「どの趣味もしっかり存在し、リンクし合っている」

「すべてを否定しない生き方」東儀秀樹 著 より引用致します↓。

 僕はかなり趣味が多い。乗馬、クレー射撃、ダイビング、スキーー、スケート、サーフィン、車
、クラシックカーレース参戦、バイク、ピアノ、ギター、写真、イラスト、陶芸、淡工芸、民族
楽器コレクション、時計コレクション、マジック、ファッション、旅先の小物集め、etc……。

 おそらくまだまだ増えるだろう。ほとんどひとりでやったり、集めるものばかりだから、自分の
ペースで時間も選ばない。

 でも他人が少しでも興味を向けてきたら、その人に必要なだけの楽しませ方やウンチクの
用意はしっかり持ってるつもりだ。決して押し売りはしないが。

 でもその人が、入り込みたくても少し躊躇しているようなときは、かるくポンと肩を押すような
キッカケを簡単に作ってあげることもできる。

 そんな、入り口に立った初心者に接すると、最初に好奇心をそそられたときの自分も思い出せ
て、ちょっと懐しい、いい気持ちにもなるのだ。そして共感してくれる人とのその後のウンチク
や同調の空気のシェアがとても楽しみになるのだ。

 僕の場合、これだけ趣味が多いとどれかが忘れられたり、おろそかにならざるを得なのでは、
と思われがちだが、そんなことはない。どれも、いつでも心にしっかり存在して行したりすると
きもある。

 たとえば乗馬に行くとしよう。車で行くか、バイクで行くか。いや、帰りにクレー射撃ができ
そうだから車にしよう。どの車にするか、どこをどんな走りで行くか。

 そうだ。あそこならいい写真が振れそうだから、どのカメラ持っていこうか。どんな格好を
しよう。時計はどれにしよう。

 あいつと会うからこれを持っていっておもしろがらせよう。おっと、トランプもいれておか
なくちゃ……。と、ひとつのことに目を向けたとたん、これだけのことを平行して考えてしま
うのだ。

 だから乗馬に出かけたはずが、乗馬もしないで他の寄り道ばかり優先されて終ってしまうこと
だってある。それでもいきいき、わくわく時間を過ごしているから、充実感はいつもとびきりの
ものになるのだ。

 「忙しくてなかなか時問がないでしょう」とよく言われる。でも、そんなことはない。忙しい
からこそ、ここまで趣味が増えたのかもしれない。

 実際僕はとても忙しい。でもその中で、「今三〇分ある。この三〇分、何をして楽しもうか」
と、忙しいからこそ、その合い間の少ない時間がとても貴重で、大事に使おうと体が動いてしま
うのだ。

 もし僕がとってもヒマでいくらでも時間があったら「いつでもできるからいいや」となかなか
手をつけなかったかもしれない、そんなところだろう。

 まあ、無理して時間を埋めようとしているのではない。根っからの好奇心の旺盛さが、自然に
時間をうまく使う方向に持っていっているのだろう。

 忙しくてもやろうと思えばなんでもできるのだ。「忙しいから」という言い訳は、やってみよ
うとすることにたいして、さほど情熱を持っていない人の言うセリフなのかもしれない。

 情熱、やる気。それがすべてなのだ。

 ↑以上、引用終わり。

 3月は長い間水泳を休んだが、その期間の呼吸法の「あ!」が泳ぎの「あ!」になった。

 息継ぎ回数が減っていて、笛のロングトーンが伸びていることに気付く。

 再認識したロングトーンでお仕事すると、患者さんがリラックスして下さる。

 自分の中で愉しく共通項を探し、整理、探求する内、一見、モザイクに見える趣味は、リンク
し合い、私を形作る。

 いつも、妄想族しながら、同時進行、常時接続、それぞれがしっかり存在しながら手を繋いで
いる。

 それぞれを丁寧に育てて行こう。 

バランス運動療法(Balance Movement Therapy)春風堂♪

(参考)
 「道草しつつ、愉しくなぞり歩く」
 「おもしろさ、たのしさを繋いでいく」
 「自分で歩き、確認する面白味」
 「この指とまれ」
 「ふたたび この指とまれ」
 「イメージを受け取る・再現する」
[PR]
by cute-qp | 2011-04-05 00:00