カテゴリ:バランス運動療法・調整法( 591 )

 先ずはコチラをご覧下さい↓。

お手軽、「ゆび編み」でリハビリ ざっくり感魅力、障害者の作品展も

 手の指を編み棒代わりにしてマフラーなどを作る「ゆび編み」の人気が広がっている。
あやとり感覚で気軽に楽しめる上、老化防止やリハビリにもつながることから、高齢者
や障害者の間でも熱中する人が増えているようだ


 ゆび編みは、1996年ごろ、ニットデザイナーの篠原くにこさんが考案した。かぎ針や
棒針などの代わりに手の指を使って編むため、ざっくりとした仕上がりになり、手軽に
挑戦できるのが魅力だ。「自分にも出来た」という達成感を味わいやすく、保育園や小
学校、地域の趣味の教室などで楽しむ人が増えている。

 篠原さんが理事長を務める「日本ゆび編み協会」(東京)では、体の不自由な人たちに
「もの作り」を楽しんでほしいと、2003年から約100か所の福祉施設で、ゆび編みを教
えてきた。半身不随の人は「指が滑らかに動くようになった」と喜び、視覚障害のある女
性は「編み物で作品を初めて完成させることができた」と感動。じっと座っていられなか
った知的障害者の人も1時間以上、熱中するなど様々な効用があるという


 (以降、省略)

 (2009年3月24日 読売新聞)

 ↑、以上引用終わり。
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 外出が難しい、お年を召したクライアントさんにお会いする為、お宅へ訪問させて頂く
事があります。

 その状況は勿論、個々にバラバラですが、「足元がおぼつかない」とか「意識がはっき
りしない」と言う状況を拝見しますと、その大半の方が「手首・足首」の関節や「手足の指」
の動きが悪く、弱々しくなっている事に気づきます。

 そこで、「運動療法」的なアプローチで、取り敢えず、私が介助しながら指や関節の動き
を回復させて行きますと、「身体の歪み」や「運動能力」の回復に加え、「目」に力が出て来
て、「意識」がとてもシャッキリされるのがとても印象的で、私だけでなく、ご家族もびっくり
される事が多くあります(「知的障害の方にも応用出来る」と言う記事には納得しています。)

 また、「花粉症」だけでなく、心身共に何かとゆらぎ易い「春」には、年齢に関係なく、指
や末梢の関節のズレや動きの悪い方の崩れや体調不良の度合いが強い様に感じます。

 そう言う意味で、「ヨガ」で「足首回し」、「手回し」などが重要視される意味が良く分かる
気が致します。

 他を考えると...「書道」・「刺繍」・「ピアノ」・「指回し」・「爪もみ」...色々ありそうです。

 とても皆様にとっつき易い方法だと思いますので、ご趣味に合わせ、オリジナルで「"末
梢"から"神経"に繋げる」遊びをお試し下さい。

 勿論、春風堂もお手伝い致します! 

(参考)
 ① 習慣を超え、体験に学ぶ ~神経訓練は脳に語りかける~
 ② 自己管理の秘訣
 ③ 自分とどう付き合うか? ①
 ④ 自分とどう付き合うか? ②
 ⑤ "他人事"ではないお話
 ⑥ 続"他人事"ではないお話
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by cute-qp | 2009-03-25 00:00 | バランス運動療法・調整法

 以前、神経訓練法としてのセンタリング呼吸法との題でご紹介致しました記事ですが
その"改訂版"を掲載させて頂きます↓。

 「センタリング呼吸法」の基本や大切な部分をご紹介します。

 ① 現状認識

  医療検査はある瞬間の自分しか捉えられず、また、「CT」にはストレスや心の歪み
 は映りません。そこで、まずは仰臥位を取り、リラックスした姿勢で、自分の身体の
 歪みや心の状態などをスキャニングし、自己調整の切っ掛けにします。

 ② センタリング

  「歪み」も1つのバランスです。例えば、右半身が正しく、左半身は間違いと言う
 事はなく、両者は「アン・バランス」を保って、心身を「歪ませ」ます。

  そこで、ゆっくり片手や片足を上げたりしながら、自分の現在のバランスがどんな
 風に作られているかを確認し、それを「より良いバランス」に近づけていきます。

 ③ 呼吸

  例えば、「単純に手を挙げる事」は「筋力」で出来ます。しかし、手を挙げようとする
 時、呼吸が上手く入らなかったり、動きがうまく伝わらない部分がある時、それが様々
 なコリや不調とリンクしています。

  そこで、呼吸運動を用いて、全身を統合して行きます。更に、呼吸は「自律神経」
 の働きと強く結びついて居るので、そのバランスの回復も図れます。

 ④ 臨界点

  過緊張してしまっている筋肉のもつれを解いて行く為には、先ず、「動きのある箇
 所」と「動きの無い箇所(弱っている・固まっている・張れている)」をしっかり認識し、
 動きのある箇所から全身を可能な限り働かせてみて、動きのない箇所を動かす工
 夫をする事が大切です。

  その為には、それぞれの動作の中で呼吸に合わせて「臨界点」まで動いてみる
 ことです。しかし、息を吐きながら大きく動くのが目的ではなく、息を吸いながら動け
 る「臨界点」を感じ、その「臨界点」を広げる為の体内操作を工夫することが大切な
 のです。

 ⑤ 拡張・収縮

  人間の体運動は大きく「丸める・反らす」、「縮める・伸ばす」・「捻る」などに分け
 られますが、それらの動きを、呼吸と頭部でリードしながら行う「拡張・収縮」だと考
 えています。そして、この「拡張・収縮」を行う事で、呼吸毎に、動きの「臨界点」を
 広げる工夫をしていただきたいのです。

