カテゴリ:温故知新( 134 )

「本を紐解く」

 最近、ようやく本が読めるようになって来た。

 実践があって、本を紐解く時、

 理が消え、リアルな世界が広がる。

 生々しいリアルさで迫って来る。

 今、再び、大切な本を読み返し中。

 読んだつもりだったと思う。

 読めてなかったと思う。

 本には読み方がある。

 読む為の勉強や実践、人生経験もいる。

 だから、良い本ほど生涯を通じ読める。

 参考にし、じぶんで歩く。 

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(参考)
 「好きこそものの上手なれ」
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by cute-qp | 2011-07-09 00:00 | 温故知新

 龍笛を学んで3カ月目に入る。

 「音取」、「越殿楽」、「五常楽」、「陪臚(ばいろ)」を学んだ。

 出来たということではない。

 ここを始まりとして、「五行」に従う「六つの調」を順にこなし、何度も戻る。

 基本はやっぱり深い。

 さて、少し気持ちの余裕が出てきて気付いたことがある。

 動物や昆虫の反応だ。

 公園で散歩中の犬やカラス、ハトなどは好奇心旺盛に寄って来たりする。

 対して、飛ぶ虫は遠巻きになる。

 何かあるのだろうと想う。

 たまたま、「虫よけ」として演奏された曲の故事に行きあたる。

 「甘州(かんしゅう)」という曲だ。

 その曲には「鳥の鳴き声」が織り込まれているとか。

 聞いてみたが、「音色」から「鳥の鳴き声」は感じられない。

 「響き」なんだろうと想う。

 そういう「響き」を古人が感じ、織り込んでいるのかもしれない。

 最近「虫、鳥」に加え「若者よけ音響」まであるが、そう考えるととすごいことだと思う。

 経絡なども、同じ響きを五感で捉えたものだろう。

 知れば知るほど、古人の方が感じる力が旺盛なことに気付く。

 そして、「智恵」として組み上げた。

 私も感覚を研ぎ澄ませていこう。
 
バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(参考)
 「響きと共鳴」
 「いぶき」と「ひびき」
 「温故知新」
 「口伝は最上の学習方法」

 (解説)甘州
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by cute-qp | 2011-05-11 00:00 | 温故知新

「呼吸による調整能力」

 管楽器を始めてみて意識する様になったのが「個性」と「呼吸による調整能力」だ。

 演奏中、自分の呼吸や姿勢、気分で「音」が変わる。

 同じ答、同じもの、同じ感覚が「常にある」なんて「幻想」だと思う。

 だから、人それぞれに「ド」がある。

 西洋楽器はかなり機械化・平準化していて、センタリングし易い。

 一方、和楽器や民族楽器は、シンプルな作りで、一品一品、材料も個性もバラバラ。

 昔からの作り方や規格はあるけれど、音の出方ひとつ、音の移行のし方も全て違う。

 規格の「幅の範囲」が「楽器」、「幅の精度」が「価値」だ。

 だから、品定めに加え、こちらの調整能力が問われる。

 呼吸に対する意識の仕方が深くなった。

 試しに、毎日、自分が出す音をチューナーで調べてみる。

 血圧チェックの感覚。

 日々、計器の振れる針の位置が微妙に違う。

 上手い人はこの振れ幅が安定しているか、心地良い揺れなんだと思う。

 呼吸による調整能力。

 自己管理や運動療法の大きなヒントになっている。
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                同じ「G」の音でもHzやピッチに幅がある。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(余談) 楽器と気候
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by cute-qp | 2011-04-29 00:00 | 温故知新

「日常を感じる」

 天気予報は「晴れ」というのに朝から雨。通り雨だ。

 ある人から、菜の花の咲くこの時期の雨を「菜種梅雨」と伺った。

 菜の花をはじめ様々な花をもよおす意で、「催花雨(さいかう)」という別名もあるようだ。

 春から夏にかけ、生き物をはぐくむ雨が降ることから、この時期の雨に植物の名前がついて
いるものが多いとのこと。

 「菜種梅雨」は、5月初旬に「たけのこ梅雨」となり、中旬からは「卯の花くたし」。そして
、梅の実の熟す頃「梅雨」となる。

 まこと、風情がある表現。

 それだけ、古人の感じ方、表現が豊かだったことを物語っていると思う。

 感じられるということは、物事を繊細に区別・認識できているということだろう。

 興味のないひとには、ただ「うっとおしい雨」。

 そこに様々なものを観、写すことで自分と取り巻く世界が広がる。

 芸術や診断、日常生活に通じるものがある気がする。
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バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(参考)
 「慈雨」
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by cute-qp | 2011-04-26 00:00 | 温故知新

