自分らしさは、「外見」でも「中身」でもなく、「中心」だ。

 よく「自分らしく」と言います。それはむずかしいことです。自分らしさとは、自分の
軸に合っていることです。

 軸に合っていると、バランスがとれるのです。

 バランスのとれている状態が、最も自分らしい状態です。プラスもマイナスもない
ということではありません。
                                                   ′
 プラスとマイナスのバランスがとれて、軸に沿っている状態です。

 自分らしさを感じるためには、あなたの中心がどこにあるかを感じる中心感覚が
必要です。

 中心感覚を感じることができないのに、自分らしく生きるとか、自分らしさを感じ
ることはできないのです。
 「自分らしさ」は抽象的な表現です。自分らしい仕事や、自分らしいファッション
というのは、結局はいかに自分の中心感覚を感じることができるかということです。
表面上の問題ではありません。

 「自分らしさ」というと、どんな服装を着るか、どういう仕事をするか、この仕事が
合っのか合わないのか、人間関係で合っのか合わないのかなど、表面上の議論
にばかりいってしまいます。
 末端ばかりにとらわれていると、いつまでたっても、自分らしさに出会ことがで
きないのです。

 一見、そりが合いそうにない人同士がうまくやっていることがあります。それは
中心感覚を持つ人同士の波長が合っているのです。

中心があると、カが抜ける。

 カを抜くため心は、まず体に中心の軸を1本持つことです。肩が凝っている人は
、体がS字形に曲がっています。前後にも曲がっています。

 丸くなった背中を元に戻そうとして、骨盤が後ろ側へ倒れて体が「く」の字形にな
ります。温泉の大浴場で座っている感じです。
 この状態は、リラックスしているようでいて、実はリラックスしていません。体が曲
がっているので、常に体にカがかかっているのです。

 椅子に座る仕事で疲れやすい人は、座り方が間違っています。背中を丸めて座
っていると、壊れるのです。
 だらしない姿勢で、「退屈だ」と言いながらひじをついていると、体がますます丸
くなって、よけいに疲れます。
 つまらない授業や会議では、つい姿勢が悪くなります。時計を見ても時間がなか
なかたちません。疲れるので、時間のたつのがよけい遅く感じます。

 体の中に軸のある人は、座っていても疲れません。座っている状態で、軸に体を
乗せたイメージを持てるのです。

 体をねじる動作は、軸の存在を確認しています。体を揺らした時に、頭まで動い
てしまうのは、軸がない状態です。

 体を揺すって柔らかくまわすことができるのは、体の中に背骨があるからです。
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# by cute-qp | 2008-09-22 00:00

筋肉は、日常生活の姿勢を直すことで変えられる。

 筋肉が最も活躍するのは、縮まる時ではなくて、伸ばす時です。伸ばすことので
きる筋肉が、最も活用できる筋肉になるのです。

 ジムでは、縮める練習ばかりやっている人が多い。これでは筋肉がどんどん硬
くなります。

 筋肉は、骨と骨を動かすために、骨のまわりにあるものです。骨をより柔軟に、
いろいろな方向に動かしていくには、そのまわりの筋肉を柔らかくして、自由に動け
るようにしておくことです。

 股関節のまわりや内側のももの筋肉が硬くなつていると、股関節も硬くなります。

 電革の中で股を広げで座ったり、隣りの人に靴の裏が見えるような足の組み方
をする人は内側の筋肉が縮んでいるのです。
 内側の筋肉が緩んでいると、軸がますます揺らぎます。股関節が硬くなって凝
ってくると、どうしても足を組みたくなります。

 足を組むと、骨盤群が歪み、背骨も曲がります。レストランでも、ごはんを食べ
る時に足を組んでいる人がいます。

 これは、股関節が硬くなつているからです。股関節が柔らかくなると、足を組ま
なくてもラクに座れます。
 足を組まなくても同じ効果を得るには、つま先を立てて座るといいでしょう。股
関節が持ち上げられてラクになるのです。
 つま先立ちすると、自然と体が前へ出て背骨が伸びます。つま先を立てること
で、骨盤が「立ち上がる」のです。
 また、体が前に出ることで、あえて胸を張らなくても体が真っすぐになります。
腰もラクになります。つま先立ちになると、自然と背筋にカが入ります。

 背筋は、腹筋のようにトレーニングをしなくても鍛えられます。

 ふだんの姿勢を直すだけで、筋肉は鍛えられていくのです。

筋肉は、学習する。

 筋肉を鍛えることは、学習です。筋肉と開くと、練習という言葉をイメージしがちで
す。
 今までキーボードを使ったことのなかった人が打てるようになるのは、実は練習し
ているからではあリません。指の筋肉が、学習しているのです。
 やがてタッチタイピングができるようになるのも、指が学習しているからです。あら
ゆる常は学習できます。

 今までできなかったことができるようになるのは、筋肉が学習しているのです。最
初のうちはなかなかうまくできません。

 でも、「私には才能がない」とあきらめないことです。そのうちに学習効果があらわ
れて、できるようになります。

 自転車に乗れるようになった時のように、気ついた時にはできているのです。意識
の持ち方を変えることでも、筋肉を動かせるようになります。

 筋肉は、学習と意識で動いているのです。自分の意識に合わせて体は動いてい
るのです。
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# by cute-qp | 2008-09-20 00:00

体の中心でするのが、エネルギーの腹式呼吸だ。

 呼吸は、古い空気と新しい空気を入れかえていく作業です。それは酸素の入れか
えではなく、エネルギーの入れかえです。

 呼吸は、末端ではなく体の中心で行います。

 腹式呼吸で「空気をおなかまで入れる」と言いますが、場所の問題ではありませ
ん。自分の中心で空気の交換を替っイメージを持つようにしましょう。

 そうすると、吸った空気を体の奥深くまで入れることになります。

 1つ1つの呼吸動作が大きくなって、ムダがなくなります。そして、呼吸の回数が
少なくてすむようになるのです。
 大気中にあるエネルギーや「気」を、体の中心まで持っていかなければそれを吸
収することはできません。

 ほとんどの人が思っている体の中心は、本当の中心より高い位置です。体の中
心は、本当はもっと低いのです。
 「腹式呼吸」と言いますが、体の中心は、おへそよりも下にあるのです。呼吸の
浅い人は、胸のところで新しい空気がとまっています。胸は体の中心ではありま
せん。

 それは、酸素の足りない水槽にいる金魚が、バタバタしているような状態です。

 ヨガの呼吸法では、鼻から吸って鼻から吐きます。そのほうが体の中心まで呼
吸が入りやすいのです。日本式の呼吸法は、鼻から吸って長く口から吐く形です。
 インドのヨガで鼻から吸って鼻から吐くのは、のどの奥に意識を向けるようにする
ためです。

 その時、のどの奥で音が鳴っていることを意識するようにしましょう。のどの裏側
に中心感覚を感じるのです。

 そこに軸が通っている意識を持つのです。呼吸をする時、のどの奥に意識を向け
る人はいません。

 ヨガも禅も、中心感覚を意識しなおすトレーニングなのです。

体の中心から、エネルギーの波紋が広がる。

 呼吸によって外から入ってきた「気」が体のエネルギーになって、体中に流れてい
るというイメージを持つことが大切です。
 体のどこにカを入れるかを考えるよりも、自分の体の中にエネルギーが循環してい
るというイメージを持つのです。

 これが中心感覚です。

 中心感覚は、実は中心であって中心でないのです。中心感覚は、エネルギーが
流れているという感覚です。

 「これが私の中心」という点があるわけではありません。体中にエネルギーがみ
なぎっている状態が中心感覚なのです。

 体中にエネルギーが広がっていくのは、エネルギーが体中をグルグルまわると
いうことではありません。

 池に小石を投げた時に、中心から外へ波紋が広がっていくイメージです。そう
すると、自分の体をどこまでも大きくすることができます。エネルギーを末端ま
で浸透させ、次から次に広げていけるのです。  ′

 「古池や 蛙飛び込む水の音」というのは、今カエルが飛び込んだところが中
心で、その中心から池の波紋が広がり、昔の波紋がお寺中に広がり、自分の体
を通り越えて、宇宙にまでどんどん広がっていく中心感覚を感じている歌です。

 中心から発せられたエネルギーは、どこまでも遠くへ達することができるし、
どんな硬いものも通過できます。

 「しずかさや岩にしみ入る蝉の声というのは、セミから発した声というエネル
ギーが岩を貫通しているイメージです。松尾芭蕉の歌は、エネルギー感をとら
えています。

 「五月雨を集めて早し最上川」というのは、エネルギーが通過していくイメー
ジです。
 「夏草や 兵どもが 夢のあと」は、エネルギーが通過したあとのイメージで
す。

 絵画や書道など、すべての芸術品は、その中心感覚を味わうところに価値が
あるのです。
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# by cute-qp | 2008-09-18 00:00

姿勢がいいというのは、中心感覚があるということ。

 文字を書くときも、中心感覚を感じて書くといい字が書けます。習字はまさにそうで
す。
 筆をどう持つか、どういう角度で書くか、どういうレイアウトで書くかは、あまり関係
ありません(管理人:私はそうは思いません・中心を保つために必要なことです)。

 いい字を青く人は、いい姿勢をしています。

 中心感覚を感じながら軸を持って書いていると、いい姿勢になるのです。筆で書
いているのではなく、軸で書くのです。

 私は子供の時に、習字の先生に字ではなく姿勢を直されました。書いている時の
姿勢が字に出るのです。悪い姿勢で軸がグラグラしたまま書くと、字がグラグラして
しまいます。
 1人1人が違う軸を持っているのですが、軸を持って書くと、その人なりのいい字に
なるのです。

 絵を描く時もまったく同じです。描く人がいい姿勢でなければ、いい絵は掛けませ
ん。

 子供が渡っころがって、夢中で絵を描いている時は、意外に軸があるのです。そ
れは夢中になっているからです。夢中になると、どこにもカが入りません。

 「一生懸命やります」と一育っ人と、夢中でやっている人は、違うのです。一生懸
命やっている人は、表面にカが入って、汗をかいたりします。
 夢中でやっている人は、汗もかかないし、顔は淡々として、かすかに微笑んでいる
ような感じです。

 笑っているのではなく、無心でやっているのです。

 無心でやると、周辺にカが入らず、中心感覚とその人の意識が同調します。面白
い本を読んでいる時は、ページをめくつている意識もないし、どういう姿勢で読んで
いるかという意識もありません。

 面白い映画を見ている時は、自分がどういう座り方をしているか」を意識しないの
で、疲れないのです。

 中心感覚に権限を委譲している状態です。

 あなたの中心感覚に、すべてのバランスを権限委譲することです。もっと姿勢を
よくしなくちゃとか、もっとラクな寝転がり方をしなくちゃと考えると、よけいに疲れる
のです。

 ムリしてつくったいい姿勢は、疲れます。姿勢のことなど忘れているのが本当の
いい姿勢です。だらけた姿勢をとることが、ラクになることではありません。

 リラックスとは、自分の中心感覚を感じて、その軸に沿っていることです。

 立っていても、座っていても、歩いていても、動いていても、寝ころがっていても
リラックスはできるのです。

(つづく)
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# by cute-qp | 2008-09-16 00:00

中心は、かすかに揺れている。

 中心感覚は固定されたものではありません。固定されたものは、弱くて不安定で
す。
 揺れない綱渡りはありません。微妙に揺れることで、安定度を持っています。揺
れているから危ないのではなく、揺れることによって安定度を保っているのです。

 最も安定しているものは、かすかに揺れています。じっとしようとすればするほど
、安定度を失っていきます。

 自分の中心感覚に、内側で微妙に揺れた状態のイメージを持つことです。完全
にピタッととまっでしまうと、次への動きができなくなるのです。
 スポーツ選手が動き出す直前は、静止しているように見えますが、中心感覚は
かすかに揺れています。

 「中心感覚を持ちなさい」「軸を持ちなさい」と言うと、「固めよう、固めよう」とする
方向へ行きがちです。

 でも、そうすると、よけいに不安定な中心感覚になってしまうのです。

「体がいい」というのは、筋肉ではなく、中心感覚のある骨格だ。

 「いい体しているね」というほめ言葉があります。

 ジムにトレーニングに来る人は、夏が近づいたら水着が着たいとか、Tシャツが似
合う体にしたいとか、スリムなジーパンがはけるようにしたいと言います。

 でも、筋肉を鍛えることでいい体になることはできません。筋肉は骨に付随してい
るものです。

 本当にいい体は、骨格がつくるのです。

 一流のコーチが選手の素質を見抜く時には、筋肉ではなく骨格を見ます。骨格は
、半分は遺伝です。

 そして、もう半分は遺伝的な骨格をいかに活用しているかです。

 せっかくいい骨格をもらっているのに、それを縮めて、台無しにしている人が多い
のです。
 筋肉をいくら鍛えても、骨格を意識せずに鍛えた筋肉は邪魔になるだけです。
骨格を縮めていくような筋肉の鍛え方は間違っています。

 筋トレがいいのか悪いのか、という議論ではありません。

 骨格を意識した筋トレは効果がありますが、骨格を意識しない筋トレはマイナスに
しか働かないのです。

 中心感覚を保つようにすれば、いい骨格をつくりあげることができます。

 0脚、Ⅹ脚、猫背になるのは、中心感覚を感じることができないからです。本当の
いい体は、中心感覚のある骨格を持った体です。その骨格を支えるためには筋力
が必要です。

 いい骨格があれば、それに必要な筋肉はおのずからついてきます。

 食事制限をするだけで、おなかの脂肪はとれません。おなかやわき腹の脂肪を
とりたいと思ったら、中心感覚を取り戻して、骨盤を立てるのです。

 これは背骨の曲がりを直すことです。猫背のままいくら食事制限をしても、おな
かの脂肪はとれないのです。
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# by cute-qp | 2008-09-14 00:00

軸からズレている時、ストレスを感じる。

 中心には、軸が通っています。その軸どおりに動いている時は、ストレスは感じま
せん。

 軸からズレていると、体では肩凝りが起こります。仕事の場合では、ストレスを感
じて、疲労がたまります。
 労働時間が長いから疲労を感じるのではありません。軸からズレている時に、スト
レスを感じて、疲労を感じるようになるのです。

一般に、「好きな仕事をしている人は疲れない」と言われます。

 好きな仕事はその人の軸に合っているので、動きが軸からズレていないのです。
軸は1人1人違います。

 他人から見ると楽しそうな仕事をしている人が、ある日突然自殺してしまうことが
あります。その仕事は、自殺した人の軸からズレていたのです。
 まわりから見ると楽しそうなのですが、やっている本人の軸にはズレが生じていた
のです。

