私にとっての「2つの仕込み」

 現在、春風堂はK元君を中心とした若手の皆さんの練習会のお手伝いをしております。

 会の開始当初は私が「牽引役」を務めさせて頂きましたが、ここ数カ月はその座をK元君に
譲り、また集まった方々の自主性にも任せて一歩引いた立場で、要所を抑えるスタンスで参
加させて頂いています。

 今朝もその集まりがあったのですが、ポイントを適宜にアドバイスする事で変化や展開が
早くなり「ようやく、誘導の入口に来た」手応えとここ数年のK野先生のアシスタントをさせて
頂いて来た経緯をフラッシュバックしていました。

 K野先生の中心塾のお手伝いをさせて頂いて多分5年目位になると思います。

 先生が周囲のご要望もあり、「一般」の方を対象に「健康・養生」などを意識した「センタリン
グ呼吸法」を展開され、「治療」や「健康・美容」などに興味があった私は「アシスタント」をさせ
て頂く事をお願いしました。

 そして、初回...それなりに年数を重ね、経験も積んだ「つ・も・り(笑)」の私は自信満々で
会に参加。

 結果、「初心者」・「素人」の皆さんのレベルにも至らない自分が居て「冷や汗」・「脂汗」でし
た。

 その上!実際、その場所に参加されている方々はなにがしかの方面で「先生の先生」と呼
ばれている方ばかりで...恥じ入り、恐れ入る事甚だし(笑:世間は広いし、自分は本当に小さ
いです)...でございました。

 実質、私は「アシスタント」どころか「先生」と「参加者の皆様」の完全な「お荷物」でした(未
だにこの教室だけは緊張します:笑)。

 どれほど、私の学んだことが「薄っぺらく」、「教科書をくってのお話」だったか...今もつく
づく感じています。

 しかし、変にしみついた「自信」とか「知識」、「考え方」、「習慣」を「漂白」するのは難しく
...結局、「己から始めよ!」とのことで今に至ります。

 N山君も仰っていますが、「自分自身の仕込み」が大切ですね。

 実感として、その大切さを一番感じられた出来事がこのお仕事で「プロ」になる道を選ん
だ事だと思います。

 「会社員」として「たかが、15年」...しかし、一応、会社の中枢で勤めて来たのですが、
ふと「個人事業主」、「一人の男性」になってみて自分の「商品価値が0(ゼロ)」であること
に気付かされた事が大きいと思います(笑)。

 恥ずかしながら、元々、勘も悪く、器用でもない私ですので、「そのように」実感し、「自己
形成」するに至るまで随分、時間が掛ってしまいました。

 しかしながら、K野先生を始め、懇意にして下さった方々、クライアントの皆様の温かく
、根気よいお力添えのお陰で、今も何とか「修行」を続けさせて頂いております。

 その上で、私がこの所大切にしているもう1つの「仕込み」が「K野先生の会の仕込みに
ベストを尽くす」と言う事。

 以前、先生が「(君が)前提を作ってくれるから、後の仕上げが出来る」と仰って下さった
事があります。

 多分、何かと落ち込み易い(笑)私を気遣ってお言葉で有り難く嬉しい出来事でしたが
、その気持ち以上に「あ!そうか!」と言う気付きがあったんです。

 丁度、私のイメージでは、先生が「料理長」で私が「皿洗い」や「食材の下処理」、「配膳」
などさせて頂いている感があります。

 料理長は限られた状況でもベストを尽くせる実力があります...しかし、それを「より生か
せる方向に持って行くのも、殺してしまうのも弟子次第」だな~って感じたんです。食材
についてもしかり。

 そして...「どうしたらあんな風になれるのかな?」と言う好奇心ももの凄く...。

 「季節や時節(天候・時間)」はどうで、「食材(皆様の状況など)」はどう、「今日の献立
(今日のテーマ)」がこうで、「配膳のタイミング(皆様の変化に従う)」はこう、「お客様の雰
囲気(皆様の心身の変化)」は?...などを意識し、感じ、イメージしながら行う事で、「今、
何をするべきか?次は?」などが少しずつ分かる様になって来ました。

 具体的には...