「温故知新」

 自分のモデルとする人や物事の背景をたどっていく作業は面白い。

 例えば、道具などに「〇〇好み」があるが、そこに、その人がどんなことを考え、目指し、
愉しんでいたか?が感じられる。

 さっそく真似してみる。

 量産品や既成品でない場合もある。

 今の自分に手の届かないものだってある。

 それに近いものを探し、場合によって、作ってみるしかない。

 そこに人の工夫が観えたりする。

 また、その人の出典や起点を探ることもある。

 どんな日常を暮らし、どんな背景で、何に影響を受け、どんな生涯を送ったか?

 興味を持って探って行くと、その人の感じたことの一端に触れる瞬間がある。

 そこに行く道の足跡があったりする。

 自分が「普通」、「できている」と思っていることのほとんども、古人・先達のお膳立ての上
にあるのに気付く。

 目一杯、真似させて頂く。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪
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by cute-qp | 2011-04-20 00:00 | 温故知新

「呼吸を静める」

 長部経典『大念処経』より 訳:小池龍之介氏

 気づきのセンサーを、身体に向けて集中させること。

 長く息を吸っているなら「私は長く息を吸っている」と気づき、長く息を吐いているなら「私は
長く息を吐いている」と気づく。

 短く息を吸っているなら「私は短く息を吸っている」と気づき、短く息を吐いているなら「私は
短く息を吐いている」と気づく。

 身体の状態に呼吸が影響を与えているのを体感しつつ、呼吸を静めて息を吐き出し、息を
吸い込むように。

 ↑以上、引用終わり。

 一旦、立ち止まり、心と体の働きを観るため、呼吸は静かに行う。

 心と体をゆるめ、繋げて行くため、呼吸は静かに行う。

 自分と日常、習慣、背景とバランスを取るため、呼吸は静かに行う。

 日常を改善、軌道修正するために、呼吸は静かに行う。

 などなど、想えば無限。

 お釈迦様は凄い。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪
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by cute-qp | 2011-04-19 00:00 | 温故知新

 「雅楽 -僕の好奇心-」東儀秀樹 著 より引用させて頂く↓。 

 雅楽の稽古には譜面がない。たとえば篳篥の「越殿楽」(「越天楽」とも書く)という曲を
覚えるにしても、最初の一年近くは楽器を使わず、先生と一対一で「越殿楽」のメロディを口
ずさむ練習だけに終始する。まず、先生がワンフレーズ歌って、僕が真似する。さらに次のフ
レーズに移り、また僕が真似する。そうやって、今度は最初からとおして歌い、それを僕が真
似をする。こうして、ひたすら先生のコピーに徹する。

 雅楽器のメロディを口ずさむこと、これを「唱歌」というのだが、あの小学唱歌などの唱歌
の語源はこの雅楽の練習法からきたものだ。

 メロディを口ずさむといっても、ただ鼻唄風に「フーフーフフ」などと曖昧な発音でやるのでは
なく、楽器によってメロディ音の発音が決まっている。たとえば「越殿楽」の最初のフレーズを
、篳篥の唱歌で歌うときは「チーラーロールロ」、これが龍笛になると「トーラーロールロ」に
なる。

 好奇心旺盛な僕としては、なぜ篳篥が「チ」で、龍笛が「ト」で始まるのだろうと、まず疑問が
わいた。篳篥や龍笛の音によく耳を澄ませてみると、僕なりに納得がいった。確かに龍笛は
「ト」と聞こえるし、単簡はダブルリードのプシュッという振動が「チ」と聞こえる。だから歌うと
きからすでに楽器の音の再現が意識されるのである。昔の人は、こういう音に対する直感力
に優れていたのだなと、改めて感心した。

