な労働が重なれば筋肉を傷め、ひいては健康を損ねるぞ。

<怨他>
 医しせめ 効をいそぐ 身の病 作り出せる 我ハうらミず (44)

  患者は医者を責めて、早く治せしてくれとせかすが、その原因を作った自分のこ
 とは棚にあがている例が多いものだ。

<以レ怖治>
 なへて人 胸の思ひハ 乱碁の 死するをこうに たててやむべし (46)

  耐えがたい万難の苦しみも、死を覚悟すれば立ちなおることができるものだ。

<預謹>
 さしも草 もゆる思ひと 針薬 くるしまんより かねて謹しめ (53)

  お灸をして熱い思いをしたり、鍼を打って痛い目をして苦しむくらいなら、ふだん
 から身体をいたわっておくのがよい。

<禁レ久>
 いねをきも 起居見聞て 行事も 皆久しくて 病とそ成 (65)

  行住坐臥、起居動作はすべててきぱきとこなせ。のんべんだらりと生活をしてい
 ると病になってしまう。

<持与避>
 をのか身に たもちてよきハ 只たもて 避けてやすきハ 常ニさくへし (112)

  自分の身にとって、良いと思うことはそのまま続け、悪いと感じるものは常に避
 けるよう心がけるべきだ。

<遂レ欲>
 限りある 露の身をもて はかりなき 胸ニまかセバ はやくこぼれん (113)

  はかなく、短い、露のような人の命なのに、何も考えず、思いつくままに欲を追う
 と早く死んでしまうぞ。

<難レ行>
 謹ミを 耳ニ聞分 心にも 得ておこなハぬ 人ハかひなし (114)

  心身をひきしめ、控えめな生き方が大事と、人からきき、心にも留めていても、
 それを実行しなければ何の意味もない。

 ↑以上、各症状に対しての詳しい説明を含めると、道歌は計120にもなるので
すが、ここで「基本」となるものを抜粋しました。

 ちなみに、本書は「毛利輝元」に贈られたものです。

 ご興味のある方は 山崎光夫 著 「戦国武将の養生訓」 新潮新書 をお読み下
さい。

 また、本日は(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
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                       曲直瀬道三先生
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# by cute-qp | 2008-08-09 00:01 | 温故知新