今回、前半は「靴のインソールと足のセンタリング」をテーマに

 SRさんとK野先生にレクチャーして頂きました。

 足は身体全体を支える「基礎・土台」であり、全身に与える影響が絶大です。

 それ以上に、「足は手に勝る感覚器」であることを感じられるレクチャーでした。

 重力や体重、衝撃の「前線」であるが故に、足はどうしても「鈍感」になります。

 それに輪を掛け、私達はあまり足関節や足指のことを気にしていません。

 それが「外反母趾」や「捻挫癖」、「坐骨神経痛」などを産む温床になっています。

 その状態がセンタリングされて行く過程で、解消され、

 足が凄く敏感な「センサー」であり、「土台」であることに気付きました。

 凄いと思ったのがSRさんの足...意識の濃さが身体の中で一番濃かったです。

 どれ程真剣にSRさんがこのテーマに取り組まれ、研究されたか、

 そのお身体で分かりました。

 これからも、SRさんにご指導を受けながら、早速、実践して行きます。


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 後半は「合気の心身研究会」です↓

 色々、質問を頂きましたが、今回は「腑に落とす稽古」を中心にさせて頂きました。

 私が今一番稽古を重ねているテーマで、これなしでは何もなせないとも思ったからです。

 「内丹」を練っているつもりが「無い丹」だった時、本当にがっかりしました。

 でも、最終的に、それに気付けて本当に良かったんです。

 少しずつ「腑に落ちる感覚」に気付いていけた時、

 激しい心身の変動があり、それがひと通りおさまった後、

 そこにあったのは「実にちっちゃな自分」でした。

 今度もさぞ、がっかり...ではなく、嬉しかったんです。

 そんな「小さな器」でも「信じるもの」が鎮座する器になって、

 自分を信じることや好きになることが出来てきたし、心身共に今とても楽なので。

 大したことは出来ないかもしれないけれど、

 今後もいろいろあるのでしょうけれど、

 「肚」の導きに従い、何とか愉しくやっていける気がします。

 その「腑に落ちる感覚」のテスターとして、今回、「ゼンタイ」を選び、

 各位の「腑に落ちる感覚」を邪魔している幾つかの要素を洗い出し、俯瞰して

 その場で取り組む相対稽古を決め、互いに修正して行きました。

 「腑に落ちる稽古」をすると皆さんどんどん自覚して行くのが印象的です。

 そうやって、あるべき「自信」と「道」が生まれて行くのかもしれません。


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 (参考)

 「信心決定」

 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2014-12-30 00:00 | バランス運動療法・調整法

「信心決定」

 古書店で偶然手に入れた本より引用・掲載致します。

 長い引用になりますが、宜しければお付き合い下さい。

 「あなたを幸せにみちびく観音さま―その教えと信仰の秘訣」 羽田 守快 より ⇓

 ご存知の方もあると思いますが、よく「潜在意識の活用法」とか「引き寄せの法則」などと
いわれているものがありますね。そういう人たちがいいたいのは皆、同じことです。仏教的
にいってみれば、これは「阿頼耶識の活用法」とでもいいましょうか。

 たとえ現在、お金が乏しくても「私はすでにお金持ちなのだ」と潜在意識に言い聞かして
いると、自然とお金待ちになれる……というような話です。しかし私は、そういう類の話を
しようというのではありません。

 具体的には「潜在意識の活用法」では、お金ならお金という目標を立てて、潜在意識に
送り込むように、「お金持ちになる」とか「私はお金待ちだ」というように、ことあるごとに自
分に暗示をかけていきます。

 しかし、実際はこれは、そう思うようにはうまくいきません。特に、これはと思うことほど
難しいのです。

 なぜなら、こうした切実な願いは、切実であればあるだけ、同時に焦燥や不満、不足の
想いも心に送り込んでいることが多いのです。人によっては、同時にどす黒い欲望を送り
込んだりもしています。