 ⑥ 立体的身体

  張りがない身体は、頬や尻が弛んだり、骨盤が広がったり、重力に対抗出来ず
 、「扁平」で「平面的」になりがちです。しかし、息を「臨界点」まで吸うことによって
 、身体が地面に対して立ち上がる様に「立体的」になってきます。そして、張りのあ
 る「立体的身体」を保つことによって、不要な筋肉の緊張が取れます。

  この様に「立体的身体」は、中心軸が出来てくるので、身体のあらゆるバランス
 が取りやすい状況になります。ですから、日常生活での動きも、自然に楽に行え
 るようになるはずです。

 ⑦ 体幹

  呼吸は「肺」だけでなく、「横隔膜」や「骨盤底」、「脊柱起立筋」や「腸腰筋」など
 の「呼吸筋」と呼ばれるものに支えられています。そして、これらは全て「体幹」に
 属します。つまり、我々はこの「体幹」を「ふいご」のように使って呼吸をしているの
 です。

 ⑧ 会陰・丹田・鳩尾・膻中・天突・印堂・百会

  人間の正中線上には、竹の節や飛行機の圧力隔壁の様に意識を置くべきポイ
 ントがあります。それらのポイントが、動く様子やつながり方に注意を払っておくこ
 とがとても大切です。

 ⑨ 重力を感じる 浮かせる・落ちる

  人間は常に重力の影響を受けます。その力と上手くバランスを取ってつながっ
 ているのが「やじろべえ」です。

  これと同じ様に、2本足と言う不安定な状況にあって、重力のバランスとつなが
 っていない場所は様々な愁訴や障害の原因となりかねません。
  
  ですから、呼吸に伴って、身体の重みを感じながら手足を「浮かせ」たり、「降ろ
 し」たりしながら、重力を使って身体のバランス確認するのです。そのことが、体内
 操作によって刻々と変化するバランス感覚を磨くことになります。

 ⑩ 虚を探す 使われていない部位 実とのバランス

  「虚」は力を失っていたり、萎縮したり、使われていない場所などを指し、「実」は
 過緊張や過負荷・過可動してる場所などを指します。その様な箇所や身体の使い
 方の癖及び、そうしなければ動けないと思い込んでいる意識に目を向ける事が身
 体のバランスを回復する為の第一歩となるのです。

 ⑪ 心身のバランスを調整する 神経訓練法

  以上の必要条件を、少しずつチェックしながら、自分自身の身体が変化する様子
 を観照し、身体の使い方の癖に気づき、それを修正していく。自分が体感したことし
 か分かりませんし、その体感すら絶対に正しいとは限りません。正しい動きを求め
 るよりも、本当に楽に動けるかどうかを検証することによって、身体操作が合理的
 で美しいものになります。

  心と身体のバランスを取り戻して行く事がこのボディワークの目的であり、その
 ことが「自律神経」までも訓練して行く方法になります。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪
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by cute-qp | 2009-03-06 00:00 | バランス運動療法・調整法

 今日は"姿勢"と"バランス"について「視覚的イメージ」で見て参りましょう。

 先ず、最近、こう言う「インナーウェア」が流行りですね("桃尻"・"栗ケツ"です)↓。
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 また、こんな講座もあったりします↓。
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 こう言う人達が教えているのですね↓
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 同じ様な姿勢で違うジャンルの凄い人が居ます↓
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 かと想えば...普通に過ごしていて凄い人もいます↓。
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 でも、昔の日本人も普通に凄い人が一杯いらっしゃった様です↓
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 普通にお仕事される姿の姿勢が素晴らしい↓
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 家庭にあっても、何となくその立ち居振る舞いが美しい↓
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 コチラはプロですが...今のお相撲さんより腰の入り方がいいですね↓
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 ところで...バランスの良さってなんでしょうね?それを建物に見てみます↓
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 これを人間に置き換えると↓
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 人間の中身はこんな風に人間を支えています↓
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 だから、赤ちゃんもこの通り↓
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 等々...再度、振り出しに戻って頂きますと、何となく、その共通的などがイメージ出来
たりします。

 特に「首の位置」や「腰回り」、「立ち居振る舞い」等に注目してみて下さい。
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by cute-qp | 2009-01-28 00:00 | バランス運動療法・調整法

"バランス"と"誘導"

 「ひとりでできるアレクサンダーテクニーク」(ジェレミー・チャンス:著 誠信書房)より
引用・掲載致します。

 春風堂の自身の勉強や纏めの一貫ではございますが、"バランス"と"誘導"について
皆様の参考にもなるかもしれませんので少々長いのですがご紹介致します↓。

 あなたの先生はあなたに触ります。絶え間なしに。それはどんな感じでしょう?このタ
ッチがどれほど特別なものであるかを示す話があります。
 何年問もわたしは実験として馬にアレクサンダー・タッチをしてみました。実際に、たい
ていの馬たちはこれが好きです-もっとやってほしいといわんばかりに鼻面を寄せてく
るのです。こころ温まる経験です。

 ところが、ひとつだけ変な抵抗をすることを観察しました。アレクサンダー・タッチを嫌が
る場所があってそれは傷をしたところです。

 おかしなことには、その同じ場所も普通になでたりさすったりするのはよいのですが、
アレクサンダー的な意図をもって触れるや否や彼らは引いてしまうのです。
 あたかも彼らは本能的に、こういったアレクサンダー・タッチは内側をひっかき回すの
であって、普通のなでたりさすったりとは異なることを知っているようでした。