 ・ 今日の参加者の方々の精神や身体の状況はどうか?
 ・ 参加者お1人お1人、そして、全体的に留意すべきポイントはどこか?フォーカスをど
   こにするか?
 ・ 先生のテーマとその流れ。
 ・ 参加者の「お体」や「意識」、「無意識」の方向と変化。
 ・ 参加者のどの部分に「可能性」が生じているか?
 ・ 先生の心身の変化、意識の方向。
 ・ どこまで「挑戦」して頂くか?
 ・ 皆さんとどこまで学びを「愉しめるか?」  
 ・ 次回へ「どう繋げるか?意識付けするか?」

 それを感じ続ける経緯で、色々と「観えて来る」ものがあり、日々、「ふ~ん、人間ってそう
なのか!」と思う今日この頃です(笑)。

 そして、それが「神経訓練」や「呼吸」に取り組むキーポイントだとも思いました。

 さて...K野先生の生徒(弟子?)はそれぞれ様々な特徴や得意を持って、各位なりに
その「教え」を感じ、日々頑張って創意工夫しております。

 私としては...皆様に「安心」や「信頼」を感じて頂ける様頑張っていきたいと思います。



 「仕込み」の実感を持って後、 センタリング呼吸法ブログ より 前進力のお話や野口晴哉
先生のお弟子さん達のお話がより現実味を帯びて来ました。

 そんな中に「鹿島神流 国井善弥先生」のお話を思い出しました。ここにご紹介致します。
以下は、別冊歴史読本 「秘伝」のすべて よりの引用・掲載です↓。

 行動を起す際、いきなり肉体が動く人はいない。大抵は肉体の動きに先んじて心が動く。従っ
て、勝負の際に心の動きを読み取ってしまえば、戦闘は有利に展開する。そのための特異な
感覚を、昔の武術家たちは「心眼」と呼んだ。

 この「心眼」をほぼ完全に習得し、不敗の伝説を築いたのが国井善弥道之である。

 国井善弥は明治二十七年二八九四)、福島県に生まれている。八歳の頃から父・英三にづ
いて、鹿島神流を修業。十九歳の時に祖父・新作の弟弟子で、新陰流免許皆伝の佐々木正
之進なる人物の内弟子となるが、ここで心眼を開くための凄絶ともいえる修業を受ける。

 国井善弥はこの時のことを回想して、「これはすごいところにあずけられたぞと、少し憂欝に
なった」と語っているが、行った次の日に、「何を持ってこい。何もついでに……」と言われたの
では無理もない。長い付合があれば察しもつこう。しかし、知りあって二日目である。見当がつ
くはずもない。だが、まごまごしていたら、忽ち「もっと心眼を開け、心眼を」との叱責を浴びた。

 それからしばらくは五里霧中の毎日である。師の命令も次第に難しくなり、最終的には「何
を何して、何を何々しておけ。何は何、樋に何々にあゐぞ」と複雑難解を極める。しかし、日を
経るに従って、師の言わんとしていることが察知出来るようになる。

 察知というよりも、「読み取る」と言ったほうが的確だろう。というのも、よく考えてみれば人間
は当たり前のことしかしない。起きて、茶ぶ台の前に座ったとすれば、朝食か、お茶か、新聞
が欲しくなる。テレビがあるならばテレビをつける。外に出かける、ならば上着が必要になるは
ずである。風呂に入るのに服を着る人聞かいるはずはない。つまり、時間など一切を貪む周
囲の状況と、本人の心理、行動などを的確に把握し、鋭敏に神経を慟かせて推理すれば、
相手が何をしようとしているかは、かなりの確率で掴めるのである。国井善弥は内弟子生活
が終了する頃には、ほぼ確実に師の合に答えられたという。

 ↑以上、引用終わり。

 「徒弟制」に対する「時代遅れ感」や「非科学」・「封建的感覚」や西洋的な「マニュアル化」
、「平準化」などの問題と関わりそうですが、古今東西、「技術」や「精神」は多分、こんな感じ
で伝わって行くのだろうな?と思います。
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by cute-qp | 2009-11-23 00:00 | 春風堂の想い