意拳論 抄 (4)

 今日は最終日です。宜しくお付き合い下さい。

二十五、ろう頭敲打

 「ろう頭敲打」とは、体を金槌にたとえ、力は滑走輪のように連続的に発することで
ある。
 そのカは真っ直ぐに出すのではなく、ひねりを加えている。一直線に出したカであ
っても、短距離をゆき、見て取れるようであってはならない。そうした力は継続的な
ものではない。

 必ず意が精神につながるようにする。

二十六、推拉互用

 「推拉互用」(押したり、引いたりの動作を互いに用いる)には絶対的な力はない。

二十七、平衡の制御

 小鳥をおさえて飛ばないようにするなら、鳥を抑えている指にカを入れる。入れな
ければ、飛んでしまう。であるから、力を入れすぎて死なせないようにし、また飛ん
でもゆかないようにするには、バランスをとらなければならない。これには力をうまく
使わなければならない。

 「力が火薬、拳が弾、霊気動けば、鳥は飛び難し」ともいう。

 小鳥を吸いつけるようにするのがコントロールであり、アンバランスをバランスに移
行させることである。

 宇宙の大気の圧力、地中の引力、人体の動力には絶対的なバランスはない。一
般にこの種の力を蛇動力または蛇動の力と称している。

 兎が身を起こし、鶴が落ち、龍が潜み、鷹が見つめる、虎が睨むなどは、静中の
力であり、静中に動ありで、立占椿のときの敏感さで鳥の羽でさえも、敏感に感ずる
ことができる。蚊も蝿も体にとまることさえできない。

二十八、単双軽重

 「単双軽重」は、バランスの制御とよく似ている。バランスを制御するということはア
ンバランスの状態を制御することによって、バランスをとることである。
 であるから、単双、弛緩と緊張、虚実、軽重は、いずれも関連があり、バランスの
制御も単双、軽重に基づいている。

 ↑以上、掲載終わり。

 王先生はこの理論と実践に基づき、健康法として意拳による「養生功」も作成されて
いらっしゃいます(寝たまま出来る等)。

 私もようやく、この辺の文章を身を以て感じる事が出来るようになって参りまして、
世の中には本当に凄い方がいらしゃるのだなと感じると共に、そのお知恵の一部なり
とも垣間見られるありがたさを感じております。
b0159328_2354636.jpg

                    王先生門下 趙道新老師
[PR]
by cute-qp | 2009-02-06 00:00 | 温故知新