 すべての人の軸にマッチする仕事はありません。自分の中心感覚がわからなけれ
ば仕事を探すことはできません。
 仕事を探すというのは、結局は自分の軸と仕事の軸がどれぐらい一致するかを探
すことです。

 自分の軸と仕事の軸のペアを探していくことが、「仕事を探す」ということです。表
面上楽しそうとか、表面上きつそうとかは、閑係ありません。
 
 表面を見ているうちは、自分の軸に合った仕事を見つけることはできません。

 自分の軸も相手の軸もわからずに、自分に合った仕事を探すのはムリがありま
す。そこでストレスを感じるのは当たり前です。

 でも、自分がなぜストレスを感じているかもわからないはずです。ストレスは、人間
関係や金銭関係や条件の問題だと言われます。

 本当は、自分の中心感覚がわからないからストレスを感じるのです。

 「自分が何をやりたいのかわからない」「夢が見つからない」と言う人がよくいます。
 「夢」と言うと、抽象的で、ずいぶん速いところにあるような気がします。でも、中心
感覚を感じることができたら、夢は今ここに存在しています。

 そこから先に軸が伸びていて、そこにも夢が存在しているのです。

(つづく)

 更新のペースが遅れており申し訳ございません。9月一杯身動きが取れない状況
でございます。

 10月より「身体運動」などに関して色々とお話しして行く予定でおります。
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# by cute-qp | 2008-09-12 00:00

筋肉を鍛えるのではなく、体の中心感覚を目覚めさせる。

 私はよく、「ジムに行っているんですか」とか「ウェイトトレーニングはどうやっている
んですか」と開かれます。でも、まったく何もやっていません。

 ボウリングをする時は、ゲームを通して必要な筋肉を使っています。ボールルーム
ダンスをする時は、それに必要な筋肉を使っているのです。

 それは、「鍛える」という感覚ではありません。

 筋肉の場合は、「鍛える」という表現を使います。中心感覚は、「目覚めさせる」と
いう言葉が一番適切です。

 中心感覚は、ほとんどの人が本来持っているはずのものです。いつの間にかそれ
が寝ぽけてしまっています。
 寝ぼけた中心感覚を再び目覚めさせるために、トレーニングが必要なのです。そ
れは、筋力を鍛えることではありません。

 筋力をつかさどる中心感覚を、それぞれの種目に応じて目覚めさせていくのです。

 ある種のスポーツで中心感覚に目覚めた人は、別のスポーツをやってもそれなり
にうまくできます。

 すべてのスポーツは、中心感覚でやるものだからです。

 ところが、筋肉だけを鍛えている人は、1つのスポーツがうまくできても、ほかの
スポーツはうまくできません。種目によって、筋肉の使い方が違うからです。

 「鍛える」よりも、「目覚めさせる」という意識を持つことです。

 女性で腹筋運動のできない人がよくいます。それは、腹筋がないからではありま
せん。腹筋をどう目覚めさせていいのかわからないのです。

 腹筋が痩ばけたままの状態だから、腹筋運動ができないのです。

 晩立て伏せができない女性も多いです。それも、筋力がないからではありません
。腕立て伏せをする時に、中心感覚をどこへ持っていけばよいのかわからないので
す。

 一時、私は腕立て伏せに凝っていました。どうしたらもっとハードな腕立て伏せが
できるかと考えていました。
 片手腕立て伏せをしたら、それはできることがわかりました。次に、片手・片足で
腕立て伏せができないかと考えて、これも「できないことはない」と感じるようになり
ました。
 そして、逆立ちで腕立て伏せができないかと考えて、それもやがてできるようにな
ったのです。

 それは筋力がついてきたからではありません。

 「中心感覚をどこへ持っていけば、腕立て伏せが最も軽くできるか」というコツがわ
かったのです。

 腕立て伏せは、顔をしかめて、カでエイッとやるものではありません。自分の中心
感覚をどこへ持っていけば最も軽く上がるか、というイメージを持つことが大切です。
筋力はそれほど必要ではありません。今持っている筋力を使うだけで十分です。

 寝ぼけた筋肉を目覚めさせるだけで、たいていの動きができるようになるのです。

(つづく)
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# by cute-qp | 2008-09-10 00:00

 春風堂の理念でも申し上げましたが私は「己こそ己の寄る辺」が大切だと思って
おります。

 その為に「自己の中心を観照する」事がキーとなって来ます。

 この2つに関し、中谷彰宏さんがその著作「答えは自分の中にある」に明解にお
書きになっておられますので、全8回に渡り、その抜粋を引用、連載させて頂きた
いと思います。ここまで書きになれるのは流石だと思いました↓。 

中心を感じると、体の中にスペースが生まれる。これが余裕だ。

 疲れている人は、骨も筋肉もギューギューに詰まっています。

 本来はもっと柔軟に動けるはずなのに、詰まりすぎることで、スムーズに動けなく
なるし、力も出せなくなるのです。

 人間の体の中には、たくさんのスペースがあります。

 中心を感じることができれば、骨の間隔が広くなり、筋肉も凄くなって、より柔軟
度が生まれて、スペースを生かすことができます。

 体の中にスペースが生まれると、精神的にもスペースが生まれます。

 これが「余裕がある」という状態です。

 「フトコロが広い」というのは、体の中に広いスペースを持っているということです。

 中心感覚があれば、体の中にスペースが生まれます。中心感覚がなくなると、
周辺に力が入ります。

 そうすると、自分の体の中心がどんどん小さくなってしまうのです。

迷うのは、中心を見失っているからだ。

 迷うというのは、孝え方が堂々めぐりをして、同じところをグルグルまわっている
状態です。

 結論は焦点にあるのに、外側ばかりグルグルまわっていて、どこまでいっても結
論が出ないのです。
 「どうしていいかわからない」と言っているうちに、グルグルまわっている円がどん
どんしぼんでいきます。

 これが追い詰められた状態です。外側をグルグルまわっているのが堂々めぐり
です。

 答えは、円の外側にはありません。

 どうしていいかわからない時にいろんな人に意見を開いても、結局は結論が出
ないはずです。
 Aさんは「右」、Bさんは「左」と言うことで、あなたの考えが左右に揺れるので
はなく、グルグルまわつてしまうのです。

 情報化社会は、外部情報の多い社会です。そういう社会では、ますます周辺
にカが入ってしまいます。

 今は、外部情報があまりにも多いので、中心感覚を意識しないと感じることがで
きなくなっているのです。

 情報化社会であればあるほど、あなたの中心感覚をもう一度取り戻す必要があ
るのです。

(つづく)
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# by cute-qp | 2008-09-08 00:00

バランス感覚と修正力

 本日は「バランス力と修正力」と題し、桜井章一氏の著「運に選ばれる人選ばれな
い人」より引用・ご紹介させて頂きます↓

 現代社会はバランスの悪い社会です。一方、人間社会と違って自然界はバランス
が取れています。

 今、多くの人が生活を送る中で違和感を覚える機会が増えているとすれば、それ
はさまざまなところでバランスが乱れているからにほかなりません。
 価値観の移り変わりなど変化の激しい時代状況も影響して、バランスを取ること
はますます難しくなってきています。

 バランス感覚がしっかりしていれば、何がよくて何がダメかがすっきりと見えます。

 バランス感覚があれば、ミスをしたり、調子を崩してもすぐに修正が出来ます。
何があっても修正する修正力が大事なのです。
 よくないことは結局、バランス感覚がないために起こるのです。戦争やおかしな
事件、人間関係のトラブル、すべてがバランス感覚の欠落から来ます。

 バランス感覚がしっかりしていれば、何か違和感があっても敏感に感じ取れます。

 体の傷だとすぐにわかるのに、心の違和感にはみんな鈍感です。

 たとえば指の先をちょっと傷つけたらイヤな感じがするはずです。それが違和感
です。
 体に違和感があれば治そうとしますが、心の違和感はあっても治そうとはあまり
思いません(「感じる力」が去勢されつつある昨今、体の違和感を感じることも難し
くなって来ているように思います。また、心の違和感をある程度感じられていない
と体の違和感も感じられないと言う事もありますね:笑)。

 それは、違和感があってもあまり自覚がなかったり、あるいは気づいていてもな
んとなく放っておくからです。
 放っておくとそれは意識の底にたまっていって、やがて傷となり、治りにくいトラ
ウマになったりします。

 また困ったことに、傷はその人だけで終わりません。それは他の人にも傷を与え、
ネズミ算式に世の中の傷を増やしていきます。
 インターネットの世界を見れば、そう言った現象をはっきりととらえることができま
す。

 心の中の違和感は、体の傷と同じように速やかに修正しないといけないのです。
バランス感覚があればそれが可能になります。

 バランス感覚は、物事の中心を的確にとらえる感覚、すなわち的を射る感覚で
すが、考えすぎると中心を外します。

 逆に言うとバランス感覚とは、心を真ん中に置くことにほかなりません。真ん中
に心があれば、バランスを崩してもすぐに動いて修正が出果ます。

 つまり、バランス感覚とは、素早い修正力のことでもあるのです。違和感をサッ
ととらえて速やかに解消に向かうカなのです。

 ↑以上、引用終わり。

 流石、厳しい勝負の世界を生き抜いて来た方...しかし、これは我々の生活全般
に応用出来る事と思います。

 そして、それには「違和感を感じられる」事が非常に大切となります。

 (参考)
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「先ずは自分が変わる」
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# by cute-qp | 2008-09-06 00:00

健康と美容は最優先!

 春風堂日記の開始当初、「春風堂の理念」について少し申し上げましたが、「健康
は全てに優先する」
...と言う事柄も春風堂が身を以て知った、大切な理念の1つ
です。

 そして、それを実践している方々のお姿や立ち居振る舞いは「心身の均整が取れ
た美しさ」・「内面から輝く何気ない、自然な美しさ」があります。

 本当に「その場にいらっしゃるだけで美しく」凄いなと思いました↓。
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                   ベリーダンサー Rachel・Brice
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                     意拳創始者 王郷斎先生

 一方、センタリング呼吸法のアシスタントをさせて頂いて気付いたのが、「相対的」
に「男性よりも女性の方が遥かに進歩が早い」と言う事(笑)。

 参加の皆様は一様に「健康になりたい」と言う「切実な願い」と「問題意識」がスター
トでいらっしゃいますが、女性の方が「見られる事を意識した自分や周囲の変化に
大変敏感」で「好奇心も旺盛」...しかも、良い!と思った事は直ぐやる「進取の精神」
がある様にお見受けしました。

 そうして、自覚を伴って「愉しく健康」になられますと、それが自分という「素材」の
「レベルアップ」になり、そこから何かに「挑戦」されるお姿が非常に印象的です。

 そう言った経緯もありまして、「健康と美容は最優先!」と考えております。

 今日は、そう言う観点から「春風堂風”オシャレ視点で自分作り”」をお話致します。

 三面鏡テクニック (Triple mirror technique)

  「見られる」と言う概念を上手く利用しますと「自分自身を客観的に観る」方法
 に繋がります。

  その中でも効果的ものを 「三面鏡テクニック (Triple mirror tech-nique:
 )」
と名付けてみました。

  先ず、「鏡を見て」ご自身の「現状」を今まで以上に「丁寧に」確認・観察しま
 しょう。「両目の大きさ」、「両肩の高さ」、「皮膚や髪のつや」など...ご自身が
 「どう映っているのか?」と興味を持つ範囲で色々見て行きます。

  また、出来れば「三面鏡」を使ってご自身の「左・右・後」の表情を観察してみて
 下さい。「耳の位置と肩の位置」は一致していますか?「顎は前へ」出ていません
 か?「服のしわ」の感じは左右同じでしょうか?「背中は広い?狭い?丸い」でしょ
 うか?  

  今まで観ることの少ない自分の姿は結構表情豊かで、得てして、そう言う部分
 を人はよく観ています。

  今度はそんなご自身を「床で観て」行きます。畳か適当な硬さのある床に「仰向
 け」や「伏臥位」、「横臥位」になり、床と滑らかな接触を保ちながら、呼吸を様々な所
 に入れたり、身体の重さを移しながら、動いてみて、ご自身を立体的に「体感」してい
 きましょう。

  例えば、「両肩や腰は均等に床について」いるでしょうか?「両脚の開き方」は如何
 ですか?動いている時に緊張しやすい場所や力が入らない場所はありますか?

  こんな風に、ご自身を「他人目線」で客観的に、最初は「視覚的」、徐々に「体感」や
 で立体的に観て行く方法を「三面鏡テクニック」としてみました。是非、お試
 し下さい。

 そう言えば...デビューしたての俳優さんなどを見ますと、どうも「垢抜けない」感じ
がするのですが、暫く経って見ると、「一皮向けた」感じがする事があります。

 多分、「人に見られる」経験とそれに対する技術を身に付けた結果なのでしょう。

 例えば...以前、お知り合いになった宝塚の女優さんとクラブで待ち合わせをした
事がありました。
 会場は、しゃべり・踊る人達で溢れ返っていたのですが、彼女がエントランスから
現れた瞬間、会場とお客さんの雰囲気が一瞬にして変わってしまいました。

 彼女が特別、目立ったコスチュームや言動をしていた訳ではないのですが、日頃
、ピンスポットを浴び、3階席まである大きなホール全体に向かって演技して来た結
果、かなり大きな会場が「スミレ一色」になりました(笑:びっくりしました)。

 この話だけですと「俳優さんだから特別」と思われてしまうのですが、「プロ」として
自分と言う「素材」を日々「自己管理」し、「鍛え」た結果だと思います。

 そして、私達も「自分に対してのプロ」になれると思うのです。

 (参考)
 「美容と健康」には「ヒミツ!とドリョク!」が必要
 「質問にお答えして ~補正下着について」

◆お知らせ◆

 9月一杯、ちょっと行事が立て込んでおりましてブログの更新が遅くなりますがどうか
ご了承下さい。

 ちなみに、10月からは様々な「身体運動」を通して「身体と心に面白良さそう!」な事
を見詰めて行きたいと思っております。
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# by cute-qp | 2008-09-05 00:00 | 春風堂の想い

 実は...つい数ヶ月前、身内が手術を受け、入院していました。

 その際、付き添いとして「カンファレンス」を受けたのですが、自分が素人の時と
比較して、「カンファレンス」は極論、医師側の「説明しましたよ」と言う「形」や「証明」
だなと感じました。

 確かに、「数値」や「映像」を沢山見せて解説して頂きますが、ある瞬間の結果
を「数値」として「ある分野の統計的視点」で述べられても「そうなんだ~」ですし、
「映像」を拝見しても一般の方にすれば「ふ~ん」と言う感じだと思います。

