「鳥飼い間(ひ)ぎり」

 今日は久々に参加のI尻君も加えて6名が集まり、公園で剣術の稽古をした。
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 テーマは「思いっ切り立ち木打ち」と「思いっ切り相対稽古」。

 呼吸に合わせての丁寧な稽古も大切だが、「打ち合い」と言うことで、日頃、遠慮、手加減し
て臨界まで稽古出来ていない部分を野外で思いっ切りやって貰う事が主旨だ。

 あらかじめ、「サポーター」や「プロテクター」を用意し、とにかく「臨界点」まで相対稽古
して貰う。

 私の仕事はもっぱら、基本と練習の解説と打太刀(練習台)、安全係だ。

 かつて、自分が初心者の頃も思いっ切りやった。

 お世話になったW先生は技も顔も怖かったけど、「先生はぜ~ったい手心を加えてくれる」と
の算段の元、がむしゃらに打ち込んで行った。

 怖さと必死さ、手のしびれで握った木刀から指が離せなかった。

 恐怖のあまり、勢いあまって、なんどw先生の頭や拳を叩いたことだろう。

 そうする内に、少々、袋竹刀が当たっても平気になり、剣術の稽古らしい稽古が出来る様に
なって行った。

 そして今「打太刀」が分かってきて、ようやく、剣術とその練習の意味合いが観え、治療や
合気との関係性も腑に落ちた。

 途端、こんどは、自分が袋竹刀で目を突かれる。

 初心者の太刀筋は本当に予想外だ。

 それをよけられなかった自分が悪いし、回り持ちだから文句は言えない。

 ここで参考に、「柳生新陰流道眼」柳生延春 著 より「鳥飼い間ぎり」について引用させ
て頂く↓。 

 如実斎利厳が最も重く視て施した稽古に、「鳥飼い」「鳥飼い間ぎり」というのがある。これ
は鵜飼いが鵜を、鷹匠が鷹を愛育訓練すると同じ意趣-今日いう条件反射の心理教育で、
初心―殊に幼稚教養法として最も親切に、その教習法の手段・方法の理術を示してこれを
課し、今日にいたっている習訓である。

 「間ぎり」の間は、日間・隙間のことで、太刀稽古のとき、その太刀筋・勝口にすきがあったり
、太刀の「砕き」-変化のわざを、打太刀-教者が、使太刀-習者から抽き出すとき、「猛」をも
って対し、使太刀の自奮・自発を促すとき、打太刀はその間をきり立てて、試練と、彼の自発・
向上を期待するのである。これはまた、その太刀の本旨にそむくところのある者に対する「非
ぎり」にも通じる。幼稚や初心でもこの教育をうける者は、すでに鳥飼い教養で勇猛心をもっ
ているので稽古中に頭や顔にしないが当たっても、またたき一つしないようになっている。
「三つ子の魂、百まで」という諺があるが、これが兵法の真の極意に通じるので最も大事で
あると。-

 ↑以上、引用終わり。

 なので、「思いっ切り」も、やらないよりましだが、それだけではあまり意味がない。

 ここで打太刀の実力と理解力が試される。

 頑張らねば!!
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by cute-qp | 2011-04-11 00:00 | 温故知新