「転と神力徹眼心」

 先日、「色に付け、色に従う」ことについて質問を受けました。

 刀法上の「トリック」や「後出しじゃんけん」の意か?と言うことでした。

 狭義ではそうかもしれません。

 が、稽古を通じ、今、感じるのは...

 型を通して「非切り稽古」を積み重ね、

 創意工夫、試行錯誤の中で、自身の「身勢」が構築されて来ると、

 少しずつ、自分の意識と行動が一致し始めます。

 これは、自身が自分の「色に付け、色に従える」状態だと思います。

 そこが深まると自分の芯やスタンス保てた上で、自由闊達に動ける様になって来ます。

 これを「転(まろばし)」と解釈しています。

 すると、居合わせた状況や問題に対し、静観・「即意」し、

 これに「懸待」・「待懸」しながら、

 事態に「当意即妙(従う:転身・十文字勝)」にあれる...との意に感じています。

 従って、これは戦術上の意味合いだけではなく、

 「打太刀」としての姿勢(「打太刀の心」)や治療家としてのスタンス、

 人としての生き方にも通じるものであると思います。

 しょせん、私の勝手な解釈ですが、

 他の兵法者と比して、私が上泉伊勢守を尊敬するのはこの一点にあります。

 更に、目指す目標をお話しますと、

 自身の自在度や意識が隅々まで高まると言うことは、

 同時に、自分を取り巻くあらゆる対象にも、意識が及び、観通せると言うことで、

 これをして「神力徹眼心」と呼ぶのではないか?と思い至りました。

 それには、まだほど遠い訳ですが、

 稽古を通じ、実感、自覚出来たことで、

 生涯、しっかり向き合うものが出来た想いです。


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 (参考)
  「懸待表裏」
  刀機微

 バランス☆運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2014-03-15 00:00