「潜み、流れ、息づくもの」を感じて...

 ……私は経験のない体操をやってはじめて、それは、身にしみて感じた。何か意味があって
それは恐らくやらされた、と。

 私は大胆にもそれを虚実でやろうと、フォーム(Form)かたでイメージして体操をやりな
がら、或は操作法を一緒に研究しながら、どうしても私はこれを指圧の中に生かさなければい
けないと思った。

 この様なイメージ体操をやり出したというのは、外人講習をやりながら英語の勉強をしてい
る私はいろんな面白いことに気がついた。とにかく体操というのは、ヨガなどで失敗しやすい
のは、この模範に示されたシェイプ(shape)かたちに近づこうとしてみんな努力する、そこ
で無理をして体をこわす人が多い。

 かたちというのはいわゆる外側という意味、要するにフォームの方はかたちでなく一つのま
とまったもの、かた。お茶の作法もフォーム、やり方が流れる如くに動くというところにフォ
ームが完成されたと言われる。

 これは指圧の場合もそうです。指圧、要するに経絡というのはかたちじゃない、一つのフォ
ームです。だから体もそうですし指圧そのものも私は一つ一つのかたちをみてはいけない、私
のフォームをみて下さいと言っています。この体操がそうなのです。

 体操のかたちをみてはいけない。そこへ行く道程、流れるようなかた、フォーム、そういう
ものヽ中に気の流れを見出す。流れが大事です。気の流れ、経絡です。この流れをスムースに
するというのが、最近私のやっているところの神仙術です。

 生命の真を保つ所以にして、エネルギーの真です。生命の真を充実させる。固定した充実は
本当の充実ではない。游をその外に求めて、游という事は一つのことに囚われないこと、漂う
ごとくに浮いているが游泳の游のように必ず方向がある。その方向をもってずーっと隈なくま
わるということが游です。この游という事が経絡なんです。経絡の方向というのは全身を隈な
くまわらなければいけない。

 まさに経絡指圧は神仙術、指圧だけだと思ったが指圧だけじゃない。指圧と、この導引を含
めてです。そこでどうしても私は経絡を完成する為にはこの体操をやらなければならなかった。
で、按摩導引というのはいわゆる神仙術の根本です。一つの方向をもって隈なくぐるぐるとま
わることです。ごれが経絡でもあり、体操の根本でもあり、生き方でもあるという事です。今
ここへきて非常に面白くなってきています。

 ↑以上、増永静人 講義録より引用・掲載。

 若手の皆さんに提案し、「健康維持互助会」と言う集まりを始めて1年半程経ちました。

 今、若手の皆さんは、一生懸命、先生や先輩方の「真似」をしている最中だと思います。

 しかし、その「裏」に「潜み、流れ、息づくもの」を感じずに、その外見を真似するだけ
では「形態模写」で終わってしまいます。

 自分なりに、自身の中に、その「潜み、流れ、息づくもの」を「再生する」事こそ、
「学ぶ=真似る」の真意・真骨頂だと思います。

 また、それを「伝える」事は自身が「再生できるものや情報の量」と「再生能力」、「イ
メージ力」が大切になってきます。

 伝える相手と「個性」や「背景」、「経歴」は当然、異なる訳ですから、相手の意識と
身体の働きとバランスを見据え、どう再生・カスタマイズするか?が課題となります。

 「思っていたより感じている。」「阿吽二時」で紹介して頂いた、「鶴のあうあう」他の
「切り口(メソッドや練習法とは捉えていません)」は、私がK野先生に教わった事で
苦手だったものを「自分なりに」組み立て直し、お2人用に「カスタマイズ」たものです。

 ブログの感想から、それを感じとって頂けた様で...嬉しく思っています。

 更に、患者様に対する「施術」は、その心と身体に「潜み、流れ、息づくもの」も
観察し、そのバランスをより良いものにする事だと思っています。

 多分、我々の先達が見出した「経絡」や「気」、「プラーナ」などは、そう言った働き
を表現したものだと思うのです。

 そんな感じで、私もこの新展開にワクワクしています。

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                「真理は1つ」...でも行きつく方法は様々
 
 バランス運動療法(Balance Movement Therapy) 春風堂
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by cute-qp | 2010-07-02 00:00 | バランス運動療法・調整法