<   2009年 02月 ( 24 )   > この月の画像一覧

 今日は、春風堂が「大切にしたい」と思っている事について、増永静人先生 著 「経絡
と指圧」より引用・掲載致します↓。

 「この頃の医者は、ここが痛い、どこが苦しいと訴えても、そこへふれてみようともせず、
すぐレントゲンや血液検査をといって、機械器具を信頼し薬や注射にばかり頼っている」
と病人は嘆いている。

 鍼灸や漢薬にどのように偉大な治病効果があろうと、患者の悩み訴えるところへ、手を
もってゆかぬようでは、東洋医学の人間治療ということはできないだろう。

 「ここが悪いのか、どこが苦しいのか」などと患者に聞かねばわからぬようでは、患者も
信頼しかねるだろう。
 漢方では不問診断を非常に重視している。黙って坐ればピタリと当るというのは、何も易
者の宣伝文句とは限らない。患者自身の気付かぬところまで、黙って身体をみて指摘す
るだけの診断能力をもつことが東洋医学には大切なのである。

 人間の五感しか用いない漢方四診は、未発達のゆえに機械器具を用いないのではない。
人間をみるには人間の心をもった人間が必要なためである。

 その日、その耳、その口によって人間の心は伝わり、人間の心が知れるのである。そして
人間関係とは、文字通り肌のふれ合いのことであって、肌を合せることでその苦悩はうすら
ぐのである。

 鍼を刺す前に指先でツボを確かめるということは、たんにツポの所在を知ることではない。
そのツボのヒビキは指先を通して患者の心にひびき、術者はそのツポで病気の治る確信を
得るのである。
 このツボが効くだろうということは、科学的な実験の確率や古典の記載が保証しているから
確かなのではない。

 そのツボをおさえた指先が、相手との共感によるヒビキを伝えてくれるのである。

 そのヒビキの気持良さが、次に行われる刺鍼をここちよく迎え入れ、安心して受け入れるの
である。
 鍼を打たれるものは、被験者でも実験動物でも、また生理学的検体でもない。心をもった一
個の人間なのである。

 統計的には確率によって扱われる一つの数にすぎないかもしれないが、個人としてこの世
に存在する唯一の生命なのである。その心が鍼を待ち受けるのでなくして、どうして効果的な
刺鍼ができよう。
 指先がツボをとることには、このような重要な意味がある。そのツポのとり方だけで構成され
ている「指圧療法」なるものを鋭灸師は謙虚に習得してみようという心をもってもらいたいもの
である。

 按摩は医療の賤技といわれた時代もあったが、それは術者の態度にも青任がある。

 時間と労力をかけて全身くまなく、かゆい所に手の届くようにして施術をする指圧は、素人く
さくて面倒なことだと思われるかもしれないが、医療とはまさにこのような人間くさい行為によ
って、生きている共感を患者に対して得ることが大切なのだと経験されることも決して無駄で
はないと思う。
 漢方四珍の実感も、指圧によって育てられるものだということを私は確信している。湯液だ
けで治療を行う人にも是非その体験をおすすめしたい。

 ↑以上、引用終わり。

 先生がこのご本をお書きになったのは25・6年前だった?と記憶しておりますが、それ以
降、「健康川柳」に「お医者様 データー見ずに 私見て」等と評される如く、「人を診ない治
療」が益々加速している様に思われます。

 勿論、「検査」が「不要」とか「無効」とは思いませんが、「患者さんの"今"や"ありのまま"」
を見ずに「何が分かるのだろうか?」と思います。

 そう言えば...先日、膝を悪くされた方からご相談を受けました。

 医療機関では「X線検査等」を受け、「特に何もなし」との事で、何もして貰えなかったとか
...私がざっと見た範囲では、手術歴等も影響して左右の重心バランスが悪く、必然的に、
「骨盤」や「膝」が歪み、特に、膝関節から脛骨・腓骨にかけて捻れていました。

 そして、その旨、1つ1つご一緒に確認しながらお話して行く中から、そうなるに至った「生
活」や「習慣」、「根本原因」等が自然と像を結んで浮き上がって来るのです。

 私としては、そこまで「辿って」、「見えてきて」初めて「スタート」だと感じております。

 そんな「生命の響き」の様なものを大切にしたい...と思う春風堂です。

●ご興味のある方...続きはコチラです。
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by cute-qp | 2009-02-27 00:00 | 春風堂の想い

 今日は弓道の、浦上博子範士著「型の完成にむかって」言叢社より参照・引用させて頂き、
自分を見詰める事と心の持ち様、その歩みについて学ばせて頂こうと思います↓。

 自分を客観視する

 自分の状能こからだも心の持ち方も)をいつも鏡で見ている心持ちで自分を見詰めるこ
とを習慣づけたいと思っています。
 もともと内向性で感受性ばかり強い方の性格ですのでこの傾向があるのですが、それ
を良い方に使おうと努めています。

 いつも鏡で見ていると考えますと、自分の姿勢から動作、行動、物の言い方、人への
接し方等でいやな面ばかりが強く感じます。
 全部を直すことは難しいことですが、気がついた時点で一つでも直してゆけたら幸いと
思うのです。

