「臨書」

 「正坐法」を読み解きながら稽古しています。

 ここ数カ月、随分、あちこちを痛めました。

 「思いっ切りやるしかない所」まで来ているので仕方がないのですが、

 そこから、著者の奮闘する姿や語ることが観えて来たのに感動しました。

 平田先生に関し、今までは

 「センス抜群で無茶苦茶頭良い人」と思っていました。

 心のどこかで「他人事」だったんだと思います。

 しかし、この先生「滅茶苦茶やりたくっている」んです。

 「虱潰し」(どのくらい違う方法があるか)を越え、

 多分、「ウィルス潰し」か、「絨毯爆撃」に近い勢いを感じます。

 著作の至る所に、その悪戦苦闘の跡と情熱の息遣いが観え、

 丁度、我々が息詰まりそうな所や迷いそうな部分に都度、ヒントや標識を置き、

 大切なことを多面的に何度も語っておられます。

 こりゃえらい思い違いをして来たなと猛省しました。

 凄い人はやっぱり半端ないことをしているんです。

 勿論、その着目点や行動力には舌を巻きますが、 

 例えば、書で言う「臨書」の仕方が半端ないのです。


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 私が「臨書」について、ちゃんと理解できたのも最近です。

 皆さんは「写経」や「読経」をなさいますか?

 その「正しい意味」や「向き合い方」は知りませんが、

 どちらも、その時々の自分のありのままの姿が観えます。

 その時の身体や心、自分の技量...様々に浮き上がって来ます。

 そこに「ある方向性」の中で向き合うことで、自分がすっきり整う感じがあります。

 そして、整った奥に、仏様の息遣いを感じ、それと和するのが本旨では?と思います。

 「臨書」もしかり、

 ただ、字を真似る所から始まり、

 己の心身の有り様や技量を測り、

 その奥に作品や作者の息遣いを感じる所まで行かねばならぬ。

 今までの自分は、小手先の技能や身体のありようしか見詰めていませんでした。

 
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 仕事用にタブレットを購入したので、

 自分の姿や運動も静止画や動画で撮ってチェックしています。

 便利なものがあるんですから、使わない手はありません。

 まあ、思い込みや誤解で好きな様に動いており、

 なにが「心身統一」じゃと思ってしまいます。

 その意味で、N山さんは大したもんです。

 滅茶苦茶、自分の勉強になっているはずです。

 
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 道を行く「3本柱」として、

 真(武道・神経訓練)

 善(治療・運動療法)

 美(舞踏・書・音楽)

 を見出したのですが、これを纏めるものとして、

 ようやく「呼吸法」や「心身統一」を意識・自覚する様になって来ました。

 これから、終わりまで「自分」や「臨ずるもの」と向き合う作業になります。

 えらく遠回りしましたが、これからが本番です。

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 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2014-07-01 15:00