 アレクサンダー・タッチは確かにあなたの内側をひっかき回します。それは協調作用の
自動的プログラミングを内側から測定します。
 じようずな先生にかかると、それがあなたとは関係なしに起こってしまうことが感じられ
ます。先生がうまければうまいほど、あなたは考えずにすみます。
 アレクサンダーは晩年、レッスンを終わって出て来るときに、自分の手を見ながら、もは
や生徒に考えさせなくてもよくなった、なぜなら彼の手がすペてをしてあげてしまうから、
といったそうです。

 わたしは長年アレクサンダー教師の訓練をしてきました。はじめて手で触れる練習をす
るようになったときにする、ひとつのレッスンは、生徒に触れる手の三つの使い方を区別
することです。

 一. 聞く
 二. 誘う
 三. 命じる

 これらをひとつすつ分析すると役に立ちます。生徒としても、先生が手で何をしようとし
ているか理解する助けになります。これは特別のものです。

手で聞く

 先生はだれでもこの訓練を受けなくてはなりません-レッスンを受けたことがないひとに
説明するのは困難ですが、たとえてみればこのようなことです。想像してほしいのはあなた
が手で、何かの物体をそれの中心軸によって立たせようとする、図のような場合です。
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 あなたはそれの重さを引き受けずに、しかもそれによりかかるのでもありません。そこで
あなたと物体は別々のバランスを保っています。
 矛盾するようですが、同時にバランスの相互依存関係があります。たとえば、物体がバ
ランスを失うごとに、あなたはやさしく修正します。
 あなたのほうが物体に重さをかけすぎ、それがまた倒れそうになったら、あなたはさらに
それを修正します。
 このような絶えざる修正は、物体のバランスを聞くことによってのみ可能になります。変
化に気づき反作用することが早ければ早いほど、あなたの努力は少なくてすみます。

 アレクサンダー教師はあなたの協調作用をこんな、せつに聞く訓練を受けています。あ
なたの協調作用に絶えず起こっているバランスの変化について無数の情報を受けとります。

 そしてその情報にもとづいて、彼らの技術の第二の側面を活用させることになります。

手で誘う

 第七章にくわしく書いてありますが、からだのいろいろな部分は、立っているときにも、い
ろいろな方向性をもって動いています。

 立つということは、調整と再調整のプロセスをともなう動きなのです。

 チャールズ・シェリントンというノーベル医学賞をもらった二十世紀初頭の生理学者がい
ました。彼はアレクサンダーの仕事に好意的な発言をしていましたが、かつてこんな指摘
をしました。
 「立つことをしているヒトは絶えず破局の絶壁にいる」というのです。よちよち歩きのはじま
りを見ればそれの真実がわかります。それはアメリカのモダンダンサー、スティーブ・パク
ストンがいったように「内なるダンス」です。

 というわけでアレクサンダー教師の手が耳を傾けているのは、あなたの絶えざる内なる
ダンスです。
 あなたの頭が後ろへ落ちます、首がめりこみます、胸が屈み、腰が反ります、お尻を前
に突き出し、膝を固めます、といったようなことです。
 これらの大きな動きのなかの徹妙なパリ工-ションについて巧まだひとこともいっていま
せんが。

 あなたが現在やっている協調作用のパターンがわかったら、こんどは先生は手を使って
直接あなたの神経組織に話しかけます。そして異なった種類の内なるダンスヘと誘います。

 それほど下向きの圧力をかけたり、緊張をしないですむような種類のダンスです。これは
複雑な誘いです。

 というのも、毎秒ごと何千何百万の運動ニューロンが絶えず変化しつつある何千何百万
の状況に反応して、何千何百万の筋腺維を興奮させているのですから。
 そのなかでアレクサンダー教師の手が何かいわせてもらえるなどとは驚くべきことです。
 アレクサンター教師がこの基本的技術を身につけるだけでも三年間の訓練がいります。

 なぜ先生は普通にことばで協調させるように言ったらよさそうなことを、手で誘うのでしょ
うか?手で触りまくったりするより、そのほうがずっとかんたんではありませんか?

 実際に、良い先生はそのようにします。ただし、手を使ってあなたの内部に先生が経験し
てほしい感覚を引き起こした、その後でします。
 この理由はかんたんです。あなたの協調作用は「あなた」が起こしているのでは、ありま
せん。というのは、考えてごらんなさい。あなたはほんとうに支配してはいない、あるいは
感じてさえいないのです。
 毎秒ごとに微妙な変化が、あなたの頭、首、胸、墓、腕、脚とアゴで起こりながら、あなた
はこの本を読んでいるのです。

 これらすべてが今起こりつつあることを感じることができますか?もろろん、できません。
 何が起こっているかはまったく知らないのです。実際、アレクサンダーはこういいました。

 「わたしたらが自分の状態を知らないでいるのは、イヌやネコが自分を知らないの
と同種だ」(アレクサンダー)


 何かがこの内なるダンスをみちびいていますが、それが「あなた」でないとしたら、それは
だれでしよう?それはあなた以外のだれでもありませんが、たいていの場合に自分だと思
っている意識的な自分ではありません。
 この内なるダンスを操っているのは大脳皮質よりも意識下のセンターによるもので、脳幹
神経節、中脳、後脳などの恐ろしげな名前がついています。
 幸いにも、これらのセンターは暗示を受け入れますから、アレクサンダー教師の手の誘い
によって統合的にダンスしてくれるのです。
 もしこれがうまくいって、あなたも先生の手の誘いとうまく協調すれば、まもなくからだの変
化を感じます。これをあなたに経験してほしいと、アレクサンダー教師は誘うのです。