 潜在意識は目的だけでなく、そうした副産物も、我々が望まなくてもかたちにしてしまう
のです。

 別段「潜在意識の活用法」自体を悪くいうつもりはないのですが、つまるところ、実際に
はそううまくはいかないのです。

 これに対して仏教的にいうなら、「貧困」は現実の経済活動の努力・工夫の不足ととも
に、過去に積んだ良くない異熟の結果でもあります。

 潜在意識にすでに形成された異熟をどうにかしない限りは、これが邪魔をしますから、
根本的にはそう変わりません。

 これに対し「潜在意識の活用法」は完全に無力かというと、そんなこともありません。

 現象面ではいったん好転してきたようにみえます。しかし、相反する強い因縁がある
場合は、大体が落ち着きどころは結局同じようなところへ落ち着きます。

 潜在意識の活用で得られるのは、すでにその人が異熟としてもっているものだけです。

 まだ異熟になっていないものは、良くも悪くも急にこちらから必死に送ったところで、すぐ
には出てきません。

 なにより想念だけで行動を伴わないものは、「異熟」の要因としても極めて弱いのです。

 お経にはこんな話があります。お釈迦さまの一行が、ある貧しい村に差し掛かりました。

 出家者の旅は「行乞」といって、家々の門で食べ物などを頂戴して生活を賄いました。

 旅をする時も、そのようにして旅をつづけます。そこで仏弟子の一人が、「お釈迦さま、
ここの村はかなり貧しいようですから、頂き物をするのは心苦しいです。やめておいては
どうでしょうか」といったそうです。

 するとお釈迦さまは、「いや、貧しいほど施しの行いをせねば、貧しさの囚縁から脱却
して豊かになることできない」といわれ、行乞を行い、お布施を下さる方からは拒まずこ
れを受け取ったといいます。

  不幸や貧乏の原因も、同じく「異熟」なのです。ですから、良い「異熟」を潜在意識
(阿頼耶識)に送り込むと同時に、悪い異熟をなんとかしないとなりません。

 これを解決するには、「反対の行い」をするというのが王道なのです。

 『観音経』では、奇跡を起こす「念彼観音力」という言葉がくりかえし出てきます。下し
読みしますと「彼の観音の力を念ずる」となりますが、しかし、これも必死になって願望
を念ずることではありません。

 なによりまず「観音さまそのもの」を想うことなのです。

 ですからこのくだりは、漢文的にはともかく、実際には「彼の観音の力を念ずる」では
なく「彼の観音を念ずる力」と読むほうが本当は適切だと思います。

 祈る時ですら、人は自分の願いばかりにとらわれてしまいます。でも、願望の次に
観音さまが出てくるのでは、順序が違うのです。

 そういう「弱い祈り」では、本当に大変な事態になった時には観音さまも心の中から
消えてどこかへ行ってしまい、厳しい現実問題に対処できる力にはなりません。

 そのために何かを期待するのではなく、ただ観音さまを思い描いて、日々、経文や
真言などをくりかえし唱えることで、知らず知らずに観音さまそのものを「異熟」として
阿頼耶誠にダウンロードさせるのです。

 最も強い良き「異熟」は、観音さまそのものなのです。

 しかし、そのように観音さまをよく拝んだところで、自分は過ち多い人間であるから、
あるいは過去に大きな過ちがあるから観音さまには受け入れられないのではないか、
というような心配をする方も、中にはあるかもしれませんね。

 でも、心配いりません。観音さまの救済には、そういう差別はありません。

 仏の目からみれば、良い行いも悪い行いも、そのほとんどが迷いの世界での行いで
す。したがって観音さまからみれば、善人も悪人もどちらも同じ衆生で、救済すべき存在
であることに変わりはありません。

 なによりも我々が我々自身を否定したり認められなくては、観音さまを心にお祀りする
ことできないのです。

 ただし、これは悪い行いや過ちがあってもいいということでは決してありません。
そのためには、「懺悔」ということが必要なのです。

 (中略)

