2017年 03月 31日 ( 1 )

「原風景を歩いて行く」

 有り難い事に「歩こう歩こう」以来、新しい展開に入る様です。

 文や言葉にすること、それ自体、無理があり、誤解も生じ易い...

 そこを恐れず、敢えて、纏める事で、次へのステップとします。

 荒唐無稽かもしれませんが、お付き合い頂ければ嬉しいです。

 以前にも書きましたが、「登拝」と「登山」は異なると感じます。

 例え、同じ山に登り、そのスタートが「形」からであっても、

 「祈り」や「行」として行い、続けて行く内、

 それとなく、感じ方や方向性に変化が現れる様です。

 例えば、私は「白衣」を着て「登拝」しています。

 そうしなくてはならない「事情」があったからです。

 しかし、それで登って行く中で

 自然と「気持ち」と「行動」が決まって来ました。

 自分でも不思議な経験で、

 それをご覧になった神社側のご厚意で、今の形があります。

 体験は、人によって、その形や感じ方は様々ですし、

 ただ、続けて「必ず変わるか?感じるか?」の保証はありません。

 しかし、「やらないと可能性はない」と言う事だと思います。

 また、途中、様々な出来事があり、

 「続けられるの?」...自問自答する時期がありました。

 私自身、体力と気力、登り方が身に着くまで、

 ただただ、しんどく、辛いだけでしたし、

 身近に助言をくれる人もなく、
 (今は、「自得すること」と腑に落ちましたが)

 猛暑や雪の中を歩くに至っては、恨み事や泣き事まで込み上げ、

 「こんな事をいつまですれば良いのか?」...途方にくれた事もあります。

 そう言った「毒出し」・「ガス抜き」・「修練」の様な時期を過ぎ、

 何回かの関門があって、

 ヒーヒー言いながら、仕方なく(笑)、続けた先に、

 様々なモノに「支えられている」事に気づき、

 「感謝の気持ち」が生まれ、

 次第に、見聞きするものの視界が晴れて来ている感じがあります。

 そして、自然と頭が下がり、手を合わせる様になりました。

 最近は、とても「自然崇拝・信仰」的...「祈りの原風景(本質・原型)」です。

 山河に入り、ただただ、一木一草、石から感じ、学び、拝むのですが、

 自分のとお~く・えら~い祖先との面会の様で、

 それは人や時として形のあるものではない「形而上」的存在。

 なので、不思議だと感じる物事もありますが、

 次第にそれは当たり前、日常となり、向き合う姿勢は、

 スピ系特有の「不思議体験期待症・依存症」と対極にあります。

 例えば、木に抱きついたりしません(笑)。

 「凄いなぁ」と感じるものは、その根底に「畏怖心」や「尊敬」があり、

 寧ろ、「近付き難い」存在です。

 そこに、古来から行者が拝み込んでたりすると、

 結界の外からもビンビン感じる位の存在で...。

 都度、それらと向き合い、刻々と自己観照させられます。

 ある意味、「登拝」は「人付き合い」です。

 私達の暮らす日常の形式・言葉尻のものでなく、

 無言であっても、心と心の「お付き合い」です。

 そこから響くものを感じ取り、祈りを返す中、

 「反省」・「感謝」・「思い遣り」、「畏怖」や「尊敬」の心が沸いて来ます。

 そんな「”心”と”行”の欠如」からか?

 昨今のネット社会やスピ系の影響もあり、

 厳しい管理をしても、場を荒らす人や事が絶えないそうです。

 「宗教から”行”が無くなって、頭ばっかり、絵空事、スピ系蔓延」...

 そんなお話も最近、伺いました。

 私は基本「頭人間」です(笑)。

 でも、山を登る、海に潜る、剣を振るのは「感性」です。

 その「感性」を磨くことで、「頭」や「身体」が変わり、

 結果、生きるチョイスや現実の見方も変わるみたいです。

 それがどんどんバーチャルになりおかしくなりつつある...。

 そう言えば...有名な「奥駆道」は登山に慣れている方なら十分登れますし、

 最近は旅行社のシニア向けウォーキングツアーのコースになる程です。

 しかし、これも「祈り」と「行」が入る事で全く別物に変わります。

 誤解し易いのは、「行」は単に「苦しい」ことや「危ない」こと、

 「特別・宗教的」なことではなく、

 それらを無謀に行うことでもありません。

 「非日常的」・「身体的」・「ループ的」な中に、

 必ず「段階」や地道な積み重ね時期があり、

 そこから「自己観照」や「感性を磨く」作業や、

 行く道の「原風景(本質)」を見定め、

 ひとつひとつ「実修実験」する営みが存在しています。

 そして、その非日常(山の行)に没頭し過ぎる事も本分ではなく、

 それが、何気ない「日常」に活かせる事こそ大事だと感じています。

 ...と言う感じで、人の嗜好や道はそれぞれですが、

 合気も祈りも、日常も、

 その「原風景」を「行」として歩いて行こうと思います。

 
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 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2017-03-31 00:00 | バランス運動療法・調整法