手で命令する

 先生の手があなたの気をひくことができなければ、あなたは動くはずがありません。です
から、あなたの協力がどうしても必要なのです。

 アレクサンダーの手がもっていたほどの能力のある先生は、世界中にほとんどいません。
アレクサンダーは片手をあなたの頭のてっペんにおいて、イスからあなたを文字通り引っ張
り上げて立たせることが、彼の手にある方向性により、できたのです。
 それは(伝えられるところによると)まったく奇跡のように生徒を空中に吸い上げる感じで、
そのひとはどうしようもなかった、といいます。

 わたし自身はいまだにそのような経験はしたことがありません。しかし先生の手がほんとう
に効果的なときには、たしかにあなたの協調作用に何をするかを命じます。
 その結果あなたは何もしないみたいなのに、あなたのからだが変容しているのに、ただた
だ驚くのみでしょう。これはほんとうにすばらしい感じなので、多くのひとびとがレッスンをや
められなくなるのです。

 しかし命じる手は押しつける手にもなりますから、これはわたしの教師養成コースで警告
していることでもあります。

 教師があなたを操って、教師があなたにとって正しいと感じるパターンに入れてしまうこと
は、それはど心地よい緯験ではありません。アレクサンダー教師と詐称するひとたちはたい
ていこのようにやります。
 それらしくは見えるけれど、自分自身ではなくなるようなレッスンは避けるほうがよいのです。
 このことはまた先生があせるとか、偉そうにするとか、正しいことを知っていると思い込んで
いるときにも起こります。それはあなたが判断しなくてはなりません。

 レッスンは具体的に得ることがなくては、続きません。

 問題の核心は、よい先生はあなたにとって何が正しいのかは知りません-それは言いすぎ
ですが、悲しいことに、それを知っていると思いこんでいる各種の施術者たちがあまりにも数
多くいます。
 わたしたちアレタサンダー教師が知ることは、あなたにとって何が利益にならないかという
ことです。アレクサンダーはいいました。

 「自分がまちがっていることを知ること、世界中でわかることはこれだけだ」
(アレクサンダー)


 まちがったことが起こらないようにやめることの学習から、行動への正しい方向が解放され
てきます。
 このために先生の手が直接あなたの運動系に話しかけます。同時に先生のことばがあな
たの意識に訴えます。
 すると先生と生徒の両者が、不適切な動きのモザイクが起こるのを防ぐことを、いっしょに
学びます。
 いままではこれらもろもろの動きがいっしょになって不協調作用を引き起こし、それであな
たはレッスンに来たのでしたね。
 わたしの先生のマージはいったものです。「あなたが獲得するのは、いままで持っていた
ものの喪失です」。

 そして破女の自がキラっとするのです。
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by cute-qp | 2009-01-17 00:00 | バランス運動療法・調整法

 
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 こちらは「キューピー」の創始者「ローズ・オニール」の手になる「キャラクター」の描き
方についてのです。

 実は「キャラクターは丸で構成される」ことを世界で初めて実証したのがローズ・オ
ニールで、1936年「キューピーヴィレのスクートルズ」誌上、キューピーが丸から誕
生することを実際に絵にかいて実証しました。
 明快な顔の輪郭や小さな丸点の鼻、点のようなまゆ、一本の曲線で描かれた口...
キャラクターの基本である丸と単純化されたラインは20世紀の後期から世界中を巻き
込んだキャラクターの原型となりました。

 この特色は「手塚治虫」さんも同じで、丸が作品構成やキャラクターの随所に見えま
す。実際、フリーハンドでかなり正確な円や線も描けたそうです。(なお、逝去前年、林
家木久蔵に「木久蔵さん、僕はね、丸が書けなくなった」と体調の不良を語っていたと
言います。また、作品の志向性とこの丸構成が「時代遅れ」となった悲劇もありました。)

 現在、春風堂が「調整」や「呼吸」を誘導させて頂く際、如何に、骨盤や体幹を「丸く」形
成して行くか?が1つのポイントとなっています。

 面白いもので、皆様のお身体を拝見する際、「アンバランスな状況」と言うのは「扁平」
であったり、「角張ったり」、「捻れたり」、「偏ったり」して、全体の雰囲気が「丸く」立体的
(球体)に繋がっていない感じがあります。

 そんな場所を「うどんの生地」や「粘土」をこねる様に、1つ1つの「丸」を「部分から全体」
、「小さいモノから大きなモノ」、「表面から深部」に形成し、体全体を上手く「1つの丸」に
して行きますと全身のバランスが整って行く様に思います。
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 従いまして、自分自身で行う「骨盤時計」やその他の「運動」にもこの辺のイメージを
常に感じて動いています。

 宜しければ是非、お試し下さい。
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by cute-qp | 2008-12-30 00:00 | バランス運動療法・調整法

背骨で呼吸するとは...

