「感得する稽古」

 今、「剣術」と共に「ボール」に学んでいる。

 来月以降のメニューでもあるが、

 O先生が独自に工夫し、拘られたところに興味がある。

 O先生に限らず、様々な先生が拘られたことや、

 独自の稽古法、考え方に今、非常に興味がある。

 入門の頃を思い出しながら、O先生の映像を繰り返し見る。

 当時、ただただ驚嘆恐喜するのみだった。

 ボールに触れながら、先生の歩みの片鱗を訪ねる。

 不思議なもので、数年を経て、掛けられた技の感覚やニュアンスが少しずつ蘇って来る。

 学び方すら学べていなかったことに気恥かしくなる。

 実際、その技に触れさせて頂いたことを今、とても幸せに思う。

 「感得」を目指し、自らの血肉としよう。 

 ボールを触っていると、「手」や「2つの稽古」の関連性が良く分かる。

 この感覚を「太極棒」や「短棒」、「剣術」にフィードバックしていく。

 (参考)

 「無形の学び」
 「ほんじゃま~」

 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2013-03-29 13:30

「無始無終」

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 1つのことが終わったということは、

 また新しい出発点に立ったということ。

 物事は連綿と続いていくものであり、

 始めもなければ終わりもない。

 ↑ 酒井雄哉 書・文 を 引用 掲載

 いざゆかん! 

 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2013-03-21 00:00

「凡例の実演」

 今日は「オロチ研究会」を担当させて頂く。

 実際は「凡例実演会」。

 「オロチの作り方・持ち方の凡例」

 「オロチの取り組み方、捉え方の凡例」

 「オロチと他の練習法・治療との関わりの凡例・ヒント」

 を軸に

 「こんな取り組み方をして来ました」

 「こんな失敗を経て、こうやってます」

 「こんなのどうでしょう?」

 を実演、相対練習して頂く。

 K野先生からお話を頂いてから一カ月間、

 「オロチの作り方」に始まり(10本以上作っています)、

 「取っ付き方」、「必要十分条件」を都度、見定め、

 思いつくもの、出来ることを、とにかく、色々やってみて、

 どの様に「実演ダイジェスト版」にするか?がテーマだった。

 とても及第点とは言えないが、

 体の変化と共に、感覚、発想も変化し、

 それに応じ、何とか「実演」することも出てきた。

 来週の呼吸法研究会では各論実演に入って行く。

 その為の稽古法の工夫に励む。

 改めて「凡例の実演」が自身や周囲に出来る最大・最高のことと思う。

 花粉症が酷く、参加者にはご迷惑をおかけした。

 が、頭で考えられないし、

 力める状態でもなかったので、

 正に、怪我の功名。
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        ↑ 武田惣角先生(本日の参加者はコチラの両手をよくご覧あれ)

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by cute-qp | 2013-03-18 00:00

「ほんじゃま~」

 子供の頃から大好きなお笑いをご紹介。

 
 身近なものが、どんどん面白いものに生まれ変わる凄さと、

 場面転換の「ほんじゃま~」が最高だった。

 今にして思うのは、工夫して愉しんでいる時のノリに似ている。

 「面白さ」や「遊び」に引きずられると、脱線したり、意味が無くなるが、

 「目的」や「方向性」を見据えつつ、

 ひとつのことを多面的に観てみたり、

 様々なこととの「共通性」や「関連性」、「組み合わせ」を

 「ほんじゃま~」と探ってみたい。

 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2013-03-14 00:00

「無形の学び」

 「大事なことは、一番最初に学んでいる」

 目の前に差し出されたこのことに、なかなか気づけない。

 与えられることの多い世に育った身には、

 まず、学び方・工夫・モノの見方から学ぶ必要がある。

 しかし、「与えられることに慣れている」が故に、

 その枠からなかなか抜け出せない。

 そんな「自分自身」に気づき、

 ああかな、こうかなと、ひつこく、

 いつ分かるかの保証はないけれど、

 諦めず、飽かず、腐らず、

 ひたすら、つづける、進む内、

 最初に頂いたものの「片鱗」が観えるかもしれない。

 稽古中「何故そうおっしゃるのか?」

 古人や先生、先輩の教えの中には「妙」がある。

 「何故そうするのか?」

 彼らが行う「稽古」に「ヒント」がある。

 自分がそれをやってみて、上手くいかないことも多い。

 経験や能力、個性が異なる為、

 同じ原理も感じ方、体得の仕方、表現方法が異なるからだろう。

 だから、真面目に(悪く言えば、単調・愚直)稽古するだけでなく、

 可能な限り、彼らの原点(原典)を探り、

 別途、様々なアプローチをしながら、

 その「妙」を抽出する(自分に手繰り寄せる)。

 それを繰り返す内、「最初」に行きつく「機会」が訪れるかもしれない。

 そこからが本当のスタート。

 まだ、入口にいた訳だから。

 どん臭い分、時間が掛り過ぎるほどかかった。

 が、自分の立ち位置が明確になり、

 視界が開ける感動は、かかった時間分、大きい。

 その感動の瞬間、「押し寄せる」課題にボーっとしている暇はなく、

 都度、自分なりの稽古法・ものの見方を編み出して行くことになる。

 当然、話し様も、書き様もない(ブログも進まない:笑)

 聴く人に、日々、如何に正確に技を掛けるか?

 多面的にヒントを見出せるか?で、

 お互い「切磋琢磨」・「互助精神」で行こうと思う

 新陰流流祖、上泉伊勢守は伝書でこう語る。

 「上古、流(兵法流儀)あり。中古、念流、新当流、また陰流あり、そのほかは

 計るにたえず。予は諸流の奥源を極め、陰流において別に奇妙を抽出して、

 新陰流を号す。

 予は諸流を廃せずして、諸流を認めず。まことに魚得て、筌(ビク)を忘るものか」

 自分を作って行くということはこう言うことなのかもしれない。

 そんな彼が伝えた「無形の位」

 「無形の学び」なくして、感じられるものではない様だ。 

 (参考)

 「感性の優れた方と」
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 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2013-03-03 12:00