 射のうえでも同様で、自分の写真や映像を見ますと欠点ばかり見えて二度と見たくない
気がしますが、それを反省して正してゆかなくてはならないと思っています。
 欠点を少しずつでも取り除いてゆくと、自然と長所が残って来るのではないでしょうか。

 そして射はもちろんのこと精神状態も、性格そのものも正してゆきたいと思います。

 積極性

 自分に欠けでいるために特に思うのですが、射を行うにあたって積極性が必要だと思
います。
 究極に当たっで締めないことが肝腎で、離れに際して特にそれを感じます。1本の矢
に全精力を傾けて最後まで努力して、その上でもし結果がよくなかったとしても悔いは
少ないと思います。

 私は早気になったことがありませんが、以前指導していた人が早気になったことがあ
り、幸い軽症のうちに直りましたが、後で本人は早気は消極的なものが原因のように感
じたそうです。いわゆるやる気が徹底すれば早気にならないですむのかも知れません。
 早気ばかりでなく何か癖が出た場合に、その癖と積極的に取り組んで矯正してゆけば
、かならず直るのではないかと思います。

 意識して行動する

 射に入ってからはもちろんですが、まず道場への入場から退場までの間、一挙手一投
足すべてのからだの動きは意識して行うことが大切と思っています。
 何も考えないでも完全に出来るように普段の稽古をしておくのが理想的なのでしょうが、
私などそこまで到達出来ませんので、どこからどこまで注意をすることがいっぱいで忙し
いことです。

 冷静に自分を見詰めて、無意識な動きのないように努めています。そうすると、自分の
からだの動きがはっきり分かって来て、こういう風にやりたいと思うことがある程度出来る
ように思います。

 集中力とその持続

 集中力という言葉の専門的なことは私には分かりませんが、私が考えていますのは、
神経を集中するということは一つのことだけに集中して他は全部分からないような状態
ではなくて、かえって他も全部分かるような状態のように思うのです。

 例えば射場に入る時から、日の付け所は決まっていますから、視線はそこにあって
も視野の端の方もおよそ見えていて、周囲の動静は分かるような状態、そしてその方
に気をとられず自分の行動にも注意が行きわたる状態です。

 射に入ってからでもカメラのシャッターの音などよく聞こえますが、それはそれで認識
はしても気にはしないことにして、自分のからだの働きに気を配っていますとフラッシュ
が光ったりしてもそれに惑わされることはありません。
 周りのことも割合はっきり分かっていて、自分のやるべきことは精一杯努力することが
出来るのがよく集中出来た時と思うのです。

 一つのことだけに気が行って他が分からなくなるのは気をとられる状態で、射において
はあまり好ましくないのではないでしょうか。

 集中力が強く働く時、つまり緊張の度合いの強い時の方が神経を分散して使うことが
出来るように思います。
 こんな時には自分の身体の細部までよく感じることが出来てやるべきことがはっきり
分かる気がします。
 極度の緊張はそう永く続けることは出来ないかも知れませんが、入場から退場まで
の間くらいは続けることが出来るように修錬しておきたいと思っています。

 心気の高揚

 平常心で心を落ち着けることと同時に心持ちを高揚させることも必要で、気持ちの盛
り上がりがなくではならないと思います。少し昂ぶっているくらいの方が自分の全力が
出せるからです。

 それも自分で意識して心を高揚させることが必要と思うのです。

 心を静めたり高揚させたり、と自分自身の心を自分で調整することが大切で、これも
普段の心の修錬によって出来るようになると思います。
 自分の心を意志の力でコントロールすることが出来れば、からだもまた意志によって
働かせると思うのです。

 もっとも、からだの働きは稽古の時にやっておかなければなりませんが、稽古では思
うように出来なくても本番で緊張し、心気が高揚した時には案外、出来たりすることもあ
るものです。
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               浦上先生による 日置流 距射(つくばい)

 ↑以上、引用終わり。以下の様な道歌がございました。

  身のくさび 心のくさび 手の内の
   くさびとしめて 引きたもち射よ


 私はまだ「弓道」を嗜んだ事はございませんが、「手の内」や「くさび」等は「剣術」にも
共通する「教え」であり、「感覚」であります。

 そして、自分自身を見詰め、日々、「ああかな?こうかな?」と工夫する内、「あっ!」
と閃き、浮かぶ瞬間があって、優れた古人の智慧に感動すると共に、「また1つ」自分
自身を知った喜びに感じます。

 そして、また「次への一歩」を踏み出すのです。

● ご興味のある方...続きはコチラです。
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by cute-qp | 2009-02-26 00:00

"痛み"と自己管理

 先ずは、コチラをご覧下さい↓。

太れば太るほど負担に (2009年2月20日 読売新聞) より引用

 「ひざ痛は、肥満によって引き起こされる痛みだといえます」。虎の門病院(東京)整形外科
部長の山本精三さん(52)はこう断言する。

 平らな場所を歩くだけでひざには体重の1・5~2倍、階段では2~3倍の力がかかる。太っ
ていれば、太っているだけ、余計に負担がかかり、ひざを痛めてしまうわけだ。

 山本さん自身、数年前、歩く時にひざの痛みを感じていた。アメリカに留学した時、車中心
の生活で運動不足になり、太ったためだという。

 日本に戻ってから心機一転、食事療法を中心にした生活習慣=表=を身につけ、10キロ
の減量に成功。身長178センチ、体重69キロと標準体重になって以降、ひざの痛みは消え
た。