 それでサインをするのですから、ある意味「保険の契約」を彷彿としました(笑
:これもまた約款が細かい字で)。

 そこで、今回は、自分の学んだ事に加え、それ用の勉強と準備をし、担当医の
先生に勉強の為、目一杯ご質問させて頂きました(勿論、真面目な気持ちです)。

 お陰様で、とても丁寧に内容を教えて頂け、当人にそれを咀嚼し、特に、「こ
れからやろうとしている事について」、「メリットとデメリット」、「術後の計画とケア」
を平易に説明する事が出来ました。

 「法律は知っているものの為にある」と言いますが、実際、医学を学び、その世界
に入って「医学も知っているものの為にある」とつくづく思った出来事です。

 その時、特に印象的だった事が、患者当人が「医師任せ」の態度であった事...
私の居ない時に、何かやりとりがあった際、「何故、そうする事になったの?」
と聞いても「先生を信用している」とか「さあ」と言う返事(笑)。

 如何せん、「昭和初期」の人間で「先生」や「医師」と言う存在に対する捉え方が
私と違い、また、自分は「専門家」でないからと言う気持ちがあって、その想いは察
するものの...さすがに、医学の現状を思うとプロでなくとも「何故?」と思った事は
漏らさず聞いておくべきだと感じました。

 今は、「セカンドオピニオン」が推奨される時代ですし、専門家でなくとも、「ご自
身でお分かりになる範囲でお調べになったり、疑問があれば必ず聞く」...と言う
「お気持ち」が大切だと思います。

 でも、「正直、どうして良いか分からないし、難しいし」と仰る場合、私は”COML”
をご紹介しています。

 「COML」とは(Consumer Organization for Medicine & Law(医療と法の消費者
組織)の略)「ささえあい医療人権センター」の事で、医療を消費者の目でとらえよ
うと、1990年9月に活動をスタートしました。

 自分は「いのちの主人公」、「からだの責任者」をモットーとした市民中心のグル
ープです。

 「COML」では「賢い患者になりましょう」を合言葉に、患者の主体的な医療への
参加を呼びかけ、患者と医療者が、対話と交流のなかから、互いに気づき合い、
歩み寄ることのできる関係づくりを始め「患者中心」の開かれた医療の実現を目指
しておられます。

 そこで紹介されていました「医者にかかる10箇条」をご紹介致します↓。

 あなたが"いのちの主人公・からだの責任者"

  1. 伝えたいことはメモして準備
  2. 対話の始まりはあいさつから
  3. よりよい関係づくりはあなたにも責任が
  4. 自覚症状と病歴はあなたの伝える大切な情報
  5. これからの見通しを聞きましょう
  6. その後の変化も伝える努力を
  7. 大事なことはメモをとって確認
  8. 納得できないときは何度でも質問を
  9. 医療にも不確実なことや限界がある
 10. 治療方法を決めるのはあなたです


 尚、様々な医療に関する相談も受け付けておられる様です。

 更に、内容によっては、ちょっとした物の見方や勉強、レッスンを受ければ「セ
ルフケア」出来る事がとても多いのです。

 例えば、よく「椎間板ヘルニア」等を見るのですが、その多くは「姿勢」や「運動
の質」を変えれば、「予防」、「治療」、「現状維持」出来るものでした。

 そこに「病名」を付けられるとそれが「お札」や「名札」、「憑依霊」になってしまう
事が多く、反面、以前、申し上げました様に、日本で「病名」は「保険請求の為」に
付けられる傾向が非常に強い...と言う皮肉な傾向があります。

 どうか「あなたが"いのちの主人公・からだの責任者"」 と言う事を大切
に心に置いて下さい。

 そのお手伝いを「春風堂」は行っています。
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# by cute-qp | 2008-09-04 00:00

 昨夜の、「基本に立ち戻って ~神経訓練法の実際~」を受け、今日は「習慣を超え、
体験に学ぶ」と題し、「脳」について春風堂の考えをお話致します。

 唐突ですが、30歳を過ぎると物忘れも激しくなり、その理由(言い訳)として「脳の神経
細胞は、1日に10万個死滅するから!」なんて話を私達はよく致します。

 確かに、脳細胞の「死滅」は「事実」でありますが、「記憶力が減退する理由」としては
正確ではありません。

 良く我々の記憶力と比較されるのが「子供」の物覚えの速さですが、子供達の「脳」は
「まだ空っぽの書庫」であり、先ず、情報がどんどん入って行く段階である為、情報吸収
が早く、様々な経験を経て、ある程度、「書庫として充実した」私達の「脳」は、その情報
の「検索」や「整理」に必然的に時間が掛かると言う部分に差の実体があります。

 実際、私達が「あ、ド忘れ!」と言っても自分の中にはその明確な「情報」や「イメージ」
はあるので、情報自体が「消去」された訳ではありませんし、子供も「宿題」や「体操服」
などを良く「ド忘れ」していますね。

 それを「気にしていない」し、大人ほど「気にされない」所が子供の特徴です(笑)。

 ただ...子供と私達では「記憶」や「修得」の方式や形態が少し変わって行くのです。

 例えば、子供がチラ見で覚える事を我々は苦労します(笑)。

 しかし、自発的に「対象物を書き写したり」、「何回も動いてなぞる」などして、「丸覚
え」でなく、経験や工夫を通して覚えることで、大人は、より正確に物事を吸収出来る事
が分かっています。

 つまり、「体感に学ぶ」ファクターに「脳」がシフトして行くのです。

 実際、我々の脳は身体へ摂取する全エネルギー量の20~30%を消費しますが、
活動量は全体の2%程度に過ぎない存在で、子供の頃は「生きる」為に必要なベース
をとにかく「早急に吸収するに足りる脳」として、その「余力」が有効だったかもしれませ
んが、成長の後は、これを「効率的」に使える為、「消費電力型の運営」に移行して行く
と見ることが出来ます。

 また、「脳」は刻々と「情報を更新し、関連付け、整理する」基本機能があるので、
その為にも「手足を動かし、体験を通じて脳を使う」事が大脳全体から心身へ大きな
影響を与えると言えます。

 ここで、昨夜の「手足」のお話を図示した模型をご紹介致します↓
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      「ホムンクルス」3Dモデル(The Natural History Museum.London)

 これはカナダの脳神経外科医ペンフィールドの実験から有名になったモデルです
が、人間の身体を「神経細胞の量の分布の比率」を現したもので、モデル上、その
形態の大きい所は神経細胞も多く、その動きが脳の活動を発火する度合いも高い
事を示しています。

 昨夜お話致しました様に、先ず「口」、そして「手足」が大きいですね。

 従いまして、「神経訓練」や「介護」において、これらが非常に重要な「ファクター」で
ある事をお分かり頂けるか?と思います。

 さて、ここで再度、子供と私達の違いについて述べますと、子供にとって世界はと
ても好奇心に満ちたものでありますが、私達にとって、それは「マンネリ化」したもの
になっているのではないか?と感じます。

 つまり、自分自身に対しても「マンネリ化」し、「感心を失った」結果、「刺激」
や「体験」が急激に減り、「脳力が減退していっている」...それが根本的な「記
憶力や心身の減退」原因の1つではないか?と思うのです。


 だからこそ!「神経訓練法」は生涯を通じ、我々の心身に有効な「脳力開発」も
視野に入れているのです。
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# by cute-qp | 2008-09-03 00:00

 先日、センタリング呼吸法の初級セミナーがありましたのでそのお話を少しさせて頂
きます。

 今回の様に(K野さんによる記事はコチラ→「基礎中の基礎を自分で試みてから」
「最初の最初」から立ち上げて行く取り組みは、私自身、「気持ちを新たに、基本を学び
直す」とか「自分のモチベーションコントロール」、「新たな学びへの切っ掛け作り」になり
誠にありがたいことだと感じております。

 さて...今回、K野さん工夫によるセミナーの取り組みは、私にとっては、非常に「神経
訓練法」的な側面を基本時から前面に押し出した、興味深いものでありました。

 セッションは、先ず、呼吸を軸に「手の平」や「足の裏」で畳を「なぞる」事より始まりま
した。

 以前、「神経訓練法が可能性を開く ~その基本原理~」で「足の平のセンサー」に
ついて少しお話を致しましたが、元々、動物が「重力」に対して自分を支える「最前線」と
なっているのが、これら「手足の平」です。
 そして、「重力」と「運動」との間で様々なバランスを取る為、私達の「手足の平」には沢
山のセンサーがあり、そこからの情報を「触覚」・「温度覚」・「位置覚」・「深部感覚」等とし
て、受け取り日々を過ごしています。

 如何せん、人間は他の動物の様に「嗅覚」等の脳の旧皮質的な機能が発達しなかった
反面、二足歩行によって新皮質が発達し、「手は歩行から解放され」、「足は逆に重力を
一手に引き受けた」事で、より繊細な感覚と運動を獲得しました。

 結果、人間の子供は頭が重く、産まれて暫くは二足歩行に対し、脊柱が未発達で、直ぐ
に自分で立つことは出来ませんが、「口」の触覚(食行動中心の触覚)に続き、様々なも
のに「手足で触れる」所から、運動に必要な高度な「平衡覚」や「重力感覚」、「連動感」を
脳にインプットし、身に付けて行く過程を採りました。

 丁度、その過程を「追体験」している感覚でしょうか?

 当初、初めての皆様は何故手や足をそうして動かすのか?分かりません。その状況
は本当に「赤ちゃん」と同じ立場です。

 その「非日常的な体験」の中、私共が「呼吸」や「動作の流れ」を補足、補正させて頂き
ながら、共に皆様の「神経」や「感覚」に働き掛ける事で、「脳」や「神経」に「あるべき姿に
補正しよう」と言う「平衡欲求」が生じ、それが「心地よい感覚」を伴って皆様の「動きの変
化」や「回復・改善」として発露致します。

 その「変化」や「感覚」を手掛かりに、様々な「体位」や「条件」を加えてセッションは展開
されます。

 例えば、先ず、「左半身」と決めましたら、暫時、「左」のみの動作に取り組みます。そし
て、左半身を通じて「感覚が開かれた時」...「右半身」に取り組むとあら不思議!...簡単
に出来てしまったりします。

 「左半身」を通じ、「脳」の神経訓練が1つクリア出来たからです。

 よって、状況にも寄りますが、私の担当させて頂いた方には「やり易い方」からやって
頂きました。

 何故なら、感覚が開き易い方向から「神経回路を開き」、その「感覚」を生かして「やり
辛い方」を補足する意味と、「動き易い」部分から運動を誘導・改善し、私達の神経活動
(全身のバランス)の改善に弾みをつけようとの狙です。

 また、補正やご指摘を通じながら、畳のヘリや視線を決めて頂き、「習慣」と言う「自己
基準」の見直しや改善も行って頂きました。
 その方が、場合によっては、「触っている実感が増し」、「自分自身の立ち居振る舞い
もご自身で観照して頂き易い」利点があるからです。

 合わせて、「スキャニング」の時間も「スキャニング」はニュートラルな視座」を受けて
出来るだけ取らせて頂きました。
 この事で「自分の変化への認識」や「次の変化に向かっての現状把握」、「神経訓練
の安定化(安静にする事で心身への刺激を減らし、大切な情報・刺激を脳へ定着)」
が図って頂けます。

 ちなみに、各動作に対してのK野さんの模範動作の際、直ぐに真似をしようとされる方
には、先ず、「しっかり見て頂く」事をお願い致しました。

 何故ならば、出来るだけ「自分の経験や習慣からの推測」で動くのではなく、「模範
動作」を「手足」同様、「ご自身の目で!なぞって」動いて頂きたいからです(目も「触覚」
になり得ると春風堂は考えます)。

 総じて、私としては今までの反省もあり、殆ど「説明」はしないで、「神経訓練」のお手
伝いに徹した感があります。
 その事で、自然にあるべき変化が皆様の中から導き出され、その後、必要最小限の
「説明」や「ヒント」が私の「相づち」や「笑い話」として出て来ている感じでした。

 勿論、たった1回で皆様が数年掛けて築いた「習慣」が改善される訳ではございませ
んが、「変われるんだ!」と言う「変化」と「意識」、「実感」が「神(シン:目力とでも言って
おきましょうか?)」に現れていたのが誠に印象的でした。

 次回、いつこの様な機会が持てるか?未定ですが、それに向けて一歩一歩楽しみ
ながら進ませて頂きます(業務連絡:K野先生。次回は必ず!3人で「ナン」までお付き
合い致します:笑)。

 最後に、毎度ながらにひつこい様ですが、今までに掲載致しました、春風堂の考える
「神経訓練法」についてをコチラ↓に総集し、添付させて頂きます。

(参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「先ずは自分が変わる」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「相対神経訓練法 ~治療や介護から日常へ向かって~」
 「夢の途中 08/08/23」
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# by cute-qp | 2008-09-02 00:00

 先日、「もうひとりの自分の目で見る」をご紹介致しましたので、今日はそれに関して、
治療やボディーワーク、日常生活で自分を振り返る際の「間」や「スキャニングタイム」
についてお話したいと思います。 

 以下は、大下大圓さん著書より引用・掲載させて頂きました↓。

 人生を長いスパンで考えてみることです。現在の悩みを引き伸ばしてみる。そうする
ことで、こころがふっと軽くなることがあります。

 もしくは、本当にそれが悩みなのか深く考えてみる。そのうえで、悩むことをいったん
やめて、立ち止まってふり返ってみる。すると、「待てよ、こんなことは本当は、どうで
もいいじゃないか」ということが見えてくることがある。

 一度ふっと視線を外してみる、前に進むだけでなくちょっと引いて見てみる。これが
、仏教の「止観」の教えです。「止観」とは、サンスクリット語の「シャマタ」と「ヴィパシ
ャナー」を訳したもので、「こころの乱れたものの見方を止めることによって知恵を起
こし、その知恵でもって対象を正しく観察する」という教えです。

 ↑以上、引用終わり。

 この「止観」と言う考えが、「スキャニング」の原理の1つではないか?と春風堂は
感じております。

 「ボディーワーク」でも「調整」でもまだまだ「行ってしまえ~!」な部分がある私です
が、「詰め将棋」の様に、自分が指した一手がどんな影響を産んだか、その度、立ち
止まって、丁寧に見ることの大切さを日々痛感しています。

