「手合わせ」

 動く事にただただ必死で、何がどうなのかさっぱり分からない...

 そう言う時期や段階を経て、

 ようやく、活歩(歩法)で、そこここの「抜け(課題)」を感じています。
 (「心意六合」)・(「肚と仙腸関節」

 特に、今まで「手」に対する認識や観察が甘過ぎました。

 「合気は手を見れば、出来るか(分かっているか)分かる」と聞きますが、

 正に、この手では、力が抜けない(自分の)、

 力を抜けない(相手の)、

 肚に来ない...と想いました。

 気付いた事は、ちょっとした事なんですが、ホント大きな違い。

 そんな発想・意識・運動をした事がありませんから、

 ようやく、本質的な稽古へ...と言う感じです。 
 (「小手の合気」の段階です)

 その意味で、今日、手を合わせ、技を掛けて頂いたのは印象的でした。

 「その手の持ち主」の動きや意識、感覚、想いと交流出来る訳です。

 残念な事に、今まで、それを受け取れる状態にありませんでした。

 だけに、今はもっぱら、この「手合わせ(技を受ける)」に学びを集中させています。

 そして、身体や潜在意識、脳に入った感覚・情報を元に稽古。

 「合気」は本来、そうして伝授され、

 それを元に各人が各人なりに積み重ねて行くものの様です。

 そして門外漢ですが...「修験道」も同じく感じます。

 素人の拙い、山の稽古を通じて思ったのですが...

 その道統の師匠や法があるとは言え、

 その実は、自然や神仏の中に自分を置き、

 それらを実の師や法とし「手合わせ」し続け、

 個々人それぞれの直感と観察力から、どれだけを感じ、

 積み重ねと工夫から、どれだけを実践するか?ではないか?...と。

 そこに「修験」の意味や「修行の実際」を感じている所です。

 ともかく、もそっと手を作り、

 私も「合気」や「自然」、「神仏」を師や法として、

 感応道交し、稽古し続けます。

*************************************************

 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂  
[PR]
by cute-qp | 2017-01-15 00:40