手作りのための"手作り"・"身体作り"

 先ず、以下の記事をご覧下さい↓。

一心に彫る匠の技
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 目の前に一枚板。木づちでのみをたたき、下絵を縁取る。欄間(らんま)職人、坂本逸臣さん
(55)=洲本市桑間=の匠(たくみ)の技が続く。

 のみを利き腕の右手に持ち替えた。小指と薬指の間にはさみ、包む込むように握る。微妙な
力加減。一心に彫り進むうち、下絵が見事に浮かび上がった。

 「同じ職人に会うと、まず手を見比べる」

 差し出した右手。見れば、小指の付け根に赤いたこがある。「四十年間、仕事をしてきた証
しや」

 中学を卒業後、父親に弟子入りした。ヒバ、ベイマツ、ヒノキ…。扱う木をどう彫るか。約百種
類ののみを自在に使い分ける。

 障子と鴨居(かもい)の間に取りつけ、和室を演出する欄間。大工からの注文がほとんどで
、客先もどんな家かも分からないが、のみに職人の誇りを込める。

 「だから、同じ構図は彫らんことにしとる」

 神戸新聞 (2003/10/04) (高田康夫)

 ↑以上、引用終わり。

 ふと、いつも自分の手を見詰めてしまいます。そして、「まだまだ、"手"になってないな」と思
います(笑)。

 なので、身体に加え、「この人の手凄いなあ」と思う人は思わずじ~っと見てしまいます。

 そして、どうやったら「あの手になれるのだろう?」とイメージしたり、工夫したりして愉しませ
て頂いています。

 勿論、お仕事柄、「手」だけではダメなのですが、そこが満たせて初めて全体も見えて来る
気がしています。

 実際、「"手"から"身体"」、「"身体"から"手"」へとフィードバック、関係づけられて行く感覚
が日々沢山あります(「手」を通して分かった「身体」と言うものもありました)。

 また、「1つとして同じものがない"手作り"な人間の心と身体」に携わるのですから、自分の
「手作り・身体作り」は大切にしたいと思う春風堂です。

 そう思うと、改めて「ボール」や「短棒」、「杖」などを使ったO宗師は凄かったな...今更ですが
、色々なボールや短棒などを持ち出し遊んでいる途中です。

 そう言えば...「透明な力」にこんな記事がありました↓。

 大正十三年頃、武田惣角先生の所へ行ったら朝日新聞に載った植芝盛平の写真があった
が先生がそれをみて「こんな手をしてやっていたら百年たっても合気はわからない」と言われ
た。
 その時は変な事を言うと思っていたが三十歳代の後半になってやっと意味がわかった。ま
た、そのとき「でも一応合気をやったのでしょう」というと「植芝には合気は教えていない」とは
っきり言われた。

 ↑以上、引用終わり。

 昔は「ふ~ん」位にしか思っていなかったのですが、最近では「他人事じゃない!」って痛
感する様になりました...頑張ります!!

(参考)
 ① 共に"呼吸"する ~"手作り"感覚を大切に~
 ② 心と身体の響きを通じて... ~春風堂の大切にしたいもの~



 「手」に関して、春風堂が確認の為にさらってみた資料です。
 
 以下は、「孤塁の名人」よりの引用です↓。

 先生は、合気をかけるには「手の内」が大切であるといわれていたという。抜刀術で「手の内」
といえば、物体を斬る瞬間に体の全力を両方のてのひらに集中し、八十分の一秒のスピード
を発揮することであるが、合気の「手の内」は、敵につかまれた瞬間に自分の手首の感覚で、
相手の力を測り、どれほどの力でどの方向に攻めているかを知ることだという。

 手首を通じ、相手のカと動きを迅速に察知するには肩の力を抜き、手に無駄な力をいれては
ならないと先生はいうのである。

 そうするのは、簡単ではない。手首だけにカを集中しようとしても、そのまわりの筋肉にどうし
ても無駄な力が入る。つかまれている手首の筋肉だけに力を集中するためには、意識(イメー
ジ)をつよく持たねばならないのだという。「合気は意識だ」と、先生はよくいわれたそうである。