 野口晴哉先生の「愉気法2」より引用、ご紹介します↓。

背骨で呼吸することについて

 背骨で息することについての昔の原稿が、六月の『月刊全生』に載りましたところ、こ
れを実行しょうとする人の質問が毎日、いく日たっても減りません。昔発表した時は、誰
からも質問もされず、実行したということも耳にしませんでした。私はそれ故、こういう
ことは話しても駄目なのだと思い、以後は口にしませんでした。しかし、私は実行してお
りました。

 相手や周囲が強大に感ずる時は、自分の背骨の気の抜けた時だけだと分かりましたの
で、気の弱い私には人と口をきくのにも、人に会うのにも、新しい場所に行くのにも都合が
よかったからです。それに疲れた時に行なえば、それこそ忽ち背中に汗が出、ポキポキ
音がして疲れは抜けてしまいます。心が統妄ると、バラバラの心では分からないことが
分かり、感じられないことが感じられるようになるので、私は随分便利をしました。

 食物を食べるにしても、絵を観るにしても、音楽を聴くにしても、私は背骨で息をしてから
にします。心が澄んできます。それに実行するのに場所を選びません。いつ、どこででも
、そのまま行なえます。歩いていても、話しながらでも、そのまま行なえます。私は忙しい
ので特定の時間を要することはできません。背骨で息することなら運転していてもできま
す。

 (中略)

 しかし、他に伝えるとなるとむずかしいし、説明困難です。ただ、合掌行気の時、手で呼
吸する如くするということしか言えません。気を鎮めようとする時は誰も無意識に行なって
いるのですが、いざやるとなるとむずかしい。しかし、人間の真中に気を充たすことは、考
えている以上に人間の行動を楽にするものです。感覚が敏になると世の中がこうも豊かに
美しく感ぜられるものかと自分で実行するたびに驚いております。

背骨で呼吸せよ

 呼吸は鼻でするものと決めてしまっている人がある。中でも大切なことは背骨で呼吸す
ることだ。特に心を背骨に集中して背骨で腰髄まで吸い込むことは、一切の健康問題を解
決する力を持っている。そして背骨から腰で息を調えると疲れない、老いない。いつも元
気に、活き活き生きられる。

 吾々は今まで健康法というと、いろいろの体操類似行為を連想し、養生法というと飲食
物の摂取方法の如く考え、修養法というと、いろいろの観念をこらすことの如く考えて、
心を無にし、呼吸を調えることの重要なことを閑却していたきらいがある。しかし息が乱
れては運動もスムーズにはいかない。足にカがあっても馳け続けるわけにはいかない。
人間という生活機関の原動力としては飲食より空気の万が一そう端的である。

 どんな観念をこらしても、心を無にするより他に呼吸を静かにする状態はない。

 東洋に於ける古来の養生修身の方法が、一致した如く、呼吸を深く調えることにつきて
いることは故なきでない。印度に於けるアナ・アバーナ、中国に於ける煉丹術、我が国に
於ける息長の術、その他は一つもない。剣をとるにも、華を活けるにも、茶をたてるにも
、息ということを無視して、その真髄はつかめない。養生修身の道に、心を無にし、息を
調えることが閑却されていることは、養生修身の道の不徹底なるを物語るものだ。

 あまりに外物に頼り過ぎて自分を失っていたのである。この辺で落ち着いて調息のこ
とを生活にとり入れる考えを持つべきだろう。

背骨で息する

 だるい時、疲れた時、身体に異常感がある時、心が不安定な時、気がまとまらぬ時、
静かに背骨で息をする。膿まで吸い込んで、吐く方はただ吐く、特別に意識しない。この
背骨で息することを、五回線り返せば心機一転、身体整然とすることが、直ちに分かるで
あろう。

 武藤博忠氏は「背骨に息を吸い込んだ途端、身体が充実することが分かりますねえ」
と、その実感を話されたが、山本有三氏も、背骨へ行気する方法をやっておられるとか、
確かに若くなられた。

 背骨で呼吸するといっても、捉え処がないという人が多いが、それを捉えた人は、皆活
き活きしてくる。顔がそれ以前と全く異なってくる。腰が伸びる。何故だろう。平素バラバラ
になっている心が一つになるからかもしれない。脊髄に行気されて、その生理的なはたら
きが克まるからかもしれない。

 ともかく、人間はこういうわけの分からぬことを、一日のうちに何秒開か行なう必要があ
る。頭で分かろうとしてつとめ、分かってから分かったことだけ行なうということだけでは、
いけないものである。自分の心が静かになった時、自分の心に開いてみるがよい。広い
天体のうちの一塵である地球の上の人間が、分かったことだけやろうとしているその寂し
さは分かるであろう。頭で分からなくとも、背骨で息をすることが、宇宙の心に通う道筋に
なるかもしれない。

 荒唐無稽にあこがれる心は、潜在意識の裡には誰も持っている。そのため、詩があり、
お伽話があり、宗教がある。疲れたまま眠るより、乱れたまま心を抑えるより、まず背骨
で息をしよう。その後でどうなるか、そういうことを考えないでやることが脊髄行気の方法
である。

 ↑以上、引用終わり。
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by cute-qp | 2008-12-16 00:00 | バランス運動療法・調整法

呼吸と伸張

 今まで「呼吸法を使って...」等述べて参りましたが、今回は、「呼吸法」と言うものを
実践する上で大切な「身体の伸張」について少し述べてみようと思います。

 「身体の伸張」は呼吸や意識に伴い、「全身の弾性」を強化することで体幹が必ず
伸張しなければならず、「弾性」があって初めて進み、「張力」となります。

 つまり「張力」が「弾性」を生み、「弾性」が「身体の伸張」を生むと言うことです。

 そこで、身体各部をどのように伸張させるかについて、中国武術の内家拳(身体の
内の働きを重視した拳法。その一つに太極拳があります)における基本的な要訣に
基づきお話します。

(1)虚領頂勁と気沈丹田

 いわゆる「虚領頂勁」とは首のカを頭頂へ向け、抜いて起こすことであり、「気沈
丹田」とは気をしたに向け丹田へ沈めることです。
 この2つが合わさって意識において相反する方向へ開く気持ちが出来、これが
身体を伸張させる感覚となります。

