「ちょっとした宝探し」

 いつも、何かしら「テーマ」があり、ず~っと意識する。

 すると日常にそれが溢れだす。

 集中し、迎えに行ってるとも言えるけど、

 それは本屋に居たり、テレビに映ったり、街にあったり、会話に出て来る。

 見聞きするものが変わり、 日常の見え方が変わる。

 あっ!と気付き、ちょっぴりじぶんも変わる。

 ちょっとした「宝探し」気分。

 「テーマ」の内容は様々。

 「今日はこれ」を決めて過ごす。

 それで何か見付けられたら上々!上機嫌!
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バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪
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by cute-qp | 2011-07-31 00:00

 随分、お腹が柔らかくなって来た。

 色々な部位に感覚を広げ、応用。

 7つのチャクラの位置での呼吸や時計盤。

 頭の位置、首の伸ばし方、腹との繋がり、意識の置き方。

 手足、肘膝の使い方など。

 様々な切り口からじぶんを紐解く。

 その内、笛を吹く、抜き、付け、越し、意識の使い方が見えて来る。

 龍笛は、「天と地をつなぐ龍」の位置づけだが、ちゃんと理由があっての名前なんだと思う。

 治療をしていても、剣を持っていても龍笛の意識で呼吸が出来る。

 頭蓋骨の奥行きが認識出来、鼻腔、口腔の奥の奥から声が出る。

 歌声に自然とビブラートがかかる。

 龍の声には程遠いが、面白い。

 幾つかの疑問が残っていたので I西さんと練習し、試行錯誤。

 疑問が氷解し、互いに体が整いスッキリ!

 「やっぱり美容と健康が基本だ」と確認し合う。

 これからも自他共に健康になれる道を進む。 

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪
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by cute-qp | 2011-07-29 00:00

「止観と観自在」

 「悟りの教科書」 荒 了寛・苫米地英人 著より引用↓。

 荒 まず心を静かに見つめ、そこからこの世間における自分の存在を見きわめ、しかも、そこ
    にとどまらずに自在に行動を起こすことができるようにする。
    そのための修行方法が止観なのです。

 苫 止観はつねに一体のもので、止と観とを別々に考えてはいけない。そこが大事ですね。
    これを日常生活の次元の話に置き換えると、自分自身の現状、あるいは問題点を
    きちんと認識する。でも、そこで反省ばかりしていては何も起きない。かといって行動
    さえすればいいと勘違いして、無闇に動き回っているのも愚かなことである。

 荒 サンスクリット語では「止」はサマタsamatha 「観」はヴィパッサナーvipasyanaと言いま
    す。
   サマタは外界に左右されず、心を静止させることであり、ヴィパッサナは世の中を正しく
   見ることとされます。初期仏教でもこのサマタとヴィパッサナは重要な瞑想法として修行
   の中に組み込まれていました。

 (中略) 

 荒 しかし、それ以前の考え方ではこの二種の瞑想法は別種の修行法だと考えられてきまし
    た。
   だが、智顗は「そうではない。この二種の瞑想法は二つにして一つなのだ」と『摩訶止観』
   の中で教えています。

 苫 それが先はどの「暗証の禅師」「文字の法師」に対する批判につながってくるというわけ
   ですね。

    この「暗証の禅師」や「文字の法師」というタイプの人はいつの時代にもいます。
   「自分はいったい何者なのだろうか」と世界中を当てもなく旅をしている、いわゆる「自分
   探し」の旅をしている人たちは、暗証の禅師です。
 
   この人たちは「私は何がしたいのだろうか」と自分に問いかけたりはしない。それよりも
   「こことは違うどこかに行けば、私は生まれ変われるはずだ」という根拠のない期待をも
   って世界中を旅行したり、あるいはボランティアに参加したりしています。

   彼らはアクティブに動き回っているように見えますが、朝から晩まで修行に没頭さえして
   いれば「やがては悟れるはずだ」と勘違いしている僧侶の姿とどこも変わりませんね。

   それとは逆に、インターネットなどで情報収集をして、いっぱしの情報通ぶってはいても、
   現実には何の行動にも移せない、いわば「引きこもり」的な若者も多い。こういう人た
   ちは情報を集めれば集めるほど、ますますその情報に縛られてしまって、身動きが取れ
   なくなっているわけで、まさに文字の法師です。