                            *

 「木刀の素振りは、やはりまっすぐ振るのでしょうか」
 「まあそうですね。りきまず、まっすぐ大きく。小さくやると固まってしまう。肩に力がきては絶
 対にいけません。多くの人は、そうやって固めてしまうからいけない」
 「指はどうやったら太くなるのでしょう」
 「素撮りをやっているうちに太くなるのでしょう。私も三十歳ぐらいの頃は細かったのですよ」
 「なんのために素振りをやるのでしょう。特に手首の力をつけるとか」
 「たくさんやると、それなりにいろいろ気がついてくるのです。それが大切なのです。剣でも
 身近なところからパッとあげると、皆びっくりする。訓練でいろいろなことができるようになる」

                            *

 合気揚げは、手首に力を集めてしまう練習であると、先生はいう。力の集中の練習である。
 肩や肘のカがすっかり抜けてしまわないと、カを手首に集められない。
 肩や肘に力がはいれば、手先に思ったほど力がはいらない。この練習をするうちに、どこを
 どう持たれても、どう攻撃されても、対応して自由にスッと動ける体がつくられるようになると
 、先生は詳しく説明して下さった。

                            *

 「先生の手は、ほんとうにやわらかいですね。私はいくら力を抜いても、手が張っているみた
 いで先生のようにならないんですが、どうすればいいでしょう」
 「ふだんから力をいれて、固くしているんじゃないのかい」

                            *

 先生はいう。
 「私は手の先に力を集中させるために、ほんとうに苦労した。工夫してやらないと、いまのよ
 うになれなかった。非常にむずかしいことだったね。手先に力を集めるということは、体の他
 の部分の力をすべて抜かなければならないことだからね
 相撲で突っ張りの得意な力士がいるが、せっかくさかんに突いても、腰が動きながらやって
 いるので見かけほどの効果が出ない。腰をしっかりさせる訓練をすれば、もっと手先に力が
 入り、破壊力が増すと、相撲好きの先生はいった。」

 以下は「合気道の奥義」よりの引用です↓。

 小手の力を集中し力ででも敵を圧倒できなければならぬ。合気でなく力で敵の手を圧迫する。
それができて初めて合気が掛かる。小手の集力が弱いから握りも弱い。武田先生の小手の集
力は異常に強いものであった。

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 武田先生が小手で抑えるとき二貫目(春風堂註:約7.5㎏)くらいの重さが掛かっているように
思えた。それを見て小手に集力することがもっとも重要であると考え、訓練した。小手の力を付
けることがもっとも重要である。

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 小手に力を集中するのがもっとも重要である。プロレスなどの力がある者が小手の集力を覚
えたら偉大な力を出せるようになる。

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 なぜ手を開くのか。一つは出る力を養成するためである。

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 小手が器用でなくてはならない。座取り上げ手で手先をいろいろと動かす練習をする必要が
ある。

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 手の内の合気、小手の筋肉をもっと器用に動かすよう訓練すること。

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 一本になって出る。手を張り肩の力を抜く。それは非常に難しいことであるが、これを乗り越え
なくてはならぬ。わしらもこれを乗り越えてきたのだ。

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 朝顔の花の咲くように開くということを武田先生はいわれたが、これは一寸回して開くというこ
とではないかと思う。わしの合気はこの程度のことから考え出したものである。

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 座取り両手捕り上げ手で合気を会得すること。わしが合気の崩しを会得したのがこれである。
ここで重要な秘伝は、①.親指を我が方に向けてそらせること。②.小手を回すこと。回すから
くっつく。回すために山吹の花のごとくにする。各指に力を入れることが大事である。

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 剣、合気、三味線、すべて手首が重要である。手首の返しに注意。
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by cute-qp | 2009-04-28 00:00 | 春風堂の想い