「体を使い心をおさめる」

 「体を使って心をおさめる 修験道入門」 田中 利典 著より引用・掲載します。 ⇓

 修験とは「修行得験」あるいは「実修実験」の略語です。実際に自分の「身体」を使って
修め、行じていく。つまり、自分の身体にありありと「験」をつかんでいく

 それが山伏の修行です。深山幽谷を蹟渉(歩きまわること)し、自らの身心を使って
限界まで修行する。私たちはそれによってさまざまな霊力や験を得ていきます。

 試験とは、勉強の験を試すという意味ですが、同様に修行の験を修めるのが修験なの
です。

 山を歩く。礼拝する。滝に打たれる。冥想をする。これらはすべてが山伏の修行です。

 そしてぜんぶ、身体を使った実践修行です。このように、私たちは理屈ではなく、自分の
五体を通して実際の感覚を体得するということを繰り返し、
それによって心を高め悟りを
目指していきます。きわめて実践的な宗教、それが修験道。そして、大自然の聖なる力、
超自然的な神仏の力(験カ)を修めた者という意味で「修験者」とも呼ばれるわけです。

 また、実践的な修行は、山の中だけではありません。山で験力を獲得した修験者は、里
に降りて、護摩を焚き、地はらいや雨乞いをはじめ、憑きもの落としや安産祈願、病気平
癒の加持祈祷など、人々の願いに応えてさまざまな実践活動を展開します。山の行より里
の行、つまり里の人々の中での活動もまた、山伏の大切な修行実践
なのです。

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 すなわち、修験道は実修実験、修行得験の道であり、自らの身体を使って修行して、験
を得るところに神髄があります。

 「験を得る」とは、験力や神仏の加護を獲得することばかりではありません。究極は自ら
の心を高めていくこと、心をおさめること
、すなわち菩提心(悟りの心)を得ることにあります。

 たんに頭の中の考えだけで心をおさめるのではなく、身体を使って心をおさめる、ここに
役行者の教えが端的にあらわれているといっていいでしょう。

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 また、山上参りや奥駈修行などの山修行では、修行者は声を合わせて「懺悔、懺悔・
六根清浄」と、掛け念仏を唱えながら山を歩きます。

 身をもって餓悔し、自己を見つめ、身心を清浄にすることこそ、より良く生きるための
第一歩だと思います。

 では、もう一つの大切なこと、感謝とはなにに感謝するのかというと、いま生かされて
いる日々に感謝する
のです。私たちが生きている日々というのは、とてつもなく貴重です。
二度と訪れることのない、かけがえのない瞬間なのだと思います

  眼が見える、歩ける、物が食べられる、話ができる-「そんなことはあたりまえ」と
思い、不平不満だらけの生き方をしてしまいがちです。しかし、自分かこうして暮らして
いけるだけでもありかたいわけで、そこにさまざまな人たちの支えがあるからこその毎日
なのです。

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  修験者は深山幽谷を跋渉して大自然と一体となることによって、わが身のケガレをは
らおうとするのです。身・口・意の三業がつくってきたケガレをはらうのです。

 俗なもの、ケガレだもの、そういう自身の罪業は一度死んで、大自然という神仏によっ
て新たな命を授かって再生するのです。そして、生まれ変わった清浄な身心となって山を
出る。それが、入峰修行の極意です。

 また、入峰修行は、一度だけ体験すればそれで良いというものではありません。

 修験者は、毎年、同じ山に入り、同じ道を通って登ります。同じ山に分け入るというの
は、修行には効果的なのです。

 初めての山ではどうしても景色にとらわれますし、道に迷ったりしないかといらぬ心配も
します。ところが、五回、十回と同じ道を登っていますと、道はすべて頭に入っています
から、周囲の景色を見ながらも自然に気持ちが統一されてきます。


 吸う息・吐く息、足の運び、体幹の動き、一つひとつの動作に感覚は研ぎ澄まされてい
きます。余計なことは考えません。ただただ、いまの自分の動き、わが身のいまの心を観
ています。いわゆる「歩く禅」のような境地を体得できるのです。そこに入峰修行の極意
があります。


 何度も同じ道を入峰修行しているうちに、いろいろなことが見えてきます。気づかされ
るのです。「人生どうあるべきか」ということも、自分なりに体得されていきます。


 山中の草木をはじめすべてのものは、自分をことさら主張することなく、他と比べるこ
ともなく、まさに「おのずからあるもの」として、それぞれの時季がくれば花を咲かせ、
それぞれの命をまっとうしている。そういうことが、山の修行では時として「まさにその
とおりだなあ」「ありかたいなあ」と実感されます。

 ⇑ 以上、引用終わり。

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 (他に読んでいる本)
  「霊峰富士の力 日本人がFUJISANの虜になる理由」 加門 七海 著

 (参考)
  「信心決定」
  「実修実験」

 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2015-06-19 00:00 | 温故知新