   本当に必要なのは先ほど荒先生が「観自在菩薩」でおっしゃったように、自分自身を見る
   ことと、自由自在に行動できることが両立させられるようにすることですね。

 荒 すべての人間には悟りに達することができる潜在能力があるわけです。その自分の中
   の「仏性」なり可能性なりを引き出すための手段として智顗は「止観」という方法を私たち
   に教えてくれているのです。

 ↑ 以上、引用終わり。

 「暗証の禅師」や「文字の法師」を経て、「門前の小僧」に。

 40にして、ようやく、自分やその立ち位置の様なものを見る。

 じぶんとの付き合い方が分かってきたのだと思う。

 60歳位まで、様々なじぶんを検証・実験する。

 以降は、検証しつつ、じぶんを濃縮?スリム化?する、予定。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪
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by cute-qp | 2011-07-28 00:00

「なにごとも奥は深い」

 笛は「抜頭」を終え、「白柱(はくちゅう)」へ。

 「蘭陵王」、「抜頭」と続いたアップビート・力強さから一転、静寂の世界へ。

 とても綺麗な曲だ。

 余りにシンプル、かつ深遠なメロディーにボロボロになる。

 8曲目で初、音にもならない段階を経験。

 今の私は「臨界まで息を当てる(当てる拍子)」レベル。

 対して、この曲は「抜き」、「付け」、「越し」を織りなせる必要がある。

 無茶な希望をしたものだ。

 でも、経験すべしと思う。

 この曲の奏法、曲想をくみつつ、当分は「臨界まで当てて行く」。

 数年かけ、この曲を何周かしたり、

 様々な曲を乗り越えた後、

 十分に当てられる様になって、抜け、付け、越し出来ると思う。

 現時点での練習の方向性やイメージを確認して頂く。

 今の路線で大丈夫とのこと。

 何でもそうだろうが、笛にも「増長」や「魔境」があるとか。

 「立派な本管」を貸して頂いたり、

 「白柱」を経験したことで、そこを分別させて頂く。

 行く道の奥深さを知る。

 ありがたい。

 お礼に先生の調整をさせて頂く。

 それで、また、良い笛が聴ける。

 ラッキーとしか言いようがない。

 先生が本管を作成を約束して下さる。

 「材料との縁」があり、

 「お金がたまったタイミング」だが。

 頑張って縁と実力を引き寄せてみよう。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(参考)
 「やってみるもんだ」

 (解説)「白柱」
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by cute-qp | 2011-07-26 00:00

「相対稽古は互助稽古」

 互助会の柔術研究が本格始動。

 15年間をつど思い出す。

 上手く出来ないことをリードして行くのはなかなか難しい。

 でも、この日に向けた体づくりと準備は無駄ではない。

 練習会を組み立て、実演していくことで勝負勘と体系的纏めが出来る。

 昔、出来なかったこと分からなかったこと、課題が浮き彫りになる。

 閃きと遊び心が生まれる。

 自身に加え、参加者が上手くなってくれる様、努力する。

 それがじぶんの歩みの評価となる。

 「参加者=練習相手」の実力を上げ、じぶんを磨く。

 参加者の思いがけない言動にはっとし、フィードバックする。

 「相対稽古」は「互助稽古」だ。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪
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by cute-qp | 2011-07-25 00:00

「ひとり遊び」

 観照塾がお休み、手芸にいそしむ。

 暑い夏に石のブレスやネックレスを作成。

 翡翠を中心に、いろいろ寄せ集めで作る。

 木製に比べ、石の触感はひんやり気持ちいい。

 適度な重さもしっくりくる。

 色や形、重さ、作りたいもののイメージなど、いろいろ考えながら並べてみる。

 手を使い、ひとりこちょこちょやるのは愉し。

 大したものは買えないけれど、ちょっとずつ集めて色々作ってみたい。

 道具や装飾品も、じぶんで作ればなかなか面白い。
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バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(参考)
 「道具もじぶんで作る」
 「じぶんづくり ものづくり」
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by cute-qp | 2011-07-24 00:00

