「春風音楽堂 挫折から帝王へ編」

 「挫折」から「帝王」になった一曲です↓

 言わずと知れた「JAZZの帝王」ですが、帝王への道は「大きな挫折」から
始まりました。

 黒人社会の中でも裕福な家庭で育ったマイルスは、少年時代から
トランペットを始め、後に、名門ジュリアード音楽院に入ります。

 憧れの人、チャーリーパーカーとディジー・ガレスピーに会う為です。

 その後、自信満々の彼は、憧れの天才チャーリー・パーカーとセッション
するのですが、完膚なきまでに滅多打ちされます。

 体も小さく、彼の肺活量や唇の筋肉では、彼らのテンポの速い、高音
の演奏が出来ず、何度も挑戦しましたが、とても太刀打ちできなかった
のです。

 当時の彼の演奏は音源として残っているのですが、周囲の音に彼の
音はかき消され、よく聞かないと演奏しているのか分からないほど...
とても自信なさげにも聞こえます。

 「完璧なまでに叩きのめされ、あらゆる自信がすべて吹っ飛んだ」……
そんな経験が、後の「マイルスのトランペット」を産んで行くことになります。

 諦めかけたマイルスに、彼のお父さんがモッキンバードの話をした
そうです。

 「この鳥は他の鳥の声真似は上手いが、じぶんの声を持たない。お前は
そうなってはいかん。じぶんの声を見つけるのだ」と。

 その後、唇の力の弱いマイルスはミュート(弱音器)を用い、コード進行を
主体とせず、モードに基づく旋律によるゆっくりとした進行を作り上げます。

 それは、憧れとは真逆の、じぶんの弱みを強みに転化したスタイルの
確立でした。

 更に、彼の凄い所は、最期までスタイルを固定させなかったことです。

 大御所になった多くのプレイヤーが、オリジナルスタイルを得て、安住した
のに対し、彼は生涯、創意工夫し、スタイルを変えて行きました。

 「お父さんの教え」と「理想の音に近付きたい」想いがあったのかもしれ
ません。

 とても感動し、勇気と希望を貰えました。

 バランス運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂

 参考に、チャーリーパーカーとディジー・ガレスピーが作り上げたビバップ
をご紹介↓
 演奏するJAZZのスタイルも演奏も全く異なりますね。

 それにしても、ディジーの唇凄いです!(1:27付近を比較して下さい)
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by cute-qp | 2012-03-14 00:00 | 本・CD・映像のご紹介