「口伝は最上の学習方法」

 「雅楽 -僕の好奇心-」東儀秀樹 著 より引用させて頂く↓。 

 雅楽の稽古には譜面がない。たとえば篳篥の「越殿楽」(「越天楽」とも書く)という曲を
覚えるにしても、最初の一年近くは楽器を使わず、先生と一対一で「越殿楽」のメロディを口
ずさむ練習だけに終始する。まず、先生がワンフレーズ歌って、僕が真似する。さらに次のフ
レーズに移り、また僕が真似する。そうやって、今度は最初からとおして歌い、それを僕が真
似をする。こうして、ひたすら先生のコピーに徹する。

 雅楽器のメロディを口ずさむこと、これを「唱歌」というのだが、あの小学唱歌などの唱歌
の語源はこの雅楽の練習法からきたものだ。

 メロディを口ずさむといっても、ただ鼻唄風に「フーフーフフ」などと曖昧な発音でやるのでは
なく、楽器によってメロディ音の発音が決まっている。たとえば「越殿楽」の最初のフレーズを
、篳篥の唱歌で歌うときは「チーラーロールロ」、これが龍笛になると「トーラーロールロ」に
なる。

 好奇心旺盛な僕としては、なぜ篳篥が「チ」で、龍笛が「ト」で始まるのだろうと、まず疑問が
わいた。篳篥や龍笛の音によく耳を澄ませてみると、僕なりに納得がいった。確かに龍笛は
「ト」と聞こえるし、単簡はダブルリードのプシュッという振動が「チ」と聞こえる。だから歌うと
きからすでに楽器の音の再現が意識されるのである。昔の人は、こういう音に対する直感力
に優れていたのだなと、改めて感心した。

 雅楽には譜面がないといったが、各楽器にはカタカナや漢字で書かれた単なる記号のような
縦書きの譜面があり、忘れたときにはチェックできるようになっている。しかし、大昔にはこうした
譜面すらなく、ひたすら口伝だけで練習が行われていたのだ。

 こうした雅楽のレッスンは、ひどく効率が悪いように見える。だが、しつけ雅楽のように完成度
の高い音楽を伝える最上の方法は、譜面を使わないことにある。譜面がないのに正確に継承
するのは逆に難しいのではないかと思われがちだが、これは違う。一度譜面に依存してしまう
と、「忘れてもこれがある」と人間はすぐに慢心してしまう。

 譜面に頼らず、師から弟子へ、体にたたきこみ、かみくだいて習慣化しておくのは、音と音の
間の伸び、縮み、あるいは音程の微妙なカーブといった記号化できない要素を正確に伝える
ためなのだ。

 バリ島の音楽・ガムランの学習も、譜面を用いず、ロ伝のみでやっていく方法を取っている。
子供たちは小さい頃から村のガムランの演奏グループに入り、大人が演奏しているのを間近に
見聞きして覚えていく。リズムもメロディも複雑だし、最初は楽器の性質もまったく理解できない
かもしれない。しかし、何度も何度も繰り加えし聴くうちに、しだいにメロディがまとまりだし、
自分で再現できるようになるのである。

 こうして体にたたきこんだ音楽というのは、忘れないものである。雅楽の場合も同じだ。ロ伝
こそが演者の鋭敏な耳を育て、演奏時の呼吸やタイミングを瞬時に判断できる音楽的感覚を
育んでいくのだと思う。

 ↑以上、引用終わり。

 口伝は、人を育てる最上の教えだと思う。

 口伝を受け、体を作り、学び方を工夫し、感覚を開き、自分を創造する切っ掛けが出来る。

 全身全霊、受け取ろうと思う。

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪
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(参考)
 「ガムラン武者修行」
 「息と間の稽古」
 「ありがたく、まねている」
 「鳥飼い間(ひ)ぎり」
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by cute-qp | 2011-04-18 00:00