 あなたが、あなた自身を認められなくても、たとえば過去に後悔するような大きな心の
傷があったとしても、懺悔文をお唱えして、つとめてわだかまりなくして、観音さまを心の
中にお祀りしましょう。大切なことは我々が良くない存在だから懺悔するのではなく、清
らかな自分を保つためにするのです。

 勘違いしてはいけませんが、してしまった罪や良くない行い自体の責任が、帳消しに
なるわけではありません。観音さまは、人が正しい道にもどり人生を歩むのを、いつも
歓迎してくれるということです。

 どんなに立派な仏像を祀っても、心に観音さまがいなければ何にもなりません。

 そしてそのためには、観音さまが住みやすいように心を清める行いをすることです。
 懺悔文をお唱えするのはそのためです。

 心の中にいつも観音さまがいるようになりますと、ほかの人の目には実に不思議にう
つるような奇跡が起こるのですが、そういった奇跡は信仰の篤い人には往々にして起
こることです。こういう状態の人は「信心決定」した人といいます。

 よく寺社参りなどに行くと、境内に祀られているすべての神仏に、手当たり次第にお
宴銭を放り込んでは願い事をお祈りする、自称「信心深い人」がいますが、あれはい
けません。

 なにもたくさんの神仏をお参りするのがいけないのでなく、かたっぱしから頼んでま
わるのでは、心の中に座る方が決まりません。

 本当の信仰は、そういくつもできません。
 お参りに入ったら、やたら頼み事などするより、
  「お参りさせていただきました。ありがとうございます」
 という感謝のご挨拶のつもりで手を合わせれば、それでいいのです。

 ⇑ 以上、引用終わり。

 年末年始を迎え、私の決心に寄り添い、教え諭す様に来てくれた本でした。


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 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2014-12-26 00:00 | 温故知新

「足指緩めて照顧脚下」

 今日は山科教室の年内最終日。

 急な寒さに加え、山科行きですからしっかり防寒...正解でした。

 さて...本日は、私なりの工夫を加え、山科教室版「杖の呼吸」をやろうと思っていました。

 しかし、立っているだけで足腰が辛く、お子さんの三者面談を蹴りお越し下さったOさん、

 外反母趾の治療法を教わって実行し、余計に具合が悪くなったTさんもおられ、

 急遽、「足指緩めて照顧脚下」を行うことにしました。
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 寒いこともあるのでしょうが...まあ、皆さんちょっと指を触るだけでこのリアクション⇓
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 何でこんな所が痛いの!と言う衝撃と共に、

 体重と重力が一番掛かる場所が鈍るとこんなにも意識がなくなり、

 体調が悪くなるのか実感されていました。

 そこを皆さんで足を丁寧に感じながらセッションし、次第に足の指が開いてきました。
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 その過程で、何度、ご注意しても足首を歪めて持つ方がいらっしゃいました。

 よくよく観察して分かったことが、足を不思議な持ち方されていた事です。

 外反母趾は足だけじゃなかったんですね...早速、足を持つ「手」を調整しました。

 コチラは右手を調整途中の画像ですが、調整前の左手親指は根元からガタガタです。
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 この影響で肩が凝ったり、猫背癖に反映されている事を自覚されました。

 手や足と言う「末端」が崩れるだけでとても大きな影響になるんですね。

 片方の足の自己調整が終わった段階で立って頂き、その差や影響を感じて頂きました。

 皆さん口々に「足があったかくなって来た」とか「眠い」と仰ったことが印象的です。

 その後、「杖の呼吸 序章」として杖と戯れながら呼吸・重心移動を行いました。
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 カチカチだった皆さんが緩んで下さり、内心ほっとしました。

 
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 レッスン後、恒例のケーキの会。

 コチラは、Sさんの差し入れケーキです(本当にありがとうございます!!)。

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 私はでかいハートのある部分を頂きました!

 皆さんの変わらぬご愛顧と来年こそは!を心に秘め、頂きました。

 Sさん!来年の復帰を愉しみにしております!

 また、来年から参加ご希望の方について伺いしました。

 お会いできることを愉しみにしております。

 来年も山科に訪れるのが愉しみです!!


