「息」そのものになる

 明けましておめでとうございます。

 誠に寒いお天気ですが、皆様如何お過ごしでしょうか?

 私は実家に参りまして、両親の施術で新年を迎えました。

 ろくろく親孝行も出来ずじまいの今日この頃、せめてもの「罪滅ぼし」です。

 さて...今日は、人形浄瑠璃の「人形遣い」の師弟のドキュメントを見ていました。

 今まで「黒子」で「足」を担当していたお弟子さんが「主遣い(頭と右手)」を担当すると
言うもの。

 そこで面白かったのが「如何に自分を消すか?」と言う部分。

 黒子装束をとり、初めて舞台で「顔」を晒して人形を使うお弟子さんを見ると、面白い事に
「人形」よりも「お弟子さん」にばかり目が行ってしまいます。

 対して、師匠が手本を見せると、人形が生々、表情豊かに動き出し、後ろで操る存在が気に
なりません(とても高度な「ダウジングケーン」や「ゾンビボール」の様です)。

 そして、再び、お弟子さんが人形を遣うと、遣う人の「気持ち(思い入れ)」や「力み」ば
かりがほとばしり、人形の動きが死んでしまう。

 「治療みたいだ」と思いました。

 拝見する患者さんの心身やお互いの兼ね合いから自然に出て来るものを引き出し、「センタ
リング」して行く...上手くいく時はそんな感じなのですが、妙に、「戦ったり」、「決めつけた
り」すると途端に息詰まり、道を見失う。

 自分が如何に「素」や「平」で、「自然な呼吸」の内に「状況に付け続け、センタリング出来
るか?」。

 今、「仕舞」で直面している事も同じ感じで、今までやって来た「踊」と言うものが「自分の
欲求や身体」から湧き出すものを用いるのに対し、「舞」は古今東西「お神楽」が起源となる為
、「自分を"空"」に出来た所、範囲からしか何も出来ないし始まらない。

 つらつら想う中、結局、「呼吸」だなとつくづく感じました。

 自分が「"息"そのものになる」。

 今年はその辺からスタートの様です。
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 バランス運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2011-01-02 00:00