 雅楽には譜面がないといったが、各楽器にはカタカナや漢字で書かれた単なる記号のような
縦書きの譜面があり、忘れたときにはチェックできるようになっている。しかし、大昔にはこうした
譜面すらなく、ひたすら口伝だけで練習が行われていたのだ。

 こうした雅楽のレッスンは、ひどく効率が悪いように見える。だが、しつけ雅楽のように完成度
の高い音楽を伝える最上の方法は、譜面を使わないことにある。譜面がないのに正確に継承
するのは逆に難しいのではないかと思われがちだが、これは違う。一度譜面に依存してしまう
と、「忘れてもこれがある」と人間はすぐに慢心してしまう。

 譜面に頼らず、師から弟子へ、体にたたきこみ、かみくだいて習慣化しておくのは、音と音の
間の伸び、縮み、あるいは音程の微妙なカーブといった記号化できない要素を正確に伝える
ためなのだ。

 バリ島の音楽・ガムランの学習も、譜面を用いず、ロ伝のみでやっていく方法を取っている。
子供たちは小さい頃から村のガムランの演奏グループに入り、大人が演奏しているのを間近に
見聞きして覚えていく。リズムもメロディも複雑だし、最初は楽器の性質もまったく理解できない
かもしれない。しかし、何度も何度も繰り加えし聴くうちに、しだいにメロディがまとまりだし、
自分で再現できるようになるのである。

 こうして体にたたきこんだ音楽というのは、忘れないものである。雅楽の場合も同じだ。ロ伝
こそが演者の鋭敏な耳を育て、演奏時の呼吸やタイミングを瞬時に判断できる音楽的感覚を
育んでいくのだと思う。

 ↑以上、引用終わり。

 口伝は、人を育てる最上の教えだと思う。

 口伝を受け、体を作り、学び方を工夫し、感覚を開き、自分を創造する切っ掛けが出来る。

 全身全霊、受け取ろうと思う。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪
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(参考)
 「ガムラン武者修行」
 「息と間の稽古」
 「ありがたく、まねている」
 「鳥飼い間(ひ)ぎり」
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by cute-qp | 2011-04-18 00:00 | 温故知新

 笛の練習は氏神さんの境内ですることもある。

 ふと、神主さんの「凛」とした立ち居振る舞いが目に留まる。

 普段、あまりシャキーンとしたタイプじゃない。

 それが烏帽子と装束を着、笏(しゃく)を持つと変身する。

 礼装や装身具にはふか~い意味や智恵がある様だ。
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 阿闍梨さんは日常レベルからシャキーンだ。

 満行後もそれは変わらない。

 あの不思議な形の笠についてお聞きしたことがある。

 かぶり様が難しく、少しでも意識や姿勢を崩すととてもみっともない様子になるんだとか。

 様々なシステムや段階を通じ、常に自分を意識させられ、行するわけだ。
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 能楽で宗家の子息しか演じない演目がある。

 その衣装だが、龍の冠などは前からの見栄えが悪く、とても不思議。
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 ちょうど、モヒカン?ウルトラマン?状態だ。

 しかし、そこに、重心感覚を養う仕組の一端がある。

 初めの入口が違う。そんなのあり~と想う。

 つらつらみて、和の文化は型の文化だと思う。

 「こころはかたちを求め、かたちはこころを進める」。

 その辺を意識して稽古したい。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(参考)
 「息と間の稽古」
 「組み立ての練習」
 「ありがたく、まねている」
 「鳥飼い間(ひ)ぎり」
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by cute-qp | 2011-04-16 00:00 | 温故知新