 運動だけでも肥満を解消することはできるが、「年を取れば取るほど、大きなエネルギーを
消費する運動を突然始めることは難しく、現実的でない」。そこで、ひざの痛い人にも無理の
ないこの方法を勧めている。

 ひざ痛治療で、注射をするために定期的に通っていた女性患者が最近、5キロほどダイ
エットに成功すると、ひざの炎症が治まったという。「こんなに痛くないのなら、早くやせれば
良かった」という声を聞いたという山本さんは「ダイエットすることは、水中歩行で体が軽くな
っていることと同じ。どれだけ動きが楽になるか、わかると思います」と指摘する。

 もちろん、ひざの悪化が進行すると、人工関節を入れるといった手術が必要になる。しか
し、手術が必要になる患者は一部に過ぎず、「普通の人は、いまの関節を長持ちさせる『保
存療法』が中心になることを忘れないで」と山本さんは話す。

 日本整形外科学会でも、関節や筋肉、神経などの「運動器」が衰え、要介護となる一歩
手前の状態を「ロコモティブ(運動器)・シンドローム」と定義し、「ロコモ」防止のため、健康
な生活を送る知識を持つことを呼びかけ始めている。

 山本さんは「食事に気をつけるだけでなく、筋肉トレーニングの習慣を取り入れるなど、生
活全体を見直してほしい。それがひざを長持ちさせることになります」と強調する。

 ひざ痛を防ぐ生活習慣(山本さんの話から)
 ・間食をしない(間食の習慣をつけない)
 ・腹八分目を心がける
 ・食事は先に野菜から食べる
 ・毎日体重計に乗る
 ・適度な運動を毎日心がける

 ↑以上、引用終わり。

 毎朝プールに参りますと本当に沢山のご年配の方々をお見かけします。そして、大半の
方が「膝」及び「腰」に何らかの愁訴を抱えておられます。

 「年齢が年齢だから」...お話しさせて頂く皆様の「決まり文句」で(笑)、確かに一理あるの
ですが、その「歩き方」、その「生活習慣・行動パターン」、その「体型」では...と密かに思う
事多々であります。

 逆に、そこを何とかする事で、多くの方の悩みが解消されるのではないか?と考えている
春風堂で、「肥満対策」もその一貫と捉えています。

 そう言えば...中には毎日、一生懸命、「ウォーキング」や「水中歩行」されている方々もい
らっしゃいまして、お年を召されても、頑張っておられるお姿はとても素敵です。

 一方で、「予防」や「回復」の為の訓練・運動には様々な「ポイント」や「注意点」、「自己管
理」が必要で、そこを合わせて知って頂く事が大切だと切に思っております。

 例えば、「水中歩行」を見て気になること...

 先ず、水には「浮力」があり「身体は軽く」なりますが、空気の840倍の「負荷」も同時に
存在しており、「適切な練習方法」や「強度」に加え、「正しい運動の繋がり」のないまま、
陸上同様に振る舞いますと、逆に、「怪我」に繋がります(「水泳」で慣れてくると身体の歪
みや痛みが出来るも同じです)。 

 また、「温水プール」といえども、また、運動後にジャグジーやサウナに入ろうと身体は
確実に「冷えます」。
 「冷え」はご本人が意識する以上に身体に深く進行し、出水後の充分な保温がなければ
様々な愁訴を生みます。

 たちが悪いのが、「運動後」で体表が火照っている分、体感的には身体を「暖かく」感じて
しまい、また、当然、「発汗」もしていますから(水の中では「発汗」の意識は薄いですが)
確実に体温は奪われて行く訳です。

 加えて、これはおまけ話ですが...「水中運動」を続けると初めは「痩せて」きますが、次
第に、それが逆に「太り易い身体」になる事もあります。

 理由は、第1に、人体が「水中」と言う「異環境」・「危険」に長く晒される事で、体内に「脂
肪を貯めよう」言うサイクルを作り易くなると言う事。

 第2に「水中運動」は全身を使いますので、「体感的」には大変な運動量と感じてしまい
がちですが、これが「単調な繰り返し」(「計画性」や「進捗度」の考慮を伴わない)として
継続されますと「慣れ」や「上達」を通じて「負荷レベル」の低下となり、「心肺機能」が伸び
る一方、「代謝機能」は低減して行く傾向にあります。

 第3は、体感としての「疲れ」から「甘いもの」となる事も多くなりがち(笑)と言う事があり
ます。

 等々の理由の悪循環で実際、プールのコーチなどは結構悩んでおられますし、プール
に来ている人に「太め」が多いのもこれが起因すると言われています。

 勿論、「何もしない」よりはずっと宜しいのですが...そんな際のご助力を「春風堂」では
行っております。

PS

 ご質問がございましたが、「春風堂」は関西を拠点に活動しております。
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by cute-qp | 2009-02-25 00:00