(2)含胸抜背

 含胸は胸部を張り出してはならず、また凹ませてはいけません。胸を背のカを
抜くための柱とするのです。

 なぜなら力学上の(支柱〉は湾曲してはいけないからです。背はこの支柱によっ
て力を抜き、これを背の「抜長」とか「通背」言います。

 これに関し、初学時にはラクダの背になることを抜背と間違え易いです。ラクダ
の背にすると前胸部は必ず凹み、前胸部の支柱作用は失われるだけでなく背に
「抜長」の弾性も失ってしまうはずで、同時に健康にも良くありません。

(3)沈肩墜肘

 沈肩の主な効用は上腕部と肩部を下げることによって上腕を立体的に引き締
め、鎖骨を吊り、上半身の「土台」を作ることです。

 同時に墜肘によって肘と肩の部分間が伸張します。前腕に螺旋の纏糸連動を
させようとする場合、墜肘を中心とします。
 同時に墜肘と坐腕(傾ける〉は肘と前腕の間に伸張を生むことか出来、沈肩墜
肘と坐腕を行うことで腕全体の伸張が可能となります。

(4)締鼠屈膝

 これは足の伸張のことで、足は地面に直立しており伸張は難しいです。

 この下半身の使い方の特徴を、「開股」(円月当)と言ったりしますが、この
表現が勘違いを生み易いので、私は「締鼠」としました。

 「鼠」とは「そけい部」の事です。

 何故なら、本質的な意味は「脚の外側を緩め、内側を充実させる」意味で「ガ
ニ股(外見上のアーチ形)」ではないからです。

 これに膝頭を緩めて旋転する「屈膝」を加え、この足の旋転に手、肩、体幹の
旋転をともない、全身の旋転を、徐々に上昇させます。

 そうすれば根は足にあり、腿に発しし、腰を〈エンジン〉として手指で形を表す
という全身一体の張力になります。

 少し、脱線ですが、人の身体は誰でも同じで、要点も同じ...とは言え、人種に
よってやはり身体の使い方や重心、特徴は異なります。
 例えば、同じ「腰腹を重要視する」とは言え、西洋人・インド人・中国人・日本
人では意識する位置や作り方も違います。

 そのそれぞれを実際、色々なジャンルで使い分け、研究した上で、私は師同
様「健康重視」と「日常回帰」の意味で「能・狂言」の姿勢に近い「腰腹」の作りを
採用しました。

 以上の四つの規則を総括すると、体運動は体幹、手、足と全身を伸張する
必要があります。
 伸張は弾性を生み出すだけでなく、体運動の基本である「張力」になり、精
神を自然に高揚させ、力みすぎて無駄なカを出してしまうような失敗を回避す
る大きなポイントになります。

(5)呼吸による「張力」の連動は人が固有に持つ運動ではない

 「張力」は弾性を生み、弾性を持った「張力」は筋肉自身の弾性だけでなく、
筋肉の弾性の基礎の上に骨格や靭帯などを筋肉と連合させ伸張させた中
で訓練され出来るものです。

 それは人が持つ固有の運動(力の出し方)ではなく長い間練って初めて生
まれるものです。

 無から有へ発展し、有から強に至る...このような弾性の「張力」を練れば、
以上の4つの要訣に従うことになります。

 キーポイントは先ず意識と呼吸、イメージを用い、身体を連動させ、順々に
動きの臨界点を繋げて伸張させて行く事です。

 ですから、呼吸と共に、太極拳は「ゆっくり滑らかに動き」、水泳は「蹴のび」を
大切に練習にし、ヨガは「前提条件とバランス、臨界点を刻々と作りながら」動き
ます(勿論、これだけでなく、全て同じです)。

 今日は(おまけ)がございます↓
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by cute-qp | 2008-11-01 00:01 | バランス運動療法・調整法

筋肉は「感覚系」?!

 唐突ですが...通常、解剖学などでは「筋肉」は「運動系(器官)」とされていますが、
春風堂の感じ方はそれとは少し違います。

 何故なら、筋肉は先ず「感覚系」であって、その上で「運動系」だと感じているから
です。

 一般的に、「力や運動を作り出す源」を私達は「筋肉」だと考えています。そして、
その大きさや強さを「腕力(筋力)」と感じています。

 しかし、実際は「重力」と「バランス←→アンバランスのベクトル」が力を作り出してい
ます。

 ならば、筋肉の役目は何か?と言いますと「力の方向性」や「力の時間軸」を調整す
る作用を担っていると考えています。

 例えば、手に水を入れたコップを持って立っているとします。

 この時、私達はどうやっても水の動きを「止める」事は出来ません...せいぜい、水面
を静かに「保つ」事が出来るに過ぎないと思います。

 この現象は私達自身の心身にも言える事で、例えば、私達は「じっと立てる」様に思い
ますが、「重力」や「外力(ストレス)」に対し、「弥次郎兵衛」の様に、常に微妙なバランス
を取りながら、その場に「留まっている」のが本当の所です。

 その事実は実際、「目を閉じて立ってみる」と良く分かります。

 ちなみに「目」は「感覚系」で「モノを見る」働きをしますが、「内耳」共々「姿勢の維持」
に関わっています。

 同様に、姿勢の保持には「触・圧覚」や「深部感覚(位置・運動感覚)」も関与しており
、「筋肉」はそれを感じ取る「センサー」や「サーモスタット」の様な機能があると言え、
それをして「運動系」である以前に「感覚系」でなくてはならない...と思う訳です。

