「重い槍のやり繰り」

 先生の「重い槍」と「やり繰り」に感謝します(笑)。
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 今、「思い遣り」(「合気の心身研究会 2015/4/26」)って表現が

 私にはしっくり来ていて、その続きなんですけれど、

 まずは、「自分に対して」じゃないかなと思っています。

 私達は、自分に対して予想以上に「関心(感心)」がありません。

 例えば、自分の言動や想い、習慣って、さてどれだけ意識してるでしょう?

 他人を見る程、よく分からないと思います。

 病気や怪我に至っては、

 自分のことなのに「良く分からない」と即決、「歳のせい」なんてレッテルまで貼ります。

 そこをちょっと自分に関心を持ち、自分を丁寧に愛情深く観て行きます。

 なんてことしてるんだ!って想うかもしれません

 そして、そのままの自分の日常や将来を「イメージ・想像」してみます。

 まだ、若いのに杖をつく自分が観えるかもしれません。

 「きゃ~」ですが、そんな現状を「受け入れ」、

 じゃあ「自分をどうして上げれば良いのか?」試行錯誤してみます。

 その選択1つで、自分の1秒後の未来や世界観、可能性が広がる気がします。

 それに比例し、自然と周囲に対する「関心(感心)」が広がる...

 そんな仕組みなんじゃないかと。

 自分を客観的に観て、自分に「こうして上げればいいんじゃないか?」

 そんな想いが、相手や周囲にまで伝播して行く...

 それが「思い遣り」や「共鳴」、「想いの伝播」の元ではないか?と。

 「皮膚を動かして神経訓練」は、それをよく理解出来る実験で訓練法です。

 「重い槍」を「皮膚でやり繰りする」のじゃぁ~。

 ここ1年の自己観察で感じた想いをちょっと纏めてみましたが、

 先生に色々教えて頂き、指摘して頂いたことがするっと飲み込めた次第です。

 遅まきながら「適齢期」!?
 (今なら大丈夫だと思う:笑) 

 K野先生の仰る「独り遊び」は、自分への「愉しい思い遣り」だと思っています。 

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 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2015-04-28 00:00