 勿論、ある一定のリズムが出来ている時は、それに上手く乗る事が大切ですが、
リズムの命は「息と間」...結局、そこに行き着きます。

 そして、そのリズムが乱れている時こそ、果敢に何度も「間を作り」、自分自身を
立て直す事が重要だと思います。

(参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「先ずは自分が変わる」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「相対神経訓練法 ~治療や介護から日常へ向かって~」
 「神経訓練法が可能性を開く ~その基本原理~」
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# by cute-qp | 2008-09-01 00:00

 昨夜は「フサオマキザル」のお話を致しましたが、今日は聖心女子大学キリスト教文化
研究所研究員で、「エニアグラム」(自分と他人を知るための知恵の人間学)の日本での
第一人者でいらっしゃる「鈴木秀子先生」の著作より引用させて頂きます。

 当ブログをご覧頂いている皆様にとっては、突然、「武道家」や「舞踏家」、「お坊さん」
に加え、「お猿さん」のお話まで出て来て、さぞ「当惑」なさっている事と思いますが(笑)
カテゴリー「なりたい自分になる為に」では「春風堂の理念」に基づき、様々な角度や
側面、スタンスから「なりたい自分になるヒント」を学ばせて頂こうと思っています。

 とにかく、色々と学びたい春風堂でございますので、どうか付き合い下さい。

 それでは、シスターの鈴木秀子先生の著作より引用させて頂きます↓

 ...一瞬でいいから、もうひとりの自分の目を持って、自分自身を客観的に見ること
です。

 そのときに大事なのは、自分を批判したり、分析したり、責めたりしないこと。まず
は温かく、ただ見ているだけです。

 「あ、今、私は怒っているな」
 「イライラして、頭の中で批判しているな」
 「緊張のあまり、パニックになっているな」
 「体も硬直しているな」

 などというように、具体的に見つめます。
 
 ある日、大学近くの道端でこんな風景を目にしました。大きな犬が子どもに近づく
と、子どもは「怖い」と言って、体を硬直させたのです。
 口だけではなく、ほんとうに怖がっていることが、その子の体を見ていると、よくわ
かりました。
    
 犬を怖がっている子は、以前に吠えられたことがあったのかもしれません。その
ため、危険を察知したのでしょう。

 人間は恐怖心を抱くと、体が硬直して思考能力が低下します。

 恐怖心というのは、危険を察知するために、その危険を回避するよう起こってくる
ものです。
 だから、それを無理に取り払おうとせず、まず受け容れること。何が原因かを探
ってみます。

 自分の体はどうなっているか、子どもを見るように観察してください。そして、「あ、
この恐れも自分の一部なんだ」と受け容れて、無理に治そうとしない。そこがコツ
です。すると、恐れや不安は自然に薄らいでいきます。

 自分の体、頭、感情、気持ちを、ただじっと、今どんな状態だろうと調べてみるの
は、瞑想のひとつです。すると、自分と仲よしになれるのです。

 人から愛されるようになるには、自分自身と仲よしになるのがいちばん大事です。

 自分のいいところを認め、悪いところも認める。自分の悪いところを笑いながら
認められるような人になると、なぜか人気が出てきます。

 ところが、「自分は、いいところはいいけれど、こういう欠点は受け容れられない。
どうしてそうなるのだろう」と、繰り返し自分を非難していると、周りにもイヤなもの
を投影してしまうため、隔たりを強く感じさせてしまいます。

 ですから、若いときから、自分自身と仲よしになる訓練が必要なのです

 自分自身と仲よくする方法を、私は「天使の観察」と呼んでいます。

 天使が自分の肩あたりにいると思って、天使の温かいまなざしで自分自身を
見つめてみるのです。

 「今、怒っている」
 「今、しよげている」
 「今、落ち込んでいる」

 というように、天使のまなざしを持つと、冷静に軽やかに自分を見ることができ
ます。

 「観察」とか「点検」という行動は、瞑想の一種です

 浮き立っているのでもなく、沈んでいるわけでもなく、心の中に何もない、ただ
静かな感じ。観察や点検は、そういうときにするといいのです。

 「観察」「点検」という言葉は、何かを調べるように聞こえますが、赤ちゃんや
小さい子どもが、これはなんだろうと、手で触ってみたり、いろいろな角度から
見てみたり、ほうぼうを見回したりする。
 そういう行動が観察とか点検で、評価や批判をせずに、ただ純粋に見ること
なのです


 天使のまなざしで自分自身を見つめる練習を繰り返すと、だんだん、自意識
過剰や、不安感、緊張感が少なくなります。つまり「ふり」をしなくなります。

 「緊張してはいけない。不安がらない。心配しないように」などと、自分に言い
聞かせると、かえって、それが大きくなってしまいます。
 そんなときは、肩のあたりから天使が見ていると思って、そのまなざしで自分
自身を点検するといいのです。

 天使のまなざしで自分を冷静に点検していると、不安に思う要素で頭がいっ
ばいの自分が見えますが、そんな自分を責めたりせずに、点検を続けると、し
ばらくは少しこだわっている状態が続き、次の段階に入ると、すっかり今までの
こだわりが消え、不安感までも軽くなっていることに気づくでしょう。

 そういう訓練を日頃から続けていると、自然と周りにいい人が集まってきます。

 また、自分が人と接するときにも、周りの人からプラスの気を与えてもらえる
のです。

 ふだんから、肩のあたりにもうひとりの自分を置いて、自分は何を考え、何を
言っているのか、相手とどんなふうに関わっているのかということを、客観的に
見る訓練をしましょう。

 自分自身を自然体で「あ、今、緊張している」「今、疲れている」と、温かく見つ
めてみる。
 そうすると、自分と仲よしになれて、ふりをすることや、自意識過剰、不安、あ
るいは恐怖から逃れることができるのです。

↑以上、引用終わり。

 この文章を見た時、「ヴィパッサナー瞑想」や「フォーカシング」などを彷彿と
致しましたが...結局、真理の基本は全て同じなんですね。

 ちなみに、ロルフィングのロルフ女史の弟子で、彼女のレシピにエニアグラム
を導入し、「シンインテグレーション」を創始したマーク・カーフェル氏を思い出し
ました。
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# by cute-qp | 2008-08-31 00:00

 唐突ですが...今日は「フサオマキザル」をご紹介致します。

 「フサオさん」は「南米のチンパンジー」と呼ばれる程、頭の良いサルで、ペットとしの
みならず、その高い知能を生かして「介護ザル」として訓練されています。

 通常、「フサオさん」はアマゾンなどの熱帯雨林で暮らし、果物を主食にしていますが、
乾燥した森に住む固体は、果物の代わりにヤシの実を主食としています。

 しかし、ヤシの実は、堅い殻に覆われ、そのままでは食べることが出来ません。

 そこで、「フサオさん」達は知恵を働かせ、石を道具として使いヤシの実を割る行動を
進化させました。
 石の重さは約1㎏。2本足で立ち上がり、自分の体重の1/3程もある石を使って実を
割ります。

 こちらはボスの実の割り方ですが、朽ち木の凹みに実を固定し、自分の体重に匹敵
する位の石を上手く持って実を割ります↓
d0074751_201317.jpg

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 流石に、ボス...綺麗なスローです。

 しかし、この方法は一様ではなく、群れの個々が自分特有のスローイングを編み出
しています。例えば、このフサオさんは「飛び込みスロー」です。
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 そして、こちらはボスを真似ようと必死なプチ・フサオ君達です↓
d0074751_2091426.jpg

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 ボスの傍でスローイングを見ながら、自分で色々と真似や工夫をして自分のスロ
ーイングを身に付けて行きます。

 この目なんて真剣そのもの...何せ、親から餌を貰えないので自分で椰子の実を割
れなければ生きていけないのですから↓
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 そして...凄い事に、小さい頃から「立って」重い石を運び続けた結果、人間の様に
腰椎が前彎し始めているようです。
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 この現象は「猿回しのお猿さん」にも見られますが、人に訓練された訳でもなく、
石と言う「負荷」を利用してここまで来たのです。
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           (初代ジローの骨格 出典:構造医学 吉田勧持著)

 反面、人間は「どこでもしゃがみ込んだり」、「猫背・がに股」で歩くなど、どんどん
お猿さんに「先祖返り」している模様...実際、重心位置もどんどん後ろに行っている
とか。

 やれ、「2012年」、「フォトンベルト」など色々言われますが、それ以前に「生活習
慣」に「創意工夫」しないと「猿の惑星」が現実味を帯びている?!と思う春風堂で
す(笑)。

(補足)

 猿回しのお猿さんは、小猿の頃から「根切れ」と言う訓練を受けます...具体的には
、前足を付かない様に訓練され、合わせて、早い内から腰や背中のマッサージを受
けるのだそうです。

 その影響か?成長したお猿さんの腰をレントゲンで見たり、亡くなったお猿さん
の脊柱を解剖すると腰に「前彎」が出来、脊柱がS状にカーブします。

 更に、代々、猿回しに関わったお猿さんには生理曲線がすでに「遺伝子情報」
として次の代へと受け継がれるような進化がみられるのだそうです。
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# by cute-qp | 2008-08-30 00:00

 先ずは、コチラをご覧下さい↓。

生活習慣病予防、個別指導の受診17%増 07年度

 全国32カ所の労災病院に併設された勤労者予防医療センターなどで2007年度
に生活習慣病予防の個別指導を受けた人は前年度比17%増の6万9418人にの
ぼったことが、独立行政法人「労働者健康福祉機構」(本部・川崎市)のまとめで27
日、分かった。受診の急増について同機構は「メタボリック症候群への関心が高まっ
たことが背景にある」と分析している。
 個別指導の内訳は、喫煙や飲酒、睡眠不足などの習慣の改善を促す「生活指導」
を受けた人が06年度比38%増の1万9922人。理学療法士が健康状態や体力に
見合った運動を指導する「運動指導」が同3%増の1万8256人、医師による栄養、
運動、生活など総合的な「保健指導」が同17%増の1万7815人など。

[2008年8月28日/日本経済新聞 朝刊]

 ↑以上、引用終わり。

 先ず、世間が「ご自身の健康や生活を見直す」傾向にあるのは非常に良い傾向
だなと思いました。
 但し!、あくまで「生活習慣の病」な訳ですから、特別な場合を除いて、「喫煙」
や「飲酒」等の為に医療費や保険料を割いている...と言う点には疑問が残ります。

 どこか「何でも救急車」の甘えのノリや「自分の健康は自分で守る」意志の希薄
さを感じずにはいられません。

 と辛口な事ばかり言っても仕方がありませんので、今日は、「睡眠とメタボリック」
の関係を「ホルモン」の観点からお話したいと思います。

 さて、最近のお話ですが、「食欲」や「エネルギー消費」を通して肥満を調べた結果
、「グレリン」と「レプチン」という2つのホルモンの存在と関係が明らかになって来まし
た。

 ここで「肥満」の原理をおさらいしますと、「身体にエネルギーを必要以上に摂取す
るか、逆にエネルギーの消費が少ない為、体脂肪が過剰に蓄積された状態」を指し
ます。

 そのエネルギーの出し入れに「食欲」が関係し、その「食欲」をこの2つのホルモン
調節していると言う訳です。

 「グレリン」はまだ発見されて10年も経たないホルモンで、しかも、「内分泌系」では
なく、「消化器系」の「胃」から空腹時や食前に分泌され、「食欲」をかき立てます。
 これが習慣として「1日3食」であれば「グレリン」は3回放出されますが、夜更かし
して、空腹を感じればそのたびに分泌される様になり、一日当たりの「食欲」を増やし
てしまいます。
 しかも、「グレリン」は人間の成長に関わる「成長ホルモン」も不必要に増加させる
ので「肥満」が加速する訳です。

 対して、「レプチン」は、脂肪細胞から分泌され、「摂食の抑制」や「エネルギー消費
を高める」働きがあり、この2つのホルモンは相反しながら、バランスを取って作用し
ています。
 しかし、「睡眠不足」になると、なぜか「レプチン」が利かなくなり、バランスがくずれて
しまうと言う現象があります。

 その原因は未だ不明ですが、少なくとも、身体に必要な平衡バランスを壊している
のは確かの様で、結果、「食欲が抑えられない」のみならなず、「エネルギーの消費
を高める」ことも出来なくなり、「グレリン」主体の「メタボな身体」になって行きます。

 では、どうすれば心地よい睡眠を得ながら「メタボ」を防げるのか?...春風堂なり
の考えをお話致します。

 ① 先ず、「夜食」は控え、「睡眠薬」や出来れば「寝酒」に頼らず、自然に眠る。
   その代わりに、眠りを促す、「トリプトファン(睡眠誘発物質)」が含まれた「温め
   た牛乳」の摂取や「ハーブティー」等をお薦め致します。

 ② 「ぬるめの風呂にゆっくりとつかる」とか、「半身浴」をして心身を温め、「副交感
   神経優位」状態に持っていく。

 ③ 寝る前に「激しい運動は控え」、「呼吸法」や「神経訓練法」、「ヨガ」などを用い
   全身の歪みや偏り疲労と取ってこれまた副交感神経優位状態に持っていく。

 非常に大まかで単純ですが、身近で効果的な方法として以上の3つを上げてみま
した。

 とにもかくにも!自律神経(交感神経と副交感神経)の様に、人間に様々なバラン
ス機能があるのだな...とつくづく感動します。

 それに「おんぶにだっこ」ではなく、上手く付き合えれば「生活習慣病」のみならず
、様々な愁訴や病気が予防出来るものと思います。

 (参考)
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「もう1つの調整法 ~身体を温める~」
 「先ずは自分が変わる」
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# by cute-qp | 2008-08-29 00:00

 この8/31(日)に春風堂の先生であるK野師の「センタリング呼吸法・初級セミナー」
が開催されます(申し込みは締め切られております)。

 それを受けまして、以前の記事を脚注に添付し(参考)、今日は、春風堂が「調整」や
「ボディーワーク」のベースとしている「神経訓練法」の基本的な原理についてお話した
いと思います。

 さて...私達は生まれながらに「呼吸」・「消化」・「循環」・「代謝」と言ったあらゆる機能
を持っており、構造的にも「重力」に対応出来る様に出来ています。
 また、「視覚」・「聴覚」・「嗅覚」・「味覚」・「触覚」と言ったセンサーが皮膚や筋肉など
の「感覚器」として存在し、自分と外部の関連性を脳に伝えてくれます。
 そして、それらは絶妙な神経の機能により、私達は一定のバランスを保ちながら統合
・管理されて生きています。

 例えば、私達の足の裏には七千余りのセンサーがあり、歩く度に地面が硬さや平衡
、摩擦などを伝えてくれてます。
 これらのテータが自動的に脳で処理され、内耳の平衡中枢へ送られ、身体はその状
況に応じて微調整されます。