 今日はコチラの本についてご紹介致します↓。

まんが医学の歴史
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             まんが医学の歴史 著:茨木 保 医学書院

 マンガ「Dr.コトー診療所」を監修する医師で、ご自身も漫画家である茨木氏が「看護学
雑誌」に連載されていた医学史の漫画で、医学に興味を持った子供の頃を想い出しなが
ら読みました。

 古今東西の医学の歴史やその変遷が非常に単純明快に漫画にされており、単なる
「医学史」の範疇を超え、今の医学を見る・考える事の出来る本だと思います。

 以下はその内容です↓

 第1話 医学の芽生え
 第2話 医学の父 ヒポクラテス
 第3話 ガレノスの呪縛
 第4話 中国医学と陰陽五行説
 第5話 中世の暗黒時代
 第6話 ルネサンス--解剖学の夜明け
 第7話 奇人ヴェサリウスと名著ファブリカ
 第8話 外科医パレ1 外科学のルネサンス
 第9話 外科医パレ2 “我,包帯し 神,これを癒したもう”
 第10話 血液循環の発見--近代生理学の父ウィリアム・ハーヴェイ
 第11話 17世紀--物理・化学と医学との融合
 第12話 顕微鏡の発明
 第13話 フックとニュートン--科学史を変えた闘い
 第14話 レーウェンフックの虫眼鏡
 第15話 近代病理学の誕生--病理解剖学の父モルガーニ
 第16話 日本医学の歩み1 中国医学の流入~解剖学の目覚め
 第17話 日本医学の歩み2 南蛮医学と紅毛医学~蘭学の誕生
 第18話 日本医学の歩み3 杉田玄白と『解体新書』
 第19話 華岡青洲1 世界初の全身麻酔手術
 第20話 華岡青洲2 その妻,加恵
 第21話 打診法と聴診器の発明
 第22話 18世紀--二大革命の時代~実験医学の誕生
 第23話 ジェンナー1 実験医学の父ハンターとの出会い
 第24話 ジェンナー2 “種痘の父”
 第25話 日本医学の歩み4 シーボルトと鳴滝塾
 第26話 日本医学の歩み5 幕末 蘭方医と漢方医の闘い
 幕間に ボクが歴史を描くわけ--死者の記憶をたどる意味
 第27話 全身麻酔法の発見1 ロングのエーテル麻酔
 第28話 全身麻酔法の発見2 ウェルズの笑気麻酔
 第29話 全身麻酔法の発見3 モートンの公開実験
 第30話 全身麻酔法の発見4 堕ちたカリスマ
 第31話 消毒法の発見1 産褥熱--残酷な結論
 第32話 消毒法の発見2 ゼンメルワイスの孤独な闘い
 第33話 消毒法の発見3 腐ったワインと消臭剤
 第34話 消毒法の発見4 リスターの無菌手術
 第35話 パスツールとコッホ1 自然発生説の否定
 第36話 パスツールとコッホ2 普仏戦争
 第37話 パスツールとコッホ3 結核菌の発見
 第38話 パスツールとコッホ4 ワクチン戦争
 第39話 北里柴三郎1 血清療法の誕生
 第40話 北里柴三郎2 “日本近代医学の父”
 第41話 野口英世1 野口“英世”誕生
 第42話 野口英世2 “私にはわからない”
 第43話 X線の発見1 運命の7週間
 第44話 X線の発見2 孤高の学者レントゲン
 第45話 抗生物質の発見1 不思議なアオカビ
 第46話 抗生物質の発見2 魔法の弾丸ペニシリン
 第47話 DNAの発見1 遺伝子と核酸
 第48話 DNAの発見2 ワトソン・クリックの二重らせんモデル
 第49話 移植医療の進歩1 キメラ誕生
 第50話 移植医療の進歩2 拒絶反応との闘い
 第51話 生殖医療の進歩1 試験管ベビーの誕生
 第52話 生殖医療の進歩2 クローン--生命(いのち)を創る

 ちなみに、同氏の著書にはこんなものもあり私は重宝しております↓。
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by cute-qp | 2009-02-24 00:00

操体法 橋本敬三の世界

 今日はコチラをご紹介致します↓。
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 30年程前、NHKテレビで、「温古堂診療室」というタイトルで「操体法」の創始者故
橋本敬三先生が、当時の温古堂診療室でおこなっている操体治療を紹介し、その
考え方、温古堂での日常(本人自らの足の治療の様子など)を収録したドキュメンタ
リーがあり、これはそのDVDです。

 合わせてこの作品には、NHKラジオの橋本敬三先生出演の番組をもとに、当時の
貴重な写真や、新しく発見された診療風景などの動画を組み合わせたものも「特典
映像」が収録されています。

(1) メイン映像:NHK番組「温古堂診療室」(30分)
 仙台市の医師、橋本敬三氏は、薬も注射も使わずに、気持のよい方向に身体を動
かす「操体法」で病を治している。
 その診療の考え方と実際を紹介した貴重な映像記録。診療事例は、腰痛、膝痛、
坐骨神経痛、夜尿症、側湾症、筋萎縮症など。(1976年7月17日放送)

