"手の形"考

酒甕の教え

 昨夜、自ずから映らば映る...ためにはで、K野先生からご指導と感覚を頂いたお話をさせて
頂きましたが、以降、何とはなしに手の感覚が変わって来ました。

 その時、真っ先に思い出したのが「酒甕の教え」でした。

 10代の頃、私は中国武術を学んでいたのですが、その時の師匠に教えて頂いたのがこの
お稽古法でした。

 何をやったか?申しますと、紹興酒の酒甕の口を持ち、軽く持ち上げると言うもの。
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 当初、力が有り余っている中学生の私は、強くもなりたくて(笑)琉球唐手の「サンチンガー
ミー」の様に酒甕を持とうしました↓
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                      「サンチンガーミー」

 しかし、先生の用意された酒甕は口が「薄手」で、しかも「柚」が掛っていてツルツル滑り、
それでなくて手の小さい私には「掴む」事も出来ずも1時間も格闘すると手がズルむけにな
ったのでした。

 すると、先生は「そうじゃない」とばかりに首を振り、手を軽く軽く「ふわっと」酒甕の口に当
て、「すーっと」力む事無く持ち上げて、またどこかに行って仕舞われました(笑)。

 酒甕が「手に吸い込まれる」様に「吸いついていた」のが当時不思議でなりませんでした。

 今からすると多分この手ではなかったか?と思っています↓。
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                       武田惣角先生

(おまけ)
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                       佐川幸義先生
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                       岡本正剛先生

筆の持ち方

 「筆の持ち方」もこの手に通じる様に思います↓
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 ついでに、「墨のすり方」にも(昔、墨をすらせるには「女性」が良いと言われたとか)。

 ちなみに、K野先生がお持ちの端渓の硯を触っていると、そう言う繊細なタッチを感じる
事が出来ました。

どうしてこの手になるのか?

 そう言えば...会のオンオフを通じ、K野先生の「手の形」、「手つき」で「どうしてああなるの
か?」ずっと分からずにいた「ポイント」が個人的に幾つかありました。

 頂いた感覚から今にして思えば、下半身、体幹からの「身体づくり」のみならず、「呼吸」
や「意識」の使い方からその様に導き出されるものだと気付きました。

 昨日、「青竹踏み」を用い、「足の内」が決まることによって様々な要素の前提が作られる
事が腑に落ちましたが、手にも「手の内」があります様で。

 成るほど、「手を観れば実力が分かる」のですね...(おお怖っ)。

修行・修法に観る手の形

 ちなみに、「密教」や「ヨガ」、「仏像」などに観る「手の形」にも、そのイメージや受け取り方
が変わりました。
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                    広隆寺 「弥勒菩薩半跏像」
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                    興福院 「阿弥陀三尊中尊像」
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 その「目的」、その「意識」を形成する、入る為には必然なのだと思います。

(参考)
 手作りのための"手作り"・"身体作り"
 "愉しく""末梢"から"神経"に繋げる ~指・関節を動かす~
 佐川先生語録 (1)

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                   まだまだだなあ~(春風堂近況)
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by cute-qp | 2009-10-06 00:00