 そこで、筋肉を「感覚系」として用いながら「神経訓練」を行っていく事により、大脳
の動きを支え、姿勢や運動の維持を受け持っている「小脳」に正しい運動をプログラミ
ングして行くことが出来ます。

 ちなみに、ロルフィングなどでは、「筋肉を包む「筋膜」は「運動や生活習慣」や「ストレ
ス」を記憶する」との説明がありました。

 この様な観点に立って、自分を取り巻く状況から日常生活を捉えてみますと、私達が
思ってきた「常識」が変わって来て、生活上のごく基礎的な所で「ボタンの掛け違え」が
起こっている事に気付きます。
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              増永静人先生 著 スジとツボの健康法より

PS

 「重力を感じる」...って意外に難しいものですね。

 そう言えば、初めて「重力」を感じた時、私は、その場に立っていられない程の重みを
感じ、凄い衝撃を受けました。

 その追体験と申しますか...春風堂の現在の水泳のメニューの中に、「30分泳いだら
トイレ休憩」と言うのがあります(笑)。

 以前お話致しました様に、水の中ですから「重力・浮力」や「バランス」は感じ易いの
ですが、一度、水から出て、フルに「重力」を感じてみます。

 これが多少の疲れもあって、もの凄く重くて歩くのも結構辛いのです。

 ところが、「蹴のび」中心の練習の後、暫時、この時間を設け、「重力感覚」を持って
水に戻るとよりスムーズに「伸びる」感覚が増し、リラックスして泳げます。

(参考)
 「水の中で骨盤時計」
 「水の中の瞑想」
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by cute-qp | 2008-10-15 00:00 | バランス運動療法・調整法

 昨夜の、「基本に立ち戻って ~神経訓練法の実際~」を受け、今日は「習慣を超え、
体験に学ぶ」と題し、「脳」について春風堂の考えをお話致します。

 唐突ですが、30歳を過ぎると物忘れも激しくなり、その理由(言い訳)として「脳の神経
細胞は、1日に10万個死滅するから!」なんて話を私達はよく致します。

 確かに、脳細胞の「死滅」は「事実」でありますが、「記憶力が減退する理由」としては
正確ではありません。

 良く我々の記憶力と比較されるのが「子供」の物覚えの速さですが、子供達の「脳」は
「まだ空っぽの書庫」であり、先ず、情報がどんどん入って行く段階である為、情報吸収
が早く、様々な経験を経て、ある程度、「書庫として充実した」私達の「脳」は、その情報
の「検索」や「整理」に必然的に時間が掛かると言う部分に差の実体があります。

 実際、私達が「あ、ド忘れ!」と言っても自分の中にはその明確な「情報」や「イメージ」
はあるので、情報自体が「消去」された訳ではありませんし、子供も「宿題」や「体操服」
などを良く「ド忘れ」していますね。

 それを「気にしていない」し、大人ほど「気にされない」所が子供の特徴です(笑)。

 ただ...子供と私達では「記憶」や「修得」の方式や形態が少し変わって行くのです。

 例えば、子供がチラ見で覚える事を我々は苦労します(笑)。

 しかし、自発的に「対象物を書き写したり」、「何回も動いてなぞる」などして、「丸覚
え」でなく、経験や工夫を通して覚えることで、大人は、より正確に物事を吸収出来る事
が分かっています。

 つまり、「体感に学ぶ」ファクターに「脳」がシフトして行くのです。

 実際、我々の脳は身体へ摂取する全エネルギー量の20~30%を消費しますが、
活動量は全体の2%程度に過ぎない存在で、子供の頃は「生きる」為に必要なベース
をとにかく「早急に吸収するに足りる脳」として、その「余力」が有効だったかもしれませ
んが、成長の後は、これを「効率的」に使える為、「消費電力型の運営」に移行して行く
と見ることが出来ます。

 また、「脳」は刻々と「情報を更新し、関連付け、整理する」基本機能があるので、
その為にも「手足を動かし、体験を通じて脳を使う」事が大脳全体から心身へ大きな
影響を与えると言えます。

 ここで、昨夜の「手足」のお話を図示した模型をご紹介致します↓
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      「ホムンクルス」3Dモデル(The Natural History Museum.London)

 これはカナダの脳神経外科医ペンフィールドの実験から有名になったモデルです
が、人間の身体を「神経細胞の量の分布の比率」を現したもので、モデル上、その
形態の大きい所は神経細胞も多く、その動きが脳の活動を発火する度合いも高い
事を示しています。

 昨夜お話致しました様に、先ず「口」、そして「手足」が大きいですね。

 従いまして、「神経訓練」や「介護」において、これらが非常に重要な「ファクター」で
ある事をお分かり頂けるか?と思います。

 さて、ここで再度、子供と私達の違いについて述べますと、子供にとって世界はと
ても好奇心に満ちたものでありますが、私達にとって、それは「マンネリ化」したもの
になっているのではないか?と感じます。

 つまり、自分自身に対しても「マンネリ化」し、「感心を失った」結果、「刺激」
や「体験」が急激に減り、「脳力が減退していっている」...それが根本的な「記
憶力や心身の減退」原因の1つではないか?と思うのです。


 だからこそ!「神経訓練法」は生涯を通じ、我々の心身に有効な「脳力開発」も
視野に入れているのです。
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by cute-qp | 2008-09-03 00:00 | バランス運動療法・調整法

 先日、センタリング呼吸法の初級セミナーがありましたのでそのお話を少しさせて頂
きます。

 今回の様に(K野さんによる記事はコチラ→「基礎中の基礎を自分で試みてから」
「最初の最初」から立ち上げて行く取り組みは、私自身、「気持ちを新たに、基本を学び
直す」とか「自分のモチベーションコントロール」、「新たな学びへの切っ掛け作り」になり
誠にありがたいことだと感じております。