(2) 特典映像:人生読本「人生の設計」全3話(各15分)
 NHK第一放送のラジオ番組(1981年6月)をもとに、当時の貴重な写真や動画を
組み合わせて映像化。

 (1)操体法の極意
 (2)4つの自己責任生活「食・息・動・想」
 (3)「般若身経」-健康の自然法則-

橋本敬三先生のプロフィール

 1987年福島県生まれ。大正10年新潟医専卒。同15年秋まで東北帝大生理学
教室に学ぶ。
 北海道函館市の民間病院勤務を経て、西洋医学から東洋医学に道を変え、同市
内に全科で開業5年。昭和16年仙台市に移転、鍼と手技療法の温古堂診療所開業。
 筋骨格系の矯正療法として創案した「操体法」が、昭和50年代に全国的に注目を集
め、各地に実践が広がる。著書に「万病を治せる妙療法ー操体法」(農文協)など。平
成5年(1993)1月没。

 春風堂としては、操体法の元となっている高橋先生の「正体術矯正法」の方が興味深
いのですが、このDVDに関しては、橋本先生の朴訥とした雰囲気と真摯な態度に共感
致しました。
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 そして、「操体法」と言う「メソッド」でなく、先生の「基本理念」やここに至る「経緯」を改
めて興味深く拝見致しました。
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by cute-qp | 2009-02-22 00:00

うどんや風一夜薬

 先日、あるデパートの店頭で「生姜湯」の試飲会をやっており、丁度、ちょっと「風邪気
味?」と言う事もあり、早速、頂きました。

 元々、ウェルキンソン等のだだ辛いジンジャーエールが好きな春風堂は、この辛味あ
る「生姜湯」が大変美味しく、また身体がほこほことして良かったので、「辛味」の方と「飴」
を購入致しました(「辛味」が苦手な方には抑えめなものもあります)。 
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 そして・・・おもむろに包装を見て驚いたのが、本社が「ご近所」だと言う事・・・そう言えば
、子供の頃、その看板を良く見ていたのですが、店のお名前に「うどんや」とございますか
ら、私はてっきり「うどん屋」か「うどんすき屋」さんだと思っていたのです(笑)。

 それにしても・・・「うどんや」とは変わった名前・・・と思いました。

 早速、由来を見ると・・・かつて大阪では、うどんの出前をとるときに、風邪をひいたとい
えば、「うどんや風薬」というトンプク薬を添えて届けてくれたと言う事で・・・うどん屋さんに
は、風邪のシンボルである青鬼を武者が射落とそうとしているポスターが張ってあり、風邪
薬が常備されていた様です。
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 実際、古い映画や季語にも、トンプク薬を飲んで、熱いうどんをふうふういいながら食べ
て汗を流し、風邪を治すと言う風景が描かれています。

 そう言えば・・・うどん屋と風邪を扱った落語に「かぜうどん」と言うのがあります。
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 町を流す夜なきうどん屋。とあるお屋敷から声がかかり、それがいかにも小声なので、
「内緒の集まりでの夜食だろう」とうどん屋が気をきかせ、同じく小声で対応すると、お客
が「うどん屋、お前も風邪かひいたんか?」...森乃福郎・桂枝雀の「かぜうどん」がお勧め
です。

 ちなみに、全て「宣伝」ではございません(笑:一銭も頂いておりませんので)。

 尚、日常的には「紅茶」や先日お話し致しました「チャイ」に("マサラチャイ"を愉しむ)ジ
ンジャーを加え、「風邪」や「冷え性」に対応している春風堂です。 
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by cute-qp | 2009-02-21 00:00

 唐突ですが...私達の日常の中には様々な「法律」や「政令」等があります。しかし、意外
に私達はその存在すら知りません。

 そして、「遅ればせながら」若しくは、「タイミング悪く」それを知った時、役人に文句を言っ
ても「ホラ!ここにかいてあるでしょ」...なかなか皆さんが目にしない「官報」などに法律は
「そっと」公布されていて、詳しく、明白に公表していないのですね。

 ですから、「"法律"は知っているものの為にある」などと評されます。

 同じく、皆様におかれましては、自分自身の心や体を「人任せ」にし、「認識不足」になっ
てはおられませんか?

 その為のお手伝い(「心身調整」と「神経訓練法」)を春風堂では行っており、また、皆様に
ご興味やご関心を持って頂くため、当ブログで「公私」・「分野」に囚われず、日々、様々なお
話をさせて頂いております。

 そして、今日は皆様のお役に立つかもせれない?HPをご紹介致します↓。

「健康サラダ ケガ・急病時の応急手当」

 人が倒れていて意識がない――。「いざ」というときのために、上記HPが参考になると
思います。

 例えば、心臓マッサージの際、大人と子供とで圧迫部位や回数が異なり、その違いを
イラストを使って説明。

 大人の場合、人差し指と中指で一番下の肋骨から胸骨を探しあて、その真上に両手の
付け根を重ねて、1分間に80―100回のペースで圧迫します。

 対して、子供の場合は、乳頭を結ぶ線と肋骨が交差する場所から指1本分足側の部分
に、中指と薬指をあて片手で圧迫する。回数は幼児・小児の場合は大人と同じだが、乳児
の場合は1分間100―120回となります。