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 尚、現在、大阪と奈良で教室のお話を頂いております。

 実現するか?分かりませんが、募集の際は追ってご連絡致します。 


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 (参考)
  「欠かせないのは呼吸」

 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2014-12-18 00:00 | バランス運動療法・調整法

 杖を通し、股関節の使い方や重心移動を練っていると

 自然と歩法へ意識が向き、イメージが膨らんで来ます。

 歩法に「五行拳」があるので、久々に「五行槍」を稽古。

 なかなか扱えなかった槍ですが、股関節と肚で描くベクトルを意識し、

 身体で振ることで、要求される「勁道」を認識し、扱える様になって来ました。

 すると、どの様に「下半身を使う」、「重心移動をする」、「歩法する」なども見え始め、

 とても「五行拳」の本質が分かり易いです。

 ならば!と思い「心意棍」をやってみたんですが、そこにも「身法」があって

 心意拳や形意拳の身体遣いがとても分かり易く、拳だけを練る限界を感じました。

 そもそも身法の出所が「武器」なので当然と言えば当然かもしれません。

 これは「無形」や「無刀」が刀の身法の上にあったり、

 「合気が剣から生まれた」と言われる由縁と同様・同根であると感じます。

 実は、中国武術を学んでいた時、常に言われたのは、

 「拳術」・「器術(武器)」・「気功(養生)」を総合的に学ばないと本質は掴めないこと。

 中国武術は総合武術...今にして、それを実感しています。

 しかし、日本武術も、昔は武芸十八般に活殺術と同じ取り組みや思想がありました。

 ともに「実用」としての「必要」があった様ですが、

 それが人間や身体を「多面的」にみる取り組みになっていたと私は感じています。

 それあっての「長短一味」・「万法帰一」であろうと。

 ところが、どう言う訳か?日本武術は総合的から単科的になって行きます。

 何故なのか?...平和な時期が長く、外からの侵略が少ない歴史だからでしょうか?

 柔術などでは、居合や東洋医学の並習が行われた様ですが、

 柔道と言うスポーツになって、中身が形骸化して行った感があります。

 一方、中国武術も政治や競技の影響でスポーツ化し、

 総じて、身法を「ルール」が支配し、形骸化を産む現象の様に思えます。

 もとい...道具を扱い、これを稽古・工夫することは自分の世界を広げます。

 「長短一味」や「万法帰一」に少しでも至りたいのですが、

 まだ、股関節に連動し、各チャクラや関節の時計盤を上手く扱えない部分が多いです。

 それらが自由かつ精密に動き・連動しないと正確な焦点にベクトルを合わせられません。

 心や意識の焦点・ベクトルも鈍ります。

 そこをクローズアップしていく練習法を考えます。

 えらく時間が掛りましたが、故S老師やK野先生から凄いこと学んでいたんだなあ。

 その有り難さを感じながら、稽古しています。

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 (参考)

  「スペース斜取る」
  (ベクトルを構成する「対角線」の重要性や十字勁、立替、
   それに伴う身法・歩法を解説しました)

 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2014-12-12 00:00 | バランス運動療法・調整法

