「明珠在掌」

数年前、年賀状で頂いた言葉です⇓。

 人は生まれながらにして、それぞれ曇り無き明珠(宝珠)を持っている
とか。

 明珠とは、世界中にたったひとつしかない「真の自分」

 すなわち、あなたはこの美しい珠と同じ...あなた自身が尊いのです。

 しかし、私たちは自分に自信が持てず、人を羨んだり、自暴自棄にな
ったり、他に何かを求めたりしてしまいます。

 そんな時、大切なものはすべて、あなたの掌の中にあるのですよ、
あなた自身を信じて...と諭す禅語です。

 頭では分かってはいるけど、全くどうしようもない。

 そんな時、お葉書を見て「ひとりでも信じてくれている人」がいる...

 そう感じ、信じて、ぎりぎり踏ん張れた気がします。

 運よく、そこにちょびっと触れられたのですけれど、

 今にして思えば、やっぱりありました...個々人の珠は。

 信じて、とにかく信じて見付け、そこから磨くしかない。

 見つかる保証はないけど、ホント運・鈍・根だと感じました。

 ところで、「たまたま」する時、その手に「珠」はあるでしょうか?

 そう言う、私は当然、最近まで、ありませんでした。

 迷っていましたし、工夫も足りなかったんですね。

 不思議と心身両面が伴わないと珠の種(中心)が出て来ないし、

 そもそも、そこに至る閃きや感覚も生まれないんだ~って想いました。

 その種(中心)の生命力をどれだけ磨き、成長させて行くか?

 それが、小手の合気から体の合気、

 自分づくりのひとつのベースと捉えています。

 それにしても、帰宅時、電車の中で見たK野先生の種は凄かったです。

 ホント手入れ・工夫次第ですね。

 そうなんだと信じ、やってみて、感じる事が大切なんですねえ。

 そう言えば、真剣は、ただそれを練習道具とするだけでなく、

 手入れしたり、馴染んで行く過程で、

 己と共に、どんどん変化するのが興味深いです。

 せいぜい、種も育て、玉を磨いて行くとしよう。

 その意味で、「あやとり呼吸法」は様々に工夫出来ます。
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              長谷寺 雨宝童子(天照大神)

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 S川先生ってやっぱり凄いですね。憧れです!!

 で、「手」についても、全部、お仰っているじゃんって想います。

 K野先生のブログと語録だけでも全陳列ですね。

 そして、S川先生が仰ってない所を感じる時、

 「あやとり」や「オロチ」の工夫をK野先生に感じます。

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 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2016-06-12 14:00