 この様に、身体は無意識のうちに何度も微妙な調整を行い、バランスの平衡を保っ
ています。

 そして、人間がこのバランス機能を習得するのは生後9~18カ月頃...赤ちゃんは、
腕を伸ばし、這い、転がり、身体の協調性と骨格の支持性を体感して立ち上がり、続け
て、歩き、走り、跳びながらバランスの取り方を覚えて、それを無意識な「習慣」や「能力」
として修得して行きます。

 その「プロセスの差」によって、「上手・下手」が出来、ある人は「スポーツ」に、ある人は
「芸術」等にその能力を見出します。
 しかし、その大半の人間は自分の中に眠る可能性に気付かず、それを「他人事」として
見る側に甘んじています。

 勿論、「身長の高い低い」や「体重の軽重」などが前提条件として影響しますが、「心身
のバランスを保ち、協調させる」事に差はありません。

 ただ、ご自身が「自分」になるプロセスに「差」があったのです

 例えば、子供が何かに取り組む時、「こうすれば愉しい、嬉しい」...その繰り返しの
「パターン」が「自分のなりの方法、習慣、イメージ」を作り上げ、最終的に「自分」と言う
存在が作り上げられて行きます。

 更に、そこに外的要因(社会環境、文化、経験、ケガ、トラウマ)等が不可され、心と身
体のイメージや姿勢が不可・形成され、例えば、物理的に、赤ちゃんの頃にはなかった
「側彎」や「猫背」などを産む原因にもなります。

 これは、身体的にはバランス・協調させ、「より効率的に動かす術」を、心理的
には「自分を見詰め改善する術」を学べなかったことが大きな原因だと思われます。


 現に、発展途上国においては人力に頼る部分の多さが、機械やコンピューターによっ
ての「身体能力」や「創意工夫」の去勢を防いでいますし、アスリートなどは、自らの運
動の質を高める為に日々、自らの心身の精度を高めています。

 対して、普段、私達はこの様な「意識」や「目的」の「必要性」や「重要性」を自己
認識していません。

 更に、私達が「無意識化」させてしまった「重力」という絶え間ない「負荷」は、
私達を押し潰し、身体を歪め、健康状態に悪影響を及ぼしています。


 従いまして、車をメンテナンスする様に、私達は自分の身体や習慣をメンテナ
ンスする必要があります。
 もし、それを怠りますと、体調が悪くなるだけでなく、無意識に「悪習慣」や
「消耗」が進み、私達の「寿命」を縮める事になります。
 恐ろしいのは、「習慣」と言うのは「オートマティック機能」なので、その分、より
良い方法を考えたり・工夫する意識や行動、好奇心を産みません。


 そんな自分を認識し、改善する迄に至っていないのが私達の現状です。

 従いまして、逆に、身近な自分を知ることは自分の「可能性を広げる」事に繋がり
、大きな喜びや好奇心に繋がります。

 その可能性をキーとなるのが、私達を管理している「神経」です。

 脳自身が殆ど使われていない様に、「習慣」の裏に隠れた「神経」の活躍の場は
沢山あり、その「学習能力」が私達の認識している可能性を広げます。

 つまり、私達が生きている間、「限界は広がり続ける」のです。

 従いまして、赤ちゃんの頃に持っていた機能を再び、「意識的に」目覚めさせる
こと
が大切なのです。

 具体的には、「バランス機能に影響を与える」ことで、姿勢や身体の使い方はも
とより、心身に、その影響が及びます。


 例えば、いつもの「立ち居振る舞い」を超スローペースにしたり、「非日常的な動き」
に挑戦する事で、脳に「刺激」と「変化」、「イメージ」、「想像力」、「重力感覚」等を与え
、私達の制御システムを「再プログラミング」・「再編成」するのです。

 その基礎として、人間の基本機能と呼べる「呼吸」を「運動」の起点とし、脳や神経
への「細やかな語りかけ(小さな変動・低刺激)」をしながら心身の機能が高め
る事で、私達の可能性が広がります。

 この時、「大きな動き」や「刺激の強い動き」は控えます。何故なら、「習慣」を超える為
には、無意識に習慣化した動きを発見し、観察する必要があり、より精密な再プログラミ
ングを行う為には絶対であるからです。

 また、そうした動きは「副交感神経優位」の「調和した」動きとなり為、より良い行動パタ
ーンを神経回路に覚えさせる事にもなります。

 こうして「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」方法が「神経訓練法」
です。

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 (参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「相対神経訓練法 ~治療や介護から日常へ向かって~」
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# by cute-qp | 2008-08-28 00:00

 現在、自分への課題として定期的に70歳以上の方を拝見させて頂く機会を積極的
に作っているのですが、「老化」と言うのは本当に個人差があり、60歳そこそこでかな
り「お疲れ目」がいらっしゃると思えば、90歳近くても、私が太刀打ち出来ない程お元気
な方がいらっしゃいます。

 そんな風景を通じ、元気な方の「元気の素ってなんだろう?」...とつらつら見て行くに
多少のご病気やご不調があっても「自分の意志で何かをやる!(やらねばならぬ!)」
と言う意識や言動が共通して見える様に思いました。

 対して、「お疲れ目」の方々は、ご不幸にも「大きなご病気」があったり、「事故」に会わ
れた結果、その「意識」や「言動」が持てなくなっておられる気がしました。

 具体的には「身体が思うように動かないともどかしさ」が先ずあって、それが「ストレス」
になったり「身体が利かないのは仕方がない」と諦めを生じさせ、「意志や意欲」を減退
させ物理的にも精神的にも「行動力」を奪って行くのだと思います。

 そう言う場にあって、何がベストな「治療」や「介護」なのか?春風堂なりの考えをお話
したいと思います。

 唐突ですが、私の学ぶ「センタリング呼吸法」で大切なのは「様々な動きや体位を単に
こなせる」事ではありません。
 それは「道具」や「手段」の1つであって、大切なのは「自分の心身の動きを観察し
、自分の現状を見据え、しっかり知ること」
にあります。

 先ず、自分自身の身体の動きをよく観察し、今の自分の身体の「現状」や「限界」を知
ります。

 その状況下、自分の身体(と心)の細部まで意識を向け、どうすれば現状を変え、限界
が広げられるか(どれだけ動かせるか?)を探求して行きます。

 同時に、自分の動きの「無理・無駄」も省いて行きます。

 そうやって自分自身を「体感」しながらセッションを進めて行く事を「センタリング呼吸法」
では大切に考えます。

 具体的には、「骨盤を丸めたり、反らしたり」する際、「量や回数をどれだけやったか?」
ではなく、「自分は今、骨盤を丸め、反らした」、「それで心身が変化した」などを「体感」す
る事です。

 そうして、自分の中に1つ1つ「確かな体感」を作って行く事が「センタリング」の大前提
となります。

 それが「治療」や「介護」、「リハビリ」にも言え、「意識や意欲、言動の減退」と言う現
象は自分の中にある「確かな体感の減少」だと感じます。

 従いまして、最初は、「受動的な形」になるかもしれませんが、「治療家」や「介護士」
の手を借りて「相対神経訓練」を行う事によって、「確かな体感」を自分に取り戻せる
切っ掛けとなると考えています。

 実際、歩く事がお辛く、日常生活に支障が出ている方に対し、誘導しながら「骨盤時計」
と「足首運動」を中心に「神経訓練」と「調整」を行いますと「意識」や「行動」がはっきりし、
改めて、人間の心身って凄さに感想します。

 また、「後遺症」等で「沢山動けない」、「満足に動けない」と仰る方も多いと存じま
すが、その事自体が「センタリング呼吸法」を実践する支障とはなりません。

 何故なら、「身体が思うように動かせない」=「自分自身を丁寧に観察出来る」事でも
あり、実は、健常者よりも「体感し易く」、「上達も早い」のです(そう言う例を沢山見て
来ました)。
 また、「センタリング呼吸法」は呼吸を中心に「必要最小限」で「最短距離」、「余分な
カを使わず丁寧に動き」、「動ける所から動きを作り・繋げて行く」事が基本であるから
です。

 従いまして、「美しく、パーフェクトを目指す」のでなく、「確かな体感」を増やし、
「ご自分の心身を自分に引き寄せて行く(センタリング)」事によって、自然と回
復が図れると思います。


 勿論、ご本人の「たゆまぬ努力」と「根気」が必要ですが、それ次第で結果や可能性
も大きくなり、どんな状況にあろうと「生涯、自分自身を創意工夫出来る!」
と言う自信と体感を持って頂ける!と思います。

 従いまして、介護者の方も要介護の方々の現状を見て「○○出来ない!」と
どうか決めつけないで頂きたいのです
(却って「負の連鎖」にもなりかねません)。

 一方、「相対法」ですから、「介護者の体調管理も図れます」(「正の連鎖」ですね)。

 これは「ペアダンス」や太極拳の「推手」などと同様ですが、自分自身の心身の有り
様がそのまま「お相手」に映る...と言うのが「相対法」の特徴で、要介護者の補
助を通じ、自身の意識と運動を正しく伝える努力を通じ、自らの心身を整えて行
くことが出来ます(それが絶対必要十分条件になりますので)。

 そうして、自分自身を相手に写して観察する習慣が身につくと、身体のバランス
が少し崩れただけでも、事前にそれを関知・対処出来る様になり、要介護者の心身
のバランスを細やかに見られる事にもなります。


 本来、「治療」...マクロに言えば「人間の営み」は全てそう言うものではないか?と思う
春風堂です。

 その為にも、目下、色々なアクセスの仕方や方法を試行している所であります。
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# by cute-qp | 2008-08-27 00:00

 「なりたい自分」や「センタリング」、「中心」をイメージする時、私達は何か「絶対的
なモノや存在、姿勢や信念」を意識してしまいがちです。

 ごく身近な例で言えば、「こうあらねば!」と言う想いやトレーニングなどの本に、
人間を串刺しにした様な線があって、これをして「人間の中心軸」と思う事など。

 しかし、日常における身体のバランスは刻々と変わる為、「不動の中心」と言うもの
は存在し得ず、まして、その対象が「心」となると、その中心は常に移ろいます

 従いまして、何かに「拘ってしまう」と私達は身動きが取れなくなります。

 そこで「セレンディピティ」の姿勢が大変有効なポイントとなります。

 「セレンディピティ(serendipity)」とは、何かを探している時に、探しているも
のとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉で、何かを発見したと
言う「現象」ではなく、何かを発見をする「能力や姿勢」のことを言います。 

 極論すれば、「ふとした偶然」を切っ掛けに、何かを掴む能力の事です。

 これは「行き当たりばったり」とか「適当」と誤解され易いのですが、例え、失敗
を繰り返しても、柔軟な発想で出会いや釣り合いの切っ掛けを膨らませて行く
様な歩みや過程を言い、「セレンディピティ」と言うと舌がもつれそうな春風堂は
「過程力」なんて呼んでいます(笑)。

 従いまして、道草しつつ、気長に気楽に自分を楽しみながら、「セレンディ
ピティ」を体験してみて下さい。「物事は結果でなく、その”過程”が面白い」
のです。


 ちなみに以下は「セレンディピティ」の実例です↓(Wikipediaより引用)

・アレクサンダー・フレミングによるリゾチームおよびペニシリンの発見

  フレミングが培養実験のときに誤って、雑菌であるアオカビを混入させたこと
 が、後に世界中の人々を感染症から救うことになる抗生物質発見のきっかけ
 になった。

・ウィルヘルム・レントゲンによるX線の発見。(1895年)
・ハンス・クリスチャン・エルステッドによる、電流と磁気の関係の発見。(1820年)
・アルノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンによる、宇宙背景放射の発見
 (1964年~1965年)
・ルイス・アルヴァレズ、ウォルター・アルヴァレズ、フランク・アサロによる、恐竜
 滅亡の小惑星衝突原因仮説。(1978年~1979年)
・アントニー・ヒューイッシュ、ジョスリン・ベルによる、パルサーの発見(1967年)
・アルフレッド・ノーベルによるダイナマイトの発明
・ポリエチレンの発見
・ポストイットメモの発明
・アルバート・ホフマンによるLSDの幻覚作用の発見
・田中耕一による高分子質量分析法(MALDI法)の発見
・スモーリー、クロトー、カールによるフラーレン(C60)の発見
・飯島澄男によるカーボンナノチューブの発見
・江崎玲於奈らによるトンネルダイオード,トンネル効果の発見
・白川英樹らによる導電性高分子の発見

 (参考)
 「発想法カルタ抄」
 自分への「無限の命令」
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# by cute-qp | 2008-08-26 00:00

自分への「無限の命令」

 昨夜の発想法カルタ抄を受け、更に、私達の「好奇心」から物事を見ていきたいと
思います。

 絵を描く(えがく)ということは、紙に絵の具で、絵を描くことだけじゃない。
 刺激を受けて、イメージを持つことが、絵を描くこと。
 イメージを持って、行動することも、絵を描くこと。
 行動しながら、ワクワクすることも、絵を描くこと。
 時間が経って、あの時のことを思い出すことも、絵を描くこと。
 だから、いつだって、誰だって、どこだって、絵は描けるんだ。


 これは、以前、本屋で何とはなしに取った本の背表紙にあった言葉で、著者は
画家の日比野克彦さん。題名は「100の指令」とあります。

 「指令」と言っても、「ねばならない」などと言う、なにがしかの強迫観念や使命感
、義務からものではなく、「やってみよう」と言う、自発的で好奇心旺盛、自由奔放
な「自分への指令」の事です。