「なりきり稽古」

 先週は急な冷え込みで体調もやや低調気味。

 そんなことで、この日曜は久々にフリーだったので、家で養生することに。

 とは言え、ただ静養も「なんだかなぁ~」なんで、土曜興味深かった杖をお稽古。

 先ずは、「本手」と「逆手」

 主観的に、剣よりもベクトル、重心などの身法、意識が認識し易い稽古だと思い、

 ただ振るのではなく、

 「呼吸」・「連動」・「動力」・「ベクトル」など、随時、意識ポイントを設けました。

 次に、分解練習 ⇒ 1組3動作の中で苦手な動きをクローズアップ練習。

 この辺りから稽古の「間」や「ペース」、「臨場感」が出て来ます。

 面白いもので、私は、元々、手慣れた「棍術」のテイストが出て来ました。

 ただし、「型」に拘らず、股関節を見詰めながらイメージを繋げ、膨らませて行く。

 すると「外見上」、設定以外の様々な振り様も出て来ます。

 やっている感じは全て同じ感覚です。

 試しに、「日本槍」・「中国槍」・「双鞭」・「双刀」でやり続けました。

 同じアプローチでも、道具の特性によってベクトルや意識の置き所が変化し、

 自然とそれを扱う「臨場感(雰囲気)や「気勢」が出て来ます。

 「套路」や「型」ってこんな風に出来て行ったのか!?と思うひと時でした。

 その感覚を用い、昔、練習した「十二路潭腿」や「劈掛・通臂の基礎」をやってみました。
 (う~ん回族拳法ばっかり)

 これらのベースが「武器にある」ことをじっくり再確認すると共に、

 改めて、全てに共通するものを感じずに居られませんでした。

 この時点で股関節を中心とした身体の動きが良くなって来たので、

 今度は「気功」や「呼吸法」へシフト。

 静的・内的視点や姿勢から足りないものを見詰め、補うこととしました。

 動いているものの、随分、誤魔化しがあります。

 これを徐々に補正・改善して行こうと思いました。


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 職人さんとしての独り立ちは「自分の道具や仕事の仕方」を持てる事だそうです。

 成る程と思いました。

 昨夜、「合気レベルのテストと練功法」について掲載されていましたが、

 「自分なりの稽古法や道具の工夫」を添えて、三位一体かなと感じている所です。

 
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 最近、自己鍛錬やお仕事で大切にしていること。

 まず「臨場感」

 自分に「臨場感」のないことは出来ない。

 自分の「臨場感」は時として、相手に影響する...こともある。

 相手に「臨場感」が生まれないことは、何をしても通じないし、響かない。

 子供の遊びと学びの中心は「臨場感」 ⇒ 大人も同じはず。

 次に「感情のセンタリング」

 自分が常にどんな「感情」にあるのか?定点観測する自分を持つ。

 「感情」の持ち方で一日は変わる。

 ef.ある日のこと、いちゃついているカップルを観て

   春風堂  : 「うざいなあ」
   M橋さん : 「いいなあ(いいもんだなあ)」

   この「うざいなあ」を「いいなあ」に変え、それに「臨場感」を持つだけで不思議
   と一日は変わる。

   物事は多面的で「受け取り方」なり~。

  「感情」の様子を良く観察し、一度、止めたり、バランスを取ったり、変えたりすることで、
  人生は愉しいし、変わって来る。

  きっと健康になれると思う。

  「感情」と「臨場感」のリンクの様子を良く観察する。

  3つ目に「平」

  まず、私見を入れず相手都合で、感情は波を穏やかに、

  あるがままを受け取った「印象」を大事にする。 


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 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2014-12-09 00:00 | バランス運動療法・調整法