「こどもの救急」

 コチラは突然の発熱やケガなどが多い子供に関するHPで、症状別にこどもの状態を表
す項目を選ぶと、どう対応すればよいかを指南してくれます。

 「下痢」の場合には「生後3カ月未満である」「何度も吐く」などが表示され、当てはまる症
状をチェックして「結果を見る」をクリックすると、今すぐ病院に行くべきか様子を見守るほう
が良いかを教えてくれます。
 医者にはどのようなことを伝えると診察に役立つのかといったアドバイスも掲載されてい
ます。

「おくすり110番」

 病院に行けば薬を処方して貰えますが、薬局で簡単な説明を受けるとはいえ、この薬は
どんな薬だろうか?と不安に思うことはないでしょうか?...そんな時のこのHPが役立つか
もしれません。

 「病気別の薬フォルダー」や「ハイパー薬事典」では、病院でもらえる薬の作用や特徴、
飲むときの注意事項などが網羅され、ジェネリック医薬品(後発医薬品)との値段の比較
も閲覧出来ます。

 また、妊娠中に気をつけなければならない薬についてまとめた「妊娠とくすり」や、特定の
病気の人や薬を飲んでいる人向けの情報をまとめたコーナーもあります。

「上手なセルフメディケーション」

 ドラッグストアに並ぶおびただしい薬の中から、自分に合う薬を選ぶのは難しいですね。
鎮痛剤ひとつでも、成分や副作用の違うものがあり、服用方法が自分の生活ペースに合
わない場合もあります。

 このHPには4000以上の市販薬を製品名や成分、症状など6項目から検索することが
で、検索結果では製品写真や効能・効果、用法・用量など添付文書の掲載情報を表示
されるめ、店頭の商品がどのような薬なのか、買う前に知ることができます。
 また、添付文書そのものをPDFファイルで掲載している薬もあるので、万一無くしてしま
った場合も便利で、新製品情報や、薬の飲み方や保管のポイントなど正しく薬を使うため
のコラムもあります。

「漢方ビュー」

 漢方薬の基礎やQ&Aのほか、女性医師のコラムや女性の診療体験リポートなど女性
を意識した内容になっており、医師が処方する漢方薬と薬局で購入できる漢方薬の違い
、「冷え性」「便秘」「疲労」など症状別の解説と対処方法など基本的な情報に加え、漢方
薬の費用など関連情報も掲載されているHPです。

 ↑以上です。

 全てが全て春風堂のオススメの見解になっている...とは言い切れませんが、今回は
皆様に役立つと思われる「救急」と「薬」についてクローズアップしてみました.

 ちなみに、「身体と心の働き」についても...「知っている」・「感じている」人だけのも
の?と言えるかもしれません。

 そのお手伝いを春風堂は行わせて頂いております。

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by cute-qp | 2009-02-20 00:00

 唐突ではございますが、私はここ数年で「メモ」を取る様になりました。
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                        腰リールメモ帳

 恥ずかしながら、時折、「朝食べたご飯も思い出せない」(笑)程、忘れっぽくなったと
言う事もあるのですが、その時、「感じた事」や「反省」、「ビジョン」などを何となく書いて
おきたくなったのが切っ掛けです。

 かと言って、その為に「特別」に準備したものはなく、普通の「手帳」に日々思った、他人
様には本当に「拙い」事をメモしています。

 そうする事で、何とはなしに、日々の「自己管理」や「自己確認」、「反省」になったりして
おり、一年後に振り返ってみて自分で「成る程~」と思ったり致します(笑)。

 そう言えば、急に話は飛びますが...私は落語が好きで、もっぱら「上方落語」を中心に
聞かせて頂いているのですが、「江戸前」も少し聞かせて頂いております。

 その中のお気に入りのお一人に先代の「林家三平」師匠がおられます。

 私の物心ついた頃には既に晩年期で、タイムリーに、その芸を愉しんだわけではありま
せんが、時折、特集される白黒レベルの映像を見ても、全く「古さ」を感じさせない、単純
に「面白い」芸に毎回感心しています。

 そして、もう多くの方がご存じの事と思いますが、当時として、その「奔放」に見える芸風
が「緻密な計算」の上に成り立っている事にも驚きます。

 その「メモ」(ネタや指針についての)の多さや「勉強会」などは、今となっては「普通」か
もしれませんが、今にしてもその「膨大な量」と「丹念な積み重ね」は凄いと思います。

 実際、普通に見ると、その非凡な「感性」から「当意即妙な"間"」を入れた様に思ってし
まう「一挙一動」が、良くよく観察すると、実に「計算されたものか」良く分かります。

 勿論、元々の「天性」もあっての事だとは思いますが、その上の「努力」は本当に凄いと
思います(反面、その「緻密さ・繊細さ」と「忙しさ」で「自己消耗」してしまった感があり、悲
しくもあるのですが)。

 断線ついでですが...最近、安易な「使い捨て型お笑い」が多いですが、結局、息の長い
芸人さんは「MC」や「司会」が出来る人の様です。

 そして、島田紳助さんは特に有名ですが、そう言う方は「メモ・分析魔」が多い様に感じま
す。

 もとい...一度、皆様も「感じたこと」や「夢」、「反省」、「備忘録」として色々な事を「メモ」な
さってみませんか?