 大人になり、社会に出てしまうと、どうしてもこう言う「感性」や「捉え方」を無くし
がちだな...と感じます。

 そこで、「なりたい自分になる為に」、この「100の指令」から、幾つか印象深かっ
たものを抜粋・引用させて頂きます↓。

 ・色の名前を考えよう。
 ・形の名前を考えよう。
 ・赤色と黄色の間の色を集めよう。
 ・目を閉じてまぶたの裏を見てみよう。
 ・口の中をベロで触って、どんな形があるか探ってみよう。
 ・いつもと違う道で家に帰ろう。
 ・りんごはなぜりんごと言うかのかいろいろな人に聞いてみよう。
 ・椅子を椅子じゃないものとして使ってみよう。
 ・走りながら後ろを振り返ってみよう。
 ・右足と左足がかわりばんこに前に出てくることを考えながら歩いてみよう。
 ・歩きながら右に曲がるときにどうやって右に曲がっているのか、自分の足
  をよく観察してみよう。
 ・お風呂のお湯で噴水を作ってみよう。
 ・自分の影と握手をしてみよう。
 ・自分の影を切り離してみよう。
 ・虫が言葉を喋れたらなんて言うか想像してみよう。
 ・何分じっと止まったままでいられるか一人で時計を見ながら計ってみよう。
 ・昨日家に初めてやってきたものがいつまで家にいるか予想してみよう。
 ・家から学校に行くまでに何種類の感触があるか、触りながら学校に行こ
  う。
 ・布団の中に入ってお風呂の中を想像してみよう。
 ・外に出て、一番遠くから聞こえる音を探そう。
 ・外に出て、何種類の音が聞こえるか数えてみよう。
 ・一番遠くに見える小さなものの中にある一番大きいものを想像してみよ
  う。
 ・いろいろなものを見ながら、誰がどうやって作ったか想像して話し合って
  みよう。
 ・今日の気持ちを食べ物にたとえてみよう。
 ・秒針のついた時計を見て、60秒間秒針をジーと見て、その間に考えてい
  たことを言葉にしてみよう。
 ・蚊のスピードを計ろう。
 ・鉄棒を毛糸で巻いて、暖かい鉄棒にしよう。
 ・ボタンとボタンの穴を違うものでくっつけてみよう。
 ・一日で見た生き物を全部覚えておこう。
 ・知らない人の名前を100人書いて、その人がほんとうにいるか電話帳で
  調べよう。
 ・斜めなところに水をたらして、どんな形を作りながら流れるか見てみよう。
 ・お弁当を食べながら、家にある冷蔵庫の中を想像してみよう。
 ・ガラスはなぜ透明なのか、ガラスを触りながら考えてみよう。
 ・洗濯物がいつ乾くのか、時々洗濯物を触ってみよう。
 ・木にとまっている鳥を自分と目が合うように心で呼んでみよう。
 ・帽子の中に秘密の言葉を書いた紙を入れて街を歩いてみよう。
 ・飛行機雲を見つけたら、飛行機の中でみんなどうしているか想像してみ
  よう。
 ・ご飯のお米は「種」なんだと思いながら食べてみよう。
 ・うちわの風がどこまで届くか挑戦してみよう。
 ・空から落ちてくるものを空を見上げながら探してみよう、もしくは想像し
  てみよう。
 ・車の中から隣の車は何処から来て、何処に行くのか、運転している人
  を見ながら、推測してみよう。
 ・テレビの緑色と本の緑色と自然の緑色を比べてみよう。
 ・ゴムはなぜ伸びるのか。ゴムを引っ張りながら考えてみよう。
 ・1は何色だろう?3は何色だろう?8は何色だろう?数字と色をつなげ
  てみよう。
 ・ボールを遠くに蹴る人の形はどんな形をしているのか観察しよう。
 ・拍手をするとなぜ音が出るのだろう、拍手でいくつの種類の音が出る
  のだろうか試してみよう。
 ・指を使って自分の好きな形を作って、名前をつけて自分のマークにし
  よう。
 ・陽だまりで目をつぶって、暖かいのがどこから来るのか感じてみよう。
 ・ラジオを聞きながら、喋っている人の顔を想像して描いてみよう。
 ・似ている形同士を集めよう。
 ・逆立ちをして逆さ言葉を言ってみよう。それがどういうふうに聞こえた
  か、聞いてみよう。
 ・自分がジャンプしている間に地球が何メートル回ったか想像してみ
  よう。
 ・魚屋さんと文房具屋さんを混ぜてお店を出してみよう。洋服屋さんと
  八百屋さんを混ぜてお店を出してみよう。
 ・透明人間を描いてみよう。
 ・野良猫に名前をつけてやろう。
 ・ドアの取っ手がもしなかったらどうなるのだろうか、取っ手を使わず
  に生活してみよう。
 ・駅で誰かが来るのを待っている人を誰かが来るまで待ってみよう。
 ・靴の裏には今日一日歩いてきたものが全部くっついてきていること
  を想像しよう。
 ・目と目を間にもうひとつ秘密のめがあるのだけれど、その第3の目
  は自分では見れません。けどその第3の目でいろいろなものを見
  てみよう。


 また、あとがきで日比野氏はこう書いています。

 なんだか時間がゆっくりしていたある日のこと、せっかくだからどうでもいいこと
を想像してみた。そうしたら、一日がいつの間にか過ぎていた。そしてノートに書き
留まっていたのがこの「100の指令」です。
 どうでもいいことは結構どうでもよくなくて、何にも役には立ちそうにないけれど、
自分の中にうろうろしているのは表には、はっきり出てこないけれど、結構役に立
っているようで・・・。
 私の日常の中でどうしようかなーなどと考えているとき、頭の中では100の指
令の仲間がズバリと答えは出さないのだけど、こんなことがあったりして、あんな
感じもしたりしてみて、などと関係ないところでウロウロしている。
 私は無責任な奴等だなあと相手にしないのだが、彼等が通ったあとに吹く緩や
かな風が、アッ!そっかー!という展開になったりする。
 100の指令を読み返しながら、あなたの100の指令の仲間を呼び集めてみて
ください。

 ↑以上、引用終わり。

 他人がどう思うか?は別として、自分が愉しければ私は良いと思います(笑)。
どうか、皆様もご自身への「無限の指令」を愉しんで下さい。
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# by cute-qp | 2008-08-25 00:00

発想法カルタ抄

 昨夜の夢の途中 08/08/23を受けて、今日は、発想の仕方について板倉聖宣先生著
「発想法カルタ」より抜粋、引用させて頂きながら観ていこうと思います↓。

押してだめなら引いてみな それでも駄目なら回すんだ

 テレビをつけることなど誰でもできることです。ところが、旅先でテレビをつけようと
思っても、機種が使い慣れているものと違うと、電源を入れることさえできないことが
あります。
 機種によってはスイッチを押すもの、引き出すものがあるかと思うと、回してオンに
するものもあるからです。
 ちょっとやってみてうまくいかないと、すぐに「できない」とあきらめてしまう人がいま
すが、いろいろ試行錯誤的にやってみることが必要なのです。

 このことわざ、本来は人間関係、とくに恋の駆け引きの話でした。それも、「試行錯
誤的にいろいろやってみろ」というわけです

なんとなくも理屈のうち

 「なんとなく」ということで何かを選ぶことがあります。「そんなの理屈じゃない」とい
われても、まったくデタラメに選んだのでなければ、それは立派に理屈のうちに入る
ものと認めなければなりません。

 じつは、大発見・大発明というのも、たいていは、発見者・発明家の 「なんとなく」
という気持ちが元になっているのです。
 どうして自分には 「なんとなくそう思える」 のか、その理由がわからないのに「な
んとなくそう思える」というときには、やはりそれなりの根拠があるとみたほうがいい
のです。

 そういうことを大事にしてはじめて大発見ができるのです。

予想を選んで知る自分の心

 「自分の心は自分が一番よく知っている」-大抵の人はそう思っています。

 ところが、「ある未知の問題の答えについて予想を立てて下さい」といわれて予
想を選んでみると、そのとき「ああそうか、自分はこういう考えをもっていたんだな」
とわかることが少なくないのです。
 小学生でも、授業の中でそういう発見をして驚くことが少なくありません。食堂に
入って、他人が選んだ食べ物を見てはじめて、「ああ、あれが食べたかったんだ」
と思うこともあります。

 選択肢が目の前に現れてはじめて、自分の考えがまとまるというわけです。「わ
れ考えるが故にわれ在り」という哲学的な話です。

「わからない」と言うのが謎解きの第一歩
 
 自分のわからないことを「わからない」というのはとても勇気のいることです。

 へたにそんなことをいうと「こんなことも知らないのか」と馬鹿にされることが少な
くないからです。
 しかし、捨身の戦法で「わからない、わからない」といい張ってくれる人がひとりい
ると、まわりのみんなは助かります。

 ときには「じつは、優等生や先生もみんなわかっていなかったんだ」とわかること
があります。

 そうなったら、みんなで考え直してみて、新しい発見ができるかも知れないので
す。だから、ときにほ捨身の戦法で「わからない」といってみましょう。

 私は小学生時代に教わったことも片端からわからなくて、大学に入った後まで、
「自分の頭は特に悪いのではないか」 と心配でならなかったのですが、勇気を出
してそのことをロにしたところ、ほかの人たちもまるっきりわかっていないことがわ
かったことが何度もあります。

 そして、安心したというか、「わからないことに気づかずにただ覚えこんだ人よりも
、わからないことにこだわり続けた自分のほうが優れている」というようにも思えて、
それまでになく自信をもつことができるようになりました。
 そこで、私は学生時代に「わからないことはわからないと言おう」という言葉を唯
一の合言葉として、とても活気のある研究会を組織することに成功したのでした。
 
予想変えるも主体性

 人間というものは、メンツがあってなかなか一度公表した自分の意見・予想を変え
られないものです。他人の前で予想変更を公言するのはとても勇気がいります。

 それは、他人から「予想を変えるのはずるい」とか、「主体性のないやつだ」といわ
れるのがいやで、自分でも何となくそう思っているからです。
 政治的な転向・裏切りと真理認識の問題とがごちゃまぜになっているのです。

 しかし、予想を変えるのは自分自身なのですから、「予想を変えるのも主体性のう
ちなのだ」と確信をもてるようになると、予想変更へのこだわりがうんと減るようにな
り、自分の進歩に飛躍をもたらせてくれます。

どちらに転んでもシメタ

 何か変わったことが起こると何時も「悪いほうに転んだ」と思う悲観的な人がいま
す。

 剣道で立ち会っていて、相手が少し動いたらいつも「打ち込まれる」と思うようなら
、その試合は負けに決まっています。
 相手が少しでも動いたら「しめた、すきができたぞ」と思えるようになったら、試合
に勝てるようになるでしょう。

 何か変化したときは、負ける恐れもある代わりに、その変化をうまく利用して勝つ
チャンスでもあるのです。いつも悲観的に考えているとそのチャンスを見過ごして
しまいます。

 どんな変化のときも、必ず自分に都合のいいチャンスにもなっていることを忘れ
ないことです。

ビニールも切り込みがあれば切れる

 ビニールの袋はなかなか破けなくて、中の食品などを取り出すのにとても苦労する
ことがあります。
 ところが、そんなビニール袋でもどこか一個所にちょっとした切り込みがあれば、簡
単に破れるようになります。

 「ちょっとした工夫で場面が大きく展開する」ということを示す新しいことわざとして
どうでしょうか。

 そういえば、「水は百度で沸とうする」といっても、そのきっかけがないと百五度くら
いまで過熱されてしまいます。そこで、化学者は<沸とう石>を入れて、沸とうのき
っかけを作ってやります。
 そうしないと、(突沸)といって、過熱した熱湯がいきなり容器から飛び出して危険
なのです。

できないお陰でできもする

 ほんらい「能力」というのは、何かが「できる」ということです。しかし、車の運転が
できない人は「他人を轢き殺すことができない」という能力があることになります。

 ファラデーは、小学校もろくに行かなかったために、数学がまるでできませんで
した。そこでその時代の電気力学の研究には落ちこばれたのですが、そのため
却って、当時の数学ではちょっと処理のできないような数学的なアイデアを開発し
て、「電磁気学」という新しい科学の分野を開くことができました。

 「何かができないというのも能力のうちだ」という逞しい生き方もあるのです。

最後にだますのは自分

 「他人にだまされた」と思うとき、よくよく考えてみると、「それを信じたい自分が、そ
れを疑おうとする自分をだました」といえるのが普通です。
 だから、昔から、詐欺師はなかなか捕まらないといいます。だまされた人も恥ずか
しくて訴え出られないのです。

 自分にだまされないようにするのが一番なのです。

 「自分で、真理だ正義だと確信できたことでも、それが間違っていることが少なく
ない」ということも知っていないと、とんでもない間違いを犯しかねません。
 自分が真理・正義を主張していると信じているときほど人を傷つけ易いことはない
ので、くれぐれも御用心。

 ↑以上、引用終わり。

 板倉先生は「仮説実験授業」の提唱者として有名な理学博士・教育学者です。

 抜粋に当たり、他にも色々ご紹介したいものもございましたが、泣く泣く、これ
だけに絞りました。私としては「最後にだますのは自分」がお気に入りです。
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# by cute-qp | 2008-08-24 00:00

 先日、伊藤先生や成瀬先生のお話をご紹介致しましたが...同じく私達が、自分
自身を観照し、楽しく暮らすにはどんな事が必要か?アレクサンダーテクニークの
考え方から検証したいと思います。

 以下は、「からだを解き放つアレクサンダー・テクニーク」地湧社 谷村英司著か
らの引用です↓

 アレクサンダーは、私たちには固定観念にとらわれて内面の自由を見失ってしま
う心理状態があると指摘し、それを「エンドゲイニング」と名付けています。

 これは、目的に至る手段やプロセスをよく吟味しないで、目的の達成や結果を得
ることに駆られている心理状態のことを言います。
 例えば、″私は○○にならなければ安心できない″とか″私も○○を獲得すれ
ばきっと満足する″といった固定観念がエンドゲイニングの心理状態を強く呼び起
こし、誤った方向の努力に私たちを駆り立てるのです。

 私たちは人生において、小さなものから大きなものまで、さまざまな目的や夢をも
ちます。そしてその実現に向かって邁進するわけです。そのこと自体は悪いことで
はありません。それどころか、それは個々人に生きるカを与えるものだと思います。
 しかしエンドゲイニングは、そのときにあまりにも目的に固執し結果を急ぐため、自
分にとって何か良くエンドゲイニングないことをしていてもそれに気づかず、目的だけ
を達成しようとしてしまうのです。

 アレクサンダーの例で言えば、彼はシェークスピアの朗唱家として名声を上げるこ
とが夢でした。
 しかし、その夢に向かって猛進したために、声が出なくなるという″犠牲″を払って
しまったのです。そしてその結果、朗唱家としてやっていけなくなるかもしれない危機
に遭遇してしまうわけです。

 彼にとっては意外な落とし穴だったかもしれません。

 そこで彼はもう一度そのプロセスを見直す旅に出ました。そうして、このアレタサン
ダー・テクニークというものが生まれたわけです。

 エンドゲイニングによるこうした″犠牲″は、私たちの内面でいろいろな問題を起こ
しているように思います。すぐに表に現れてくるわけではありませんが、知らぬまにそ
れに浸食されていくのです。

 だから、そのことには気づきにくいのです。

 特に、目的が表面的にはうまく成し遂げられた場合、自分が払った″犠牲″に気づ
かず、それを置き去りにしてしまいます。
 しかし、やがてそれが限界点に達すると、からだや心に問題が現れたり、外の現象
(人間関係がうまくいかないなど)として現れたりするのだと思います。