「ししおどし」

 昔、学んだことを帰宅し、直ぐ復習しても出来ないことが多かった。

 何が無理なのか?、どこからどうすればよいのか?全く分からない。

 「結果」や「目的意識」が強く、心身が固まっていたのだと思う。

 じぶんで作った壁にごっつんごっつん、頭を打っても物事は解決しない。

 かえって「出来ない」悪循環に陥る。

 それらをちょっと脇に置き、「動きの道筋(プロセス)」を愉しむ。

 動きの「必要十分条件」が見えて来る。

 「じぶんだけの道筋」がある。

 そこを「味わう」。

 そうこうする内、ある時、ふわ~っと「動きのイメージ」が湧いたり、

 「急に体が動いたり」する。

 「急に起こった」気がするだけで、

 多分、潜在意識から徐々に変化し、タイミングが来て、なるべくして動く。

 「ししおどし」みたいだ。

 その経験も「からっぽ」にして、また水の溜まるのを待つ。

 じぶんを駆り立てず。

 言い訳せず。

 体の隅々まで呼吸で繋げ、じぶんに至る道筋を見つけて行く。
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バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(参考)
 「硬いのは体だけ?」
 「じぶんを広げる、紐解く、繋げる」
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by cute-qp | 2011-07-23 00:00

「やること一杯!!」

 昔、じぶんにとって、観照塾の年間カリキュラムは「メソッド」。

 今は、「メジャー(尺度)」や「ヒント」。

 じぶんなりの年間カリキュラムやオリジナルの体操など、日々の試行錯誤をはかる。

 結局、じぶんのやり方、道具、立ち位置を持たねばならぬ。

 更に、もっと良い方法・メジャーを思案する。

 しょせん、じぶんのベースは先人の智恵の下敷き。

 だからこそ、1ミリでも改良・前進してみようと思う。

 そのことで先人の凄さが分かる。

 こだわりがなくなる。

 面白味が湧く。

 やること一杯!!

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(参考)
 「硬いのは体だけ?」
 「じぶんを広げる、紐解く、繋げる」
 「なぜ刃物を研がせるか」
 「道具もじぶんで作る」
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by cute-qp | 2011-07-17 00:00

「硬いのは体だけ?」

 じぶんの体の硬さ。

 長い間、それは嫌で誠に不都合なことだった。

 今「体が硬いことは私の利点」

 じぶんの体は、「バイパス」も「タコ足配線」も作り様がない。

 ストライクゾーンは極めて「狭く」、余裕もまだない。

 そこから外れると即故障。誤魔化し様がない。

 ヨガのポーズやストレッチ、そのひとつのポーズに大体10段階位の前提が必要。

 人が1分位で済ませる動作に、軽く30分から1時間かかる。

 一コマ一コマ、アニメーションを作って行く感じ。

 その分、じぶんと向き合える。

 様々なことを一歩一歩検証できる。

 そうして、試行錯誤し、体に1つのピースがハマると、体と心が急激に変化し、繋がる。

 「硬かったのは、果たして体だけか?」

 手の使い方、唇の使い方ひとつにも「感動」を覚える。 

 幸運にも、プロやオリンピック選手の体を拝見することがある。

 「この為の生まれた」そう言う体があるんだと驚く。

 一方、体の繋がりに無数の「バイパス」や「タコ足配線」を見つけ、また驚く。

 普通の人だと即故障。

 無理を無理だと自覚せず動けるので、拝見する頃にはもの凄い事に。

 「器用に出来る」から「問題意識」がない。

 結果「自己管理」出来ている人が本当に少ない。

 そんな中、一歩抜きんでている人がいる。

 調べてみると、故障や体の硬さ、挫折を経験し、丁寧な「自己管理能力」を身に付けた人だ。

 それと「プロ意識」。

 自身が変化し始め、それを実感する。

 いつまでも、硬いじぶんでいるつもりはない。

 自己管理や施術、教室を通し、失敗を重ね、日々改良中。

 丁寧に、一コマ一コマを重ねて行く。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(参考)
 「じぶんのプロとして」
 「蚊取り線香の様に歩むのだ」
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by cute-qp | 2011-07-16 00:00

「じぶんのプロとして」

 先日、テレビでものまねタレントの対談を見る。

 それぞれの芸について、熱く語る。

 人それぞれに得意不得意、芸風、努力、工夫がある。

 「まねる」ことが出来るというのは凄い。

 それだけで「学び方を知っている」と言える。

 大切なのは「じぶんを良く知る」こと。

 商品としての「じぶん」を丁寧に、愉しく観察し、育てること。

 日々、じぶんを深め、変化させて行くこと。

 じぶんを信じて進むこと。

 仕事のジャンルは異なるが、基本は変わらない。

 大したものだ。

 それをして「ディープ」と称することがある。

 「じぶんの素人」が増えたんじゃないかと思う。

 じぶんは「じぶんのプロ」でありたい。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(参考)
 「ものまねタレント」
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by cute-qp | 2011-07-14 00:00