 特に、「誰に見せる、誰が見るもの」でもございませんから、本当に日々感じたことを感じ
たままに今お持ちの手帳に書いてみて下さい。

 逆に、自分以外、身近な親族にも「見せない(生存中は:笑)」方が良いと思います...密
かな愉しみです(ドリームキラー対策:笑)。

 ちなみに、「毎日」お書きになる必要はありません(但し、書いた日付だけは明確に)。

 ただ、「習慣」がついて来ると、自分自身や周囲に対する「好奇心」が働いて来て、何と
なく毎日になっている気がします。

 参考に、私の過去に書いたメモを少し。

 ○/○ 「水」は優しく正直。けれど、全く妥協も容赦もない。今日も溺れる。浮力の確認。
       水との釣り合い。「浮力」と「重力」を共に生かす。

 ○/△ 笑って(喜んで)頂けるまでは泣く修行。芸は人なり。
       「万事機嫌良く」...取り敢えず「笑顔」。先ずは「形」から。
       毎朝、鏡を見る。そして、「笑ってみる」。
       何でも出来る事からやってみる。 

 ○/□ 頭の重みを推進力(倒れ込み)に変換。首、肘を吊す位置はそれに連なる。
       「持ち上げる」と「吊す」は似て非なる。明確に感覚を分ける。

 ○/× 臨界点まで行かないと「イメージ」が見えない。「良し悪し」すらも明確にならない。
       相手の立場や状況をよく推測する→イメージが立ち上がる・像を結ぶ。

 ○/● 臨界点を繋ぐ。丁寧に繋ぐ。呼吸のバランスと虚実。
       臨界点を繋ぎながら戻る。丁寧に戻る。こまめに「確認」と「方向修正」。

 ○/◎ 甘いものが無性に食べたい。「身体」でなく「心」の欲求。
       敢えて、取り敢えず、食べる...早速、「脾虚肝実」。
       そんな自分を観察、「アンバランス」を「修正」してみる。

 ○/* 「肝」が立ってきた。「春」が来た。
       「人生の春」にも努力せねば。潜在意識は私の「春」を知っている?

 ○/+ 現状で、目一杯の臨界点を作る。日々、臨界点を更新。
       臨界点へ至る道筋・感覚は「一筆書き」や「一線」書きの感覚。
       「保息」は臨界点の呼吸。「有酸素運動」→「保息運動」。

 ○/$ 全体のイメージを広げて考える。
       相手の気持ちを尊重して感じる。直ぐ対応。
       「Plan(企画)→Do(実行)→See(検証)」でなく
       「See(観察)→Do(実行)→Plan(次への指針)」。仮説。

 ○/% 「体重は増えない!」と決めてしまうとイメージを平均として極端には増えない。
       食べたい時に「適量」食べ、「日に○(何)食」には拘らない。
       ついでに「なりたい自分の外見」も決めてしまうとより良いかも。
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by cute-qp | 2009-02-19 00:00

日本舞踊と身体 (2)

 昨夜に引き続き、演劇出版社刊 「日本舞踊入門」より「日本舞踊と身体」を引用・掲載
させて頂きます。

膝・足首の空間

 舞踊と民族の関係には強いものがある。日本人の習慣・風俗は、日本人独特の身体を
作りあげている。

 日本の民俗芸能や能や歌舞伎をみていても解るように、すべて、膝が曲がった空間で
ある。
 日本人は″膝小僧々と親しんでいるように、膝頭の出方が大きいしたくましい。長年の
坐りや下駄ばきの生活によるものだろうが、膝・足首の力が強いのである。

 野球のピッチャーの投げるフォームを「外人独特のフォーム」という記事をよくみかける。
野球は、もともとアメリカのもので、外人独特々という表現はおかしいが、日本人のフォー
ムとはまるで違う。

 一つに、膝の使い方、膝のカを利用する投げ方が違うのである。

 特に、ハイヒールをはいた人の歩きかたが顛著である。西欧の人は、ぐっと重心が上へ
上がって膝が伸びるが、日本人は、膝が曲がるので、くの字で歩く人が多い。

 『三社祭』 や 『うかれ坊主』 は、よく、洋舞の動きと比較されるが、錦絵をみても膝や
足首は曲がったままで、この方に持ち味や美学をみせている。
 近年、足首を伸ばしたり、腰を伸ばしたりする動作をよくみかける。この方に美学をみい出
すのは、近代の悪弊といっていい。
 洋舞で訓練された人が民俗芸能を踊ると、膝が開かず、まがらない。膝で締るカ、訓練が
ないのである。