 このエンドゲイニングというものは、人間の意識の一状態で昔からあると思います
が、現代社会では、これが一原因となっている病理が特に顕著に現れているように思
えます。
 個人個人の内面がますます無視され疎外されるようになり、表立った成果のみが評
価されて結果、それに払われた内面の犠牲がさまざまな形で表に現れてきているの
が、現代の社会病理のような気がするのです。

 ですから、今こそ私たちは、自分の中のエンドゲイニングについてよく調べてみるべ
きだと私は思っています。

エンドゲイナー(エンドゲイニング的意識に駆られている人)の特徴(是非、皆様も
チェックしてみて下さい。)

□ エンドゲイナーは「今」を見ない

 エンドゲイニングにとらわれているときは、その目的や結果に意識が集中してし
まっているので、「今」自分の中で何が起こっているのか、「今」自分の周辺で何
が起こっているのか見ていない。
 しかし、私の問題は「今」起こっているのだ。それゆえ私は、自分自身の問題に
対して無自覚である。

□ エンドゲイナーは鈍感である

 したがってそのときは、「今」自分の中で起こっていることにも、周辺で起こって
いることにも鈍感である。
 いや、もっと正確に言うなら、おそらく感覚はそれをとらえているのだろうけれど
も、その感覚からの情報を聞くことができないのだろう。

□ エンドゲイナーは急いでいる

 私は最近、なぜかわからないが、理由もなく急いでいる。私はなぜそんなに急い
でいるのだろう?その先に何があるというのだろう?それは「今」からの逃避だろう
か?だとすれば「今」の何から逃避しようとしているのか...何を恐れているのだろう
か?おそらく「ありのままの自分」を恐れているのだろう。
 だから「ありのままの自分」から「あるべき自分」「ありたい自分」へあわてて変わ
ろうとするのだ。

□ エンドゲイナーの意識は部分的である

 私がある問題に気づいたときには、その問題だけを解決しようと邁進する。部分
的なものに葛藤が集中しでしまう。
 だから、その問題の背景まで含めた全体的な見方ができない。

□ エンドゲイナーは過去(既知)に生きている

 私が想像できる結果や設定できる目的は、今まで生きてきた経験(過去のデー
タ)から導さ出したものだ。
 したがって、私が追求しているものは過去の産物であり、私の歴史の残りカスで
しかない。

□ エンドゲイナーは新たなことに無力である

 自分の中で新たなことが起こったとき、エンドゲイナーにはそれをとらえることが
できないだろう。たとえとらえることができたとしても、過去のデータからそれを即
断してしまうだろう。
 したがって、せっかくの新しい出来事が古いものに変質してしまう。それを正しく
とらえることができるのは、私がエンドゲイナーでないときだけだ。

□ エンドゲイナーは幻想をいだいている

 エンドゲイナーは幻想をいだいているが、その自覚がない。したがって、夢ばか
り追う夢想家のように、現実を見つめて冷静に自己を再検討することができない。

□ エンドゲイナーは断定する

 私は断定する。断定するということは、結論を出すことであり、もう再吟味しよう
としないことだ。
 つまりそれで「終わり」ということだ。「end(終わり)をgain(獲得)する」とはうま
く言ったものである。
        
□ エンドゲイナーは傲慢である

 私は断定的に物事を評価するので傲慢になる。その傲慢さから否定的な感情
が生まれ、結果としてそれが自分自身を苦しめることになる。

□ エンドゲイナーは身心を固める

 私はレッスンに集中しようとしてからだを固め、意識を固める。しかしそれは自
分自身を邪魔している行為であり、自分自身を縛ることでしかない。

□ エンドゲイナーは準備する

 私は良いレッスンをすることができるようにと、レッスンのための準備をする、
これもひとつのエンドゲイニングだ。
 良いレッスンをするという目的に向かって突っ走っている自分に気づく。こんな
精神状態で良いレッスンをできるわけがないことにやっと気づいた。

□ エンドゲイナーは不安である

 私はいつも安全無事であることを望んでいる。そのために準備する。しかし、
そうして安全を求めて準備すればするほど、かえって私の不安が強くなるような
気がする。それは飲めば飲むほど喉が渇く水のようなものだ。
 このエンドゲイニングの活動自体が不安を大きくしてしまうのか軋じしれない。
あるいは、この不安感がエンドゲイニングの活動源なのかもしれない。

 ↑以上、引用終わり。

 「エンドゲイナー」の特徴について、皆様の「エンドゲイナー度」は如何だった
でしょうか?私は全部当てはまりました(笑)。
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# by cute-qp | 2008-08-22 00:00

 今日は私の大好きなピアニストMARIA JOaO PIRES(マリア・ジョアン・ピレシュ:
1944年ポルトガルのリスボン生まれのピアニスト)についてご紹介致します。
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 7歳でモーツァルトのピアノ協奏曲を弾き、9歳でポルトガルの『若き音楽賞』を受
賞するなど、早くから注目され、70年にはベートーヴェン生誕200年記念コンクール
で優勝し、国際的名声を得、「モーツァルト弾き」として有名。 
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      モーツァルト生誕250年記念BOX モーツァルト:ピアノソナタ全集

 ソロ活動と共に室内楽も積極的に行なっており、その演奏は作品と親密に対話し
つつ、自発性に富む表現を散りばめ、細部まで美しく練りあげたものとなっていま
す。
 手の怪我等で休養をした時期もありましたが、後年復活。感情豊かな演奏は今
も健在です。

 そして...この8/23~12/13まで、彼女のレッスンが定期的に放映される事も
あり、彼女の「ヒミツ!とドリョク!」に迫ってみます。

 以下は、スーパーレッスン 巨匠ピレシュのワークショップより引用致します↓。

 ピレシュさんに、彼女の持つピアノの音色について聞いたことがあります。彼女
自身によれば、ピアノに興味を持った時点での体験が答えだと感じているようです。
 彼女がグランド・ピアノの鍵盤に触り、弾き始めたのは3歳頃のことで、その頃は
鍵盤の押し方、弾き方で変わるピアノの音色に魅了されたそうです。一人で、鍵盤
の押さえ方や鍵盤を弾く速さを変えたり、強い音やごく弱い音を出してピアノの音色
が様々に変化するのを楽しんでいたそうです。
 また、グランド・ピアノの左側のペダル(シフトペダル)を必死の思いで(なにせ3歳
の幼児)様々に踏んで音を出し、音色の変化に耳を傾けたのだそうです。

 (中略)

 「左手の音を出すタイミングが遅れない」のは何故かと聞いたのですが(中略)
「私のフォルテ、ピアニッシモも鍵盤に指が触れてから底に至るまでのスピード
で出しているものね」。

 (中略)

 ピレシュさんは、背丈は160㎝に満たず、手もとても小さいのです。(中略)
この秘訣は先に述べた弾き方ともう一つは身体の使い方にあります。腰から
上の状態はなるべくリラックスし、演奏の支点は腰、両足はペダルに集中し、
決して床を踏みしめない。おなかとピアノの間に宇宙を(エネルギーを集中させ
る場所)常に感じて演奏することなのです。

 (中略)

 「私のピアノの指使いは、手の小さな私専用で、楽譜に書いてある指使いと
は違うのよ」
 「結構な努力をして(腕、指の横の移動、ペダルの使い方など)ここに至って
いるのよ」

 ↑以上、引用終わり。そんな、彼女のレッスン風景を再度引用・ご紹介致しま
す。
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 スカルラッティのソナタを演奏するシルビアに筋肉の入れ方を教えるピレシュ。
「力の抜き方」だけでなく「力の入れ方」を教えていた。
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 演奏中ずっと口元を動かしているあるトゥール。左肩も上がっています。
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 演奏するために必要な腹筋を意識して、左肩と口に集中が意識しないようにしま
しょう。両脇を閉じると左肩が上がり口も動き出すので、両脇に空気を挟む様にし
て、無理に力を入れず、両ひじを自然に上げて身体につかないようにしましょう。
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 ピアノに鍵盤の上に額をつけるように前かがみになり、ゆっくり上体を起こしなが
ら頭・首を脱力して、頭を背より後ろに反らせる光(のけぞる姿勢)と影(前かがみ
の姿勢)の体操です。腰のあたりを強く意識して、痛くないところまで反ってみまし
ょう。深呼吸して肩の力を完全に抜いてから演奏しましょう。
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 演奏中に誰かに肩をふれてもらってもよいでしょう。
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 ルーカスの場合。モーツアルトはまるで手の平を上に向けているような気持ちで
演奏すると軽い音になります。ソフトペダルに頼らずに弾きましょう。
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 ピアノの鍵盤を見ないで上体を反らして脱力して弾きましょう。
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 「ピレシュの身体全体の意識を高める体操」...足を肩幅に開いて立ち、上体を脱
力させて両ひざを軽く曲げ、かかとを少し浮かせます。この状態で頭を出来るだけ
後ろに反らせて前後に歩いてみましょう。できない人はしゃがんだ姿勢でかかとを
上げ、頭だけ後ろに反らせて見ましょう。

 ↑以上、引用終わり。一流でもここまで「身体」について分かっている人は多分
そうそう他にはいないと思います。

 私事ではございますが...春風堂も小さい頃からピアノが習いたかったのですが
、ピアノが買えなかった事と(笑)、「手が小さい」との理由で習うことが出来ません
でした。

 しかし、ピレシュ先生のお話をお聞きすると、私でも、努力や工夫次第で「アマチ
ュア」として楽しむ位は出来そうだと嬉しく思いました。

 一方で、日本において、芸術や演劇、スポーツはまだまだ「文化」としての底が
浅く、それを支える背景や基盤も脆弱な為、皆さん色々な意味で苦労されている
と思います。
 春風堂としては、身体と心の面でそう言った方々のお手伝いやご助力を
行っております。

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# by cute-qp | 2008-08-21 00:00

 昨夜の「美容と健康」には「ヒミツ!とドリョク!」が必要!に関連し、以前、中心塾
で「補正下着」について受けたご質問をお答えしたいと思います。

 実際、体のラインを綺麗に見せる為や矯正に「矯正・補正下着」と言った商品が
増え、こう言ったものを薦めるショップも多く、愛用の方も多いと思います。

 ただ、春風堂の私見を申し上げさせて頂くならば、こう言ったものは「体が自身で
ラインを保ち、形作る力を去勢」するどころか、筋肉や内臓を圧迫し、体の内側から
ボディーラインが崩れ、あらゆる、体調不良に繋がると思います。

 従いまして、先ず、「呼吸法」を行って頂いた上で、「帯」等を使ってトレーニングし
てみたり、「薄くて柔らかい」=「皮膚感のある」下着の着用や服を「着こなせる技」の
習得をお勧めしています。

 その為にも、やはり「美容と健康にはヒミツ!とドリョク!が必要」なのですね。

 昨夜、その補助的な意味で「パンツ」をご紹介致しましたが、今日は「下着選び」
の上半身編をお話致します。

 良く私が耳にするのは、「自分に合うブラ」がないと言う事。

 そして、その原因を分析すると多くは「姿勢の悪さ」にあり、「フィッティング」を
「デコルテ・ライン」を上手く形成せず、「猫背等」で受けるとトップ・アンダーとも
実寸と数センチの誤差が出てしまい、「当然」合わない結果に。
 また、仮に、フィットしたとしても「悪い姿勢」のまま下着を着用しますと胸の
ラインを崩す原因にもなり悪循環がおきます。

 また、無理やり体を「補正・矯正」する下着を着けると・・・肩関節や肋骨・胸
の筋肉等の変形が起こり大変な事になります。

 従って、硬いカップやワイヤーを使った下着よりも、「サイドライン(脇)のカッテ
ィング」を重視した「皮膚感覚」の下着をお勧めします。

 ちなみに、私がプロにお勧めしているのは1998年に出来たフランスのスイムウェ
ア&ランジェリーブランド「ERES(エレス)」の下着で、「パティング」や「強制的な詰
め物」を控え、お一人お一人の自然な身体のラインを生かせる様、脇から胸の形成
がナチュラルになる立体裁断と、独自のストレッチ素材を使用しています(宣伝じゃ
ないですよ:笑)。
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                エレスの水着を着る Rie Rasmussen

 勿論、高級下着ではありますが、体調不良に掛けるお金よりも、健康維持と
ファッションになる方が宜しいかと思います。 

 この様に、あらゆる「緊張や無理・無駄」から自分を解放し、柔らかくサポート
してくれる様な素材が良いと思います。

 その上で、「センタリング呼吸法」を併用して頂きますと、ボディーラインの変化
をより実感して頂けるはずです。

 春風堂では「健康と美容」に始まり、生活全般の心地良さや創意工夫を
提案します。


 今日は(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
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# by cute-qp | 2008-08-20 00:01

 先ずはコチラをご覧下さい↓。

歯科医数「適正化」へ議論 厚労省方針

 厚生労働省は「今後の歯科保健医療のあり方検討会」を2009年度に設け、多
すぎるとの指摘がある歯科医師の需給バランスを改善する方策を議論する方針
を決めた。歯学部の定員を管理する文部科学省とも連携し、対応を議論する。
 厚労省によると、歯科診療所は今年4月末時点で全国に6万7981施設ある。
1年前に比べ335施設増えた。20年以上、ほぼ一貫して増え続けており、医療現
場から「歯科医師は供給過剰」との声が出ている。歯科医の間の競争が激しくなり
、経営環境が悪化しているとの指摘もある。

[2008年8月19日/日本経済新聞 朝刊]

 ↑以上、引用終わり。

 確かに、歯科医さんは街にコンビニ並にあり、反面、飽和状態で、閉院する所も
増えました。
 また、勤務医さん、開業医さんに関わらず、年収が300万円を切る状況であり、
先行投資(学生時代を含めた)・設備投資をとても回収出来る状況ではありません。

 その影響か?割の良い「インプラント」などの「矯正歯科」や「美容歯科」が増え始
め、歯科医さんが「鍼灸学校」に通う(「顎関節症」などのペインクリニックとして)
状況にあります。

 それと同様の現象が「柔道整復師」にも見受けられる様に思いますが、両者とも
「健康保険」との兼ね合いから、そろそろ「厚生労働省」が目を付け始めた?かに
思えます。

 「審判の日」もそう遠くない様です。

 だからこそ、今、医療人は真摯に「技術を磨き」、「人間性を高め」、「人を観る」
必要があると思います。


 しかしながら、業界はまだまだ「高齢化社会」や「心身の不調を訴える人の多さ」、
「介護保険」に頼っている様ですが、「景気の先行きが見えない」昨今、国民の目は
「少々、お金が掛かっても、施術者の人となりや技術を買う時代」になっており、なめ
た態度をしているとそれこそ「この洪水」にさらわれてしまうと思います。

