「身は社」

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 「新 神社祭式行事作法教本」より引用・掲載致します。

 威儀九容(「礼記」玉藻第十三・二十七章)

 足ノ容ハ重ク  足は身の上部(かみ)をば下に支えたりおもきを重くはこぶべき哉
 手ノ容ハ恭シク 手はことに堅くしむるなゆるぶるなただ左右に程よきにおけ
 目ノ容ハ端シク 瞳のみ上下左右に動かすなかしらも身をも向けてみるべし
 口ノ容ハ止   禍は出でて病は入るという口のしまりをこころしてこそ
 声ノ容ハ静   咳くさめあくびをくびを慎めよ語らむ声も程善きがよき
 頭ノ容ハ直   かしらこそ身の表顕と上にあれ前後左右に標準をとれ
 気ノ容ハ粛   諸々の病これより出づといふ気は平静(たいらか)にもつべかりけれ
 立ノ容ハ徳   立てばやがて心の駒もはしるべし引くな放つな従容として
 色ノ容ハ荘   平静に気をもつときは色もまた温和(おだやかに)これみえわたるなれ

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 「こころはかたちを求め かたちはこころを進める」

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 敬礼作法

 天は覆ひ地は載すといふ理りを知りて表る作法(わざ)と知るべし
 経緯(たてよこ)の道をほどよくふみてこそ恭々しともいふべかりけり
 理りにたがはで道をまこともて祈らば神も受けずやはある
 祈るとも神や受くべき真澄鏡(ますかがみ)清く正しくこころならずば
 人によくなずばき事をなさぬ身の何とて神に仕へらるべき
 係りあれば結びありけり何事もはじめ終わりを忘るなよゆめ

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 礼の心得

 徒(いたずら)に煩わしきは礼ならず単純にして優雅なるべし
 敏捷(とき)はよし軽躁(かるき)は賤し快活(いさむ)とも粗暴(あらあらしくは)為さずも
 あらなむ
 確実になすはよけれど窮屈にせぬこそわざの巧みとはいへ
 何事も円熟こそ好めどもまじる虚飾のわざは忌むべし

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 姿勢

 外見を正さんとせば内容をととのへむこそはじめなりけり
 手に口に花さかせても山吹の実なき人こそうれたかりけり
 静止して居れば正しく見ゆる身も動きかかれば崩れ初め鳧(けり)
 かたちなるものの容儀(かたち)の正しきは礎(いしずえ)かたき家とこそ知れ

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 ⇑ 以上、引用終わり。

 最近の礼法の本を見てびっくりしました。

 「温故知新」を意識し、時代に合わせているのは良いのですが、

 礼法本来の基本や姿勢まで西洋化し、完全に形骸化していました。

 いつの間にか武術と離れ、営業戦略が入るとこうもかわるものなのでしょうか?

 先代の著作と比較すると、その差が良く分かります。

 私の中には初心者の頃拝見した、先輩のI畑さんの立ち居振る舞いがずっとあります。

 少なからず、その影響で神道や密教の行法や礼法なども研究しています。

 今回、たまたま、お仕事で訪れる神社の宮司さんとの話のネタにこの本を見つけました。

 素人なので詳しいことは分かりませんが、写真だけでも学ぶことが多いです。

 柔術 竹内流の道歌に

 「身は社 こころは神で 有りながら 外を尋ぬる おろかなりけり」とあります。

 ホントですね。


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 (参考)
  「小笠原流」
  「流儀の本質が~ 変質するぅ~・・・?」

 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2014-11-09 14:00 | 温故知新