 さて...今回、K野さん工夫によるセミナーの取り組みは、私にとっては、非常に「神経
訓練法」的な側面を基本時から前面に押し出した、興味深いものでありました。

 セッションは、先ず、呼吸を軸に「手の平」や「足の裏」で畳を「なぞる」事より始まりま
した。

 以前、「神経訓練法が可能性を開く ~その基本原理~」で「足の平のセンサー」に
ついて少しお話を致しましたが、元々、動物が「重力」に対して自分を支える「最前線」と
なっているのが、これら「手足の平」です。
 そして、「重力」と「運動」との間で様々なバランスを取る為、私達の「手足の平」には沢
山のセンサーがあり、そこからの情報を「触覚」・「温度覚」・「位置覚」・「深部感覚」等とし
て、受け取り日々を過ごしています。

 如何せん、人間は他の動物の様に「嗅覚」等の脳の旧皮質的な機能が発達しなかった
反面、二足歩行によって新皮質が発達し、「手は歩行から解放され」、「足は逆に重力を
一手に引き受けた」事で、より繊細な感覚と運動を獲得しました。

 結果、人間の子供は頭が重く、産まれて暫くは二足歩行に対し、脊柱が未発達で、直ぐ
に自分で立つことは出来ませんが、「口」の触覚(食行動中心の触覚)に続き、様々なも
のに「手足で触れる」所から、運動に必要な高度な「平衡覚」や「重力感覚」、「連動感」を
脳にインプットし、身に付けて行く過程を採りました。

 丁度、その過程を「追体験」している感覚でしょうか?

 当初、初めての皆様は何故手や足をそうして動かすのか?分かりません。その状況
は本当に「赤ちゃん」と同じ立場です。

 その「非日常的な体験」の中、私共が「呼吸」や「動作の流れ」を補足、補正させて頂き
ながら、共に皆様の「神経」や「感覚」に働き掛ける事で、「脳」や「神経」に「あるべき姿に
補正しよう」と言う「平衡欲求」が生じ、それが「心地よい感覚」を伴って皆様の「動きの変
化」や「回復・改善」として発露致します。

 その「変化」や「感覚」を手掛かりに、様々な「体位」や「条件」を加えてセッションは展開
されます。

 例えば、先ず、「左半身」と決めましたら、暫時、「左」のみの動作に取り組みます。そし
て、左半身を通じて「感覚が開かれた時」...「右半身」に取り組むとあら不思議!...簡単
に出来てしまったりします。

 「左半身」を通じ、「脳」の神経訓練が1つクリア出来たからです。

 よって、状況にも寄りますが、私の担当させて頂いた方には「やり易い方」からやって
頂きました。

 何故なら、感覚が開き易い方向から「神経回路を開き」、その「感覚」を生かして「やり
辛い方」を補足する意味と、「動き易い」部分から運動を誘導・改善し、私達の神経活動
(全身のバランス)の改善に弾みをつけようとの狙です。

 また、補正やご指摘を通じながら、畳のヘリや視線を決めて頂き、「習慣」と言う「自己
基準」の見直しや改善も行って頂きました。
 その方が、場合によっては、「触っている実感が増し」、「自分自身の立ち居振る舞い
もご自身で観照して頂き易い」利点があるからです。

 合わせて、「スキャニング」の時間も「スキャニング」はニュートラルな視座」を受けて
出来るだけ取らせて頂きました。
 この事で「自分の変化への認識」や「次の変化に向かっての現状把握」、「神経訓練
の安定化(安静にする事で心身への刺激を減らし、大切な情報・刺激を脳へ定着)」
が図って頂けます。

 ちなみに、各動作に対してのK野さんの模範動作の際、直ぐに真似をしようとされる方
には、先ず、「しっかり見て頂く」事をお願い致しました。

 何故ならば、出来るだけ「自分の経験や習慣からの推測」で動くのではなく、「模範
動作」を「手足」同様、「ご自身の目で!なぞって」動いて頂きたいからです(目も「触覚」
になり得ると春風堂は考えます)。

 総じて、私としては今までの反省もあり、殆ど「説明」はしないで、「神経訓練」のお手
伝いに徹した感があります。
 その事で、自然にあるべき変化が皆様の中から導き出され、その後、必要最小限の
「説明」や「ヒント」が私の「相づち」や「笑い話」として出て来ている感じでした。

 勿論、たった1回で皆様が数年掛けて築いた「習慣」が改善される訳ではございませ
んが、「変われるんだ!」と言う「変化」と「意識」、「実感」が「神(シン:目力とでも言って
おきましょうか?)」に現れていたのが誠に印象的でした。

 次回、いつこの様な機会が持てるか?未定ですが、それに向けて一歩一歩楽しみ
ながら進ませて頂きます(業務連絡:K野先生。次回は必ず!3人で「ナン」までお付き
合い致します:笑)。

 最後に、毎度ながらにひつこい様ですが、今までに掲載致しました、春風堂の考える
「神経訓練法」についてをコチラ↓に総集し、添付させて頂きます。

(参考)
 「呼吸が変わる 姿勢が変わる 生き方が変わる」
 「身体の声の聴く ~自律神経による治癒反応~」
 「先ずは自分が変わる」
 「神経訓練法としてのセンタリング呼吸法 」
 「相対神経訓練法 ~治療や介護から日常へ向かって~」
 「夢の途中 08/08/23」
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by cute-qp | 2008-09-02 00:00 | バランス運動療法・調整法