 一方で、患者さんとしても、「保険の適用範囲」や「負担額」、「薬代」や「健康保険
料」が益々、家計を圧迫すると見られますので、「自分の健康は自分で守る」
事なしには暮らしていけない時代に入ったと言えます。

 そう言う意味で、春風堂は、まだまだ未熟ものですが、お一人お一人を丁寧に、
皆様のお役に立てる自分になれます様、真摯に、一生懸命頑張ります。

(参考)
 接骨院・整骨院、保険対象外も請求?
 無資格で灸・患部コロコロ…接骨・整骨院、やまぬ不正
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# by cute-qp | 2008-08-20 00:00

 先ずは、コチラこらご覧下さい↓。

女性向け大衆薬、続々 興和や大正製薬が頻尿治療薬など

 一般用医薬品(大衆薬)メーカーが女性に的を絞った新製品を相次ぎ発売する。
興和は月内にも国内初の女性向け頻尿治療薬を投入。大正製薬は今秋をめどに
女性特有のかゆみを抑える新製品をそれぞれ投入する。風邪薬やドリンク剤など
従来の主力品が伸び悩む中、ドラッグストアの主要顧客である女性を対象に製品
開発を強化し、売り上げ拡大につなげる。
 興和が発売する「レディガードコーワ」は頻尿や残尿感を改善する効果がある。
医療機関で処方される医療用医薬品の成分を利用したスイッチ薬で、ぼうこうの筋
肉を緩めて尿意を抑える。前立腺肥大症の男性は服用できないため、女性向けと
して開発した。価格は20錠入りで2415円に設定する。


[2008年8月18日/日本経済新聞 朝刊]

 ↑以上、引用終わり。

 「何故、そう言う現象が起きているのか?」把握せず、正常かつ必要な機能を無理
矢理薬でコントロールするなんて...思わずゾ~っとしました。

 そう言えば、最近、若い男性女性のファッションが益々ルーズになり、立ち居振
る舞いまでルーズになっている様に思います。

 骨盤をがばがばに開き、猫背で鳩尾が落ち、ハイヒールを履いて、へそやお尻
を出す...見た目にも「最悪」なスタイルは、「尿漏れ」や「失禁」、「骨粗鬆症」を発生
年齢をぐっと下げる原因と言われています。
(丁度、花火のシーズンですが、着物の着こなしやセンスをご存じなく、歪んだ
身体に着物を身に付け、だらだら歩く姿は「お女郎」か「夜鷹」に思えました。)

 だ・か・ら・こそ!...自分自身の骨盤をしっかり締めて(「骨盤底筋」を鍛え)、横
隔膜を上げ、自律神経をコントロール(排泄関係も自律神経が支配しています
する習慣を是非身に付けて頂きたいと思います。

 実際、私の関わったクライアントさんはそれで「尿漏れ」が無くなり、美容的には
ブラのカップが「B」から「E」になりました(驚異的!)。

 また、センタリング呼吸法の会員の方数人は70を過ぎとは思えない程、ヒップア
ップして腰に「クビレ」が出来、身長がぐっと伸びて、同窓会で周囲の皆さんが余り
に縮んでおられるのにびっくりなさったとか...「貴女はどうしてそんなにすっきり立
っているの?」と驚嘆・賛辞を贈られたそうです。

 その皆さんに共通しているのが、日頃からコツコツ、「呼吸」と「骨盤時計」をやっ
て来た方と言うこと。

 やはり綺麗と健康にはそれなりのヒミツ!とドリョク!が必要!

 春風堂はそのサポートをさせて頂いております。

(参考)
 かゆみ止めと関連して→「身近な薬の正体 ~消炎鎮痛剤~」
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# by cute-qp | 2008-08-19 00:00

「楽しい捻挫話」

 昨夜、成瀬雅春先生の著書より引用させて頂きましたので、日頃、楽しみにして
おります先生のメルマガの過去の記事より、興味深いお話がありましたので先生
の「自己探求」のある側面をご紹介させて頂きます↓

 前々回のこのコラムで、ヒマラヤからの帰りに捻挫をしたという報告をしましたが、
まったく同じ左足首を17日に捻挫してしまいました。
 家の前(の平らなところ)でいきなり足首を捻挫して、路上に仰向けになり悶絶し
ました。その様は、殺虫剤をかけられて仰向けになっているゴキブリそっくりです。
(注:あまりリアルに想像しないでください)

 その瞬間、私は空をつぶさに観察していました。足首の痛さをこらえている私と、
空を観察している私と、さらに捻挫する瞬間を思い返して、映像化しようとしている
私。
 そういうときの私は、ヨーガ行者の習性で、自分を徹底的に観察してしまうので
す。それが実に楽しいのです。
 捻挫はアクシデントですが、捻挫したことによって自分の中で観察する
材料がどっと押し寄せてきます。これぞ絶好のチャンスとばかり、最大限
瞑想を楽しむのです。


 そんな、楽しいひと時があって、とりあえずそのまま五反田に来て左足首を確
かめてみると、自分が思ったより大きく腫れていました。
 そこで一応知り合いの医者に行き、レントゲンを撮ってもらいました。その結果
、骨に異常のないことが確認されたので一安心です。相当腫れているので、テ
ーピングをして消炎剤などの処方をしてもらいました。
 その知り合いの医者は「成瀬さんは仙人だから必要ないだろうけど、一応痛
み止めと消炎剤を出しておきますよ」ですって。私を人間だと思ってないので
しょうか……。

 夕方からの教室は2クラスあり、足首にテーピングした状態を、なるべく会員
に気付かれないようにするにはどうしたらいいかを工夫しました。
 クルタの裾を目いっぱい下げて、松の廊下状態(喩えが古いなぁ)で足首が
見えないようにして、おもむろに教室内に入っていきました。
 会員はそれぞれまじめに自習をしています。その間を通り、足首が見えない
ようにしてスカ・アーサナ(安楽坐)になり、(こちらから近づくと足首が見えてし
まうので)体験者に近づいてもらい、呼吸法説明をしました。
 呼吸法と瞑想の練習も終わり、ハリオームの挨拶で授業が終了しても、私は
しばらく坐ったままで会員の動きをチェックしていました。
 全員が私のほうから意識が逸れて、着替えのほうに向かったタイミングで立
ち上がり、摺り足で教室内から消えました。(大成功!)

 17日の2クラスに出た人と、18日の夕方のクラス、19日の午前クラスの4
つのクラスに出た人でこのコラムを見ていた人は、思い出してください。
 私の足首のテーピングに気付いたでしょうか?誰にも気付かれていない自
信はあります。

 私の左足首は、20数年前のカンダ・アーサナ撮影時に、靭帯断裂を起こし
た場所です。カンダ・アーサナというのは、両足の甲が合わさって胸の前にく
るというヨーガ独特のポーズです。(拙著:実践ハタ・ヨーガ下巻185頁参照)

 そのときは冬の写真スタジオでした。待ち時間が長くて、その上寒くて身体
が硬くなっているという最悪の条件でした。それでも良い写真にしたいので、
頑張ってカンダ・アーサナをやったのですが、「ハイ、そのままもう少し保って
いてください」「あと3枚ぐらい撮ります」など、ヨーガ行者の都合は無視され
るので、まるで我慢大会のようになってしまいます。思わぬときに苦行を強
いられるのです。

 あと2,3枚というところで、いきなり「バリバリッ」という大きな音がスタジオ
中に響き渡ったのです。その途端、スーッと血の気が引いて悶絶しました。
このときは、どのぐらい瞑想を楽しんだか……もう忘れました。
 それ以来、左足首は何かとトラブルのある部分なので、気をつけてはいる
のですが、それでも捻挫することがよくあるのです。その割には、剥離骨折な
どは一度もないので、私の骨は丈夫なのでしょう。

 肉も魚も食べなくて、野菜もあんまり食べないと、骨が丈夫になる……?

 以上↑掲載終わり。

 実は私も当ブログを準備中の間、腰を事故で故障していました(笑)。

 その間10日程は布団で寝ることが出来ず、椅子でうとうとするのが精一杯
...しかし、骨盤や腰椎の動きについて凄く勉強になりましたし、その状況下、
覚悟を決め、不完全ながらもセンタリング呼吸法のアシストやセッションをさせ
て頂くことで、プロとしての「気構え」や「嗜み」、「愁訴を愉しむ」心構えを学んだ
次第です。

 尚、成瀬先生のメルマガは、HP上で登録すれば何方でも拝見することが出
来ます→「成瀬ヨガグループ HP」
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# by cute-qp | 2008-08-18 00:00

 昨夜、「夢の途中 08/08/16」で「手」のお話を致しましたので、今日はそれを受けて
「心身をつなげる」感覚について「ムドラー(印)」からお話して行こうと想います(あく
まで、「身体運動」的観点からの「印」のお話です)。

 元々、この「ムドラー」と言うものの発生源は「ヴェーダ」を聖典とするインドの「バ
ラモン教」にある様で、神々の祭祀に当たり、音楽や踊りが重要な役割を果たし、今
日見る「インド舞踊」の中に、「仏像」等に見る沢山の「ムドラー」を見出す事が出来
ます。

 インド舞踊では「手がおもむくところに目がおもむき、目がおもむくところに思
考がおもむく」
と言われ、踊り手が「神」や「動物」になる時、この「ムドラー」が踊り
手を変容へと導く大きな鍵となっている様です。

 「ムドラー」が「自分自身」を重ね合わせ(統合)と何某かの存在と重ね合わせるキー
になっているの気がします。

 ちなみに、下記はインド舞踊に見る「ムドラー」です↓
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 そして、密教ではこの「重ね合わせ」が3つあり...

 1 身密 自分と身体と神仏の身体との重ね合わせ
 2 口密 自分と言葉と神仏の言葉との重ね合わせ
 3 意密 自分と意識と神仏の意識との重ね合わせ


 以上、「三密」と言われますが、「手印」はその中の1つに当たるのでは
?と感じています。

 そして、例えば、気功や武術で動物の動きを模したり、ヨガで様々なアーサナ(体
位)を組むのは、正に、己に「三密」を作っているのだと思います。

 従いまして、「重ね合わせ」と言う表現は「形態模写」や「イメージ」ではなく、あくま
で、「自らの心身をあるつながり、あるバランスの中で統合し、保つ」状況
を指すと思います。

 実際、インド舞踊家はある「ムドラー」を取り、例えば「象」を表現する時、その
「ムドラー」を入り口やキーとして「象の身体」、「象の言葉」、「象の意識」を「ア
クティブ・タッチ」し、舞踏家は「象」になり、「象として」踊ります。

 また、ヨガの「ムドラー」も、単なる「手の形」だけでなく、「ある体位」や「ある表情」
、「ある意識の状態」、「あるバランス状態」...総じて、「ある自分というつながり」を
表現している様です。

 他、肥田式の「集約拳」や霊術やボディーワークの「呼吸」、「腰腹」等々、調べてみ
ますと身体表現には沢山の「ムドラー」が見られ、治療における「手技」や「鍼灸」等
も相対的ムドラーと言えるか?と思います。

 以下は、成瀬雅春先生 著 「実践 魂を磨く」より引用です↓。

エネルギーの流れを体感する

 ムドラーを組むときに、まず気をつけたほうがよいことは、体の中での流れと手の
ムドラーとの関係を感じることだ。

 流れというのは、エネルギーの流れ、生命力の流れといってもいいだろう(「エネル
ギー」は、例えば、「筋肉」や「神経」、「意識」、「力」、「呼吸」の「流れや繋がり」と捉
えてみれば如何でしょうか:管理人)。

 手のムドラーを変えたときに、その流れがどう変化するか、どういうふうに流れて
いくかを、自分で感じ取るようにする。
 エネルギーが流れているのを肉体感覚として、はっきりと感じ取る様にする。その
感じは、電気的エネルギーでも時期的エネルギーでもよいし、振動として感じても
よい(「呼吸の伝わり方」・「身体の連動」もそうですね:管理人)。

 体感としてつかめれば、私が説明した通りの感覚でなくても一向に構わない。

 例えば、四つの印を組んでいったときに、自分はその内どの印が気持ちいいか
とか、違いは絶対にある。
 人によって、いろいろな感覚があるのでそのあたりを手掛かりにしていくと掴み
やすいであろう。
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                   法界定印(胎蔵界)
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                   智拳印(金剛界)

 今日も(おまけ)がございます。宜しければお付き合い下さい↓。
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# by cute-qp | 2008-08-17 00:01

米国のがん患者4~6割、祈祷・気功・サプリなど試す
(asahi.com 医療・健康医療・病気記事 08年8月15日より引用)↓

 米国のがん患者の4~6割ほどが、祈りやサプリメントといった「補完代替医療」を
試していることが米がん協会の調査でわかった。科学的根拠の明確でないものも多
い補完代替医療の広がりが、改めて浮き彫りになった。

 同協会の研究チームが、がんと診断されてから10~24カ月の患者に郵便や電話
でアンケートし、4139人分の回答を分析した。

 その結果、「祈り・霊的体験」を試した人が約61%と最も多かった。気功などの「リラ
クセーション」や、「宗教的癒やし」「サプリメント」の経験者も、それぞれ40%を超えて
いた。

 女性、若者、高収入や高学歴の人が補完代替医療を試す傾向が強かったという。

 「はり・きゅう治療」は約1%にとどまっていた。研究チームのテッド・ギャンスラー博
士は「最近の研究で、はり・きゅう治療はがんの痛み緩和に有効とわかっているが、
意外にも試した患者は少なかった」という。

 ↑以上、引用終わり。

 確かに、ガンはまだまだ恐ろしい病気ですが、「西洋医学の限界」が顕著に現れて
来ているな...と思いました。

 ただ、「はり・きゅう治療」が有効な治療にも関わらず伝わっていないのが、「痛み
緩和」と言う「西洋医学的対処療法」に寄ったものである為か、「東洋的医学観」が
理解し難いからか?はたまた、人材不足?、文化・習慣的に「身に刺す」・「身を焼く」
事への抵抗か?...興味深い所です。

 逆に、ここに記されていない「カイロプラクティック」や「オステオパシー」などはどう
なのでしょう?

 また、「宗教や癒し」と言う点に関しては、がん患者の方々の「祈るような想い」は
理解出来ますし、そう言ったもののが患者さんに「生きる気力」を与えたり、時として
、「不思議」もあると思います。

 ただ...「ヒポクラテス」は何処に行ったのか?と。

 そして、「補完代替医療後進国」で「高齢化社会」の日本はこれからどうなるのか?
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# by cute-qp | 2008-08-17 00:00