「組み立ての練習」

 現在、通っている市営プールでは水泳教室も行われており、週一回通っている。

 初中級クラスだが、水泳も日々進化するし、コーチの教え方に興味があるので、基本クラス
が最高に愉しい。

 更に、今のコーチは自分の方向性にあった教え方してくれるし、メニューの組み立て方が
上手くとても勉強になる。

 メンバーで一番若いことや皆さんに可愛がって頂いているお陰で私は先頭だ。

 毎週、先生が色々考えて来られるので、先頭として、ひとつひとつのメニューが何を意図
し、今日はどこを目指しているのかイメージしながら泳ぐ必要がある。

 先頭の状況がレッスンに大きく影響するからだ。

 たまに、意図を取り違えたり、上手く出来ないと、後ろ10数人がグダグダになり、レッスン
の流れも滞る。

 かぜん、アシスタントやモデルの気持ちで精一杯頑張ってみる。

 先生も心得、先頭に対して墨入れを丁寧、適宜にして下さる。

 こちらも大切だと思うところは入念に確認する。

 そうすることで、自分も周囲も60分そこらで変わるのが面白い。

 打太刀(稽古台)の経験と共に組み立て方の勉強になっている。
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バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪ 
 
(参考)
 「鳥飼い間(ひ)ぎり」
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by cute-qp | 2011-04-14 00:00 | 温故知新

「鳥飼い間(ひ)ぎり」

 今日は久々に参加のI尻君も加えて6名が集まり、公園で剣術の稽古をした。
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 テーマは「思いっ切り立ち木打ち」と「思いっ切り相対稽古」。

 呼吸に合わせての丁寧な稽古も大切だが、「打ち合い」と言うことで、日頃、遠慮、手加減し
て臨界まで稽古出来ていない部分を野外で思いっ切りやって貰う事が主旨だ。

 あらかじめ、「サポーター」や「プロテクター」を用意し、とにかく「臨界点」まで相対稽古
して貰う。

 私の仕事はもっぱら、基本と練習の解説と打太刀(練習台)、安全係だ。

 かつて、自分が初心者の頃も思いっ切りやった。

 お世話になったW先生は技も顔も怖かったけど、「先生はぜ~ったい手心を加えてくれる」と
の算段の元、がむしゃらに打ち込んで行った。

 怖さと必死さ、手のしびれで握った木刀から指が離せなかった。

 恐怖のあまり、勢いあまって、なんどw先生の頭や拳を叩いたことだろう。

 そうする内に、少々、袋竹刀が当たっても平気になり、剣術の稽古らしい稽古が出来る様に
なって行った。

 そして今「打太刀」が分かってきて、ようやく、剣術とその練習の意味合いが観え、治療や
合気との関係性も腑に落ちた。

 途端、こんどは、自分が袋竹刀で目を突かれる。

 初心者の太刀筋は本当に予想外だ。

 それをよけられなかった自分が悪いし、回り持ちだから文句は言えない。

 ここで参考に、「柳生新陰流道眼」柳生延春 著 より「鳥飼い間ぎり」について引用させ
て頂く↓。 

 如実斎利厳が最も重く視て施した稽古に、「鳥飼い」「鳥飼い間ぎり」というのがある。これ
は鵜飼いが鵜を、鷹匠が鷹を愛育訓練すると同じ意趣-今日いう条件反射の心理教育で、
初心―殊に幼稚教養法として最も親切に、その教習法の手段・方法の理術を示してこれを
課し、今日にいたっている習訓である。

 「間ぎり」の間は、日間・隙間のことで、太刀稽古のとき、その太刀筋・勝口にすきがあったり
、太刀の「砕き」-変化のわざを、打太刀-教者が、使太刀-習者から抽き出すとき、「猛」をも
って対し、使太刀の自奮・自発を促すとき、打太刀はその間をきり立てて、試練と、彼の自発・
向上を期待するのである。これはまた、その太刀の本旨にそむくところのある者に対する「非
ぎり」にも通じる。幼稚や初心でもこの教育をうける者は、すでに鳥飼い教養で勇猛心をもっ
ているので稽古中に頭や顔にしないが当たっても、またたき一つしないようになっている。
「三つ子の魂、百まで」という諺があるが、これが兵法の真の極意に通じるので最も大事で
あると。-

 ↑以上、引用終わり。

 なので、「思いっ切り」も、やらないよりましだが、それだけではあまり意味がない。

 ここで打太刀の実力と理解力が試される。

 頑張らねば!!
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バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪
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by cute-qp | 2011-04-11 00:00 | 温故知新