"現実"を見据える練習 ~ビンドウ行法~

 今日は「現実を見据える方法」としてのヨガ行法をご紹介致します。

 「ヨガ」と言えば、一般的に「ストレッチ」的な捉え方をされますが、「ヨガ」には「自分の
心身を見据える」為に、様々な「種類」や「アプローチ(方法論)」があります。

 以下に、成瀬雅春先生のご紹介されておられる「ビンドウ行法」を少し引用、ご紹介さ
せて頂きます。引用↓
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 基本的には、白紙の中央に書いてある黒点を見つめ続けるのですが、見ているといろ
いろな現象が起きます。たとえば、その黒点が次第に拡がって大きくなったり、動き回っ
たり、逆に小さくなったり、消えたりすることもあります。

 その変化を淡々と見ていられればなんら問題はないのですが、驚いたり、動揺したり
するとよくないので、そのときは目を閉じて気持ちを落ち着けましょう。

 落ち着いたら目を開けてビンドゥを見ると、目を閉じる前のようには動いていないでし
ょう。自分の目の錯覚とか、心の動きとか、もろもろのことが絡んでくると、動いたり跳
びはねたりすることになるのです。

 淡々と見ているだけで、心の動きもまったく止められれば瞑想の達人ですが、そう簡単
にはいかないでしょう。

 ビンドウが動き回ったら、動かない状態をなるべく持続させる練習をする必要があるの
です。それができるようになると、今度は逆に動き回らせることも可能になってくるのです。

 それだけでなく、ビンドウをどうにでも細工できるようになり、飼い馴らせるのです。

 点(ビンドゥ)があり、点の連続が線になり面になり立体になります。面には四角い面、
丸い面、平面、曲面などいろいろな形状が考えられますが、線になるとその種類は面
と比ぺでぐつと少なくなります。それでも真っ直ぐな線や曲線などがあります。

 ところが点になると、そうした種類が一切なくなづれまうのです。点は点でしかないので
す。ということは、すべてに拡がっていく可能性をもった一番根源的な存在が点なのです。

 たとえば、星なども点としてとらえられます。しかし星は、その星に行けば点ではないの
です。地球も遠くの星から見れば点としてとらえられますが、地球に来れば点ではない
のです。

 航海しているときに、遠くに点が見えたら「あっ、島だ」といいます。「点が見えた」とはい
いません。空を見上げて、点に見えたものを「あっ、鳥だ」というのです。

 どんなものでも、見る距離や見方によって点に見えるポイントが存在します。望遠鏡的
に見るか、顕微鏡的に見るかの違いなのですが、究極的にはすべて点の集まりだ、と
見ることができるのです。

 究極という意味では、科学も物質の究極を追い続けています。科学が追い続けている
物質の究極は、素粒子からトップクオークヘ移り、さらに新たな究極の物質も見つかる
でしょう。

 粒子ではなく波動だという説や、粒子になったり波動になったりするという説もあります。
しかし、科学がどこまで進んでも、点(ビンドウ)という概念はかかわり続けるでしょう。

 仏画でもなく、ロウソクでもなく、ビンドウ(点)を見つめるのが、究極の瞑想行法の一つ
であることは確かです。



 (おまけ)として...あと2つの行法を引用・ご紹介致します。

 コチラは、インドでよく見られる「吉祥模様」を用いたもので、スタートからゴールまで
を時間内に目で追ってみて下さい(上から30秒・40秒・2分以内で)↓。

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 コチラは数を数えながらの呼吸法で、この表にある数を順番に1から100ま順にで数
えながらやります↓。
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by cute-qp | 2009-03-19 00:00