 ″舞踏”がフランスで異常な人気を受けているが、異国趣味と同時に、膝と足首の空間の
もつ「肉体」の美学も一つにはあると思う。

 日本舞踊を訓練して来た人は、日本舞踊を踊るための身体が出来ているわけで、新しい
踊りを踊るからといって、急に洋舞の技法をまねてもいい作品が出来るはずがない。

 舞踊の根本にある「肉体」の表現技法を充分に把握した上で、舞踊表現を心掛けなければ
ならない。

 その時、日本舞踊の身体的特長である膝や足首の空間の占める位置は重要である。

(参考)
 芸術的な骨盤時計
 日常を見直す ~立ち居振る舞い~
 バランス感覚を磨く (1)
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by cute-qp | 2009-02-18 00:00

日本舞踊と身体 (1)

 演劇出版社刊 「日本舞踊入門」より「日本舞踊と身体」を2回に分けて引用・掲載させ
て頂きます。

ナンバ

 ナンバは、右手と右足、左手と左足がいっしょに動くことをいうが、ナンバという言葉自体
はそう古い言葉ではないようだ。ナンバは、南蛮とか難波・なにわ、からきたという説もあ
るが確かでない。

 現実に、上方の舞い方では、右手と右足、左手と左足がいっしょに動くことが普通で、
その逆の方をナンバという。(S56・9国立劇場舞踊鑑賞教室、吉村雄輝の発言より)

 一体、人間が歩く時、右手と左足が前へ、進むというのも疑ってみてもいいと思う。

 歩くということを意識的に教えられるのは、幼児教育の”行進″であろう。よく、幼児は
、右手と右足をいっしょに動かす。これをあやまりとするのは教育の問題で、右手と右足
をいっしょに動かしても悪いことはないと私は思う。

 多田道太郎著の「しぐさの文化」の中でも江戸時代には、いったいどう歩いていたのか
を問題点にしている。

 右手と左足を前にする歩き方は、ごく平凡で、生活のゆとりを感じる。弛緩された動作で
あるといってもいい。
 何かに危機を感じたり、攻撃をしたり、情緒をあらわす動きはすべて、右足と右手はいっ
しょに動く。ナンバの動作である。

 洋舞は、ナンバではないというが、表現の質で使いわけていて、感情を込めた動きはや
はり、皆、ナンバ足といっていい。

 志賀山流にナンバ足が多いというのも、舞踊の表現としては、当然そうなるべきであって
、近代の流れとともに、自由さとか解放とかが尊ばれ、ナンバ足をきらう傾向になったとい
える。

 すぐれた、クラシックバレエは、ナンバ足を見事に使っているし、モダンダンスでも同じこ
とがいえる時が多い。
 要するに、舞踊表現は、身体と心が不即不離の状態であって、心を表現する時には、
身体が緊張し、すでに、表現がナンバになっているわけである。

 剣や刀をもつた状腰、作業をする時、愛を表現する時、すべてが、ナンバの状態にある
のである。

 かぶきの、六方や丹前の伊達な歩き方も、身体の緊張した状態をいっているので、これ
はまさしくナンバ歩きであるし、走るという動作にしても、表現はナンバの方がカが出ている
ようにみえるのである。

 徒競走では舞台に、その表現は残らない.

腰を入れる

 腰は運動の基本である。舞蹄でも腰は最大のポイントである。

 「腰骨入れる」ということは、洋舞でも邦舞でもやかましくいわれる。日本舞踊で、「腰を落
とす」 という口葉を使うが、これは、見た目からの判断で、舞踊としては、「腰を入れる」と
いう言葉の方がいいと思う。

 腰を入れるということは、舞踊の基本的な姿勢を作るということにもつながってくる。

 能の舞の美しさの原点は構えであり、この腰を入れる修業は厳しい。バレエでも同じこと
がいえる。

 腰を入れるには、二つの作業があると思う。一つは、身体を足から上に引き上げる空間造
りである。
 身体を引き上げる空間造りは、洋舞、邦舞、全く同じといっていい。つまり、「腎部の筋肉
を上げる」とか「肛門を締める」とかいった表現で訓練される。この辺は、筋電図を使って証
明する必要があろう(その必要はないと思います。それを感じられれば:春風堂)。

 身体を安定させる空間造りは、呼吸法とも深いつながりがあると思われるが、下腹部への
カの入れ方である。
 日本舞踊では、下腹部でも下の方の丹田にカを入れるが、洋舞では、下腹部の上の方の
横隔膜にカを入れる。

 能の構えの厳しさというものは、この下からの空間と上からの空間の接点のさぐり具合に
あるよう思われる。

 能の伝承芸能としての、かぶき(日本舞踏)は、その点、甘い面があるが、構えを造る空間
を吹き抜けて、振の展開を重要視したからに他ならない。

 振の展開を重要視することも多いが、構えの厳しさというものに目を向ける必要があると思
われる。

 ″舞踏″の面白さの一つに、構え造りがあると思われる。

 日本人は、上体に比べて、足腰が強いといわれるが、それは、農耕民族特有の粘り強さの
足腰であろう。遊牧民族の足腰は、また違った力強さを持っている。

 舞踊を作る時、自身の身体的特長を充分把握してとりかかる必要がある。
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by cute-qp | 2009-02-17 00:00