「空想と誘導」

野口晴哉著「潜在意識教育」より引用・掲載致します↓

意志と空想の一致

 そこで、自分の想い浮かべたことと意志とが一致すると、行動の力は大きくなる。信念
というのは、想い浮かべたことと意志とが一つになった場合である。自分にこういうこと
がやれるということが想い浮かべられれば、それをやって行く力が出てくる。やれるとい
うことが想い浮かべられなくて、ただやろうという意志だけでは力は出てこない。頑張る
ということでも、頑張れるということが想い浮かべられればその力が出てくる。しかも想
い浮かべるということは自由なのである。だから想い浮かべるということを上手に誘導
すれば、その人の中に力が出てくる。

 想い浮かべた方向に意志を使えば、行動はキチッと根が生えてくる。想い浮かべると
いうことがなくて意志だけでやろうとすると、エンジンの弱い、平らなところなら何とか走
るが、ちょっと坂道になると登れない、そういう自動車のようになってしまう。惰力でしか
動かなくなる。だから想い浮かべるということが大事である。

 従って、子供を導こうとする場合には、想い浮かぶような教え方をしなければならな
い。「こうすれば偉くなる」というのではなくて、偉くなれるということが想い浮かべられる
ように話を進めれば、想い浮かべて、行動しようとする意志が起こってくる。想い浮か
べたことから起こった意志はそのまま続いて行く。

想い浮かべたことを続かせる法

 想い浮かべるということが、その時だけでなくて、心の中に残って働き続けるように
誘導することが一番大切である。例えば宿題をたくさん抱えてウンザリしている子供が
いるとする。その子供に、「今日は一つやろう」と一つ一つすることを教えると、その子
供の心には、「それならできる」という考えが起こる。ところがその時すぐにやるならよ
いが、すぐにやらないでいると、また前の心の方が強くなって面倒臭くなってしまう。
そこで想い浮かべることによって起こった意欲を、続かせるように導くことが必要にな
る。話を聴いた時には、「やろう」と思うが、間もなくその気が抜けてしまうというような
ことが誰にもある。

 病人は私に会うと、「熱など恐くない、下痢も恐くない。もう自分の体の力だけで健康
になれる」とそう思う。ところが私が向こうへ行ってしまうとまた恐くなってしまう。私は
始終こういうことを見ている。それで以前は、人間とは信念のないものだ、不甲斐の
ないものだと一人で腹を立てていた。いくら教えても、その時はやる気になって「ハイ」
と言っても、後になるとやらない。

 そういうことで、二十年前は始終腹の立て通しであったが、後年、一度想い浮かべた
ことを残続させる技術を会得してからは、腹を立てずにすむようになった。例えば子供
にお小遣いを無駄遣いさせまいと恩ったら、箱を見せて、「この箱に一杯入れたらどれ
くらい入るかな。百円銀貨だったら一杯入れるとどれくらいになるかな」「一杯になったら
どんなものが買えるかな」と言うと、子供はこういうものが買えるといろいろ想い浮か
べる。そうすると銀貨を貯める。貯金はあまりよいことではない。貯めることしか知らな
い子供達はあわれだが、使うために貯めるのならよいだろう。

 こうして子供は貯め出すが、この場合は、この箱でなければならない。その箱では
いけない。その箱という言葉を聞くと、自分の持っている箱とは思わないで、どこかに
あるよその箱だと思う。自分の箱ならこの箱でなくてはならない。そうするとこの箱に
百円銀貨がどれくらい入るかを想い浮かべて貯めようという意欲が起こる。

 けれどもそれだけでは不充分で、「そうしたら何か買えるだろうか」と言うと、次の
空想が起こる。その空想が発展する。そうすると「この箱に一杯入れたら百円銀貨
ならどれくらいになるだろうか」という空想が、後になっても行動する力を持つように
なる。つまり想い浮かべたことのもう一つ先を想い浮かべるということに成功すると、
最初に想い浮かべたことは行動として持続するようになる。そういう場合、後から話
しかける言葉の調子を変えるとそれが心に残るようになる。間を置くとまた残る。ま
たそれを小さな声で言うと後に残る。叱言を言って、子供がハイハイと聞いて、最後
にお母さんがウッカリ「本当にしようがない」などと捨てぜりふを言うと、前の言葉は
全部帳消しになってしまう。

 バランス運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2012-03-05 00:00 | 温故知新