「上善如水」

 今日は午後から水泳指導がありました。

 毎回、オファーに際し、ご希望やテーマ(課題)をお伺いし、

 それについて前日までに目一杯イメージして泳ぎ込みます。

 最大公約数的なテーマで、行き着く所は同じでも、山の登り方や感性は人により様々。

 なので、その方を徹底的にイメージし、思いつく限りのアプローチを試してみます。

 しかし、一番大切なのはセッション当日、

 クライアントさんがウォームアップする風景を良く観察すること。

 そこから来る「直観」に従いメニューを勧めること。

 私自身が沢山「実演」することです。


 本日のテーマ ⇓

 「一旦、泳ぐ事を辞める」 
 「頭のバランスの重要性」

 ・ 泳ぐ事を辞め、浮く。

   緊張を解き、リラックスして水とのバランスを感じ、学ぶ。

   a. 自分の経験や経歴
     泳ぐことに対するプライド
     泳ぐテクニック         などを一旦、横に置き、様々な浮き方にチャレンジ。

     自分の「泳ごう!」とする意識が心身の緊張を生んでいることに気付く。

   b. 何故、バランスが悪いか

     身体が緊張している所は「沈んだり」・「進まなかったり」・「アンバランス」になる。

     心が焦ったり、迷ったりするとバランスは崩れ、必死になる。

     クラゲは緊張していない ⇒ 自分の緊張を知ろう。

   c. 浮きや浮遊感、バランス感は親和感覚

     力みは水との対立...水と心身で親和する。

     「諦め」と「任せる」

 ・ 頭のバランス

   減圧され、浮力がかかる環境だからこそ、頭のバランスが大切。

   a. 卵浮きからの「伏し浮き」と「背浮き」

     身体が沈んでも良いので、蹴りや勢いを使わない。
     水に乗ったり、バランスを使う。

   b. プルブイを「竹枕」に見立てて

     プルブイを「浮き」でなく、「竹枕」として使い「伏し浮き」と「背浮き」する。

     ① プルブイを当てる位置
     ② 視線
     ③ 顎と頭
     ④ 頭が水に浸かる深さ(プルブイを押しつける)

     プルブイ枕が安定するとバランスが取れる。

   c. プルブイ枕でバタ足を加える

     下手に進もうとし、力んでバタ足したり、バランスを崩すと枕が外れる。

     枕の外れ方がバランスの崩れ方を物語る。

   d. プルブイ枕を両手枕に変えてみる。

     プルブイ枕で感じた頭の位置や重心感覚を応用し、両手枕でやってみる。

     両手を後頭部に当て、天井を見上げてぼーっとしながら
     軽くバタ足し「漂う」(背浮き)

     両手を後頭部に当て、水底を見下げてぼーっとしながら
     軽くバタ足し「漂う」(伏し浮き)

   e. 頭の位置を決め、同じ事を手足の使い方を変えて行う。

 ⇑ 以上、大略。

 直観に従い、その反応を観て、感じ方や感覚、気づきへのアプローチしてみました。

 降りて来た閃きに自分が驚き、学ぶことも多いです。

 私の実演回数は多いです。

 一般的な練習アプローチと違うので、まず、実演する必要があること。

 丁寧にお見せし、触って頂き、感じて頂くこと。

 そんなことが出来るんだと言うこと。

 見た目ほど簡単じゃないと言うこと。

 閃きを即座に確認し、ブレイクダウンする為...などの理由です。

 この実演が実に難しいです。

 私の拘りが、最もベーシックでシンプルであることに加え、

 陸上と違い、重力の支えがないこと。

 そして、この一挙一動が「最も雄弁、かつ直接的」だからだと思います。

 物凄く緊張しますが、最大にリラックスしないといけない。 

 だからこそ、磨かれるし、伝わるのだと思います。

 最近では、実演を全くしないコーチも多いそうです。

 人材不足で、それを許しているオーナーもオーナーですが、

 それで生徒さんが育たない実情をどう考えているのでしょう?

 最近は補助するポイントも大切にしています。

 クライアントとさんが練習する動的体位で、そのバランス感覚を脳へと感じられる補助。

 いきなり自覚できなくても、これを脳へ響かせ、潜在意識に叩きこんで行く。

 その辺を意識してやっています。

 治療や合気と同じだと思います。

 今回は「一応、泳げる」方でしたので、「プライド」が一番心配でしたが、

 若輩の私のお話を真剣に聞いて下さる度量の大きな方で嬉しかったです。

 プライドでなく、自信(自分を信じられる)を持って頂ける様努力します。


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 この所、呼吸でリラックスすることや、水泳指導を通じ、

 「上善如水」を常に意識して暮らす様になりました。

 それは、身法や心法、生き方の法でもあります。

 生来、気性に火があるので、

 この水のあり方に私は学ぼうと思います。


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 (参考)

 「水泳の個人指導を始めました」
 「新・畳の水練」
 「心身の幅 呼吸の幅」
 「感じる水泳」

 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂

(資料) 老子 「上善如水」
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by cute-qp | 2014-12-05 00:00 | バランス運動療法・調整法